PAGE.48「クライマーズ・ハイ(後編)」
車のバックの誘導、ラチェットにとっては自動車工場以来である。
しかしこの状況。霧で見えづらい周りに不安定過ぎる足場、一歩間違えれば大惨事となるなど……二度と経験することもないだろうハイレベルな誘導。
責任重大。ラチェットは許されないミスに震えながらも誘導を続ける。
「オーライオーライ……」
ラチェットは後ろを確認する。
さっきまでは薄かった霧がタイミング悪く濃くなってきた。近辺の確認は可能だが、向こう側の景色が霧のせいで完全に見えなくなっていた。
バック移動すること二十分近く。
「よし、分かれ道に戻ったゾ……」
ミスの許されない超ハイレベルのバック誘導。二度と経験することはないシチュエーションの地獄からようやくラチェットは解放された。
生温い風が漂うこの風景の中、彼の額にはとても冷たい汗が流れていた。
「えっと、この道の先は洞窟か……」
地図に表記されている分かれ道にまで戻ってきた一同は、本来使うルートは違う別の道へと目を向ける。
「洞窟というよりはトンネルだナ」
爆破物などで作ったであろう人口トンネル。このトンネルの先にある街を経由すれば、王都に向かうことが出来る。
「よいしょっと」
ラチェットがバギーに飛び乗ると、トンネルへと進んでいく。
「……暗いね」
トンネルの先は想像以上に真っ暗だ。コーテナは手持ちの荷物から松明を取り出し、暗闇の中を照らし始める。
明かり用の蝋燭と思われるものがあたり一面に転がっている。
王都への一番の近道であった通路を塞いだ大岩にこの風景。やはりこの周辺で地震か何か起きたのだろうか。
「今度はボクが誘導するね!」
松明片手にコーテナがバギーを飛び降り前方へ。
こういった洞窟を見ると、遺跡探検が軽い趣味となっていたコーテナにとっては冒険心をくすぐられるのだろうか。その目はキラキラと輝いている。
楽しそうで何よりだが、こちらとしては少し不安が募っていることを忘れないでほしいとラチェットは溜息を吐いていた。
松明片手に前を歩くコーテナにゆっくりとついていく。
「あれ?」
長い洞窟のトンネルを進むこと数分、コーテナは前方にあるものを確認する。
「むむ?」
それはスカルとラチェットも視認できた。
通路が二手に分かれている。片方の道は今まで通ってきた道同様、真っ暗で先が何も見えない。
……もう片方は特殊なライトで通路が照らされている。
ランタンタイプの電灯みたいなものが通路の奥まで綺麗に並んでいる。
「魔導書のライト……すげぇな、これだけの数が」
並べられている電灯は全て魔導書によって発光している特殊な装置。このバギーと同様、魔導書を動力源として機動しているものである。
しかもこのランタン、魔除けとしての効果もある。魔物を追い払う光を放つランタンは商人達にとって、とてもありがたいマジックアイテムの一つなのである。
「さてと」
二つの道。スカルは地図を片手に迷う。
「……んで、これはどっちが正解ダ?」
地図を確認するが、大まかな図表でしか表示されていないうえに、洞窟の中の構図までは描かれていない為、どっちが正解なのかは分からない。
魔物と戦える手段を持っていない商人でも通れるようになっている設備。安全性が高い魔導書のランタンがずっと並んでいるこの通路が正解なのか。
それとも、この真っ暗な通路が正解か。松明で道を照らしてみると、明かりとして使われてたであろう蝋燭が二個くらい見つかった。
どっちも正解のように見える。一体どっちが正解なのか。
ラチェットとスカルは深く考える。
「ボクに任せてよ!」
ドンと胸を叩いて、コーテナが声を上げる。
「どっちの道が正解か……良い方法があるんだよ!」
「本当か?」
不安はあるが、結構な回数遺跡探検を経験したコーテナが言っているのだ。
安全な道と危険な道を見分ける良い方法を知っているのかもしれない。もしくは長年の勘とやらを持ち合わせていることも。
「まっかせなさい!」
これだけの自信があるのなら信用してもいいかもしれない。
ここは彼女に任せてみよう。
安全な道を見分けるプロのテクニックとやらをお手並み拝見することにした。
「どーれーにーしーよーおーかーなー! てーんーのーかーみーさーまーのーいーうーとーおーりー!」
「神頼みかヨ!!」
前言撤回。不安のボルテージが一気に最大通り越してリミッター振り切った。
彼女がやった行動はよりによってテクニックも何も関係ない運試しだったのだ。
……でも実際、どっちが正解か分からないなら、この方法で決めた方がささっと終わるかもしれない。
任せよう。天が我らに味方するか、もしくは見放すか。
万が一間違っていたとなれば引き下がればいいだけだ。さっきと違って霧があたりに立ち込めていない為、今度はバックの誘導も簡単だ。
「こっちだ!」
神頼みルーレットの結果は、魔導書付き発光装置が並ぶ通路であった。
「よし、行くカ!」
何でも屋一同は神の趣に従って、先へと進んでいった。
……彼らはもう少し慎重になるべきだった。
そうだ。もう少し周りを確認すべきだったのである。
分かれ道の真ん中、地震の影響か何かで起きたであろう小さな落石。
その岩石の大群に埋もれ、一部しか見えてない看板……【立ち入り禁止】と書かれていた、決定的な要素の存在に気付けたのかもしれないのに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何でも屋スカル一同は魔導書のランタンが並べられた通路を進んでいく。
商人でも安心して通られるよう設備がしっかりしているだけあり、魔物らしき存在も現れないし、気配一つすら感じない。
あのルーレットは成功かもしれない。心臓が飛び出しそうなくらい不安はあったが、終わり良ければ総て良しという言葉もある。
安全なルートを選べたのだろうと安堵の表情を浮かべていた。
「すごいなぁ。こんなに魔導書を用意してるなんて」
「それくらい商人のことを気遣ってるんだろうな」
「あ大きな甲冑まで並べられてるよ~。見た目にもこだわってるのかな?」
コーテナはランタンと一緒に並べられている甲冑を指さした。
(ん?)
……ラチェットの顔が歪む。
___甲冑? 通路に甲冑が並べられている?
お屋敷やお城とかだったら、甲冑が並べられていても何の違和感も感じないが……このような、業務用のトンネルにまで並べるものなのか?
静かに甲冑の一体へと視線を向ける。
コーテナが見つめている甲冑。それは西洋の騎士を意識させる灰色の甲冑だ。
「綺麗に掃除されてるなぁ」
松明の明かりで鉄の甲冑が輝きを帯びる。
騎士の甲冑をインテリアとして置いておく理由は分からなくもない。でもそれは、お屋敷とかに限る話であって、トンネルなどに置いてあるのは違和感があるような気がしてならない。
甲冑は松明によってオレンジ色の光を帯びている……。
……光る。
甲冑の頭、瞳部分が真っ赤に発光する。
「!?」
ラチェットが揺れる。
「コーテナ、離れロ!!」
彼の指示が早かったのが救いであった。
「うわぁっ!?」
即座に警告を聞き入れたコーテナは真後ろを向くと、全力疾走でラチェット達のいるバギーまで迫り飛び乗った。
……後ろから何かが振り下ろされる音。
”灰色の甲冑が、背中に飾られていた鉄製の剣を問答無用で振り下ろした”のだ。
「いててて……」
頭から飛び乗ったコーテナはそっとバギーから顔を出す。
「神様はとことん厳しいもんだナァ? コーテナ」
「げっ……!」
コーテナの顔が真っ青になる。
数体の騎士甲冑が赤い目を晒している。
その騎士すべてがラチェット達を取り囲み、剣を構えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます