PAGE.68「王都凱旋」



 “王都は広かった”。




 地球の外から初めて青い星を眺めた宇宙飛行士が遺した有名なセリフみたいなことを思い浮かべる。王都に入って早々の言葉であった。


 今まで訪れた街が田舎町の商店街じゃないかと思えるくらいの広さ。

 東京ドームで考えると何百個分以上の広さなんだろうとファンタジーっぽくない算数をラチェットは頭の中で張り巡らせている。


 ……本当に広い。

 宿屋のおっさんがくれたメモを頼りにお届け先を血眼で探しているが、この馬鹿広い街の一部しか描かれていない地図では探すのに時間がかかる。


 目印の一つくらいは書いてもらうべきだった。ここで深く反省をしている。


「ふざけんなヨ……」

 ラチェットは舌打ちをかます。

「なんで、こんなことになってんだヨ……!」

 汗を滝のように流す。

 乱れる息、パンパンに膨れ上がりそうな足。次の日に筋肉痛で動けなくなっても構わないと死に物狂いで全力疾走の最中。

 

 ……ラチェットにコーテナ、そしてアタリスは走っている。

 その後ろでスカルが“バギーが引っ張っていた荷台のみ”を馬鹿力で引っ張りながら、王都ファルザローブを走り回っている。


「なんで……俺たちが追われてるんだヨッ!?」

 四人後ろから影。


 “インナースーツ姿に、騎士甲冑の胸当てとグリーブのみを身に着けた何者かが迫ってくる”。


 ラチェットは王都の中心でその悲劇を大声で呪っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・


 何故、このような事が起こったのか、時間は数分前にさかのぼる。

 ロードブリッジでの襲撃。騎士に化けた魔物に襲われたのだろうと自己完結させ、深く関わらないよう一同はロードブリッジから逃げていく。


 ロードブリッジを抜ければ、あとちょっとで王都ファルザローブに到着する。ホウコウシティの宿屋にて、地図と睨めっこを続けていたスカルが言うには間違いない。


 この世界の車には電子機器等のトラブルなどは一切存在しない。エンジンやクーラーなどの機材は全て、魔導書一つで補われている。魔導書にさえ異常が起きなければバギーはノンストップで駆け抜けるのだ。

 それといったトラブルを怖がる必要もなく王都までバギーで疾走。真っ新な平原を走り抜け、ついに見えてきた城下町へと続く巨大な門を越え……。


「よっしゃぁっ!!」

何でも屋スカルはついに王都への凱旋を果たしたのだ。


「ついた!」

 街へ入るとバギーの速度を遅くする。

「ふぃ~……ブチまけた話、心臓縮んだ……」

 ここから先は法定速度のようなものが暗黙のルールで存在する。彼ら以外にも車や馬車など乗り物を利用している者がいるため、事故が起きないようにと定められているのだ。


 一同はゆっくりと動くバギーの上で王都の景色を見渡している。


「うわぁ~、すごい……」

 写真でしか見たことのない巨大な街。

 その絶景にコーテナは圧倒されていた。肉眼で見たこともない桁違いなスケールの大都会にただただ唖然とするだけだった。


「さてと、おっさんの友人の家を探さないとナ」

 ……ラチェットは地図を開く。


「ところでよぉ、スカル」

 ここで気づいたのである。

「これ、知り合いの家、何処にあるんダ?」

 この地図……明らかにこの街全体の地図を描いたものではない。


 一部分のみをメモしただけである。母親が初めてのおつかいに行く子供に渡すメモほど簡素すぎるものではないが、このメモだけでは何処に家があるのか分からない。


 ……ゆっくりとバギーを前進させる中。

王都ファルザローブの城下町にあちこちに置いてあるだろう掲示板を発見する。

 

「えっと、これか」

 観光用掲示板。王都ファルザローブの外からやってきた外のお客さんに向けられた地図が張り出されていたため、ラチェットはその地図を流し目で確認した。

「……広すぎじゃネ?」

 掲示板に張り出されていた地図は、彼の想像する街の数十倍近くの広さ。ラチェットはメモと地図を何度も反復しながら確認する。


「無理じゃねぇか、コレ……」

 このメモ帳はこの地図の何処を記したものなのか。

 完成した1000ピースのパズルの中から指定されたパズルピースを探してくださいと言われているようなものだ。


「あっ」

 ……そしてラチェットは気が付いた。

 本来、1週間近くで街に着くはずなのに、タイムリミットに結構な余裕を用意した理由が。


 ___街に着くのは簡単だとしても、

 ___その街があまりにも広すぎて探すのに一苦労するから。


こうやって断片的な地図しか用意できなかった理由も……あのおっさん本人が、街の何処に友人の家があったか、うろ覚えだったからだ。


 一気に展開は絶望的に。


 ……心を落ち着かせる。

 まだ時間はある。この残った時間を上手く有効活用し、何としてでも制限時間以内に小麦粉を届けてみせる。


 一同は気を引き締めて、王都ファルザローブの街中を進んでいく。


「ん?」

 バギーの通行先、一同の視線の先。


 ……そこに小さな女の子が佇んでいる。

 雪のように涼しさを感じさせる水色の髪。獣の尻尾のような、長めのツインテールが風に靡いている。


 アタリスよりも低い身長。

 少女は道路の真ん中で佇んでいる。


「おーい、そこいると危ないぜー?」

 一度バギーを停止させ、スカルは車の前に佇む少女に声をかける。


 ……反応しない。

 少女は俯いたままスカルの言葉に反応一つ見せはしない。


 “迷子だろうか”?

 スカルは考え込んでいる。


「……ん?」

 涼しげな雰囲気を思わせる少女から自然と妙な悪寒を感じたラチェット。

 

 ……この悪寒。この不気味な雰囲気は何だ。


 そっと、少女の首より下へと視線を向けていく。

 動きやすそうなインナースーツ。上はノースリーブで下は膝上までのショートのタイプ。その服装の上には胸当てをつけブーツを履いている。


 鉄製の胸当てとブーツ。

 ……まるで甲冑のようだ。ブーツもどちらかと言えば、足の防具であるグリーブのような気がしてならない。


 一瞬にして空気が張り詰める。




「……標的、確認、した」


 少女が静かに頭を上げる。


「破壊、する」

 不動だった彼女の体。

 華奢であどけない脚が静かに動き出した。


「スカル、離れロッ!」

「え?」

 スカルが彼の言葉に気付いた時には。



 


 薙ぎ払うように振るわれた少女の飛び蹴りがスカルの首を捉えていた。


「……っ!」

 少女の表情が一瞬だけ変化する。

 無表情を思わせる少女の口元に、僅かな驚愕を覗かせる。

「あっぶねぇ……!」

 ラチェットの勧告が間一髪で間に合っていた。

 スカルも目の前の少女の異変へ反射的に体が動き、瞬時に首を鋼鉄化させた。


 攻撃を受け止めた。不意の攻撃を防ぐことが出来た。


「このまま逃げる!」

 再度攻撃を食らう前にバギーを前進させ振り切ろうとする。

 法定速度を破るのは致し方ない。ノロノロしていたら今度こそ、その死神の鎌のように鋭い蹴りをお見舞いされる。


「無駄、逃がさない」

 しかし、少女は機転を利かせた。

「破壊、開始、する」

 攻撃を防がれてすぐに少女が攻撃した場所は……スカルの愛車のボンネット。その中に仕込まれてある数冊の魔導書。

 この世界でいうエンジン機器の代わり。このバギーの心臓を的確に破砕した。


「俺の愛車ァアッ!?」

 スカルは、自身の相棒の突然の死に涙を流す。


「全員、捕縛、するから。覚悟、して」

 少女は一度着地すると、再び足を上げる。

 まただ。あの足をもう一度振り下ろすつもりである。


「……逃げるゾ!」

 ラチェットとコーテナ、そしてアタリスは瞬時にバギーから飛び降りると少女とは逆方向に全力疾走。


「待てって! おい!」

 スカルもバギーから離れる。

 しかし、バギーは放り出しても、引き受けた仕事だけは絶対に放り出さないのが彼の流儀。二度と失敗しないと心に誓ったこと。


 スカルは小麦粉の荷台とバギーを切り離し、そのまま荷台を引っ張りラチェット達の後を追いかけた。


「追跡、絶対、逃がさない」

 何の戸惑いもみせることなく、少女の追跡が開始された。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……というわけで今に至る。

 一難去ってまた一難。くたびれた体に再び濁流。


 死に物狂いで王都ファルザローブをマラソンがてら観光する羽目になった。


「何なんだよ! いきなり襲いかかって!?」

 スカルは荷台を引っ張りながら叫ぶ。


 あの冷酷なツインテールは今もなお逃がすつもりはないと追跡している。確実に息の根を止めるハイエナの如く、逃げるラチェット達を追いかけ続けている。


「どうするの!? やっぱりワケを聞いた方が……」

「話を聞いてくれるような奴には見えないケドな!」

 コーテナの提案をラチェットは即座に遮断する。

 問答無用で一撃加えようとしてきたクソガキだ。足を止めたその瞬間に上半身から首がおさらばしちゃってる危険性だってある。


 絶対に足を止めるなとコーテナに言い聞かせた。


「……む?」

 三人と一緒に逃げるアタリスはふと、一つの民家の屋根の上を眺めている。

「……すまない、離れるぞ」

 アタリスは三人とは別の方向へと逃げ出した。


「ゲッ!? あいつ一人で逃げやがった!?」

「あの、年増ァッ!!」

 アタリスの突然すぎる自由行動にラチェットとスカルは枯れ果てた声で一世最大の文句を叫んでいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 謎の少女から逃げ回る最中、突如別の場所へ離れたアタリス。

 民家の屋根の上。赤いレンガが特徴的な彩りの上で少女はひとまず息を吐く。


 軽い深呼吸だ。久々に運動したことで体が驚いているので冷静にさせるための一作業である。


「……お前か? 私を呼んだのは」

 アタリスは微笑む。

“同じく屋根の上にいる人物”に声をかける。


「ええ、そうですよ」

 少女の対面にいる青年。アタリスと同様笑みを浮かべている。

 しかし、アタリスと違って人を小馬鹿にするような上からの笑みではなく……他人に振りまいて気が良くなるような、少し下からの姿勢の紳士的な笑みである。


 女性のように長い真っ黒なストレートヘアー。何処か艶やかな髪形の先端は勢いよく跳ねており、緑色に発光している。


(……ふむ、“別の加護か”)

 アタリスは少年の挨拶がてらに、寝ぐせにしては癖のありすぎる髪型に何かを思い浮かべる。



「僕はフリジオと申します……“精霊騎士団”の一人です」

 笑みを浮かべたまま、自己紹介まで簡易的に終える。


「ほほう……精霊騎士団とは、豪勢な出迎えだな」

 アタリスは内心驚いていた。


 王都ファルザローブに属する騎士の中でもトップクラスの騎士……かつて、“世界を救う戦いに加担した伝説の騎士団の跡を継ぐ一人”だったのだ。


 何故、精霊騎士団の一員である騎士がここへ?

 一体何の用があるのかと少女は疑問を浮かべている。


「それはそうでしょう……」

 フリジオの笑みはより、深いものになる。





「“ヴラッドの娘ともなれば、これくらいは当然です”」


 互いに見せる笑み。

 その片方が珍しく崩れ去る。


「ほほう……!」

 アタリスの笑みが軽い苦笑へと変わっていた。

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