PAGE.76「濡れ衣の行方」


「さぁ、というわけで合流できたわけなのだが……」

 複雑そうな声でスカルが口を開く。

「ブチまけた話、最悪な形での合流となってしまったなぁ~」

 何でも屋スカル一同。

 現在、彼らは王都ファルザローブ城の牢獄の中にいます。


 精霊騎士団に追われる身となり今現在。四人は牢獄の中で一夜を共にすることなったのだ。


「何とか抜け出せないものか」

「無理だろうナ。俺らの武器はほとんど取り上げられたし……攻撃も封じられてるみたいだしナ」

 三人揃えば文殊の知恵なんて言葉もある。プラス一人で四人集まれば脱出の良い知恵も浮かぶものとは思う……がそうはいかない。


 まず、ラチェットはアクロケミスの魔導書を取り上げられてしまった。破壊された両足片手の神経はその後、騎士団のメンツによる再生魔術によりある程度は回復してもらってはいるが……。


「どうしたものか……」

 スカルも両手両足を特殊な枷で拘束されている。枷には何か仕掛けがあるようで、体を鋼鉄化させようにも魔衝が発動することが出来ないのだという。


「気軽に待とうではないか……まだ、焦る時ではなかろうよ」

 アタリスもスカルと同様、両手両足を縛られ、それどころか、灼却の眼を発動させない為に両目も特殊な拘束具で締め上げられていると徹底されている。


 ……しかし、アタリスは相変わらず余裕な笑み。

 何故だろうか。こんな封印にも近い拘束でもこの少女には意味を成さない様に感じるのは。


 ラチェットは愉快に笑っているアタリスを見て冷や汗をかく。


「しかし、爆弾魔の疑惑ねぇ……」

 何故、捕まったのか。

 その理由はラチェットが“どこぞのエージェント”から聞いたので告げておいた。


 ここ最近、鉱山や活火山など、クロヌスの自然風景を破壊して回っているというハタ迷惑な爆弾魔がいるという報告。自身達が容疑者とされ、その真偽を確かめるために捕まったのだとラチェットが簡易的に説明した。


「……アタリス、お前じゃないよな?」

「そんなことをして何になる。余興としてもつまらん」

 山を破壊するほどの火力と爆発。アタリスならそれを実行出来そうな雰囲気ではあるが、彼女が何を楽しんで山を破壊するのかと考えてみる。


 ただ自然風景を破壊して回るだけ。

 父親の偉業と比べると、それはあまりにも霞む行動だろうし、ましてやその行動は彼女が毛嫌いしている魔族の悪行に近い。


 それにアタリスの視線はずっと本に言っていた。それに爆破テロはあそこ以外での山でも起きている事を考えると、犯人は彼女ではない。


「ったく、誰だよぉ~。濡れ衣着せやがった野郎はよぉ~」

 想像以上の重さの枷のせいで自由が利かない。

 自由勝手に動かせるのは、文句と愚痴が言える元気な口だけである。


 一体誰が、こんな濡れ衣を着せたというのだろうか……その犯人を見つけ次第、タコ殴りにしたいところである。


「……それより、コーテナは寝たのか? 目が見えないもので分からなくてな」

 アタリスの言葉でラチェットはハッと気づく。

 言われてみればさっきからコーテナが口を開かない。こういう何気ない話にはすぐに混ざってきそうな彼女だというのに。


「おい、コーテナ?」

 コーテナの方に視線を向ける。

 寝ている様子はない。目は開いているが、床の方を向いている。

「……おい?」

 唯一動く左腕でコーテナに触れてみる。



 ……震えている。

 表情もよく見ると、引きつっているように見える。歯は小刻みに鳴り、瞳もうっすらと涙を浮かべ始めている。


 怯えている。何かに怯えているように見える。


「あっ……!」 

 ラチェットはそこで気づく。

 唯一動く片腕で地面を這うようにコーテナの元に体を動かす。彼女の元へたどり着くと、震える彼女の背中をそっと片手で擦り始める。


「……あんな地獄とは違ェ。それにアイツはもういないんダ。だから怖がるナ」

 周りの風景を見て、ラチェットはすぐに気づいたのだ。

 牢獄。そこに閉じ込められたことにより、かつての屋敷にいた頃の記憶が鮮明によみがえってしまったのだろう。


 あの屋敷ほど環境が悪いわけではない。悪人を投獄する牢にしてはしっかりと清掃されているし、ベッドも綺麗なシーツが使用されている。投獄者の衛生面をしっかりと考えたうえでの整備が成されていた。


 だが、光が入ってこないため薄暗い事に変わりはない。彼女のトラウマのトリガーとしては充分な風景であった。


「俺たちがいるから安心しろヨ」

「……!」

 ラチェットに声をかけられて、彼女の震えがピタリと止まった。

「うん、ありがとう。ラチェット」

 少し無理をしているが、正気を取りもどしたコーテナは笑顔でお礼を言った。


「……その怯えよう、そんなに酷かったのか? あの屋敷」

 首をかしげてスカルが聞いてくる。

「お前、アソコで雇われてたんダロ」

「屋敷の中までは入れてもらえなくてな」

 やはり、部外者にはあの風景を見せるわけにもいかないようだ。


 ラチェットはコーテナから許可をもらった後に、あの村長の屋敷の実態の全てを明かした。自由は勿論、抵抗はおろか発言すらも許されない家畜以下の扱いを受けた生き地獄を。


「クソ野郎がよ! 人形計画とやらで薄々と想像していたが、何度思い返しても、あんな奴の仕事を引き受けていた自分に反吐が出そうだぜ……!」

「安心せいコーテナ」

 震えるコーテナ。彼女の声を頼りにアタリスが近づいて来る。

「私もお前のそばにいてやろう。少しは落ち着くだろう」

 怯えるコーテナの隣に座る。


「ありがとう、アタリス」

「お前は私の友だ。労わるのも当然だ」

 コーテナは次第に落ち着いていく。

 ここには皆がいる。それを思うだけで彼女の恐怖は取り払われていった。


「よぉ、調子はどうだ?」

 アタリスへの恐怖心が込み上げる中、精霊騎士団の一人サイネリアが牢の前に現れた。


「お前達に報告が」

「小麦粉はッ!?」

 騎士様の要件より前にまずはその言葉。

 それくらい彼には大切な事だった。これ以上の仕事のミスは何でも屋生命最大の窮地に立たされてしまう。そればっかりは阻止してもらいたいとスカルは動けない体で必死にそれをアピールする。


「……安心しろ。ちゃんと届けたよ。お前にお礼言っとけって伝言も預かった」

「ありがたやぁ!」

 スカルはしっかりと頭を下げてお礼を言った。

 何でも屋生命最大の窮地。これにて回避成功である。


「ちなみに報酬は?」

「は? 何の話だ?」

 サイネリアは首をかしげる。

「もらってねぇのかよ! あれだけ苦労したのに!!」

「知らねぇよ! 泣きつくな、大人がッ!」

 情けない大人の大号泣が牢獄に鳴り響いた。


「……ったく、変な奴等だ。状況分かってるのかよ」

 ___仰る通りです。

 ラチェットは静かにうなずいた。ただ、自分もそんな変な奴らにカウントするのやめてくださいとアイコンタクトを送っていた。


「お前たちには容疑がかけられている。数多くの山岳の爆破だ……しかし、エージェントの一人から新たな爆弾魔の情報が得られたんだが、その情報とお前らの事で結構矛盾点があるみたいでな」

 渡された資料を叩きながら、サイネリアは簡潔に説明する。


「明日の昼。その時間帯にエージェントが帰還する。その際に真偽のほどを確認する。お前たちが犯人だと分かったその瞬間……その後の事は一応覚悟しておけ。いいな?」


 それだけ言い残し、サイネリアは牢獄部屋から出ていった。


「だってさ」

「大丈夫だとは思うガ……うーむ」


 一応、警戒だけはしておこう。


「さてと、どう痛めつけてやろうものか……くすっ」

 ……特にコーテナの横で笑っているこの怪物少女の事は深く警戒しておこう。

 放っておいたら国家レベルの指名手配犯になりかねないのだから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 後日。白昼。

 四人は特殊な拘束具をつけられた状態で案内される。


 玉座の間。

 ファルザローブの王とその配下の精霊騎士団が集う聖地。


 異彩を放つ騎士達が四人を挟んで整列をしている。

 その中にはファルザローブで世話になったメンバーも含まれている。


 ……あの冷酷ツインテールもいる。雰囲気からしてもしやと思ったが、やはり騎士団のメンバーだったようだ。

 ホウセンとサイネリア。そしてニヤついた表情のフリジオも。


「ったく、ひどい目にあわされたものだナ」

「私語は慎みたまえ」

 玉座に腰掛けるのはファルザローブの王。

「お前達に発言権はない。私が許可を下すまではな」

 大柄で傲慢そうな態度の王様だ。何処か短気なイメージも思わせる。



「ファルザローブ王。もうすぐ、騎士団長様がご到着なされます」

「分かっておる。下がれ」


 騎士からの報告を受けると、王はそれに応える。


 ……一つ空席がある。

 王の腰掛ける玉座のその横にもう一人、玉座が存在した。



 足音。甲冑の足音。

 精霊騎士団団長であることを証明する王族の鎧。それを身に纏う少女騎士が一礼した後にもう一つの玉座に腰掛けた。



 ……騎士団長と呼ばれた少女はラチェット達を見下ろしている。

 迫力が違う。ファルザローブ王とはまた違うオーラが一同を緊迫させる。



 舞台は整った。

 これより……四人の裁判が執り行われようとしていた。

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