PAGE.56「宵闇ローグタウン(後編)」
明日のスケジュールの話をスカルと呟き程度に行っておく。
依頼主との約束の期間は残り十二日ほど。この期限以内に小麦粉を王都にいる宿屋のおっさんの知り合いに届けなくてはならない。
届けた時間が早ければ早いほどボーナスが出る可能性がある。となれば、この街も明日の朝には出るのがいいだろう。
今日はたらふく食べて、グッスリ寝る。
突如発見された遺跡の件もあったしで、今日は疲れたのだから……。
「オイッ! 今何て言った、ゴルァッ!?」
「お前の頭がイカレんのかって聞いたんだよ!」
……静かな料理の時間。
実は後ろの方でとんでもない騒音が聞こえている。
こう例えたはずだ。中国のアクション映画とかではよく登場しそうな、最下層のダウンタウンみたいな街並みだと。
そう例えた理由は何も風景だけじゃない。もう一つ理由がある。
ガラの悪い奴らが溢れんばかりに徘徊していたからだ。何処に目を反らしても、目つきの怖い兄ちゃんや、絡まると碌なことにならなさそうな集団がウヨウヨといる。
当然、宿屋に到着する前にも喧嘩の一つや二つは何度も目に入った。
飯屋という公共の場でも喧嘩を行うマナーしらずもいるようだ。
「ねぇ、後ろの方騒がしいけど……」
「見るな。知らぬが仏ダ」
そういう喧嘩は見ない方がいい。
視線が合えば、いらない八つ当たりを受ける羽目になりかねないからだ。
「地獄に堕ちやがれ、クソ野郎が!」
「お前が堕ちろ!」
取っ組み合いの喧嘩が始まり、最も声の大きいスキンヘッズの男はパワー負けしたのか、豪快に投げ飛ばされている。
「いってぇ……」
しかも運の悪いことに、それはラチェット達の座っている席の近く。
___絶対に見るな。
変に視線を向ければ、向こうの思うツボである。
コーテナにアイコンタクトにて警告をする。
「……おい、何、静かに飯なんか食ってんだよ」
見てもいないのに絡んできた。
しかもその相手はよりにもよってコーテナだ。
恰好がつかないからって、他人を使って自分は強いですよアピールなんて……とことん惨めな大人もいたものだ。
「ねぇ、ラチェット」
「無視しロ」
無視が一番ちょうどいい。変に絡めばアウトだ。
理不尽かもしれないが、それがこういう輩の対応としては一番丁度いいのである。
絶対に振り向くな。
気にしない素振りで飯を食え。
言われた通り、コーテナは静かに料理を食べ続けている。ラチェットやスカルたちも同様だ。余計な面倒事だけは避けなくてはならないのだ。
「おい、嬢ちゃん? こっち向いてくれよ~?」
何度も絡もうとするが、コーテナは言われた通りに絶対に振り向かない。
「……無視してんじゃねーよ! このガキが!」
スキンヘッズの男は容赦なく拳をコーテナの頭に振り下ろした。
「……!?」
だが、その拳はコーテナに届く前に誰かに止められる。
「おい、お兄さん」
「ちょっと申し訳ねーんだけどヨ」
二つの男の腕。
飯を中断して立ち上がったラチェットとスカルが二人して腕を掴んでいた。
「飯の邪魔を!!」
「してんじゃねーヨ!!」
二人同時に空いた腕で男の顔面をぶん殴った。
スキンヘッズの体はさっきよりも高く宙を浮き、誰もいなくなったテーブルの上にその身を叩きつけられた。
「あれ!? さっきは無視しろって!?」
「「正当防衛」」
向こうが殴りかかってきたのだから、その地点で正当防衛成立である。二人は拳を鳴らしながら舌打ち、そして痰を地面に吐き捨てる。
……その標的が自分じゃない相手だった場合は”正当防衛”は有効だったかどうかは知らないが。
変に絡む必要はない。関わる必要もない。
だが、女の子に理不尽な暴力をふっかけようとする奴は流石に無視できない。一方的に頭のイカレた男を前にして、苛立っていないわけがなかったのだ。この男共は。
食事の邪魔をされたこと。
そして、仲間に暴力を振るおうとした野郎に二人は鉄拳制裁を浴びせてやった。
ラチェットは先程までの言葉は何処へ行ったのか執拗以上にスキンヘッズを睨みつけ、スカルに至っても不良のヤンキーみたいなガン飛ばしで喧嘩を売っている。
「テメェラ……何をしやが、」
暴力に走ったのだから、これからこっちも攻撃して何も文句はないだろう。
理不尽どころか、馬鹿丸出しの発言を浴びせようとしたスキンヘッズの男の体がピタリと止まる。
……男の視線の先。
その先にいるのは“食事を中断し、男を見下ろしているアタリス”の瞳。
ゴミを見下ろすような目。
そして、”これ以上ほざけば何をしだすか分からないぞ”と威嚇の睨み。
相手は少女のはずだ。しかし、そうとは思えない重厚感のある殺意。
「ひっ……!?」
男は深く怯え始めると、一目散にレストランから逃げ出してしまった。
……この少女、目力だけで追い払ってしまった。
しかし、あのスキンヘッズが賢い馬鹿で助かった。あれ以上大暴れするものだったら、間違いなくこのレストランが火の海になっていたであろう。
アタリスは馬鹿が逃げ去ったのを確認すると、口元をナプキンで拭った。
「……それじゃ」
スカルは周りを確認し、一同に合図を送る。
「逃げるぞ!」
変に注目を集めてしまったのは彼らも一緒である。
四人は事情聴取などの質問攻めを食らう前にレストランから退却した。
「結局こうなるのかヨ!!」
最早、死神に取りつかれているのではなかろうか。
ラチェットは大声で喚きながらもレストランを後にした……ちゃんとテーブルの上に全員分の食事の代金を残して。
「……今の声、聞き覚えがあると思ったが、やっぱりか」
大騒ぎがあったレストランの片隅の席にて、女性と一緒に酒とステーキを口にするスーツ姿の男が一人。
「こんなところで会えるとはなァ……コーテナぁ……!」
その男は。
とても見覚えのある、醜い表情を浮かべた悪魔であった。
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