PAGE.67「ロードブリッジの断崖」
ロードブリッジを制圧する大地の尖柱の群れが襲い掛かる。
その剣の山は橋を通過しようとしたラチェット達の元へと向かっていく。
「ひぃいいっ!?」
スカルはすかさずハンドルを切る。
あの剣に貫かれる前にとUターン。ブリッジの入り口まで撤退を試みていたが、車は瞬発的にそのような事態に対応できるほど器用ではない。
間に合うはずもない。
それに車は荷台まで引きずっているのだ。車体を後ろに向ける時間がない。
「スカル、ジャンプ!! 飛び跳ねるんダッ!!」
「無茶言うな、ボケェ!!」
地壁の剣が迫る。
標的は紛れもなくバギーに乗る一同達。剣は彼らに逃げる暇を与えず、その重い車体ごと飲み込もうとしていた。
「うわぁっ……!」
こればかりはどうしようもないか。
コーテナも身を挺して、覚悟を決めていた。
……手荷物が光りだすまでは。
「おおっ!?」
バギーに触れる寸前。
地壁の剣はこれ以上の繁栄を停止する。
……結界だ。
誰も発動した覚えのない結界が一同を守っている。
「これって」
コーテナの手荷物の中で赤い光が放たれている。
ラチェットは再び無礼も気にせず、荷物の中に腕を突っ込んだ。
「……また、こいつカ!」
六面体の物体が再び赤い文字を記しながら発光を続けている。以前とは比べ物にならない点滅と、眩いくらいの発光を繰り返している。
謎の物体から放たれる結界。
突然現れた騎士の魔法をこの物体が守ってくれたのだ。
(こいつは一体何なんダ……?)
___この六面体は自身の身を守ろうとしているのか?
この物体は一体何だというのか。古代文明の遺産であることに間違いはないのだが……まるで意思を持っているかのように自分で勝手に動いている。
地壁の剣が結界に触れた途端、その効力が全ての剣に伝染するかのように消滅する。一つ一つの柱が音を立ててガレキとなって崩れ去っていく。
石ころレベルにまで砕け散った剣は風に乗って渓谷の底へと落ちていく。石ころの雨は音を逆立てる渓流の波に全て飲み込まれていった。
敵の魔法が消えたのを確認すると六面体も光を失った。
そこからは動く気配がない。以前と同じようにエネルギー切れを匂わせていた。
「……何をしたか分からないけど、標的は絶対に倒す! 倒すっ!!」
一同は意識をすぐさま騎士の方へと向ける。
まただ。あのハルバードを再び地面に殴りつけようとしている。
おかわりにはシャレにならない地壁の剣を今一度発動しようとしている。防ぐ手段のないアレをもう一度貰えば今度こそ案山子の出来上がりだ。
……引き下がる余裕は間違いなく存在しない。
「させるかよ!」
スカルの判断は非常に速かった。
袖の中に仕込んである鎖を即座に騎士へ向かって発射する。その距離はおよそ50m近くとかなりの距離はあるが、鎖は途中で落ちることもなく、牙を剥く蛇のように騎士へ向かって突っ切っていく。
「……!」
次第に鎖は騎士の元へと到達し、剣を呼び起こそうとしていたハルバードを振り回す腕を締め上げるように絡みつかせる。
鎖を引っ張り、ハルバードを地面から突き放す。余裕さえあれば、ハルバードを取り上げるくらいまでは行きたいが……
「させない、させないっ……!」
その図体は飾りではないようだ。
ハルバードを取り上げられないよう必死に抵抗している。
「……さて、どうしたものかネ」
動きを封じられている今ならば反撃の隙はある。
しかし、あんな甲冑相手に鉛玉が通用するだろうか。
……この距離に場所の状況、真正面から丸出しの頭を捕らえるのは難しい。
手があるとすれば対戦車ライフル。
身動きを抑えている今ならば、発砲するための環境も整っている。
「……」
一度、ラチェットはアタリスの方を見る。
甘えだが、彼女がどうにかしてくれないかと期待を向けている。
彼女は興味のある人間、もしくは“自身の愉悦と暇つぶしを邪魔しようとした下賤な輩”に対して敵意を見せる。
あれだけの大規模魔術。アタリスも機嫌の一つは損ねたのではないだろうか。
「……ほほう」
現に少女は敵意を騎士に向けている。
……しかしだ。
ラチェットは少女を見て安心するどころか、新たな不安がこみ上げる。
“目が光っている”。
真っ赤に染まる瞳を騎士に向けてはいる。彼女はその表情のまま、爆破することも燃焼させることもしない。
……一体何をしているというのか。
発動の寸前で発動させない。彼女はまた、暇を弄ぶための遊びを考えたというのだろうか。
「騎士め。随分と小細工なものを身に纏っておる」
___小細工なものを身に纏う。
そこでラチェットは状況を理解する。
効いていないのだ。
灼却の眼は魔法である。全ての魔法を防ぐ六面体の結界と同じように、アタリスの瞳は何かしらのバリアによって防げるのだ。
アタリスの言葉から察するに。
瞳は……“あの鎧によって”防がれているという事だ。
(動くしかないカ……!)
ラチェットはアクロケミスを発動。対戦車ライフルを呼び起こした後にバギーから飛び降りる。
「スカル! 奴を抑えてロッ!」
対戦車ライフルを地面に固定し、ターゲットに銃口を向ける。
いくら頑丈な甲冑であろうと、この弾丸をまともに受ければタダではすまない。
なので狙いは肩。身動きが取れない様に致命傷を与える程度。体の真ん中を狙って確実に殺す真似だけはしない。
「……いい加減に、吹っ飛ばす! 吹っ飛ばすっ!!」
甲冑の騎士はハルバードを両手で構えたまま立っている。
しかし……ハルバードを鎖から解放しようする真似をやめ、鎖に引っ張られるがままに体を寄せていく。
「悪党は、倒すっ! 倒すっ!!」
鎖で絡まれたハルバードを両手で持ったまま、バギーの方へと突っ込んできた。
「まじかよッ!?」
武器だけ取り上げようとしたら大誤算。武器と一緒に殺意満々の騎士様まで一緒にやってくる。
鎖を手放せば今度は断崖の剣が容赦なく襲い掛かってくる。だが、このままではバギーごと全員が一刀両断されてゲームオーバー。
近寄ってくる。騎士の甲冑は咆哮を上げながらハルバードを振り上げた。
「……標的から近寄ったッ!」
対戦車ライフルは安定した軌道を持って、甲冑騎士へと発砲。
「!?」
ライフルから離れた徹甲弾は見事、甲冑騎士の肩に命中。
甲冑の肩部分は大きく変形。吹き飛ばされる。
露出した肩は青く腫れ上がり、衝撃で骨が外れたのか、腕はだらしなく垂れ下がっている。
「うがががっ……!?」
文字通り猪突猛進で突っ込んできた騎士は息を上げながら動きがピタりと止まる。
露出した肩を押さえ、その場でしゃがみ込む。
……釣り上げられた魚のようにその場で苦しんでいた。
「よし! 今のうちに逃げるぞ!」
甲冑の騎士が再び立ち上がる前にロードブリッジを通過する。
正面から戦ってたら勝ち目がないと判断したスカルはバギーのエネルギーを全開。そんなスピード出せたのかと言いたくなる猛スピードでブリッジを突っ走る。
「なんで、騎士がボクたちに攻撃を!?」
「俺が知るか!!」
慌てるコーテナに慌てふためくスカル。
……あの騎士は本物の騎士だったのか?
騎士にしては情緒が欠けているようにも見えた。何の理由もなく人間に襲い掛かった地点で人間に化けた何かじゃないかとラチェットは想像する。
仮にもし、本物の騎士だったのだとしたら。
何故、襲ってきたのか……ラチェットは答えの見えない謎に首をかしげていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ロードブリッジ全体を見渡す管制塔。
そこから、橋の様子を見下ろしている人間が一人。
「……ディジー先輩。仕事中は落ち着いてくださいと言ってるのに……そんなに苦しいっすか? 冷静さを保つというものは」
弓を構え、橋の上を突っ走るバギーに視線を向ける。
「……まぁ、かくいう私も冷静さを欠こうとしてますけれどね。先輩の仇、秒で返してあげるっすよ」
弓はあれど、そこに矢はない。
特に意味もないはずの構えだけを、先端がカールなツーサイドの髪型と眼鏡が印象的な“少女騎士”はとっている。
「悪人にファルザローブの門を潜る資格なし」
矢のない弓が……“水彩の光”を放ち始める。
半透明の物体。スライムのような個体が現れると、その液体は矢というよりは徹甲弾のような形となり、意識を持ったかのように弓へと自分からセットされる。
「落とすっすよ……!」
半透明の矢はバギーに向けて発射される。
全力疾走で走るバギーなど圧倒する速度で迫る半透明の弓矢。
狙いを定めた矢が、ブリッジを通過しようとする不届き者へと宣言通り“秒”で距離を詰めようとしていた。
「……!?」
少女騎士は困惑。
……半透明の水彩の矢は彼等には届かない。
爆散。弓矢の沿線上で爆発が起こり、ミサイルはそれに飲み込まれた。
半透明の矢は氷が解けたかのように液体となって、宙を舞っていた。
「一体何がっ!」
少女騎士はブリッジへ視線を向ける。
……バギーの上。
真っ赤な瞳をこちらに向ける少女が一人。
爆散させた弓矢が消えてなくなった座標ではない。
弓矢を放った騎士。双眼鏡一つでもないと視認不可能な距離にいる騎士へとアタリスは視線を合わせていた。
目が合った。
弓矢の騎士とアタリスの視線は間違いなく向き合っていた。
「……赤い瞳、あの爆発。情報通りっすね。そしてこの火力」
弓矢の騎士は固唾をのむ。そのまま床に置いていた手荷物から、一冊の魔導書を取り出した。
「こちらプラタナス。すみません、ミスった……ああいや、ごめんなさい、逃がしましたです……はい、ディジー先輩も通過されています……追いつくことは難しいです。そちら側に処理を回します。ご健闘を」
一報告を終えると魔導書を閉じ、緊張が解けたかのようにドっと息を吐く。
「……逃がさないっすよ。」
弓矢の騎士は管制塔のバルコニーから身を引いていった。
「“精霊騎士団”の本当の恐ろしさはその先からっす」
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