第6部 ラウンド・ナイト・ブライト 

PAGE.66「迷子の放浪者」


 ホウコウシティを出てから結構な時間がたった。

 余裕のあったタイムリミットも近づいてしまっている。一番の近道である山道は塞がっていたし、その先の街では会いたくもなかった人物と運命の再会を果たしてしまうしで、もう散々な一週間だった。


「王都ファルザローブかぁ……どんなところなんだろう?」

「俺も王都に行くのは初めてだな。世界で一番でかい街って聞くだけでワクワクが止まらねぇよ」


 王都ファルザローブ。

 魔法世界クロヌスの地図を確認すると、その街はちょうど真ん中に属しており、そこにはクロヌスの脅威である魔族界から人類を救ったとされる“精霊騎士団”率いる王族が住まう街。


 ここに来る前に結構な数の古代人神話を拝見してきた。

 伝説の騎士団の末裔とされる人物たちは今も魔族界から人類を守るために日々鍛錬を怠らず、戦い続けているという。


 王都ファルザローブにはクロヌスの住民である三人も足を踏み入れたことがない。

 コーテナとアタリスは勿論、スカルも王都へ向かうのは初めてだそうだ。


 コーテナ達は既に観光気分である。

 写真でしか見たことがない観光名所なのだから、興奮して当たり前か。


「王都、か」

 クロヌス全域を守護しているという中心の街。

「……手がかり、何か見つかるといいんだがナ」

 彼が王都に向かうことに賛成したのには一つ理由がある。


 何故、この世界に迷い込んでしまったのか。前にいた世界はどうなっているのか。

 次元を超えて、別の世界に行き渡るという超次元な魔法は存在しえるのか。


 彼がここに迷い込んだ原因は不明。クロヌスの中心とも言われる王都に顔を出せば、何かしらの情報は得られるかもしれない。

 自身の事を知るために、ラチェットは王都行きを決意したのである。


「ボクも手伝うよ。ラチェットの事」

 彼は本当に異世界からの漂流者なのか。それとも、何かしらの事故で記憶を失っただけのこの世界の住人なのか。

 それは全て、王都に行けば分かることかもしれないのだ。


「俺も手伝うぜ」

 スカルも親指を突き立てて、ラチェットに協力を誓う。


「……」

 ___お前は何も言わないのかよ。

 アタリスはホウコウシティで購入した書物に集中してて返事すら帰ってこない。単に興味のない話は食いつかないだけなのか。


 ……“別の次元からやってきた”。彼女の事だから興味を抱きそうだが。

 まだ信憑性にかけるから信じられないという事だろうか?


「……万が一さ、元の世界のことが分かったら」

 コーテナは少し不安そうな声で話しかけてくる。

「やっぱり、帰っちゃうの?」

 その言葉に一同が黙り込んだ。ラチェットも含めてだ。


 帰る。それは当たり前のことかもしれない。


 ___でも帰ったところで……誰が帰りを待っているというのだ?


 再び虚無の世界に帰るだけではないのだろうか。

 ラチェットは深い不安を覚え、小さく黙り込む。


「帰るかどうか。それを決めるのは小僧だ」

 そこでようやくアタリスの声が聞こえてきた。

 本を閉じて、荷台の上からこちらを見つめている。


「残りたいのなら残ればいいし、帰りたいのなら帰ればいい。誰も止めはしないだろう。時間はある、“その後の自分”の事はしっかりと考えておくのだな」


 仲間としてというよりは、長い人生を生きた小さな年長者からの助言であった。

 帰る帰らないかを考えるのなら、未来の自分の事を考えた後に決断しろ。決断した先で反省はしても後悔だけは覚えるなと。


 ……ラチェットは仮面の内側で表情を曇らせた。

 元の世界に帰る方法があったとして、仮にその方法が一回だけのチャンスしかなかったとして……どうすべきなのだろうかと。


「あっ、ブリッジが見えてきたぞ」

 王都ファルザローブへの道へと続くブリッジ。

 これを越えれば、もう少しでファルザローブへと到着する。特別な依頼によるボーナスを得るために、スカルは愛車のバギーをさらに加速させた。


「……まあ、今は仕事に集中だナ」

 まずは小麦粉を宿屋のおじさんの知り合いに届ける仕事を完遂させるのが先だ。

 ラチェットは少しズレていた仮面の位置を静かに戻した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ロードブリッジ。

 ホウコウシティ側の平原と、王都側の平原を繋ぐ平和協定の橋。ここでは常に沢山の数の商人達が行き来を繰り返している。


 ブリッジの前には騎士が数人いる。

 スカルは通過の許可をもらうと運転席に戻り、愛車をブリッジへと進ませた。


 もうすぐ王都ファルザローブ。

 どのような街なのか。写真で見るよりも豪勢な街なのか。一同は期待を膨らませながら、どんどん先へと進んでいく。


 妙にスローモーションで進んでいるのが遊園地のジェットコースターを連想させる。どんなワクワクが待っているのかを焦らすあの瞬間の高揚感のようでたまらない。



「……よし、離れるぞ」

「ああ、巻き込まれるのは不味いからな……」


 騎士達の小声。


「む?」

 アタリスはそれを聞き逃していなかった。

 騎士達は怪しげな一言を呟くと、防衛するはずのロードブリッジからそそくさと離れていく。次第に見張りは一人もいない状態へとなっていく。


 ロードブリッジから何でも屋スカル以外の人間がいなくなる。


 それに気づいているのはアタリスだけ。スカル達は王都ファルザローブへの期待と興奮でその様子に全く気付いていない。


「……何やら、一興の予感だな」

 本を閉じると、アタリスは無人のブリッジを見渡していた。


 妙に不気味さが漂う。

 嵐の前には静けさがやってくる……それを予感させるような。


「自分たち以外に人いないのかな?」

「ああ、もっと通行人が沢山いるイメージがあったが」


 スカル達もようやく違和感に気付いた。

 様子がおかしい。この近くで魔物が大量発生したという噂は聞いていない。ブリッジの中央には騎士も通行人も誰一人としていない。


 スカルとコーテナにもその不気味さゆえに緊張感が芽生える。


「ん?」

 彼等が向かう先。

 ブリッジの向こう側より、何者かが一人でブリッジへと入ってくる。


 特徴的な騎士甲冑。

 兜はつけていない。目元はおろか頬すらも前髪で隠れている。後ろ髪も二メートルを超える身長にギリギリ届くとんでもない長さ。その姿は見て一言に”巨人”。

 

 見た目に相当なインパクトを残す騎士が武器を手に、一歩ずつ寄ってくる。



「……悪人。発見したよ」

 騎士はその壮大な身長よりもさらに巨大なハルバードを振り上げる。


 ただの通行人には見えない。

 ……敵意を明らかに見せている。



「排除する……!」

 ハルバードがブリッジに叩きつけられる。




 騎士の前方。地から断崖を思わせる絶壁。

 地獄の針山。大地の剣がスカル達のバギーへ雪崩れ込む...。

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