PAGE.60「チェイス アンド ライト(前編)」


「おい!? 逃げろって、どういうことだ!?」


 素っ頓狂なスカルの声が響く。

 ラチェット達の場所をご丁寧に教えてしまってるようなものだ。とんでもない失態ではあるが、現状を理解できていないスカルには仕方のない事である。


「いいから早く。その二人を連れて、ここから飛び降りよ」

 アタリスの瞳が真っ赤に染まる。


 スカル、そしてラチェット達の背後が眼の力により爆散する。

 換気をするための窓は、さらに風通しが良くなった風穴へと生まれ変わった。


 スカルは大きく開いてしまった風穴を前に発狂している。

 ただでさえ、隣の部屋の修理だけでも手こずったっというのに……二つも部屋をダメにしたとなれば、修理なんかで許してもらえるだろうか。


 跳ね上がる弁償代。すり減らさていく自分たちの資金。

 スカルの発狂のボルテージは徐々に上がっていく。


「ここから飛び降りるカ……」

 ワガママを喚く子供以上に大騒ぎしているスカルを背に、ポッカリと開いた風穴から下を覗く。


 この建物はビルで例えるならば七階近くの高さがある。

 普通の人間なら、こんなところから飛び降りれば、あっという間にミンチの出来上がりだが……落下の衝撃もゼロにする彼ならば平気だろう。たぶん。


「早くしろ。ノックに対して、気軽に返事でもする気か?」

「そういうことだ、スカル。ワケは逃げてる途中で教えてやるヨ」


 声は落ち着いているが、アタリスはこちらを急かしているようにも見える。

 すぐそこにまで来ているようだ。コーテナを仕留めるために用意した暗殺者が。



「アタリス! あの子はその……本当は悪い子じゃないんだ! だから、あまり痛めつけないで!」

 命を狙われている状況でさえ、他人の心配。

 彼女らしいと思うが自分の身も案じた方が良いとラチェットは心配にもなる。


「安心せよ。二度目の来訪はもてなさないとな……可愛がる程度に嬲ってやろう」

「言い方が物騒じゃん!?」

 囮役。いや、囮というよりは時間稼ぎ。

 しかもそれは弱者の足掻きによるものじゃない。完全なる強者による暇を持て余した遊びというものだ。



「ああ、わかったよ! しっかりとワケを話せよ、お前ら!?」

 スカルは体を鋼鉄化させる。

 右手にはラチェットを、左手にはコーテナを脇に挟み、拾い上げるように担ぐ。


 なんという馬鹿力だ。コーテナはともかく、ラチェットは青年間近の男性でそれなりに体重もあるというのに、この男は自慢の馬鹿力で楽々と担いでしまった。


「……小僧よ」

 去り際、アタリスがラチェットを呼ぶ。


「あの客人の主らしき男だが……昨日のレストランで見かけたぞ。何やら、女子おなごと楽しく談笑しているよう見えたが」


「談笑、ダト?」


 一体どのような話をしていたのか。

 何故あのレストランにいたのか。それは分からない。


 スカルは二人を担いだまま、部屋から勢いよく飛び降りていった。


「ぐぅう!?」

 着地。スカルの体が強く震える。

 

 ……さすがにこの高さ、多少の衝撃は感じたようだ。

 しかし、見事な頑丈さ。スカルは歯を食いしばり、二人を抱えているというのに堪え切ってみせたのだ。


「どこへ逃げればいい!?」

「……ひとまずレストラン。気にあることがあるんでナ」

 先程のアタリスの事が気になる。

 運送用のタクシーとなったスカルは、二人を脇に抱えたまま走っていった。






「さて」

 アタリスはドアを睨む。

 鉄製の扉は真っ赤に染まり始めると、次第にヘドロのように溶け始め、内側から熱膨張を起こしていく。


 風船のように膨らんだ鉄製のドアは勢いよく爆散。

 溶けた熱のアメーバの中から、真っ赤なシャワーを浴び終えたハミングが爪を構え飛び込んできた。


「退屈を殺す玩具となれ……!」

 再び、アタリスの瞳が赤く光った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「なにぃ!? シーバ村の村長さんがいるのかよ!?」

 スカルは驚きと同時に顔を青ざめる。


 それも当然だ。彼は元々、シーバ村の村長からの依頼でラチェットとコーテナを追っていたのだ。

 スカルはその依頼を破棄こそしたが、そのことを依頼主である村長本人には伝えていない。


 完全なるボイコット。私情で破棄した仕事。

 その仕事の依頼主であるあの男は間違いなく怒髪天かましているだろう。


「んで、その村長さんがお前らを仕留める為に新しい刺客を……」

 あの男の会話からすれば、コーテナを殺すことを最優先に考えているようだが……ラチェット本人も殺したい標的であることに間違いはない。


 彼が起こした事件によって、安値の奴隷を全て逃したのだ。

 都合のいい資源を失った事に対する怒りは間違いなく抱いているだろう。


 走ってる最中に全ての事情を話した。刺客の事、話しておくべき内容は全てだ。


「んでよ、そのハミングって奴をどうにかして助けたいのは分かったが……どうするつもりだよ。そいつが正気かどうなのかも分からないし、その村長さんも何処に潜んでいるか分かりやしねぇ。助けるにも手段の一つは思いついてるのか?」

「だから、レストランに向かえって言ってるんだろうガ。手がかりの一つでも掴めそうなんだからヨ」


 去り際のアタリスの言葉。

 微かでも手がかりとなるなら、片っ端からそれを頼りにすることにしよう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 レストランに到着すると、三人は店内に入る。

 公共の場だ。スカルとコーテナは店に到着する手前でおろしてもらっている。昨日の騒動で煙たがれないか心配だが、堂々と店の中に入る。


「おやおや、こんな時間にとは珍しいねぇ」

 レストランの店長は特に気にする素振りもなく掃除を続けている。

 時間は昼の二時あたりと昼食には遅い時間だ。客の出入りも少ないと思って掃除をしていたのだろう。


 意外なお客さんに驚きながらも、掃除を中断して厨房の方へと向かっていく。

 どうやら、この時間は一人で店を仕切っているようだ。


「……昨日はごめんなさい」

 コーテナがその場で謝ってしまう。


 余計なことは言わない方がいい。変に掘り返す方が面倒な事になるというのに……しかし、行儀を気にするコーテナにそんな真似は出来なかったようだ。


「……ああ、お前ら、昨日のか」

 昨日の騒動の事を思い出したようである。


「気にしなくていいさ。あんな喧嘩毎日の事だからな。金目当てに強盗の一つでも起こさねぇ限りは気にしねぇよ」

 心が広いというか、無関心と言うか。

 一つのレストランを経営する店主がそれでいいのかと不安になる。昨日のようなことが毎日起こっているとか、まさしく世紀末である。


「んで、注文は?」

「すまねぇナ。飯を食いに来たわけじゃねぇんだ。話を聞きたくてナ」

「おいおい。騒動起こした上に冷やかしとはいい度胸してるねぇ」

 呆れた声で店主は肩を落としている。


「……そうだナ。じゃあ、ミルク」


 せめてものお詫びだ。騒ぎをかけた上に冷やかしなんて無礼は悪い。

 かといって、トーストのような軽食を食べる時間すら用意されていない。これから街を駆けまわることになるのだから、その景気づけにドリンクの一杯を頼むことにした。


 コーテナとスカルも彼と同じでミルクを頼む。一番無難な注文だ。


「んで、話って何だ?」

「この店の奥の席にヨ。顔の怪我した男がいなかったか?」

「ああ、いたいた。シーバ村の村長さんだろ? それがどうしたんだよ?」

 この様子。あの男はこのお店にはそれなりに立ち寄っているようだ。


「女性と喋っていたらしいが……その相手の事について分かるか?」


 思い当たる質問を片っ端から潰していく。

 いきなり、彼の泊り宿を聞くのはまずいだろう。というか、一つのレストランの店主でしかない男が、お客さんの宿泊先まで知るはずもないし、第一お客様のプライバシーのために口にするはずもない。


 なら、まずは村長に絡んでいた人物から探っていく。


「ああ……“情報屋ベリー”か」


 ただ女遊びをしていただけじゃない可能性が出てきた。

どうやら、彼のために用意されたホステスでもコンパニオンでもないようである。


 “情報屋ベリー”。


 店主の話では、この街では有名な裏情報屋らしく、彼女が持つ多大な情報は価値があり、このレストランでも結構な回数の取引が行われているようである。


「そいつの場所は分かるか?」

「奴はこの時間は店を構えているはずだ。そこに向かえばいいだろう」

 店主はその店の場所が書かれたメモ帳を差し出した。


 ……表通りから大きく外れた裏通り。

 その奥地。下水道近くのパイプ部屋に潜んでいるようだ。


「ただし、をつけろよ。あの女は安くねぇぜ?」

 男からの警告を片耳に三人は勢いよくミルクを飲み干した。

 結構スッキリ目の牛乳だ。天然水のように喉越しが非常に良い。


 三人はお店を出ると、今度は情報屋とやらの場所へ向かう。

 ブラブラ観光している場合ではない。あのアタリスが痺れを切らす前に事態を片付けなければ。


「高値の情報……ネェ」

 裏世界の情報は高値なのが情報屋の世界では常識という偏見がラチェットの脳裏に浮かんでいる。

 現在のポケットマネーで足りるのだろうかと少し不安になっていた。


「安心しろ。そこは俺に案がある」

 ……やけに自信のあるスカル。

 では、ここは年長者である彼の自信に頼ってみることにしよう。

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