第4部 常軌を揺るがすダイアリー 

PAGE.47「クライマーズ・ハイ(前編)」


「おお、ジュリアよ~。貴方は何故生まれてきてしまったのだ~。貴方と出会わなければ、この剣は邪悪なる世界を切り裂いていただろう~。何故なのだ~、何故、このような運命を辿らなければならぬ~。貴方がここにいなければ、私は愛など知らずに生きられたものを~。私はただ、」


「口閉じて読メ!!」

 ラチェットの説教が響く。

「はっはっは、すまない」

 アタリスは笑いながら、その説教通り小声になった。


 ……イマキの森は魔物一匹通っていない安全地帯。本来なら、数匹くらいは漂っていてもおかしくない。だが、前日が想像を絶する嵐だったのだ。

 身を当分は隠す輩もいれば、あの嵐で空の彼方まで大冒険へと旅立ってしまった悲しい輩もいたはずである。その輩には心にもない幸運を祈る。


 ……次の目的地は王都。

 急遽、宿屋のおじさんから頼まれたお仕事。こちらの都合を考慮してくれた美味いビジネスに乗っかったラチェットとスカルはそれを快く承諾。

 この森を通り、その先にある裏山を越えた先に王都は存在する。彼らはこの森を越え、王都へ向かうための道がある裏山へと向かって行く。


 王都の名は“ファルザローブ”。

 魔法世界クロヌスの真ん中に位置する世界最大の都市。クロヌスの平和を守るため活動している“精霊騎士団”とやらが在住する都市であり……その騎士団を束ねる“皇帝様”が居座る大都市。


 何でも屋一同のうち誰もが足を踏み入れたことのない大都市へ向かうその最中。森の中で響くのはアタリスの朗読会。しかし、その朗読はあまりな大根役者が滲み、せっかくの感動のシーンも台無しを極めていた。


 彼女の読む物語は何処にでもあるようなファンタジー小説。

 

 愛を知らぬ孤独の戦士。世界を守るために数千を殺してきた英雄の男。

 人類を脅かす魔物の娘。しかし、その少女は戦争を好まぬ心優しき少女。


 男と少女は出会ってしまい、互いに惹かれあってしまった。

 娘を殺さなければ世界を救えない。魔物は誰一人として残らずに駆逐しなければならない。


 その迷いに葛藤する主人公の恋物語。心切ないファンタジーとしては結構王道なパターンであるが引き込まれる展開も多いためドキドキはするものの……そんな好奇心も、覇気のない棒読みのせいで台無しである。


「耳障りであったか?」

 サイアムシティを出る前に立ち寄った書物屋で購入した小説を彼女は一度閉じる。

 アタリスは屋敷にある書物しか読んだことがない。その書物は百年以上前のものがほとんどのため、今の流行の書物を読んだことがなかったのである。


 それ故に興味を抱いた本。思わず朗読してしまったようだ。


「まぁ、ダメとは言わないが、街に到着したら朗読はやめてくれヨ。変な意味で注目を集めるのはごめんだからナ」

「考慮するよ」


 ___考慮じゃなくて承諾してほしいものだ。

 ラチェットは呆れを見せると軽くアクビをした。


 それを流した後に、アタリスは小声の朗読会を続ける。


「……最早、彼の頭の中には世界の命運など入ってこなかった。壊れた英雄はその赴くままに従い、生娘の胸元に触れ、露わとなっている水濡れた唇に自身を押し付け、やがて、」


「ストォーーーップっ!!」


 切ない恋愛小説家と思ったら、油断ならなかった。

 叫ぶラチェットはコーテナの耳を慌てて塞ぐ。


「ふふっ」

 朗読をやめたアタリスは本を閉じて、悪戯な笑み浮かべている。


 ……楽しんでる。

 アタリスの悪戯心にラチェットはゾっとする。


「勘弁してくれヨ、心臓が持たな、」

 その心臓に悪い行為をやめてくれ。その一言を発したかった。

「……!?」

 その瞬間……心臓が跳ねた。

 体が飛び跳ねるようだった。


「おわわっ!?」

 地が揺れている。

 ほんの一瞬であったが、イマキの森を走るバギーは跳ね上がる。


「おお」

 ……今の揺れは何だったのだろうか。

 先程の揺れのせいで木の葉の雨が舞い振る森の中。四人は不思議そうな表情を浮かべながら、森を越えた先にある裏山へと向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・


 裏山へ到着する。

 周りの風景が古ぼけた森林から、霧が込み上げる渓谷地帯へと姿を変える。


 足場が不安定になり、バギーは揺れる。

 大自然満喫ツアーは阿鼻叫喚のサバイバルツアーへと変貌しかけている。


 横を見るとすぐそこに崖がある。バギーが通る足場も通るにはギリギリの通り道となっており不安定にも程がある。


 何より、揺れる景色のせいで車酔いが生じそうだ。ラチェットはこみ上げる吐き気を我慢しながら座っている。


 ……数時間はこの道を進む。

 軽い絶望を味わいながらも、宿屋のおじさんから貰った地図を片手にスカルへ道を指示する。


 この裏山は道が複雑なために遭難者が続出するようだ。

 そのために地図は必須。迷子にならない様にとスカルと一緒に地図を確認し、先へと進んでいく。


「しっかり前も見ろヨ。崖に真っ逆さまは嫌だからナ?」

「分かってるよ。そこは安心しな」

 そんなドジだけはしないとスカルは口にする。

 洒落にならないヘマをかました瞬間に来世まで呪って出てきてやるとジョークを混ぜつつも先へ進んでいく。


「……ヤケに足場が不安定だナ? 本当にあってるのカ?」

 王都まで続く道。商人達が複数利用してるであろう道にしては、足元があまりにも不安定な気がする。

 ガレキ、拳くらいの大きさの石ころがゴロゴロ転がっている。地面も微かにひび割れている場所が多く、先へ進むごとに不安になっていく。


「あってるぞ。ほら」

 地図を確認する。向きが逆とか、道を間違っているとかそんなミスは確かにしていない。地図通りに進んでいるのは間違いない。


 本当にこの道であっているのだろうか。

 色んな人が利用している道にしてはあまりにも……


「おい」

 スカルは口を開く。

「何の冗談だ、こりゃ」

「……確かに、タチの悪い冗談だナ、こりゃ」

 前の席に座っているラチェットとスカルは揃えて口を開いた。


 ここから先の進行方向。

 そこには王都へ続く道はなく……代わりに道を塞ぐ巨大な大岩が出迎えていた。


 進めない。大きな岩が邪魔でここから先へ移動できない。


 どうなっている?

 地図通りに移動したというのに、そこから先は綺麗さっぱり行き止まり。ラチェットは地図を手に持ったまま固まっていた。


「もしや、崖崩れか?」

 上を向いたスカル。

「……そういえば、さっき大きく揺れたよね?」

 イマキの森で突如起きた地震。ほんの一瞬だけの大地震。あれが原因だろうか。

 目の前で起きた大災害。数多くの商人が利用する通路はそれによって塞がれてしまったという事なのだろうか。


 ……これは困った。

 

「どうするんだヨ、これ」

 これでは王都に移動できる手段がない。

 この大岩をどかせなければ、仕事内容である小麦粉の移送を完遂することが出来なくなる。せっかくのチャンスを水に流してしまう。


「どれどれっと」

 バギーから飛び降りたスカルはその場で深呼吸をする。


 そして硬化する。姿勢も整えたところで……

「ぜりゃぁっ!」

 フルパワーの一撃で大岩を殴りつけた。


「……いってぇっ!」

 破壊できない。

 ……この岩、相当な硬さを誇る岩盤の欠片のようだ。破壊することは叶わない。


 スカルでも破壊不可能。

 となれば、爆破物の一つでも必要だろうか……ラチェットはアクロケミスを手に取って想像してみる。


「……ダメか」

 ダイナマイトを想像してみた。

 手榴弾を遥かに超える爆破物を想像してみたが具現することはない。それを出すほどの実力は今の自身にはないとラチェットは諦めて本を閉じる。


「……えっと、アタリス様。突然の野暮でもうしわけないのでございますが……あなたの魔法、爆破もあると仰いましたよね?」

 空間爆破。

 彼女の灼却の眼にはそのような能力もあると口にしていた。


「言ったな」

「ちなみにこの岩を破壊するほどの爆発は」

「不可能ではないな。それくらいの規模の爆発は可能ではある」


 ……何という事だ。

 痒いところに手が届く。最高の猫の手がそこに存在するとは思わなかった。


 あっぱれアタリス様。

 いきなり野暮を頼んだことによって不愉快に感じていないかが不安要素であるが、ここは彼女に任せてみることにしようかとスカルは提案する。


「……私の手を借りることは構わない。しかし、お前たちは想像しているのか?」

 何を想像しているというのか。

 

 ……やはり不愉快に感じているというのだろうか。

 自分たちが燃え盛る姿を想像もせずに頼んでいるのではなかろうかと牙を剥けているというのか。


 ラチェットは一瞬だが固唾を呑む。


「これだけの大岩を破壊する大爆破……この地が耐えるかどうか」

 想定とは違った解答。本来ならば安堵するべきなのだが、ラチェット達は想像し、顔を青ざめる。


 そうだ、何故その発想に至らなかった。

 何らかの問題で崖崩れが起きたこの周辺。地が脆くなっている危険性があるというのに、そこに畳みかけるように大爆破を起こしたとなれば……第二災害が襲い掛かる可能性は大。


 そうなった場合、どうなるか。

 空から降ってくる巨大なガレキの雨に崩れる足場。そしてスクラップにされたバギー共々、底の見えない崖の下へと真っ逆さま……。


 ……今度はアタリスにも聞こえるくらいの固唾を呑みこむ音。


「他の道があるんだよナ?」

 地図を確認する。

 地図には渓谷地帯の道が細かく書かれている。この渓谷はいろんな場所へつながっていると宿屋のおじさんが口にしていたのを思い出す。


 王都以外の街、別の街へとつながっている通路もある。

 遠回りになるが、やむを得ない。


「一度街まで引き返すのもありかもしれないが……早いところ王都につきたいしな。仕事の遅い何でも屋は評判に響く」

「決まりだナ。別の道を使うぞ」


 作戦変更。依頼の期限日は通常の二倍の猶予がある。それだけの余裕があれば、回り道を使ったところで問題はないはずである。


 別の街を経由し、王都までの道を探すこととなった。


「んじゃ、今から引き返すが……誰か誘導頼む」

 この場所で車を後ろへ向き直すことは出来ない。となれば、バギーをバックさせながら、別の街へと続く通路がある分かれ道まで戻る必要がある。

 前を見づらい上に足場も脆い。誘導なしでは難しい移動となる。


「俺が降りて誘導スル」

 ラチェットは面倒に思いながらもバギーから降りた。


「……ふふっ」

「どうしたのアタリス?」

 コーテナは不意に笑ったアタリスに問う。

「……いや、お前の言う通り、“暇をすることもなさそうだ”」

 他人事のように笑うアタリス。


 その笑みが酷く憎らしいとラチェットは歯ぎしりを起こし、バギーの後方まで足を進めていった。

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