PAGE.62「人形計画」


 情報屋ベリーの隠れ家から一番近い、“ビルディング風”の宿。

 ロビーのソファーでは新聞を読む老人、次の商売の話で盛り上がる不逞の輩たち。そして、今夜の宿泊客を無言で待ち続ける、年寄な宿の店主。


 見れば見るほど、異世界には似つかないダウンタウンの風景である。

 朝っぱらから騒動を起こす輩はそうはおらず、静かな時間がロビーで過ぎていく。


「……っ!?」

 静かな時ほど、騒動というものは起きやすいものである。


 突然の爆音。揺れるソファーにテーブルの上のコーヒー。

 窓ガラスも突然の爆発に振動している。


 耳が破裂するような物音は外から聞こえてきたのか、ロビーにいた客の大半が様子を伺いに行く。

 もとい野次馬だ。謎の爆発の正体を探るべく外へ飛び出した。


「……なんだ?」

 宿泊者を待つ店主もじっと外を見つめようとしている。カウンターからは動こうとはせず、チラっと覗き込もうとする程度。

「うっ」

 だが覗きこもうとした矢先。突如店主の老人の頭が震え、目の前の世界も蜃気楼のように歪み始める。

 次第に元気すらも奪われ、重りのようにのしかかる瞼を深く閉じた。



「……よし、今のうちダ」

 外で起きた爆発の原因。

 それは、この宿屋にこっそり足を踏み入れていたラチェット達の仕業であった。


 アクロケミスで取り出した手榴弾を思い切り上空へ投げつけ花火を作る。全員の注目を集めるだけにそれっぽっち火力には調整してあるため、火事が起こるような事はない。その点はしっかりと考慮済みだ


 ……だが、この宿主は覗き込もうとするだけで動こうとはしない。

 想定していなかったわけではない。不本意であるが、ラチェットは麻酔銃を宿主に撃ち込んだ。


 老人の体は労われというが、今は刻一刻を争っている。

 今回ばかりは謝罪交じりに頭だけ下げて、ラチェットはカウンターへと回り込む。


 ……彼らが調べたいのは宿泊者のリストである。

 これを見れば、手っ取り早く、探し人の住み家を調べられるはずだ。


「見つけた。村長はこの宿で二日前から泊っているな」

 ラチェット達よりも前からこの宿に来ていたようだ。

 しかもチェックアウトはまだ終わっていない。あと、もう二日ほどはこの街に滞在するようである。


 ……彼がその部屋にいるかどうかは分からない。

 仮に村長本人がいなかったとしても、そこにはハミングを利用して行われた最低の計画に関する情報が何か置いてあるかもしれない。


 一同は階段を駆けあがっていく。

 彼が滞在している部屋は五階の一室だ。ロビーでの騒ぎが落ち着く前に一件を終わらせることにする。


「待っててね……すぐ助けるから!」

 コーテナはかつての同胞を助けるために尽力する。

 ラチェットとスカルも事態が大きくなる前にと、足を速めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 四階を通り過ぎる。このまま突っ切れれば五階へ到着する。


 ……誰も人はいない。問題なく五階へ到着。

 村長が潜んでいる部屋を目指し、三人は廊下へ足を踏み入れた。



「……ッ!?」

 ラチェットの目が見開いた。


 “眼中に熊の爪”。

 巨大なカギヅメがラチェットの顔面目掛けて突き立てられていた。


「うぐっ!?」

 爪はラチェットの顔面を捕らえてみせる。


 ……だが、刃がぶつかったのは“普段身に着けている仮面”であった。

 仮面はカギヅメなんかでは貫けないほど頑丈で、彼の体を軽く小突いた程度で終わった。


「あっぶねェッ……!!」

 ラチェットは首がぐらんと動くと、力なくその場で尻もちを付く。

 

 一瞬、死んだかと思った。

 心臓バックバクのラチェットはその恐怖からか一瞬体が動かない。


 ……その隙を見逃さず、一体の人形は再びカギヅメを突き出す。


「させるかっ!」

 それをスカルは絶対に通さない。

 ラチェットの盾となり、鋼鉄化した体で追い返す。


「大丈夫!?」

 コーテナがラチェットに駆け寄る。

「ってぇナ、チクショウ。無警戒過ぎたナ……!」

 顔面には切り傷一つ付くことはなかったが、豪快についた尻もちで腰が痛む。


 ……非人道商売の被害者がもう一人。

 ハミングと同様、感情一つ感じさせない無表情の人形と化した“半魔族の少女”が侵入者に対し、威嚇をする。


 門番だ。部屋に近づけまいとカギヅメを鳴らしている。


「コーテナ、あいつは」

「うん、いたよ。あの牢獄に……」

 やはり被害者のようだ。

 ハミング同様、計画のサンプルにされてしまった人間だ。


「……さて、どうするヨ」

 彼女もまた、人形計画によって洗脳されている個体の可能性。どうやって動きを止めるものかと考える。


「そんなの気絶させれば……って、出来ないんだっけか」

 気を失わせようとしても、脳への強制命令で意識を閉じることも、体を静止させることも許されない。痛感を感じていようとも、脳はそれに対する反動さえも許してくれない。


 人形計画の被害者となった個体が止まる瞬間。それは“肉体的に死を迎えたその時”のみ。


 ……事態の収拾を試みる一同を前に、人形は容赦なく攻撃を仕掛ける準備に入る。


「……スカル、俺が部屋に行くから、奴の相手を頼ム」

「どうやって行く気だ? あいつ、そう簡単に通してはくれなさそうだぜ?」

 村長が隠れすんでいる部屋の場所は分かる。

 その部屋へと続く通路には少女がカギヅメを構えて待っている。そこから先へ進もうとする者は容赦なく八つ裂きにする気だ。



「……ボクも手伝うよ」

 コーテナが二人の真ん中に並ぶ。

「お前は隠れてろヨ。アイツには手を出せないダロ」

 かつての同志を傷つけることを拒むコーテナ。攻撃をすることに恐怖を覚えている彼女はむしろ荷物になることは明白。


「……皆、ボクのワガママに応えてくれてる。ボクだけ何もしないのは無責任だよ」

「何か方法はあるのかヨ」

 ラチェットの質問。

「それはね……」

 コーテナは静かに二人へ呟く。


 その内容は人形に聞かれないよう小声ですぐに終わらせる。聞こえていたところで人形でしかない彼女が理解して動くかどうかは分からないが。



「……じゃあ、試してみるか」

 強行突破の作戦会議は終わった。

 三人はその場で綺麗に並んでクラウチングスタートの構えを取る。


「……行くぞ!」

 三人は一斉に飛び出した。

 先にいる人形の半魔族に向かって、拳に拳銃にナイフとそれぞれの武器を構えて突っ込んでいく。


 それに対して人形も接近する標的を視認。一匹残らず一斉に対処するつもりだ。

 新品同様の鋭いカギヅメ。どのような強固な肌を持つ野生動物や大木であろうと八つ裂きにしてくれる刃を手に、人形も駆け抜けるように迫ってくる。


 ……一同の衝突まで残り十歩とちょっと。



「いけ!」

 コーテナはその場で急停止。

 両手を床に叩きつけると、魔法の一つを発動する。


 彼女が使える四つの魔法。そのうちの一つである氷の魔法である。

 コーテナは標的を凍らせる魔法。氷の魔法も心得ているが、敵を凍らせるには触れていなければならないという条件がある。

 はっきりいって射程範囲に見放されている。ほとんど使用することもない


 ……だからといって何の活用法も見出さないわけにはいかない。何かに活かせないかと、日々コーテナは試行錯誤を繰り返していたのだ。


 そして、そのうちの方法として見つけたのは“地面を凍らせる”ことだった。

 地面を凍らせることで相手の足場を不安定にさせる。うまくいけば、バナナの皮を踏んだ間抜けのようにツルっと転んで大転倒。


 ……足場の視認が出来る人間が相手であれば、容易く対処されていた事だろう。

 しかし、今のこの少女は脳をその人物に支配されている。


 少女は凍った地面で姿勢を崩しても治す真似をしない。結果、そのまま豪快に姿勢を崩し始めてしまう。


「よっしゃ」

 ラチェットはその隙を見逃さずに部屋まで駆け抜ける。

 とはいえ、足場が不安定になるのは彼らも一緒である。味方の術中にハマるという間抜けなことはしないよう、スケートをする感覚でラチェットは滑って移動した。



「っ!!」

 少女は真横を通り過ぎていくラチェットに刃を向ける。

「やらせるかって!」

 飛び込んだスカルがその少女を取り押さえる。


「今だ! 行け!」

 取り押さえているスカルを横に、コーテナは少女を元に戻せないかと試せる方法の限りで洗脳の解除を試みる。

 スカルも絶対に少女を離してたまるかと力の限り取り押さえる。二人の協力により、桁違いのパワーを生み出す少女の動きは完全に静止している。



 ……その間、ラチェットは手榴弾で扉を爆破。

 フーバ村の村長の部屋へと飛び込んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カーテンの閉まり切った部屋。電気一つ付いていない真っ暗な部屋。

 片付いていないベッド。バスローブもその辺に雑に放り込まれている。


 魔導書を利用して点灯するランプが置いてある。ラチェットはランプを起動させると、視認しづらい薄暗い部屋を照らした。


 ……何か手掛かりはないものか。

 それの一つは見つかれば、こんな面倒な事態も早々に片付く。


「ん?」

 バッグを見つけた。

 忙しなくそのバッグに手を伸ばすと、数枚の書物を発見した。


 ビンゴだ。書物には何と書かれているか分からないが、あの時見せてもらった“極秘”という判子がついているのだから、人形計画に関する資料であることは可能性が高い。


「何を探しているのかね?」

 捜索中。ラチェットは肩を震わせる。


 ……村長だ。

 トイレで用をたしていた村長がすまし顔でこちらを見つめている。


「アイツを元に戻す方法だヨ」

「残念ながら、彼は自分の意志で私に従って……」

「その割には意識ないように見えたがナ? まるで操られているように見えたゾ」

 ラチェットは怯み一つ見せずに、麻酔銃を片手に村長に脅しをかける。


「その様子だと、何か知っているようだが……まさか、あの女が何か喋ったのか? まさかな、あれだけの金を払ったのだからな」

 ブツブツと村長は情報屋ベリーへの愚痴を吐いている。

「……まあいい。どのみち、これ以上喋ることは何もない」

 余裕そうな笑み。

 追いつめられているのは彼だというのにその表情が意味するのは何だ?


「……コーテナよりも殺したい奴が自分から来てくれるとはね」

「ああ、そうかヨ。俺もお前を一発はぶん殴っテ、」

 銃を片手に村長に向かって接近しようとしたその時だった。


 ……ランプで照らされた部屋が感光する。

 ラチェットは体が妙に涼しく感じた。




「っ!?」

 その涼しさ、次第に悪寒へと切り替わる。


 ……刃だ。

 ”二つの刃が、ラチェットの肩を貫いていた”。

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