PAGE.75「おあずけの喝采」
世界に大迷惑をかけたヴラッドの娘。アタリス。
その大迷惑野郎を討伐した一族の末裔。フリジオ。
二人は互いに親を敬っていた。互いに親を尊敬していた。
故に起こるは戦い。野望とプライドで滲み切った戦いは熾烈を極め、誰の介入も認めることはしない。戦いの邪魔をしようものなら、その刃は介入者の喉を刈り取ることだろう。
二人の色濃く壮絶、欲望にまみれきった戦いは今もなお、続いている。
「はっはっは……!」
お互いに息は上がっているように見える。
アタリスはフリジオの武器の仕込みのせいで再生ができない。親の弱点が遺伝したアタリスはその聖水の効果もあってか息があがっている。
何より、生きた年月は達観していようとも、その肉体は幼さにも程がある少女の体。肉体再生のスピードにも親と比べて差がある為に完全な再生が見込めない。
「……どうした? 押されているぞ?」
アタリスは笑みを崩すことなく、傷口を抑え眺めている。
勝負は互角。二人の戦いは引けを取らない戦い。
……だが、次第に戦いの優勢は“アタリス”へと傾いていた。
「くくっ、やりますね。さすがは怪物の娘だ」
いくら体の成長に差があろうとも、二人の間の年の功には絶望的に差がある。戦闘の経験にもそれなりにあったのか、現役の精霊騎士団の一人にも後れを取らない実力を見せつけていた。
「それだけの強さ、それだけの素晴らしさ、それだけの恐ろしさ……ああっ、実に見事だ!」
フリジオは想像以上の戦いの濃厚さに愉悦を感じている。
「その姿が愛おしい! その姿が狂おしい! 貴方のその姿に僕の心は、その他の万物をこの眼に収めずとも良いと思えるほどに奪われた!!」
実に嬉しい。実に潤っている。
この瞬間は彼にとって最高に至福で至高な瞬間だ。
「貴方の悪は本物だ。故に一族の人間である僕は貴方を裁きたい。そして、貴方も僕に裁かれる資格が十分にある! この世に生を受けてから実に二十年……一族の人間としての誇りをこの身に宿してから約十八年……精霊騎士団としての使命を受けてから実に三年……ついに、ついに僕は出会えた!!」
それはプロポーズなのか。無関係の人物から見えればそう見えてしまう。
フリジオは例えそこに冷たい目線があろうともその口は止めようとしない。自身の欲望と野望に溢れた本音は一瞬の抑えもなく吐き出される。
「貴方は僕の最高の“礎”だ……功績、そんな言葉で片付けるのもおこがましい!」
フラついた体で今もなお、レイピアを向けている。
戦闘の意思は、限界の声を上げる肉体に反して今も削がれることはない。
「僕は必ず貴方を殺します……貴方を殺し、最高の実感の瞬間を! 僕は遂に“英雄”になれるんだッ!!」
その言葉は正義のヒーローというにはあまりにも歪んでいる。
「……狂っているな。だが、素晴らしい程に真っ直ぐだ」
正義の味方としては失格かもしれない。あまりにも自己中心的すぎる。
だが、人間という生き物の存在学的な意味では悔しい程に真っ直ぐである。
自身の夢のために動くアタリス。そんな彼女の心に一瞬の震えを及ぼすほどの。
「幕を引くにはまだ早い。今一度、踊ってもらえるかな?」
「是非とも!!」
狂気に溢れた戦いは今も終わる気配はない。
どちらかが息絶えるまで。どちらかが動かなくなるまで。
二人の牙は止まる様子を見せなかった。
互いの牙は今も尚、欲望を乗せたまま互いの心臓を捕らえていた。
「停止、して」
そんな濃厚な決闘に一人の介入者。グリーブの少女だ。
「「!?」」
突然の介入者に二人同時に動きを止める。
静かになる。
少女は二人の間に割って入ると、アタリスの方へと目を向ける。
「……あの三人、の身柄、は確保、した。投降、してほしい」
決闘を即座に停止し、三人の無事を祈りたければ大人しくしろという最終警告。
これ以上妙な真似をすれば三人の無事は保障できない。少女の瞳にはそれが嘘ではないという確証が溢れ出ている。
「……!!」
アタリスの動きが止まる。
突然の横槍に興が冷めたかのように表情を曇らせ、湧きたっていた殺気を引っ込ませる。
「なにっ……!?」
あまりにも呆気ない戦いの終わり。だがそれよりもフリジオは驚愕した。
止まった。
あの怪物の娘が、“人間”の存在のために静止した。
(……彼女は自身の人生を彩る以外には何の興味のない怪物だ。身勝手の権化と呼ばれた怪物の娘がそんな脅しに乗るわけがない……ああ、きっと気のせいだ)
フリジオは赤眼の怪物をじっと見つめる。
「それは仕方ない」
アタリスはそっと両手を上げる。
「良いだろう。友を失うのは心が痛むのでな」
……フリジオは驚愕した。
その発言。それはとても、彼の知る史実の怪物の娘とは思えない言葉だった。
アタリスはグリーブの少女に腕の枷をつけられ、完全に動きを封じ込まれる。瞳も真っ赤に染まる気配をそれ以降見せなくなった。
「待てっ! 何故、投降する!?」
思わずフリジオは咆哮した。
「あの怪物の娘が、人の情に流されるようなことが……」
「分かっておらんな小僧」
アタリスは笑みを浮かべ振り向く。
「奴らは我が人生最高の一興だ。簡単に失うのは惜しいものでな」
それだけ答え、再び足を進め始める。
「人間という存在……父も愛したように、私も愛しているのだよ」
愛している?
人間を愛している?
その言葉にフリジオはこれほどにない嫌悪感が芽生える。
そんなセリフを怪物が吐くなと言わんばかりにレイピアを構える。
「待て、行くな」
フラリとフリジオは足を進める。
「まだ勝負はついていない」
少女に向けられるレイピアは標的が定まっていないのかゆらりくらりと焦点も捕えずに震え揺れている。
「君は僕に殺されなくてはいけない。殺されないと、いけないんだ」
戦いを止める気はない。引っ込むことのない狂気が一歩ずつアタリスへと近寄る。
「君は“怪物”だ。人類にとって“迷惑な存在”だ。そう呼ばれるのに相応しい存在なんだ……だからボクは一族の人間として、君に相応しい最期を与え、それに相応する功績を得ることでっ、遂にはッ」
「フリジオ」
アタリスを連れるグリーブの少女が振り向いた。
「これ以上、勝手、な真似、をすると……“兄様”、に報告、する」
「!!」
フリジオの動きがピタリと止まる。
さっきまで剥き出しであった欲望の殺気が……消えてなくなった。
「……仕方ありませんね」
やれやれと両手を振って、フリジオはその場から背を向ける。
「そこで彼の名前を出されるとどうしようもない……わかりました、従いますよ」
そうは言ってるものの、今もなお、彼からは滲み溢れている。
「……チッ」
殺したくて仕方ないという欲望が。
今目の前にいる宝物をどうしても我が身に収めようという野望が。
フリジオは引っ込みのつかない狂気と共に、その場から立ち去った。
……何でも屋スカル一同、これにて全員捕縛。
これからどうなってしまうのか。
四人は連れられて行く。
魔法世界クロヌス最後の砦……ファルザローブ城へと。
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