PAGE.70「歪んだ輪舞曲(後編)」


「僕は英雄になりたい」


 一族の名に恥じる男として。

 その誇りある騎士のような存在に自分もなりたいという夢を描いて。


「英雄とは何なのか。どうしたら、英雄になれるのか……僕は、この答えに辿り着いたのです」

 青年は少女の反応の変化に目を向けることもなく話を続けている。向こうに言葉を挟む隙もなく、“夢という名の野望”を語り続けている。


「“功績”であると、世界が認める功績を得られれば……僕も英雄になれる、とね」

「……つまり、その一歩として、私を歓迎したわけだ」

「ご名答です」

 フリジオは一族の人間のようになりたいと騎士を志している。

 英雄に近づく最初の一歩として、かつて騎士団が殺し損ねたであろうヴラッドの娘を討伐する。人類の脅威である根源となりかねない種は摘んでおけば、その功績はきっと英雄へと近づくカギとなる。


 ……なんとも、正義の騎士らしさもあれば、何処か歪んだ感覚も否めない思想。

 媚を得るような下からの笑顔にフリジオの若干の不気味さが込み上げ始めていた。


「……はっはっは! 実に興味深い!」

 アタリスはフリジオに対し、上からの笑みを返す。

「我が父を殺した伝説の騎士の末裔とはな。そして怪物の娘である私がその末裔と出会う何とも愉快な因果……! 愉快だ、実に愉快である!」


 アタリスは快楽をも覚えるように身を震えさせる。

 これほど愉快なドラマがあるというのだろうか。伝説の怪物と伝説の英雄の末裔同士がこうして、獣のように牙を向け合っている。


 己の思想のために。己の欲望のために。

 人生を彩る物語としては、これ以上にない一ページの誕生であった。


「おや、父を殺されたことに怒りは覚えないのですね」

 フリジオはそんな少女に怯えることなく問う。

「父は言った。彩りのある素晴らしい人生を謳歌しろと……自分とはまた違った、面白い人生を冥土の土産に持って来いとな。父は私の事を考えつつも、最後まで自身の人生も捨てなかった男だった」


 怪物ヴラッドはそんな男だ。

 自身の人生に彩りを。その為ならば、周りの事など一切気にしていない。


 彼は娘であるアタリスを愛していた。だが、自身の人生も捨てていなかった。

 最後の最後、死ぬ手前の刹那まで、何一つとして後悔のないドラマを作り続けてきたのだ。


「『父の敵討ちのためだけに人生を生きた』だなんて事を冥土の土産に持って来れば、我が父は間違いなく失望するだろう。だから、父の言いつけ通り、私は私の人生を謳歌するだけのこと」


 意思を持っているかのように浮き立っている不思議な雰囲気の髪が風に靡く。

 その華麗さと歪さ。両方を兼ね揃えた怪物の美少女の姿が目に映える。


「……おお」

 フリジオの前にいるのは、かつて人類に迷惑をかけ続けてきた伝説の怪物と全く変わらない魍魎。

 あの伝説の怪物の末裔であることを疑わせない少女の姿がそこにあった。


「我が父を殺した男の末裔……我が一族を滅ぼした名誉ある一族! 我が人生を彩る相手として、欠片の一つも申し分ない!!」


「流石は怪物の娘! その狂乱ぶりが愛おしい!」


 フリジオもアタリスと比べ物にならない狂喜乱舞を表情に浮かべる。即座に引いたレイピアはまるで指揮棒のように踊っていた。


 これから始まる最高のオーケストラにお互い心を躍らせる。


「我々を追っているのには何か別の理由があるようだが、お前はそれと関係は皆無のもよう……任務を放ってまで私の手を引いたのだ。一時どころか、無限の時間を楽しむ余裕はあるのだな?」

「その期待、存分に応えるとしましょう!」


 互いの宣戦布告はここに終わった。


 牙と牙。瞳と刃。

 その間では確かな火花が飛び散っていた。


「……しかし、ここからどうするつもりか楽しみだ」

 アタリスは青年を視界から離そうとしない。


「我が眼は既に小僧を捕らえている。私の眼の事は深くご存じのはずだ」


 フリジオは既にアタリスの視界に入ってしまっている。この状態から既に対戦相手は詰みの状態。所謂チェックメイトというやつだ。


 彼女の視界にある範囲・地表・標的は、爆散・噴炎・燃焼とあらゆる熱で燃やし尽くす。必死に逃げ惑うと思考しても、すでに手遅れの状態なのだ。


「ご安心を。それに対して方法はありますとも」

 フリジオはレイピアを天に向け、笑みを浮かべる。


「ほほう、具体的にどうするのだ?」

 アタリスは期待の念を込めて言葉を送った。



「こういたしましょう」


 まるで風と共にやってきたように。

 フリジオの言葉が“真後ろ”から少女の耳に入る。


 「!?」

 アタリスは、時間が止まったように感じた。

 目を疑った。耳を疑った。その余裕な笑みが一瞬だが崩れ去った。



 ……瞳の中には標的であるはずの騎士がいない。

 声も正面からではなく、真後ろから聞こえてくる。



「騎士団の中でも、かなりすばしっこいのが取り柄でしてね……!」


 レイピアの突きがアタリスを襲う。


「ぐっ!?」

 即座に動き、致命傷を避ける。

 心臓には届かせない。間一髪で臓器の真横にレイピアを貫通させた。


「その目の発動には微かにラグがある。その前に視界からいなくなれば良いだけの事です」

 フリジオは体を貫通したレイピアを引っこ抜く。

「かはっ……」

 引っこ抜かれたレイピアの傷跡から血が溢れ始めている。

 

 アタリスは即座にその場を離れ、一度フリジオから距離を取る。


 ……気が付けなかった。

 灼却の眼を発動するよりも早く、フリジオは少女に一歩手を取ってみせた。チェックメイトという完全勝利にも程がある状況から、少女の度肝を抜いてみせた。


「……む?」

 アタリスは胸に手を当てる。

 止まらない。出血が止まる気配がない。


「ほほう、やはり対策済みか……これで父も」

「その通りです」

 レイピアが日光に反射し、輝きを帯びている。


 ……聖水。魔族に対し特殊な効力を持つ薬剤。

 レイピアの先端にはそれが塗られている。


「ヴラッドは特殊な半魔族だった。そして彼が生涯克服できなかったというのがこの聖水というわけです……どうやら、彼の体は聖水に対して、微かですが拒否反応を覚えているみたいでしたからね」

 特殊な魔力が練り込まれた天然水。人工物は制作不可能の代物で、限られた場所でしか採取することのできない特殊な液体だ。


 ヴラッドは聖水に対しての克服は叶わなかった。

 それが唯一の突破口となった。何より、年老いた体には致命傷としては充分な代物だったのである。


 聖水に対するアレルギー反応。それに関係する傷だけは、一族の再生能力をもってしても“再生”出来ないのだ。

 

「私はあなたを殺します。そして……御先祖様や祖父、そして父と同じような英雄の端くれになってみせましょう!」

 また声が後ろから聞こえた。

 本当に刹那の瞬間だ。気が付けば声が途中から別の方向で聞こえてくる。


 今度こそ逃がすまいと、レイピアを心臓に向けて突き立てた。


「……技量は結構。しかし、“野望”が狭い」

 アタリスは見返りついでに微笑みかける。 


「!?」

 フリジオは瞬間的に体をひっこめた。

「ぐっ!?」

 彼の首に“大きな切り傷”が出来上がる。

 後少しでもずれていれば、喉が破壊されていた。


「……惜しいな。あと少しで晒し首に出来たものを」

 アタリスの手にはフリジオの血がついている。彼女はそれを軽く舐めとった。


 ……怪物ヴラッドは能力だけで頂点にたったわけではない。

 肉弾戦など近距離戦の強さも有名であり、数多くの戦士達と決闘を交えた。


 この少女もその血を引き継いでいる。

 瞳による空間支配だけが、怪物の取柄ではない。


「騎士の小僧。お前は私の想像よりは魅力はない」

「これはお厳しい」


 二人の姿が屋根上から消えてなくなる。


 瞬間、王都ファルザローブ上空の太陽を背景に姿を現した二人は、これ以上にない愉悦を浮かべながら、拳と刃を交えていた。

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