PAGE.71「重すぎる汚名」
王都ファルザローブの中心部には“王城”がある。
精霊騎士団は王都ファルザローブを守護し、人類最後の砦であるこの王城を護衛しているのだ。
この王城に存在するのは人類を守護する最後の抑止力。魔法世界の秩序を司る存在全てを束ねる存在。
精霊騎士団の団長、そして王都ファルザローブの王だ。
「報告を受けた容疑者たちの現状は?」
「はい、現在も逃亡中です」
城の方では事が慌ただしくなっているもよう。
「……まさか、団長がいないこの時に王都の襲撃に来るとは……爆弾魔め。我々、騎士団もカタが落ちたものだ」
どうやら今現在。精霊騎士団の団長は不在。
王都にいない団長に変わって、精霊騎士の一人が王都の騎士へ指示を送っている。
非常事態の対応に、この男は何処かやつれているようにも見える。
「……団長、早めの御帰還を。あまり席を空けられては、このような有様に」
「私がどうか致しましたか?」
精霊騎士の男の背筋が凍る。
女性の声。彼にとっては聞き覚えのある声に慌てて後ろを振り向いた。
「……団長」
男が振り向くと、背丈がさほど高くなく、他の騎士団とは装飾も全く違う騎士甲冑を身に着けた女性がそこにいた。
その甲冑はこの城に属する王族のみが身に着けることを許されているものだ。この国の平和のシンボルである王家の紋章が女性の胸で輝いている。
そう、この少女こそが……
秩序の騎士。精霊騎士団の団長なのである。
「留守の方、ご苦労でした。クレマーティ」
騎士の女性と話を交える精霊騎士団の一人。その男の名はクレマーティ。
ブロンド髪の好青年。精霊騎士団の中では、団長以外の特権で残りの騎士達への指揮を任されるほどに実力のある騎士だ。
「到着してすぐで悪いのですが……街の方が騒がしいですね。何があったのかを話しなさい」
ファルザローブに戻ってすぐの団長は、まだ事情を聞かされていないようである。
城のバルコニーから街の様子を眺めているが、その広大さ故にどの辺りで騒乱が起きているかなんて見当もつかない。
……団長は感じ取っていた。
王都の住民たちの騒めき、そして城の中での騎士たちの慌てぶり。
今、王都で間違いなく何かが起きている。騎士団が動かなくてはいけないレベルの大事件が起きている事実を知り、女性騎士は姿勢を改めている。
「……例の爆弾魔を発見したのです」
クレマーティは単刀直入に事を告げる。
「なるほど」
団長は視線を部下の騎士の方へと戻した。
「ここ最近で起きている、活火山及び鉱山の連続爆破……私もその情報をエージェントより報告を貰い帰ってきたのですが……まさか、犯人が自ら庭に入ってくるとは」
精霊騎士団はここ最近、“とある事件”に頭を悩めていた。
団長が口にした“鉱山および活火山の連続爆破”。
その言葉が意味するのは単なる比喩表現でも何でもない。文字通り、被害に遭った自然山景のほとんどが”謎の大爆破”によって吹っ飛ばされているというものである。
山に空いた大きな穴。爆破魔術により無惨に抉り取られている地獄絵図。
この事件は犯人の事を爆弾魔と片付けるにはスケールが違いすぎる事態である。被害者や行方不明者が出ていないのが不幸中の幸いではあるものの、無視するには苦しすぎる大掛かりなテロ。
山によっては抉り取られた範囲は異なっており、次第にその被害の跡形は目にも余るほどに大きくなり始めているのである。
「街で逃げ回っている犯人の事、少しお聞きしてもよろしいですか?」
「……御意」
クレマーティは聞き取りやすく、なおかつ早口で特徴を口にする。
___一人は仮面をつけた謎の少年、そして大柄な馬鹿力の男が一人。
___残り二人は半魔族の少女。もう片方はかつて世界を脅かした怪物の娘ではないかとの疑惑まで存在する。少女の事についてはこれはフリジオの情報である。
「以上です」
容疑者である一味の情報を団長に告げ終える。
「……ん? その人達は」
「どうか致しましたか?」
クレマーティは首をかしげている。
「……クレマーティ。その逃亡者たちを捕縛し監禁しなさい。ただし、“拷問と処刑”だけはしないように」
「何故ですか。相手は国を仇名す大バカ者ですよ?」
数多くの自然を破壊した悪魔。
その被害はついには活火山にまで及んでいる。活動を停止している場所がほとんどだったとはいえ、何れ活動中の活火山にその魔の手が及べば、とんでもない被害がクロヌスを襲うことになる。
「……“私が受けた報告”と、その容疑者の情報が異なっているからです」
「何ですと?」
クレマーティの目つきが変わる。
「ひとまずは捕縛を。報告を寄越したエージェントも後日詳しい話をするために帰還いたします。絶対に逃がさないように」
「……かしこまりました」
何処か煮え切らない態度でクレマーティは団長からの指示に応答した。
想像以上に複雑な事件。
重荷というにはその身が潰されるほどの大罪をラチェット達は背負わされているようだ……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アタリスが突然消えてから数分。
スカルとラチェットは自分勝手な行動を取り始めた少女に呪詛の言葉を吐きながら逃げ惑い続けている。
___少女に呪いあれ。
___見捨てた我らの悪夢の報いを受けろ。
その言葉は少しばかり自分勝手じゃないかと指摘されそうだが、絶体絶命の状況である彼等には耳に届かない話である。。
「まだ追いかけてくるよ!?」
ツインテールの少女は今もなお、追跡を続けている。事あるごとに『追跡、捕縛』なんて言葉を壊れた蓄音機のように連呼している。
「くはっ、くそっ……」
ラチェット達は意識が朦朧とするほど疲労しているのにも関わらず、追跡を仕掛ける少女は涼しい顔を浮かべたままである。
……あの見た目で何という無尽蔵なスタミナ。
オリンピックにでも出れば余裕で金メダルを取れそうだとラチェットは愚痴を浮かべる。
「ぐっ!?」
フラッとした姿勢。ラチェットは一瞬飛んでしまった意識が原因で盛大にズッコケてしまう。
「ラチェット!?」
コーテナは一瞬、足を止めてしまう。
「チッ……先に行ケ! 必ず合流するッ!」
ラチェットはツインテールの少女へ視線を向ける。
少女の視線は足を躓かせたラチェットの方へと向けられている。最も早く捕縛が終わりそうな彼へと標的を変更したのだろう。
「……来ナ」
自身を追いかけてくるだろうと予測したラチェットは、スカル達が逃げた方向とは全く別の方向。逃げ道があるかどうかは賭けとなる裏道へと軌道を変えた。
飛びかけてきた意識もコケた衝撃で元に戻った。死に物狂いで逃げることには慣れているラチェットは数秒だけ深呼吸を終えると、くたびれた体に鞭打つように路地裏へと飛び込んだ。
「……」
狙い通り、少女は路地裏に逃げ込んだラチェットの方へと向かっていった。
___なんとしてでもまいてやる。
ラチェットは得意の逃げ足で路地裏でのかくれんぼを開始した。
「待ってろよ……! この小麦粉を届けたら、必ず助けに行くからな!」
仕事は中断しないんだと、コーテナは微かに思う。
しかし、彼を助けようとする意志はあるようだ。ラチェットの行動を無碍にするものかとスカルはスパートをかけて、荷台を引っ張り加速する。
「大丈夫かな、ラチェット……」
今すぐにでも引き返したいが、そうすればラチェットの行動が無駄になる。
……彼は約束を破ったことはない。
涼しい顔をして戻ってくる彼の事を信じて、コーテナもスカルと共に先へと急ぐ。
無限に見えない迷路のゴールを目指してスカル達は走る。地図通りの街並み、メモを見て想像できる風景を探して奔走する。
「とはいえ、一体どこにあるんだよ~!?」
スカルはメモを見ながら叫んでいた。
「どこに行く、だって?」
声が聞こえる。
「「!?」」
コーテナとスカルは猪のように突っ走っていた体に急ブレーキをかけようとする。
地面は砂埃を巻き上げながら抉られていく。数十センチ近くの轍を作り上げながらも、二人はその場で停止した。
早く逃げなければいけない。早く、この小麦粉を届けてラチェットやアタリスと合流しなくてはならないというのに、何故二人は足を止めてしまったのか。
理由は一つ……止められたからだ。
「お急ぎのところ申し訳ねーけど」
「悪いな! ここは立ち入り禁止だ」
二人の騎士。
片方は長くて荒い黒髪を結った、侍の雰囲気を漂わせる男。顎に手を置き、興味深そうに逃亡者の疲れ切った表情を眺めている。
もう片方は自身の肩を剣で叩きつつ、標的を睨みつける少女騎士。サイドに纏めた藍色のサイドテールが目に映える。見た目は美少女でありながらも、その雰囲気は不良少女そのものである彼女は面倒気に唾を地面に吐き捨てた
コーテナとスカルは、只ならぬ雰囲気の騎士二人に息を呑んだ。
この検問……そう易々と通してはくれなさそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……」
路地裏では今もなお続いている逃亡劇。
ツインテールの少女は一旦その場で足を止め、真っ暗闇の路地裏のあちこちを見渡している。
「……失敗、逃がした」
少女は小さな声でそう呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ざまぁないゼ!」
路地裏をドブネズミのように走り回るラチェットは、追跡してこなくなった少女騎士を無様だと深くあざけり笑っていた。
路地裏を逃げ回るのには経験のおかげか慣れているラチェット。数多くの警官から逃げ切った逃げ足と直感は今もなお、健在だということを見せつけてやった。
「さてと、そろそろ出るカ」
早いところスカルとコーテナに合流しなくてはならない。
アタリスに関しては……心配しなくても大丈夫だろう。涼しい顔して戻ってくるだろうから、彼女の事は基本後回しでも問題ない。
路地裏から飛び出し、ラチェットは再び王都の街道へと姿を現す。
「見つけたわ」
ラチェットは足を止める。
「……お久しぶりね。仮面の子」
彼に立ちふさがったのは、一度面識を取ったことがある人物。
「お前ハ」
スーツを思わせる衣装の上に羽織る白衣。
急いでいたのか、ズレていた眼鏡を片手の指で元に戻し、その流れのままに力強く指を鳴らしている。
……遺跡マニアだ。
山道の遺跡にて出会った、古代文明オタクがラチェットの前に立ちはだかった。
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