PAGE.74「無骨なバッドスタンス」


 ラチェットの囮を無駄にしない為にと小麦粉の運送を続けるスカルとコーテナ。何処にあるかも分からない宿屋のおっさんの親戚の家をしらみつぶしに探している。


 ……しかし、逃走者をそう易々と逃がしはしない。

 奴等は精霊騎士団。クロヌス全土の守護を担当する者。王都ファルザローブの城下町に至っては騎士団にとって庭のようなものだ。


 逃げられるはずもない。

 前方に立ちはだかるのは、精霊騎士団のメンバーと思わしき二人組。


「さてと、詳しく話を聞こうかねぇ?」

 騎士というよりは侍の雰囲気を醸し出す男は愉快気に話しかけてくる。


「誰だ! お前たちは!? 俺たちに何の用だ!?」

 小麦粉の詰まれた荷台に手を付けたままスカルは威嚇する。


 ロードブリッジでの襲撃は騎士団によるものの可能性が大きくなる。

 現に彼らを追っているのは何れも騎士団の装束を身に纏う集団ばかりだ。


 王都ファルザローブに位置する騎士団となれば、あの有名な騎士団しか思い当たる節はないが、スカルは念押しのために質問してみる。


 ……自殺行為にも等しい、命知らずな時間が始まる。


「おいおい、私達の事を知らないって……それに悪党にピッタリのセリフ、ご苦労様なことだな」

 サイドテールの少女騎士は睨みを利かせて、そう言い返す。


「悪党に名乗る名前があると思って、」

「おう、俺の名は”ホウセン”! 精霊騎士団の一員だ。よろしくなッ、悪党!」

「……言うのかよッ」

 侍さんの方は割とあっさり自己紹介をしてくれた。それに対し、少女騎士は苛立つように溜息を吐いている。


「ちなみにコイツは”サイネリア”。このナリでも精霊騎士団だから、よろしくな」

「誰がこのナリだ、どつくぞ」

 ついでに侍さんは少女騎士の方の紹介もしてくれた。

 ……正直侍さんの言うことも理解できる。まず、風貌だけでは近所のゴロツキに見えるし、間違ってもクロヌス全域を守護する騎士様には見えるはずもない。


 まず、セリフがゴロツキのそれ。クールな雰囲気丸出しの不良少女という感じだ。


「……コーテナ! Uターンだ!」

「了解!」

 道が塞がれたのなら来た道を戻ればよいだけの事。余計な大暴れをして、後ろの小麦粉に傷一つ受けるものなら切腹ものである。


「って、げっ!?」

 しかし、そう易々と逃がすわけもない。


 後方も既に甲冑騎士達によって道を防がれていた。


 絶体絶命。

 お前たちは完全に包囲されているという言葉を投げかけられそうな状況であった。


「ちっ! ここでお陀仏かよ!?」

 スカルもこの状況を打破する方法が見つからない。


 汗が噴き出す。

 そもそも、どうして正義の騎士団に追われる状況になっているのかが謎だ。何か悪い事でもしたのかと脳の記憶の隅々まで探し尽くす。


 どうしようもない状況に二人は息を呑む。


「……抵抗していいぜ?」

 そんな二人に騎士団のホウセンが口を開く。

「俺と一対一で戦って、それで勝てたら逃がしてもいいぜ?」

「……は?」

 サイネリアが驚いた顔でホウセンを睨みつける。


「馬鹿かテメェ。誰の許しを得て勝手な事を」

「まぁまぁ、いいじゃないの。エリートちゃん」

 ホウセンは怒鳴りつけてくるサイネリアの頭を雑に撫でまくる。


「面白そうだし、一戦くらいは交えてみたいわけよ」

「テメェの私情じゃねーか、戦闘狂がッ。頭撫でんな、猫か私はよッ」


 仲間割れ。でも起きてるのだろうか。

 大喧嘩に見えるがその風景には何処か仲睦まじいものも見えてくる。


「……おい、騎士団さんよ。お前ら今、勝てば見逃すって言ったが……まさか、正義の騎士団が嘘をつくような真似はしないよな?」

「ああ、しないしない。男に二言はない」


 ホウセンは肩を鳴らしながら、スカルの元へと歩いていく。

 胸当てや籠手程度の甲冑もすべて外す。ホウセンは己の肉体と愛刀の二つのみを武器に、逃亡犯に決闘を挑んだのである。


 約束を守ってくれるかどうかは分からない。

 だが、微塵でもチャンスがあるのならと、スカルは荷台から手を放し腕を鳴らす。


 男が拳を構えて向き合っている。


 何故このような状況に。

 置いていかれた少女二人は止めるか否かで悩みに悩んでいる。


 ……戦闘狂、と口にしていた。

 このホウセンという男は何をもって喧嘩を売ってきたのかは分からない。追ってきた理由は別にあるのだろうが、突然挟んできた私情から少々自分勝手な騎士様であることは伺える。


 勝てば逃がしてもらえる。

 スカルは深く息を吸い、体を鋼鉄化していく。


 準備は完了だ。

 いつでも殴り合える覚悟は出来ている。


「よし、来い!」

 両手を広げて、ホウセンは満面な表情で決闘開始のゴングを口にした。

「オラァッ!!」

 フルパワーでホウセンの顔面を殴りつける。

 数百トンの鉄球で殴られるような衝撃がホウセンの顔面全体に容赦なく叩きこまれる。直で受ければ、タダではすまない。


 逃げも隠れもしない顔面ストレートを諸にくらったホウセンの体は回転しながら宙を舞う。そのまま、ゴムボールのように四回ほど地面で跳ねていた。



 ……勝ったのか?

 勝つつもりで本気の一撃を食らわせたが、まさか一撃で沈んでしまったのか?


「おー、いってぇ~……」

 ホウセンは立ち上がる。

「やるじゃねぇーか。中々、重い一撃だぜ」

 殴られた本人はケロっとしている。

 今のパンチで鼻は潰れたみたいだ。潰れた鼻から、水風船が割れたように血が噴き出している。


 だが、顔の原型は鼻が潰れた以外には変化がない。

 無事だ。無傷とは言わないが、その程度のダメージで済ましていた。


「嘘だろッ、おいッ!?」

 これには思わずスカルもビックリ。何故この男は平気だというのか。


「じゃあ、今度は俺の番だ」

 ホウセンは刀を抜く。

 地面を蹴り上げ、一瞬で距離を詰めたホウセンはスカルの横腹へ刀を振り払う。


「なんの!」

 刀程度でこの頑丈な体が破れるものか。

 スカルは思い切り足腰を踏ん張った。


(……!?)

 スカルは悲嘆する。

 悲鳴が。刀の触れた横腹から悲鳴が聞こえる。


 ガラスが割れたような感覚だ。頑丈な防弾肌は刀の一撃を耐えきることが出来ずに、その衝撃を直に受けている。

 しかも驚くことに刀は峰を向いている。つまりは斬り捨てるための攻撃ではなく、刀で殴るための一撃。


「がぁああッ!?」

 スカルはあまりの鈍痛に悲鳴を上げた。


「スカルっ!」

 コーテナは思わず奇襲を仕掛けてしまう。

 片手を拳銃の形に見立て、炎の球体を即座に形成。そして発射。


「おっと」

 ところが、その炎は男達の近くにいたサイネリアが片手で受け止めた。

「ほほう、“元素型”の魔法か。しかも魔導書を使わない天然モノ……レアだな」

 サイネリアは決闘を行っている二人を背に、首を鳴らしている。

 受け止めたファイアーボールはいとも容易く握り潰されてしまった。


「……だが、甘ぇよ」

 サイネリアの片手から、同じくファイアーボールが形成される。

「“元素魔法の砲撃”ってのはこうやるんだよ」

 だが、おかしい。

 コーテナのファイアーボールと比べると、その“濃度”に明らかな違いが分かる。


 マグマのように漆黒と真紅の混ざる球体。ダークマターでも形成されたような邪悪な玉が少女騎士の手の平で、まだかまだかと震えを繰り返している。


「そらよ」

 形成されたファイアーボールを空中に向けて発射。



「……ッ!?」



 遥か空高くで爆散したファイアーボールはシャレにならない轟音を上げる。

 大地が震える。爆風のみで民家の屋根と煙突の一部が吹っ飛ばされていく。


「うわぁ!?」

 コーテテも爆風に耐え切れず、そのまま尻餅をついてしまう。

 彼女だけじゃない。その場にいた、部下と思われる騎士達もファイアーボールの爆風に耐え切れず、何名かが地に足をつけてしまっていた。


「おおっと!?」

 それは決闘を続けている二人も同じだった。

 スカルは殴られた衝撃と爆風の両方に耐え切れず、そのまま倒れ込んでしまう。


 ホウセンは姿勢が悪くなった瞬間にスカルから距離を取った。爆風で巻き上がる凶悪な砂埃から目を守るために即座目を閉じる。


「これが元素魔法の砲撃だ……といっても、私のは精霊サマの御加護あっての威力だしな。強く言えねーのがアレだけど」

 尻餅をついているコーテナにサイネリアは頭を掻きながら言い聞かせた。


「サイネリアちゃんよ~。撃つ前に一言は欲しかったよぉ~?」

「うるせぇ、ちゃんをつけるな」

 面白げに笑っているホウセンにすかさずガンを飛ばした。


「さてと、約束は約束だ。ちょっとばかし、ついてきてもらうよ?」

 地面に倒れ込んだスカルにホウセンは手を伸ばす。

 これ以上無駄な抵抗は出来そうにない。

 ホウセンとの力の差、そして隣の少女騎士のアホみたいな魔法の火力。


 差がありすぎる。

 これが、精霊騎士団の実力という事だ。


「……わかった。ただし、二つ約束してほしい。まず一つは……俺の仲間に変な真似をしてみろ。絶対に許さねぇぞ」

「大丈夫。あくまで捕縛するだけだ。ただ、その後どうするかは王様次第だけどな」

 絶対の安全は保障出来ない。

 ホウセンはそこだけは観念してほしいと謝ってきた。


「あと一つは……」

 そして、これだけは絶対に外せない。

 これだけは譲れない条件だ。


「そこの小麦粉を、このメモの場所まで届けてくれ! 頼む!!」

 メモを騎士に渡し、人生一番の土下座を披露した。

「「……何故に、小麦粉?」」

 メモを渡された二人の騎士は、突然の小麦粉に当然疑問を浮かべていた。

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