PAGE.61「チェイス アンド ライト(後編)」


 路地裏を全力疾走で駆け抜けていく。ボチボチ歩いている暇はない。


 レストランを出て、数分後。

 メモ帳に書かれてあった下水道のパイプ部屋。


「ふぅん、こんな時間にやってくるお客さんなんて珍しいわね」

 路地裏の奥の奥。ドブ臭い道を走り去った先に見つけたパイプまみれの小さな部屋。入った途端にハウスダストが粉雪のように舞い上がった薄暗い空間。


 パイプまみれの部屋には全く似合わない本棚。

 そして書斎用のテーブルに大きな背もたれ椅子とミスマッチな家具。


 そんな空間の真ん中。怪しい雰囲気の大人の女性がテーブルに腰かけ、足を組んで客人を見つめている。


「小さなお嬢さんに坊やまで……可愛らしいじゃない」

 随分と色気の漂う挑発を仕掛けてくる。

 安い女ではないと軽く警告を受けていたが……果たして。


「情報を買いたい。いいか?」

「お金はあるのかしら?」

 情報は売り物。売り物を手にするには金は必要。

 ここから、情報を手にするための商売が始まる。


 ……スカルは相場を“あえて”聞こうとしない。

 彼自身も裏世界の情報屋とやらを利用するのは初めてのようで、妙な緊張を抱いていた。


「ひとまず、この金で」

 彼の手持ちの3分の1の資金の札束をテーブルに置く。


「内容を」

「お前は昨日レストランにいた。そこでお前は、男と話していたようだが……一体何をしていたんだ?」

「何をしていたって……そんなもの商売の話に決まってるじゃない。あの人が欲しいっていう情報の事を、近くの宿のベッドで朝まで話していたのよ」


 ……開口一番。いきなりドギツいネタが飛んできた。

 だが嘘をついているようにも思えない。彼女の身なり、整っていない髪型……それを踏まえると、朝帰りである可能性が確かに高い。


 ラチェットはポーカーフェイスを保っている。

 元より下ネタに反応するような男ではない。アダルトなコンテンツに全くの興味がないわけじゃないし人並には閲覧もしている。ただ、人前で話すような事じゃないなとスルーする男であった。


 ……しかし、ラチェットは内心焦っている。


「朝まで語ることなんて……一体、どんな話をしていたんだろう?」

 ラチェットは違う意味でリアクションに困っていた。


 そうだ。このネタは間違いなく“純粋無垢なコーテナ”には伝わらない。

 きっと彼女の脳裏では……ベッドに腰かけ、二人仲良く朝までワイングラス片手にバスローブ姿で談笑をしている映像が浮かんでいるのだろう。


 ___違うぞ。そんなほのぼのとした話ではないぞ。


 必死にポーカーフェイスを決めている。

「そうだナ。それはそれは盛り上がったんだろうナ」

 コーテナが純粋無垢の真っ白な質問をしてくるのなら軽く返しておけばいいだけだと、適当に答えを返すことにした。


 “嘘”はついていない。“嘘”は。


「……んで、何を話してたんだ」

「言わないわよ」

 情報屋ベリーはそこから先を口にしない。


「他人とのシークレットなビジネスを口にするわけないじゃない。これっぽっちなお金で話せるわけないでしょ。安く見過ぎよ」


 商売ともなればプライバシーの保護は確実に絡む。

 顧客のプライバシーを守るのは商業では常識だ。それの漏洩など言語道断である。


「……金があれば、少しは話すんだな?」

 しかし、スカルは聞き逃さなかった。


 この女。安くはないと言っていた。

 ……「買えない」わけではない。この女もハッキリと口にしていた。


“これっぽっちのお金で話せるわけないでしょ”

 顧客の事は深くは話せないが、それに関する情報の一部なら口にしても構わないと遠回しに言ってるようなものだった。


 ___しかし、どうするつもりなのだろうか。

 その額でも彼が張れる限度額ギリギリだ。これ以上の資金を払うのならば、ラチェット達の生活難は免れないだろう。


 金はあるのか?


「ブチまけた話……俺にも考えはあるぜ?」


 彼女を納得させるような資金を用意しているというのだろうか?


「……これでどうだ!」

 テーブルの上に力強く何かを叩きつけた。


 ……宝石だ。

 拳一つで握っても隠し切れないサイズの“ダイヤモンド”である。


「どうよ……!」

 スカルはポケットの中から取り出したものを眺めながら自慢げに見下ろしている。


「……本物? 偽物にしては出来過ぎてる……でも、こんなサイズ、信憑性にも欠けるわね」

「何なら、今すぐ鑑定士の一人でも雇っていいぜ?」

 凄い自信だ。

 あのダイヤモンドは玩具などではなく本物だというのか。だとしたら、あれだけのサイズはとんでもない額になる。


 資金で計算すると上手く行けば八桁、下手すればそれ以上の値段は余裕で弾む。


「「……?」」

 ラチェットとコーテナは二人並んで首をかしげている。


 情報屋ベリーと呼ばれる女はダイヤモンドに触れる前に手袋を身に着ける。ダイヤに傷つけないよう丁寧に持ち上げ、重量や輝きなどを入念に調べている。


「「……!?」」

 ラチェットとコーテナ。時差ボケにて見た事もないダイヤモンドを前に驚愕。

 へそくりにしても豪勢過ぎる。突然の宝石の登場には腰を抜かしそうになる。


「スカル、あれ本物なの!?」

「あんな代物、いつ、どこで手に入れタッ!?」

 ラチェットとコーテナが質問する。

 

「……貰ったんだよ。アタリスの屋敷でな」


 そこでようやく思い出す。


「あの時かぁッ……!」

 “アタリスの遊び相手になった人間には、屋敷に置いてあるお宝を一つ持って返ってもいい”という計らいがあった。捕まっていた行方不明者達は、納得のいかない表情を浮かべる奴もいれば、欲に正直になって家具を持ち帰る者もいた。


「お前、いつの間に……本当に欲に正直ナ」

「褒めるなよ、照れるじゃねーか」

「褒めてねーヨ……!!」


 どうやら彼もまた、屋敷に保存されていた宝の一つを貰っていたようだ。

 それは価値がストレートでわかりやすい宝石。修理を行った書斎の本棚に飾られていたものを執事に頼んで譲ってもらったようである。


 一攫千金のチャンスに対して正直と言うか、抜け目がない。

 ちゃっかりと大金を手に掴んでいたスカルを前に、ラチェットは呆れていた。


「……いいわよ。売るわ」

 交渉成立。

 彼女の目から見て、その宝石は偽物には見えなかったようである。それなりに収入がいい情報屋を営んでいる為に宝石とは縁があるようだ。


「何処まで話せる?」

「彼に売った情報かしらね」

 彼が住みついているという宿の部屋までは話せない。そこは最低限のプライバシーの保護とやらだそうだ。


 ……だが、充分だ。 

 彼がどのような情報を買っていたのか。そこから、何か手掛かりを掴む切っ掛けになるかもしれない。


「その情報は、これよ」

 情報屋が手渡したのは“紙の束”だった。

 企画書のようにも見える。数枚の紙には入念に極秘と判を押されており、外への持ち込みは禁止とハッキリ書かれている。


 ……こうも容易く漏洩していると、その判子の価値がかなり薄く感じてしまう。



 三人は書類の表紙を確認する。


「……人形計画(ドールズ・プロジェクト)、だと?」


 人形計画。

 この書類にはどのような事が書かれているというのか。


「……補足説明しておくとすれば、それは彼が営む“ビジネスの一計画”。それを叶えるために何処かの魔法研究会から回収した資料よ」


 スカルはその書類をめくり、ラチェットとコーテナも彼にあわせてページを読み続けていく。

 書類自体は八枚とそう多くはないため、めくるスピードもそこまで気にすることなくスムーズに進めることが出来た。


「……なんじゃ、こりゃ」

 スカルはその書類に書かれていた内容に絶句していた。

「酷い……!」

 その内容にコーテナも声をあげる。


 その書類に書かれていた事。

 人形計画……その名が意味するのは、“想像を絶する非人道な発想”であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 人形計画。このプロジェクトの情報の漏洩は一切禁ズ。

 この記録はプロジェクトの実行開始と共に焼却を行うものとする。



 “戦闘奴隷”。

 少年少女、いわば成熟手前の肉体に”専用の魔導書のページ”を埋め込むことで、その肉体の所有権を魔導書の主が得る洗脳兵器。


 主の命令により従うその姿は人形そのものだ。

 体がどのような状況であれ“死に至る結末”にさえ、至らなければ……主の思考を優先し、肉体の停止は絶対にかなわない。


 痛感も。感情も。肉体も。

 自身の命令は一切スルーされ、主の命令にのみ従う人形となる。


 このプロジェクトは現在、成功確率を八割に至ったモノとして記録する。引き続き、プロジェクトは続行する。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それは悪魔の発想だった。


 記念すべき一人目の被検体……それがハミングであった。

 屋敷から逃げ遅れた子供。そのうちの一人が自由を奪われた生態兵器と成り果てたのだ。



 ……邪悪に感じるのはそこだけじゃない。

 洗脳によって作り上げられる究極の奴隷。主の赴くままに動く生物を“売り物”として商売を策しているのである。


 身の自由は最早存在しない。

 自分のために生きることすらも認められない悪夢のプロジェクト……そんな悪夢の計画を気兼ねなく行える被検体として選ばれていたのが、罪も無き半魔族の子供たちだったというのだ。


 あの村長の発想。兵器と成り果てた子供を売り捌くという鬼畜の所業。


 スカルとコーテナは怒りが込み上げる。


「何処だ……こんなバカみたいなこと考える馬鹿はどこにいやがる!?」

「言ったでしょ? そこから先は金をはたいてもダメ」


 契約上、ルール上そこから先に踏み込むことは絶対に許されない。情報屋はそこばかりは絶対に譲ろうとしなかった。超がつく大金が目の前にあったとしても。


 憶という数字を出そうと、兆もチラつかせても口は開かない。

 頑固とした態度が情報屋から現れていた。


「……近くの宿って言ってたナ」

 ラチェットは出口を開く。


「この周辺を探すぞ。早くソイツをぶっ飛ばして、元に戻す方法を聞かないとナ」

 資料には元の戻し方は一切かかれていない。

 計画の一端を担っている彼なら何かを知ってるかもしれない。元に戻す方法を探るために一同は立ち上がる。


「世話になったナ」

 ラチェットは扉を閉め、情報屋を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(……思ったよりも話が進んだナ)

 扉を閉めてすぐに、解決策が見つかる寸前に近寄れたことを驚いている。ここまで都合よく話が行くことに気持ち悪さまで感じている。


 何はともあれ、話は進んだのだ。

 突破口が見え始めた。ここは正直に喜ぶことにする。


「どうして」

 ……しかし、心が躍らない。


「どうして、どうして……ボクたちは……」

 悲痛。苦痛。

 胸を締め付けるような悲しい声を口にするコーテナの声。



 ……ラチェットは自身の拳を握る。



 コーテナとスカルよりは表情に出ていなかった。

 だが、その場で誰よりも怒りを覚えていたのは……ラチェットであった。

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