PAGE.69「歪んだ輪舞曲(前編)」


 精霊騎士団は千年以上も長い歴史を得て存在し続けている。


 かつて、魔族界との戦争を精霊と共に終止符を打った。

 戦争が終わってからは、その力を子孫へと遺し、力を受け継いだ者が新たな精霊騎士団の一員となり、千年もの間、魔法世界クロヌスを守り続けてきた。


 クロヌスの守護者、精霊騎士団。

 世界を救う刃が……今、何も知らぬラチェット達へと向けられていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ラチェット達は今も全力疾走で冷酷無比なツインテール少女から逃走を試みる。

 そんな中、一人だけ別の方向へと逃げ出したアタリスの前に精霊騎士団を名乗る男が現れたのだ。


 思いがけぬタイミングで思いがけないデートのお誘い。

 騎士の青年の思わぬ登場と言葉にアタリスは興味を示している。


 精霊騎士団が一人フリジオの口説き文句は……耳を傾けるモノであったからだ。


「……ほほう、何故分かった?」

 正体がバレたというのに、アタリスは逃げも隠れもしない。


 かつて、人類に数多くの脅威と尊敬を与えた伝説の半魔族・ヴラッド。

 世界の環境や状況など知ったこともなく、自身の人生を彩るためにあらゆる偉業と悪行を重ねてきた永久不滅の怪物と呼ばれた男。


 アタリスはその娘である。それ故に、ヴラッドのことは勿論、半魔族という存在も恐れる者からは忌み嫌われることを回避することは出来ない。


 しかし、彼女はそれを隠さない。

 それどころかヴラッドの事を知っていただき光栄だと胸を張っている。彼女自身はヴラッドの娘であるということに変わることのない誇りを抱いている。


「報告があったからですよ。赤い瞳を持った少女がいると……その瞳は空間を爆破させたとね」

 フリジオは笑顔のまま、彼女の質問に答える。

「自身の眺める世界を自由に躍らせる瞳を持つ者……それはどの世界を探しても一人しかいない。そう、伝説の怪物・ヴラッドだ」


 灼却の眼は本来、ヴラッドの魔衝である。

 アタリスはそれが遺伝した形になる。


「彼は人間の娘を嫁ぎ、子供も産んだ……ヴラッドが亡くなり一族も一掃したその日、何故か娘の遺体だけは見つからなかった」

「ほほう、かの有名な怪物が子を授かったという話は公にはなっているようだな」

 母親であるムルシエラに召使い、そして娘である自身と共に長い期間、人里離れた場所で誰に気付かれることなく静かに暮らしているような印象が彼女にはあった。


 ひっそりと暮らしていたことを考えると、怪物ヴラッドに家族が出来ているなんて事は騎士団が知ったことではないと思っていた。


「そりゃあそうでしょう……」

 フリジオは呆れたように髪を靡かせる。

「『我が子の誕生を祝え!』だなんて言葉の書かれた家族の集合写真のメッセージカードを当時の精霊騎士団に直接持ってきたらしいですからね。こんな伝説まで残されたら、知らない人はそういないし、嫌でも記述に残るでしょう」


 なんという事実。

 結婚報告はおろか、子供まで授かったという報告をヴラッド本人が敵であるはずの精霊騎士団にやってのけたというのだ。


 しかもそのメッセージカードは王都の博物館に寄贈までされているのだという。


「……あっはっは! さすが我が父だ! やることが違う!」

 あまりの愉快さにアタリスは心の底から笑ってしまった。

 いつも通り、自身の知る“愉快で豪快な怪物”。誰も考えつかないようなことを平気でやってのける父親の壮大さにアタリスは改めて尊敬の念を送ってしまう。


 実に彼らしい。アタリスは腹が捻じれそうなほど愉快だった。


「それで、その精霊騎士団とやらが娘である私に何の用だ?」

 精霊騎士団として、人類の脅威であるヴラッドの血筋をここで片付けておくなんて、正義の味方らしい言葉の一つでも吐くのだろうか。


「……貴方が父親を誇っているのと同じように、私も父とその一族を誇っているということですよ」

 フリジオは胸に飾られた紋章に手を当てている。


「どういう意味だ?」

 その話だけでは形が見えてこない。アタリスはストレートに質問を返す。

「ヴラッドは精霊騎士団の活躍により征討することが出来た。あの伝説のヴラッドを倒したという騎士は、それは英雄として語り継がれてきたものです」

 紋章を掲げ、アタリスの瞳を眺める。


「そう、その一族こそが僕の血筋……僕の御先祖様こそが、この世からヴラッドを倒した名誉ある騎士なんです」


 その紋章はこの王都ではあまりにも有名なものだった。

 戦争が終わっても尚、暴れまわる魔物の脅威から世界を救い続けてきた騎士の一族。その一族は腕のある騎士であっても手を焼く巨大な魔物や屈強な魔物など数多くの脅威を葬ってきた。


 対魔の一族。それがこのフリジオという男の御先祖様だ。


「……」

 ヴラッドを殺したという一族の男。

 その青年を前にアタリスの表情も今までとは違うモノに変わっていく。


「僕も一族の人間として……その誇りある騎士になりたいのです」

 フリジオはアタリスの対応など知ったことなく話を進めていく。この先どうなるか分かったものではない挑発じみた言葉の先に、今度は”夢”を添えてきた。


「……なるほど、そういうことか」

「お察しの通りです」

 アタリスの対応を見て、目的を悟ってくれたことにフリジオは喜びを覚える。


 この世界から数多くの魔物を葬ってきた一族。

 その一族の名に恥じない男になる。誇りある一族に感銘を覚えた彼自身も……その存在に強い憧れを抱いている。



 青年の夢……いやこれは一種の”野望”というべきか。



「僕は、この世界の“英雄”になりたいのです」


 紋章を掲げた宣告。

 フリジオは敵と認識するアタリスへ……これほどにない感謝の念を込めていた。

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