2-1 ミステリアス・キュートな御嬢様①
----不思議な感じだ。
見た目は紛れもなく幼女。その小柄な身をくるむマントに長めの銀髪。
髪は不思議と揺らめいている。風も吹いていないのに不自然だ。
若々しい声。可憐なその姿は人形か子猫のような愛らしさがある。
「まさか……泥棒ではあるまいな?」
だが声や姿とは裏腹に雰囲気には妖艶な大人っぽい色っぽさを感じる。
上からの言葉、子供をあやすように振りかけるその声に一同は妙な身震いをする。
「いや、そういうわけじゃございやせんぜ!? 俺達は何でも屋スカルと申しまして!この辺で街の仕事をしている最中に運悪く嵐に襲われちゃったってワケでして!?」
「ふむふむ」
すると今度は別の方向から声が聞こえる。真後ろだ。
「確かに泥棒は大声で『お邪魔します』とは言いませんね」
「「「うわぁあ!?」」」
気が付けば、出入り口である扉に誰かが立っている。執事服を身に纏った老人だ。
突如現れた第三者にこれまた驚愕する。三人は尻を地面につけながら、後方へ十歩ほど後ずさりをする。
「一人は普通の人間。もう一人は
この老人はコーテナが
(この爺さん……もしや、気づいてる!?)
ラチェットが驚いたのはそれだけじゃない。自身の事を人間であると判別したと同時、他の人達とは何か違うことも見抜いている。
……別の世界から来た人間という答えにはまだ到達していないようだが。
それでも、明らかに不思議な存在であることは感づいていた。
「こ、このお方の言う通り!どうか、嵐が去るまでの間はここで雨宿りをさせていただきたく……!」
驚愕するのもそうだが、まずはフォローを入れるのが先だ。
「そ、そうだ!あんなビュービュー吹きの嵐の中にいたら風邪を引いちまう!」
「お願いします!少しの間でいいので!」
このまま言葉に詰まったままでは本当に泥棒と勘違いされて絞め出されてしまう。
「気の毒であるな」
外の様子……出窓には大きめの雨粒が叩きつけられている。まるで小石が降ってきているようだ。
外の風景は大木の一つ一つがあり得ない角度にまで曲がっている。さっきとは比べ物にならない暴風になっている……外に出れば、あっという間に風で飛ばされてしまい、三人仲良くお星さまの仲間入りだろう。
「ふむ……」
少女は悪戯に笑みを浮かべて、その場で考え込む。
哀れな子羊を弄ぶような笑い。
少女らしい無邪気な笑顔であるが、今はその上からの目線が憎たらしい。
「一つ条件がある。ならば少しの間、屋敷に留まると良い」
「出来ることはする!」
ここはスカルに頭を下げてもらおう。
とてもじゃないが外に出れる状況じゃない。追い出されでもしたら、空の塵となって消えてしまう。
何より寒い。この屋敷、嵐による温度の変化にしては冷え込み過ぎている。濡れた衣服を身に纏うこの姿にこの環境は辛すぎる。
「……よかろう。爺や」
「かしこまりました」
爺やと呼ばれた老人はその場で頭を下げる。
物腰低そうな優しい雰囲気の老人だ。少女の方は高貴なイメージがあるが、こちらは近所のおじいちゃんみたいな感じ。
少女と違って話しやすそうだ。来るもの拒まずの対処で一同に手を差し伸べ立ち上がらせる。
「部屋に案内致します。そこで着替えの方を……時間になれば、お嬢様の方からお願いのお話があると思います」
「すまねぇ恩にきるぜ! お爺さん、それとそこのお嬢さん!この恩は絶対に忘れないからよ!」
「では、こちらへ」
老人は三人について来るようサインを送ると、一階の奥の部屋へと案内される。
「じっくり、体を休めよ」
去り際、少女の慈悲深い一声。
やはり見た目に反して……年上を思わせる色香を感じ取ってしまえた。
-----すごく広い屋敷。だが妙に薄暗い。
その場その場で飾られている高級そうな壺に美術家の絵画、そして出窓に赤いカーペット。その全てが妙に古ぼけている。芸術品には埃が積もってるし、カビが生えている。
カーペットもボロボロで、窓も水アカで真っ白な汚れが纏わりついている……掃除していないのだろうか?
「どうぞ」
妙な疑問を浮かべつつ、三人は案内された部屋へ。
ようやく、体を温める事が出来そうだ----
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「助かったな」
着替えは持ってきていない為、その部屋に用意された衣服を身に纏う。元々着ていた衣服は部屋で乾かせてもらうことに。
「二人とも……とりあえず、こっち向かないでね?」
「大丈夫だ。分かってる分かってる」
異性が含まれているこの状況で着替えとなると、当然このような気まずさが訪れる。女性の着替えを気遣って、男性は少しドギマギしてしまうのでは?
「ガキの体に興味はねぇ」
「自意識過剰だナ。覗く気はねぇヨ」
しかし残念。ラチェットとスカルはそんな様子見せることもない。
「その言葉も言葉でどうリアクションすればいいのかなぁ……」
嬉しいのやら悲しいのやら。
「なんか自分には魅力がないのかなって自信なくしちゃうよ~」
彼女はまだ十六歳の未成熟な体。そこに自分から魅力を求めるなど確かに自意識過剰だし、自惚れが過ぎるかもしれない。コーテナはそう妥協することにした。
「コーテナちゃんは魅力的な子だ。後はしっかりご飯も食べて、いっぱい眠って。元気いっぱいのセクシーな姉ちゃんに成長するんだぜ~?」
「は~い!頑張りま~す!」
「おら、とっとと着替えるゾ」
三人別れて、用意された衣服に着替える。
「……おぉ、これはこれは高そうな服」
想像した通り貴族の衣服が多い。だが、貴族が着るスーツというよりは----
「久々だぜ、スーツを着るのはよぉ」
執事服やメイド服。貴族や貴婦人の周りの世話をする従者の衣装のみが用意されていた。
メイド服が見えたあたりから気が付いた。このスーツは主人が着るには何かが違うような気がしたのは。
「生まれて初めてスーツなんて着た」
スーツなんて袖すら通したこともない。ラチェットも初めてのスーツ姿に戸惑っていた。当然、仮面はつけたまま。
「ビックリするほど似合ってねぇな。お前のスーツ」
「理解してるから黙れ」
ラチェットも自分で理解していた。
まさか、異世界に来て初めてスーツを着ることになるとは思わなかった。
いつか、あのような服を自分も着るのではと想像したことはある。しかし、そのたびに想像以上に似合わない自分の姿に落ち込むことも多かった……ラチェットの憂鬱である。
「おーっ! 二人とも良く似合ってる!」
着替えの終わったコーテナがこちらへやってくる。
メイド服だ。スカート丈は短い膝元あたり。スッキリした胸元にヘッドセット、そしてカチューシャなんてオプションがなくても元よりついている動物の耳。そこにいたのは反則レベルで可愛い小動物だった。
「おお!これはこれは意外にも似合うもんだ」
「こういうのとは縁がない感じだから似合わないと思ったがナ」
上から目線のカタログ雑誌のインタビューばりに失礼な
「もう! 素直に可愛いって言ってほしいよ! ボクだって、女の子なんだから!」
年相応の子供らしくコーテナは地団駄を踏んだ。
「悪かったって!随分とキュートになっちゃって」
「萌え萌えキュン、ってか?」
「なにそれ呪文?」
二人ともからかうように笑いながら彼女を褒める事にした。
「ふむ、着替え終わったか」
ここは客室というよりは従者の更衣室というべきか。
着替えが終わった三人の下に屋敷の主人と思われる例の少女が入ってくる。ノックもせずに堂々と。
「では、ついてこい」
間髪入れずに少女の一言。
三人は首を傾げ、疑問を浮かべつつも少女についていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
外は今も嵐が鳴りやまない。それどころか悪化しているような気がする。
(うわぁ、マジで追い出されなくて良かったなァ……)
追い出されていた時の姿を想像するだけでさっきまでの低温地獄を思い出し、風邪を引いてしまいそうだ。
「ねぇ? 君はここに住んでいるの?」
対人関係に壁を作らないコーテナが誰よりも先に踏み込んでくれる。
(おっと、声をかけるかと迷っていた瞬間に)
ラチェットはコーテナの対応に恐怖どころか、少しありがたみを感じていた。
「そうだな。この辺りは見渡しがいいから買い取ったのだ……最近は外が騒がしくて仕方ないが」
外がうるさい。ここ最近、魔物が嫌に増えた事による影響だろう。
騒がしさを感じない大自然の真ん中の土地を買い取ったというのに、その後日で人類の脅威が館の周りでウヨウヨしてるなんて事態。確かにご愁傷さまと言いたくなる状況だ。
「君の名前は?」
名前まで聞く。
「ふふっ、私の名が知りたいか?」
その言葉に銀髪の少女はそっと笑みを浮かべる。
「我が名は【アタリス】。お見知りおきを」
アタリスは一度三人の方へ振り返り、バレエのダンサーのようにゆっくり一回転。軽く会釈をし、スカートの裾を両手で軽く持ち上げる
人形のように愛らしい対応。優雅に頭を下げるその姿に見惚れそうになる。
「ボクはコーテナ!」
コーテナも自己紹介を終える。
「俺はスカル。プロの何でも屋で二人の上司だ」
「ラチェット。こいつにコキ使われている若輩者だナ」
ラチェットとスカルも即座に自己紹介。
流れからしてコチラに振られるのは予想していた。聞かれる前にと二人は自己紹介を終えた。
「では改めて、諸君らに頼みたい事だが」
自己紹介を終えたアタリスは案内した部屋の扉を開ける。
「「「……ッ!!」」」
----大量の水滴に暴風が襲い掛かってくる。
寒い。さっきと同じくらいのレベルで寒い。
入った部屋は巨大な肖像画が飾られている書斎部屋。
そして片隅では大きく開けられた穴。そこから容赦なく雨水がシャワーのように噴き込んでくる。おかげで書斎部屋の本棚は大惨事なことになっている。
「部屋の穴を塞いでほしい。木材は必要な分を爺やに持ってこさせよう。再度確認するが、よろしいか?」
「……これ、着替えた意味ないのでは?」
三人に与えられたのは宿泊権の獲得を条件としたサービス業。
「オラ行くぞ若社長。何でも屋の腕の見せ所だろ」
「……しゃあねぇ気合入れるぜ!一宿の恩義、やってやるよ!」
「「承知!」」
ラチェット達は首を縦に振る以外の選択肢しか存在しなかった。
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