PAGE.72「具現術師VS錬金術師(前編)」
ラチェットの逃げ先に待ち伏せしていたのは、いつしかあった古代文明オタク。
名前は確か“ステラ”と言っていただろうか。
お決まりのポーズかは知らないが、不意にずれた眼鏡を片手の指で元に戻すと、今度は流れるように指を鳴らす仕草を取る。
……待ち伏せ、とは違うかもしれない。
たまたま、そこに居合わせたというのが正解だろうか。眼鏡の位置がずれるときは大抵、不慮の何かが起きた時に限るような気もする。
「悪ぃナ、急ぎの用事があるんで、どいて貰えるとありがたいんだガ?」
試しにそこから動いてくれないかと聞いてみる。
「……残念ね。二度目の再会がこんな形になるなんて」
そこから退く気配は一切見えない。
ステラの目つきは明らかな敵意。少年をターゲットとして捕えている。
「これ以上、大いなる文明を破壊されれば困るもの……学者の敵め、ここで大人しく捕まりなさい! この爆弾魔!!」
人差し指が真っ直ぐピンとラチェットに向けられた。
「爆弾魔だァ?」
何のことを言っているんだと口にする。
(いや、待てヨ?)
だが、ラチェットは一度冷静になって今までのことを思い出す。
……ここ最近、緊急事態になればアクロケミスの本から手榴弾を取り出しては野球ボール感覚で投げつけているような気がした。次第にその量や火力も考えないようになり、数多くの緊急事態を爆破してきた記憶が蘇る。
ラチェットの顔が青ざめていく。
……しかし、気になる個所もある。
爆弾魔と言われて思い当たる節は腐るほどあるのだが、彼女の言う“大いなる文明”とやらを傷つけた記憶はない。彼女言う文明とはもしかしなくても、古代遺跡の遺産のことを表している。
何度か古代遺跡で手榴弾を使用した記憶はあるが、その遺跡が壊滅状態に陥るほど傷をつけた記憶はない。
「お前、何か勘違いしてねぇカ? 爆弾魔ってなんだヨ」
……試しに聞いてみる。
「貴方の仲間に爆破能力があることは既に報告を受けているわ……よくも私のテリトリーを爆破してくれたわね?」
「テリトリーだァ?」
「誤魔化さないで。貴方も一度は見たでしょう? 私が探索していた壁画の遺跡の事よ。一歩間違えれば、遺跡諸共、古代文明の遺産は崩壊していたわ!」
彼女の言うテリトリー。それはあの壁画の遺跡の事を指している。
ステラからの回答。これを得て、ラチェットはようやく胸を張れる。
___騎士団が追っている犯人とやらは……おそらく自分たちの事ではない。
ラチェットはそう確信した。
ステラが口にしているのは遺跡付近の崖崩れの原因となったであろう何か。
ラチェット達が山道に到着するよりも前に起きた地響き。その正体はおそらく、このステラのいう“大爆発”。
既に起きていた事。よって犯人は別の誰か。
とんだ濡れ衣を着せられていると気が付いたラチェットの目つきが尖り始める。
「やっぱ勘違いしてるナ。確かに俺は爆弾を使っていたが、翌朝の記事で一面取れそうな爆破テロを仕掛けた覚えはないからナ!」
勘違いでここまで走らされたのである。
怒りの一つや二つ覚えても許されるだろう。喧嘩腰であったとしても、無礼もクソも関係ない。知った事ではない。
「……らちが明かないわね」
聞く耳持たぬとはこの事か。
ステラは白衣のポケットから小さな金の棒を二本ほど取り出した。
「アンタは私が捕縛するわ。王都特立エージェントが一人、このステラがね!」
片手に持っている金の棒が次第に形を変えていく。
マグマを押さえつけられたように溶け始め、それを前に放り投げる。次第にその形は元の姿をガン無視した大きさにまで肥大化していく。
スライムのように膨れ上がる金は巨人型の金属ゴーレムへと姿を変え、さらにそこから形を変えていく。
頑強な足腰、見るも逞しい剛腕。
頑丈な体に、相手を視認するための肉眼。
巨大な二体のゴーレムがラチェットの前に立ちはだかる。
この造形、人の形としては未完成な部分を見ると……壁画の遺跡へ足を踏み入れる前に現れた、あの鳥みたいなゴーレムの存在を思い出す。
侵入者を排除するために作られた防衛システム。
錬金術を駆使して作られたゴーレムが咆哮を上げ、ラチェットへと近づいて来る。
(結局こうなるカ……!)
ただでさえ疲労している体なのに、そこから疲労を上乗せするような展開だけは避けたかった。しかし、現実は恐ろしく残酷で容赦がなかった。
アクロケミスに触れ、取り出す武器を想像する。
あんな頑丈そうなゴーレムにハンドガンは絶対通用しない。だからといって、対戦車ライフルを構えていられる時間はない。
(対戦車ライフルなんてものが作れたんダ……これくらいの武器は出来るダロ!?)
ハンドガンの鉛玉程度ではどうしようもない。手榴弾を使って抵抗すれば楽な話だが、それで近くの民家を爆破しようものなら、余計に容疑をかけられてしまう。
別の武器を想像する。そして彼が咄嗟に思い浮かべた武器は……
“アサルトマシンガン”と“サブマシンガン”だった。
本来なら両手持ちのアサルトマシンガンと肩手持ちのサブマシンガンをそれぞれ片手に二丁スタイル。威力も高めの乱射をダブルで用意。
具現。両手に持たれた乱射の弾丸。
「吹っ飛びやガレ!」
ハンドガンの数倍の威力は誇るアサルトマシンガンを取り出したラチェットは、間髪入れずにゴーレムの脚に目掛けて銃撃を開始する。
……しかし、効いていない。
威力を上げたとはいえ所詮は鉛玉。魔法という便利な技術で作られた人形相手には結局無意味なことであった。
「くそガっ!」
アサルトマシンガンを放り捨てると、すぐ近くにあった民家の壁……排水用のパイプをよじ登り、一度屋根の上へと避難する。
「なら、これでどうダッ!」
また別の武器を取り出す。
(だったら、これも……!)
夢想。贅沢も無謀も想定せずに、その武器を頭の中に連想する
……具現。
次に取り出したのは“ミサイルランチャー”だった。
気が付けば、いろんな武器を取り出せるようになっている。
魔導書の本領を発揮するには自身の体にそれ相応の魔力とやらが必要になるみたいだが、長くこの世界にいたおかげで、体内にはそれなりの魔力が芽生えていたのかもしれない。
「今度こそ吹き飛びナッ!!」
屋根上で片膝をつけて姿勢を安定させ、肩に構えたミサイルランチャーを二体のゴーレムに目掛けて発射する。
鉛玉なんかではどうしようもないゴーレムだが、これだけの火力が詰まれたミサイルを一気に浴びれば、一たまりもないだろう。
無慈悲なミサイルの雨がゴーレムに降り注いだ。
「!?」
即座に武器を取り出したラチェットの姿を見て、ステラは驚愕する。
それなりの防御力を誇るゴーレムの片方は大破、もう一体はミサイルの爆破衝撃に耐え切れず粉々に砕け散っている。
捕縛のために加減の入れた作品ではあったものの、それなりの頑丈さは用意した作品がいとも容易く壊されたことに対し驚いていた。
「依り代を使っていない。錬金術とは違う」
ラチェットの持つ魔導書へと視線を向けている。
「次々と出てくる奇怪な武器……アクロケミスね!」
彼の持っている魔導書の事をステラは知っているようだった。
それも当然。アクロケミスの魔導書とは、遺跡マニアの間でも結構有名な代物であり、完璧な状態で見つかるのは稀と言われるほど貴重なものだ。古代文明マニアである彼女が知らないはずもない。
「しかし、実に惜しいわね……!」
ステラは屋根上にいるラチェットを見て舌打ちをする。
「アクロケミスの存在。それに貴方が取り出した拳銃……かなり”レトロなスタイル”を知っているなんて、相当に古代文明を調べつくしてるみたいね! あなたが追われる身でなければ、是非ともお友達になりたかったものだわ!」
「ん!? ちょっと待テ!?」
ステラから帰ってきた返答にラチェットは声を上げる。
この世界の拳銃は鉛玉を打つための発砲装置ではなく、魔法を弾丸として発射するための補助用品だったはずである。
この世界では特に使われることもない二度手間の代名詞。玩具も同然の役立たずの武器だと聞いている。
弾丸を発射する拳銃はこの世界で見かけることはない。存在するかも分からない。
ところがあの古代文明マニアは彼の使っている拳銃を知っているような素振りを見せた。まるで“昔はその拳銃があった”ような口振りを。
「この銃の事を知ってるのカ!?」
「本当に口惜しいけど……覚悟なさい!」
相変わらずの聞く耳持たず。ステラは新たに金の棒を取り出した。
今度は二本だけでなく、五本と倍以上の数である。
倍以上の数の金の棒を再び巨大なスライム状に変化させ、大破状態のため身動き一つ取れなくなったゴーレムに向かって投げつける。
「捕まえた後でたっぷりとっちめてあげるわ!」
スライム状になった金の物体は壊れたゴーレムの体を次第に取り込んでいき、ゴーレムそのものの形を変えていく。
……数秒後に現れたのは、一度見たことのある作品だった。
壁画の遺跡前を警備していた巨大な鳥のゴーレム。壊れかけていた人型の巨人は、空を飛ぶ無機質の獣へと姿を変えた。
「話くらいは聞けっていうんダ! クソっ……!」
ミサイルランチャーを投げ捨てたラチェットは屋根の上を猫のように駆け抜ける。
「待ちなさい!」
怪鳥のゴーレムの背中に乗ったステラは、再び逃走を開始したラチェットを捕縛するために空からの追跡を開始した。
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