第5部 孤獣たちの白昼夢 

PAGE.55「宵闇ローグタウン(前編)」


 壁画の遺跡の出来事から数時間。青空はいつの間にか日が落ちた。

 何でも屋スカルはホウコウシティへと到着。寝床がなくなる前にと安値でも安心して眠れる宿を探していく。


 ……夜になってすぐの時間。数分の時間をかけて、ようやく宿を発見。

 車庫もあるしで荷物の収納も安心。一同は宿屋のチェックインを完了させた。


「どうだ? 楽になったか?」

「……おかげさまでナ」

 宿のベッドに転がって、天井を見上げているラチェット。


 皆の気遣いのおかげで体調もかなり楽になった。吐き気も頭痛も完全に吹っ飛んだし、何なら睡眠もとれて、この後の行動も絶好調で動けそうな感じのようである。


 ただ、一つ不安があるとすれば……夜に一睡出来るかどうか。

 気持ちが良いほどグッスリ眠ったのだ。おそらく眠れないだろうなと溜息を吐いていた。その点で今後の行動に差支えがない事を祈りたいところ。



 ……宿の個室。今日はいつにも増して静かに感じる。

 そうだ。今回から“男性と女性で部屋を別々”に取る事になったのだ。


 気にしてないとはいえ、やはり異性は異性。それぞれのエチケットなどで気を遣うところは結局現れてしまう。せっかくの憩いの場なのにリラックスに気を遣うのもあれだからという理由だった。


 女性陣はコーテナとアタリス。コーテナの身柄はアタリスがいることを考えて大丈夫と考えていいだろう。

 迂闊に泥棒や夜這いを考える不届き者がいたとなれば、あっという間にアタリス様から丸焼きの刑が下される。


 ……正直、アタリスの事については、まだ少し不安はある。

 彼女は自身の人生を深く濃いモノに彩る事。父に負けないくらいの生き甲斐を探すために旅に同行している。


 彼女の父はかつて人生を彩るために世界征服の一歩手前まで成功させた。そして、その後も数々の波乱と悪行を繰り返し、その名は数多くの書物と文献に残る程の人生を遺して散ったのである。


 素晴らしい人生であるために、その方法は手段も方法も問わない。

 娘であるアタリスもその生き方は一切変わらない。いつ、何をしでかすかは本当に分からないからこそ怖いというのがラチェットの本音。


 ……ただ、一つ安心できる点。

 彼女はコーテナを深く気に入っているようであり、同時にラチェット達にも興味を持っているとのこと。


 執事曰く、アタリスはコーテナの事を友人として認めている。

 ラチェット達にも軽い悪戯を仕掛けたり、からかったりする愛らしい一面を見せるあたり、気に入っている様子を見せてはいる……悪戯を受けている男性からすれば、心臓が飛び出しそうな日々を過ごしているが。


 ___それを考えれば、裏切ることはないのだろうか……?

 ラチェットは再び頭痛。やっぱり今夜は不安で眠れないような気がしてきたと溜息を吐いた。


「どうした? やっぱり、嬢ちゃんがいないと静かで寂しいか?」

「安眠できる分にはいなくてありがたいがナ」


 ベッドから飛び上がる。

 トイレだ。ずっと尿意を我慢していたし、早いとこスッキリしたいようだ。


「相変わらず、素直じゃないねぇ」

 ”安眠できる分”。

 それ以外はいてほしいという彼の素直さが微かに表れているようだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一時間後。男性陣と女性陣は集合し、夕食をいただくために隣の飯屋へと移動することになった。

 この部屋には食事のサービスは用意してないとのこと。その代わり、近くの飯屋の料理が安く頂けるというサービスが提供されているようだ。


 宿から徒歩数分。その飯屋へと到着する。

「……」

 飯屋に到着したラチェットはあたりを見渡している。


「どうした? ここも自分のいた世界とは違う風景だから、緊張してるか?」

「いや……むしろ逆だナ」 

 その動揺は真逆に意味の違うものだった。


「俺のいた世界……それに近いと思ったんダ」

 ホウコウシティ。

 その街は……“ラチェットのいた世界と限りなく近い街並”であることに驚いたのだ。


 鉄やガラクタで作られたオンボロな建物の羅列。無理やり作ったような建造物は、彼のいた世界でいう“ビルディング”に近いものを感じる。


 そしてこのレストランもだ。

 中国などの繁華街にありそうなレストランだ。目の前にある回転テーブルや店の中の風景も中国のアクション映画などでよく見かけるものである。


 この街に住んでいる人たちの衣服は流石に彼のいた世界とはかけ離れている。というか、街の風景と微妙にマッチングしていない。

 中にはスーツを着た人達も複数いるが、その人物たちは深く街に溶け込めている。


 ファンタジーな世界が一気に変わり映えしたものである。

 ならずモノの数人は漂っていそうな、ダウンタウンのような世界へと。


「へぇ、お前の世界と俺達の世界は随分とかけ離れているもんだと持ったが、似ているところは結構あるみたいだな?」

「そのようだナ」

 レストランのメニュー表を開く。


 メニューにはやはり中国の映画で恒例のメニューがずらっと並んでいる。


 チャーハンにマーボー豆腐にエビチリにチンジャオロースにホイコーロー……と思われる料理の写真がずらーっと並べられている。

 ちなみに何度も言うが、彼はこの世界の文字は一切読めませんのであしからず。


 ___多分、この写真はチャーハンで間違いない。

 そしてこの赤い色の何かに身をつけている豆腐は間違いなくマーボー豆腐……残りはそれっぽい料理だが果たしてそうなのだろうか。


 ラチェットは深くメニュー表を凝視している。

 残りの料理も、彼がいた世界のものとソックリなものが多いが、変なメニューも並んでいる……何か、カタツムリの甲羅みたいなものにソースをかけたような料理もあるが、これは本当に人間の食べ物なのだろうか。


 ラチェットはメニュー表との睨めっこに唸っている。


「……おーい、決まったかー?」

 メニュー表と凝視するラチェットの間にスカルの腕が割って入る。

 既に周りは料理を決めたようである。気が付けば、メニューと睨めっことして数分近く経過していたようだ。


「えっと、コレ」

 一番無難なチャーハンの写真を指差すことにした。

 他のメニューも見た目はイメージしてるものに近いがやはり怖い。それに、こっちの世界に来てから米を一粒も食べていない。米が恋しくなっていたという理由も込みである。


「あいよ」


 ___やっぱり、文字くらいは勉強した方がいいだろうか。

 携帯電話で調べて翻訳してもらうという方法もある……この世界の言葉が登録されているか分からないが試してみないことには。


 ……無意味でしかないことを考えたことにラチェットは頭を悩ませる。

 そもそも検索機能を使おうにも電波を拾っていないからネットを使えない。無駄な数分間に頭を使ってしまったと項垂れる。


 ラチェットは一人でブツブツと文字の読めない苦しみを味わっていた。

 安全な料理一つ見極めることも出来ずに……



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後、一同の元に料理が届いた。


 ラチェットは美味しそうにチャーハンらしきものを食べている。

 美味しい。と言うか普通にチャーハンである。味付けは彼の知るチャーハンとは何か違うような気もするが立派なチャーハンであった。


 コーテナはマーボー豆腐らしきものを食べている。匂いからして、やはりマーボー豆腐のような気もするし、ご飯のおともに分けてもらおうかと卑しい事をラチェットは想像する。


 スカルが食べているのは……七面鳥のローストだろうか。たぶん。


「……」

 だが、何より一番気になるのは、アタリスが食しているものだ。

「ふむ、美味」

 メニュー表に並べられている写真の中で一番怪しく奇妙だったもの。カタツムリの甲羅にドロリとしたソースをかけた、グロテスクにも程がある料理。


 カタツムリの甲羅の中に小さなフォークを突っ込むと、中から黒い何かがでろんと顔を出す。カタツムリの頭に見えなくもない何かにソースを絡めると、アタリスは何事もないようにそれを口の中に放り込む。


 ___何だ、アレは。満足そうに食べているが本当に美味いのか。

 半魔族は普通の人間と味覚がズレているのか……ラチェットは未知の料理を目の前に戸惑いを隠せないでいる。




 ……ちなみに大半の人は気づいていると思うが、あれはエスカルゴである。


 実際に存在する高級料理であり、人間でも普通に食べられる。見た目には確かにエグく、味そのものにもかなり癖があるが、好んで食べる者が意外と多い料理である。


 エスカルゴなんて高級食材は目にしたことがないラチェット。

 その目は未知なる怪物に恐怖する瞳であった。


「一口食べてみるか?」

「いや、いい」

 カタツムリを見ると、近所の公園の水道などでベッタリと張り付いているあの姿を想像してしまうために食欲が失せてしまう。それを食べるなんて言語道断であるときっぱり断った。


「ねぇ、ラチェット。それちょっと分けてよ。こっちもわけるからさ」

「いただク」

 願ってもいない展開にラチェットは歓喜交じりに返事をした。

 マーボー豆腐にチャーハン。コンビニ弁当での至高の組み合わせは貧乏飯の中でもトップクラスに最高なものであったから。


「私も分けてもらおうか。コーテナも一口どうだ?」

「いる!」


 ___マジか。

 あんな得体のしれないものに挑戦するなんて凄い肝の持ち主だ。

 ラチェットはチャーハンをすくっていたスプーンを思わず落としてしまった。

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