PAGE.57「影が降ってくる」
レストランの騒動から一目散に逃げだした一同。
目撃者達も充分にまいたところで、ビルっぽい見た目の宿屋へと帰ってきた。
宿屋の営業者に迷惑をかけるわけには行かない。理不尽かつ無法地帯なこの街では今更な話なのかもしれないが。
……どっと疲れが出た。
ラチェットはあの大人の事がムカついたから手を出してしまった。間違えたことはしていないとは思っているものの、何処かやるせない後悔が募っている。
「はぁ……」
だが、おかげでグッスリ眠れそうである。
個室の扉はしっかりと鍵がかけられ、窓も充分とロックがかかっているため誰も入れない。魔法も弾く超防弾ガラスを使用しているようだ。本当かは分からないが。
「悪い、寝るワ」
シャワーの一つでも浴びたいがそんな元気はもうない。返事を聞く前にラチェットは深い眠りについてしまった。
「全く、落ち着きの割には、体はお子様なもので」
スカルも寝たいところだが、仕事があるのでまだ起きておく。
明日この街を出るとして、どのルートを使って王都まで向かうのかを決めなくてはならない。スムーズに移動するために、今夜中に地図との睨めっこを終わらせておこうと、スカルは両頬を何度も叩いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「疲れた~」
コーテナもラチェットと同様、ベッドに思い切り深く飛びこんだ。
オンボロな内装の割にはフカフカのベッドが疲れた体を優しく包み込む。一瞬の幸せ気分にコーテナは頬を緩ませていた。
「本当ビックリしたよ~……いきなり、声かけてくるなんて」
何の意味を持って喧嘩なんて持ち出してくるのか。ああいう大人の行動はとても理解できないとコーテナは呟いていた。
その場にラチェットがいれば、『大丈夫ダ、幾つになっても理解しなくていイ』と伝授していたのは間違いない。
「ふふふっ」
アタリスは疲れ果てて眠りかけているコーテナを見て笑みを浮かべている。
「どうしたの?」
「お前はやはり愛らしいと思ったまでだ」
「ぶー、意味がわからないー……むにゃ」
理由を聞こうとする前に疲れが祟ったのか眠ってしまった。
揺さぶった程度には起きないくらいにグッスリと眠っている。ベッドにうずくまるその姿は子犬そのものである。
「可愛がられているようで、良かったと思ったまでだ」
アタリスも深くアクビをする。
年齢は何でも屋スカルの中でも上であるが、体はまだ子供そのものである。
次の街のルートを決める仕事は男性陣がやっているはずである。
もしやっていなかったのなら、腕の一つは吹っ飛ばしてやるかと理不尽な事を夢想しながら、アタリスもコーテナ同様に夢の世界へと誘われた。
……数十分が経過する。
二人はすっかり夢の中。二人とも、見た目相応の愛らしい表情を浮かべながら、小さな寝息を吐いている。
二人の少女の寝室。
“見たこともない黒い影”がひっそり佇んでいる。
黒い影はゆらりゆらりと底の掴めない雰囲気でコーテナへと近寄ってくる。その影はあまり大きいものではなく、コーテナと同じくらいには低い身長だ。
黒い影は片手を振り上げる。
獣の腕。その腕の先端に装着された“人殺しには最適”の鋭いカギヅメ。
黒い影は少女にカギヅメを突きつけんと、その腕を振り下ろそうとする。
「……!」
振り下ろされるよりも前。
カギヅメが装備された腕は謎の爆発によって吹っ飛ばされる。
黒い影は何も感じなかった。
腕に何か違和感があったわけではない。気が付けば、カギヅメの部分のみが綺麗さっぱりに消し飛んでいた。
「この時間に客人とは……」
黒い影は後ろを振り向く。
ベッドで玉座のように腰かけ、大人っぽく足を組むその姿。
今までグッスリと眠っていた愛らしい表情が嘘かのように、妖しい笑みを浮かべる半魔族の少女の姿がそこに。
「マナーしらずな奴だ」
アタリスの瞳が真っ赤に染まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーっと、このルートなら」
ルート選びにスカルは苦戦していた。
地図には注意書きが何個か書かれている。この一帯には魔物や野生動物が屯っているから通過には要注意など……問題なのはその付近があまりにも多すぎること。
塞がれていたあのルートがどれだけ安全だったか。身をもって知ることとなった。
「じゃあ、少し遠回りになるがこっちの道を」
地図に印をつけようとしたその時。
「……!?」
爆破音。隣の部屋からだ。
隣の個室であるこの場所が大きな振動を起こすほどに大きな爆発だった。
「何だ!?」
「っ!? コーテナ!?」
爆発で目を覚ましたラチェット。意識がハッキリしていなかったが、隣の部屋から聞こえた爆発音に嫌な予感がしたラチェットはすぐさま部屋を飛び出し、隣の部屋へ移動する。
「おい、待てって!」
スカルも慌てて、部屋を飛び出し隣の部屋に。
「鍵がかかってるナ……こいつ!」
「俺に任せろ!」
体を鋼鉄化させ、その馬鹿力で扉を思い切りぶん殴る。
鉄製の扉は粉々に破壊され、二人は大慌てで部屋の中へと飛び込んだ。
「おい、何があった!?」
スカルは部屋に訪れるなり、無事を大声で確認する。
「ノックにしては少しばかり音が大きいな」
そこにはベッドに腰かけたまま、耳を塞いでいるアタリスの姿がある。
何事もない表情のアタリス、そしてさっきの爆発で目を覚ましたコーテナは何が起こったのかと周りを何度も確認している。
二人は無事だ。
ならば、さっきの爆発は何だったのか。
……窓の近くに大きな穴が空いている。
おそらく、アタリスが開いた穴。灼却の眼を使用して、爆破させた痕跡であると思われる。
「何があったカ、まずは説明シロ」
返答次第では容赦しない。
勝てると分かっていなくても手を出す勢いのラチェットがアタリスに問いかける。
「手を引っ込めよ……客人だよ。こんな遅い時間にな」
アタリスは窓の外に視線を向けている。
それに合わせ、ラチェットにスカル、そして今も状況を把握できていないコーテナもアタリスと同じ方向へと視線を向けた。
向かいの建物の屋上にて、何者かがこっちを睨みつけている。
遠くから見て何者なのか視認は出来ないが……その黒い影は明らかにこっちを睨みつけているのは確認できた。
黒い影は視線を向けられている事に気づくと、その場から姿を消してしまった。
「今のは……」
この爆発の跡。アタリスのいう客人とやらは、あの黒い影で間違いない。
一体何者だったというのだろうか。一同は黒い影が消えた後でも、その建物の屋上に視線を向け続けていた。
「あのー、今の音は?」
宿屋の主が突然の騒音を聞きつけて、この部屋にやってきた。
「「あ」」
……ラチェットとスカルは二人して黙り込んだ。
突然の騒音。そして、個室にぽっかりと開いてしまった穴。
犯人と思われる奴はその場にはいなく、犯人は自分ではないという証拠もない。
絶体絶命な状況を前に、男性人二人は深く固唾を呑み込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後日の朝。
……何でも屋スカルはこの宿屋にて立ち往生を食らう羽目になった。
宿屋の主にはこっぴどく叱られてしまった。
ひとまずは、『寝相で魔法が誤爆してしまった』事にしておいた。その場の状況を解説するには、無理やりかもしれないがコレが一番信憑性があると思った。
部屋を一つダメにしたバツ。
それを弁償する金がないというのなら、せめて修理してから出て行ってくれという条件を持ちかけられ、何でも屋スカルは無償サービスの修理作業依頼に身をこなすことになってしまった。
「クッソ、理不尽の連続で頭がいかれそうダ……」
重い木材を下の階から持ってきて、開いた穴を塞ぐ作業の繰り返し。
せめて使い物になるようにしてから出て行ってくれという宿主の説教は数時間に渡って続けられた。そのおかげでまたも睡眠不足である。
「重いな、こりゃ……」
「男が二人して、情けない」
重い木材を息切らしながら運び続ける男性陣を横に、アタリスは余裕そうな表情で木材を運んでは戻っているを繰り返している。
……やっぱりおかしいぞ、あの幼女。
見た目は子供でも、そのパワーは成人男性も顔負けである。
「私の分は終わりだな。しばらく休憩させてもらう」
一散歩終えたかくらいのテンションでアタリスはベッドで読書を始めてしまった。
……木材は全員共同で運ぶこととなった。
女性陣は少なめの数。男性陣はその三倍くらいの数を担当することになったのだが、女性へ対する配慮がここまで仇になるとは思わなかった。
まあ、あの少女に向かって、『男性陣と同じ量くらい運んでくれよ』と愚痴ったら、どのような仕打ちがやってくるか、怖くて口にできないが。
「ラチェット。そろそろ木材を打ち付けたいから、俺の分の残りの木材任せていいか? 代わりと言っては何だが、運び終わった後にでも何か食べてきていいぞ」
手渡されたのは昼ご飯二人分くらいのお金であった。
サービス残業の手当としては物足りなさを感じるが、これ以上部屋に木材をため込むと今度は邪魔になる。土台を作ってもらって数を減らした方がいいかもしれない。
ラチェットはお小遣いをもらうと、残りの木材を運ぶために下の階を降りていく。
「あっ、ラチェット。君はあとどのくらい?」
階段を降りる途中で木材を運ぶコーテナと会う。
コーテナに運んでもらっているのは通常よりも小さいサイズの木材だ。アタリスと違って化け物じみた怪力は持っていない為、無理をして怪我をしないようにと気遣ったのだ。
「あと四往復、プラスで二往復だナ」
「え? なんで増えてるの?」
事情を軽く説明しておく。
「ふむふむ……よしわかった! これ運び終わったら手伝いに行くから、待っててよ!」
「いや、これくらいの事は」
「いいからさ! ボクはまだまだ余裕だもん!」
胸を張ってコーテナは助け舟を出す。
本来であれば、女の子に力仕事の催促をするのは気が引けるというものであるが。
「……すまない、助かル」
ここまで堂々と助け舟を出されては断りづらい。それに、何処か甘ったれた感情が隠れていたのか、それに正直になってしまう。
「任せてよ!」
コーテナは元気いっぱいに木材を上の階まで運びに行った。
……何という元気の有り余りだ。
その元気の数パーセントくらい譲ってくれないものかと、ラチェットは下の階を降りていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後。
木材運びの往復を終わらせて直後の事である。
「疲れた~」
少年少女。未成年であるラチェットとコーテナは軽い休憩時間に散歩をしていた。
ならず者が集う街ではあるが、昼間に騒動を起こす輩は少ないようだ。
こんな無法地帯であれ、秩序を守るための自警団的なものは存在する。ノット犯罪・ノット悪行、ラブアンドピースはこんな街でも小さく存在するのである。
何か軽くつまめるものはないだろうかと周りを見る。
ハンバーガーなんてものが目に入る。小休憩に一つ頬張りたいところだ。
正直に言えば、肉をかじりたいのがラチェットの本音。
手ごろな値段で油ギッシュな肉をかじれるハンバーガー。ラチェットは次第に飛び出しそうになったヨダレを慌てて飲み込んだ。
「……おい」
ハンバーガーの出店に立ち寄る寸前。
ラチェットは後ろを向いた。
「誰だヨ、さっきからついてきている奴は?」
……昼飯は少し後だ。
今はそれよりも、“妙に感じる背中の視線の正体”にラチェットは威嚇を送った。
……一人の少年が姿を現す。
動物の耳に動物の腕。狼がそのまま人間になったような子供が現れる。
「久しぶりだな」
声が聞こえる。
しかし、その声の主は子供ではない。
「そして、死ね」
獣の少年はカギヅメを二人に向かって飛びつくように突き立てた。
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