1-3 神隠しのウワサ③



 何でも屋としての初仕事。

 何の問題もなく終了というわけには行かないようだ。


「テメェらは確か……列車にいた奴等だな?」

 見間違えるはずもない。

「この【ランス】様の邪魔を二度もしようってか? 人間サマが偉く気取ってんじゃないのよぉ。なぁ~?」

 凶器でしかないカギ爪のようなものが生えた腕、蒸気のような白い息、鋭く睨みつける真っ赤な瞳。鬱憤を晴らすためだけに人間に八つ当たりをする面倒な暴走族。モノホンの存在悪と言わざるを得ない魔族の殺人鬼。

「お前は確か……列車にいた奴かッ!!」

 ラチェットもその顔と姿に見覚えがある。見間違いでなければこの男は先日観光列車を襲撃した、あの魔族の男本人に違いない。

「どうしてここにいやがる!?」

 スカルはいつでも体を鋼鉄化させ、ラチェットとコーテナの前に立つ。


「決まってるだろ!八つ当たりだよ!」

 包み隠すことなくハッキリ言った。

 この森には下級の魔物がウヨウヨいる。八つ当たり用のサンドバックとしては充分すぎる奴が多い事だろう。

「どこぞの魔法使いのせいで俺の楽しみは台無し。だからこの森で八つ当たりをしまくってたわけだが」

(なるほどナ……人間が数名行方不明になったって話、コイツの仕業か?)

 ランスと名乗る魔族は極太長身の爪をその場で打ち鳴らす。

 血がこびりついている。ここ最近、この場で行方不明になったという人間のほとんどがこの魔族に襲われたと考えるべきか。


「……丁度いいや。今度はテメェラを八つ裂きだ。バラバラにした後でパズルのように並べてやるよ」

 狂気のメーターを振り切った殺人鬼の狂気が合間見えた。

「----キショァアアアアアアッ!!」

 殺意。馬鹿正直な欲望と共にランスが迫ってくる。


「おっと!」

 鋼鉄化したスカルが立ちはだかるようにランス目掛けて体当たり!」

「ひゃっはぁッ!まずは一人ィッ!」

 刃がスカルの胸に。ランスは高笑いをしながら何度もスカルを切り刻む。

 休憩する間もない斬撃の嵐が無防備なスカルに襲い掛かる。槌が鉄を撃つような音が延々と森にこだまする。

「やめろッ!」

 体な頑丈な為にいくら無傷とはいえ、自ら盾となっている彼の事が心配になったのかコーテナは声を上げてしまう。

「そんなことをしたらまたスカルが裸になっちゃうよ!」

「あぁうん。確かにまた全裸オチは困る」

 今日に至ってはコーテナの同感のラチェットはひっそりと弾丸を装填した。

「安心しな嬢ちゃん! 次は醜態晒さないようにどんな衝撃でも耐えられるよう特別製の衣装を調達してきたんだぜぇ! 値はかなり張ったが防水防炎防衝撃、なんでもOKの最高仕様だ!」

「お前もどんだけ不安になってんだヨ」

 まあ二回も全裸を晒したら無理もない。

 あの時も一歩運命が狂っていたら社会的に死亡していただろう。街のおまわりが優しい人じゃなかったら今頃スカルは世紀の大変態として豚箱に放り込まれてたはず。


「だがその情報はありがたい!リーダーっ、きつかったらちゃんと避けろヨッ!」

 スカルとランスの合間にラチェットは手榴弾を一発投げ込んだ。

 投げる前にスカルへしっかりと耳打ちしてある。向こうの返答が返ってくる前に投げてしまったが気にする必要はない。

「ナイス援護だぜ!俺の頑丈さを信用してくれてんな!!」

「なんだぁ!?」

 黒い果実を前にして不安に思ったのか、ランスは一度だけ距離を取った。

「おっと、感が鋭いなッ!!」

 スカルもラチェット達と共に距離を取る。ジャケットやズボンが爆風で吹き飛ばないようになったとはいえ、直に浴びる熱は肌に穴が開きそうなくらいに痛い。


「「ぐっ……!!」」

 慌てて距離を取った二人の合間。

 数メートル近く空けられた空間は勢いよく爆破の波に飲み込まれた。

 周辺の木の葉に虫、小枝などが一斉に砕け散り、燃えてなくなった。

 ただの灰となった自然の一部が粉雪のように降りかかる。

「運が良いっていうか、感が鋭いっていうか」

 見たことがないはずの手榴弾を神がかりな直感で避けられたことに舌打ちをする。


「小賢しい真似ばかりしやがってよォ!!」

 ランスは大木を次々と切り刻み破片をこちらに飛ばしてくる。砲丸に見立てた弾丸が次々とラチェット達へと向かい突っ込んでくる!

「おっと!部下には手出しさせないぜ!」

 これまたスカルが受け止める。

「すまねぇリーダー!助かる!」

「お前らもっと身を寄せろ! ハミ出たら刺さるかもだぞ!」

 丈夫が取り柄なだけはある。飛んでくる木片の砲弾を次々と受け止めては殴り飛ばすを繰り返し、彼等には傷一つ付けない様にと防御する。


(……だがこの状況はあまりよろしくないナ)

 しかしその中でラチェットは思う。

 防戦一方。状況が苦しい。


 過去にハンドガンを胸に撃ち込んだが、その程度では大した致命傷にはならなかった……手榴弾をぶつけない限りは大したダメージにならないと思われるが、手榴弾がどのような兵器かバレてしまった為、命中させるのは難しい。


 コーテナの魔法でもあの魔族を仕留められるかどうか怪しいところ。

 炎の魔術はよくて眩暈程度のダメージ。電流は直接触れないと意味がないし、風においては扇風機くらいの活用法、氷も宴会芸くらいにしか使い道がない。


(この中で奴に大ダメージを与えられるのはおそらく……リーダーだけだ)

 希望となるのはスカルだけだ。

 だが肝心の切り札が。大ダメージを与えられるスカルが盾を買って出ているため動けない。このままでは一方的に攻められてしまう。魔力切れを狙われたら完璧に詰んでしまう。

「……お前ら、ちょっと耳貸せ」

「ん、どうした?」

 ラチェットは動けないスカルへ即座に耳打ちをする。

 作戦だ。この状況を打破するための作戦。

 反論は許可しない。強制決定、決定事項であることも添えて。

「……んじゃ、やってくるワ」

 アクロケミスを使用。スカルの背後から立ち去り、木々の射程外へ。

「おらっ!こっち見ろッ!」

 ハンドガンを具現させ、ラチェットは別の場所からランスに向けて乱射する。


「ぐっ!?」

 ランスの身がピタリと止まる。

 魔族の体は頑丈だ。どれだけ弾丸を打ち込んでも致命傷には至らない。

 彼が行っているのは水鉄砲を顔面にぶっかける程度の挑発である。意味がないように思えるが……これでいい。

「あのガキィ!!」

 顔面を狙いまくれば、少しは気も立つことだろう。

 あの魔族は現在ご立腹。自分のしたいことが出来ない上に、その上から小馬鹿にされるような行動で邪魔をされる。

「お望み通りテメェからズタズタにしてやろうかッ!!」

 蟻程度にしか感じない弱い同族に八つ当たりをする。そんな小さな事でしか鬱憤を晴らせない器の小さな男をキレさせるにはこの程度で充分なのだ。


 ----攻撃の手がやんだ。

 ランスは次の攻撃の矛先を、ただの人間でしかないラチェットに向けてきた。


「……へっ。馬鹿が」

 少年の口元が緩む。ラチェットはその場で身動き一つ取らずに発砲を続ける。

「よっしゃぁああ!」

 ----その横から鋼鉄化したスカルが襲い掛かる。


「しまっ!?」

 奇襲に気付きやむを得ず、ランスは標的をスカルに変更。その場で両腕を掴みあい、互いに動きを封じられる。

「捕まえたぜ……!」

 スカルがランスの身動きを止める。

「それじゃあ行くよ~!」

 スカルの後ろにはぴったりと誰かが引っ付いている。

 


 -----コーテナだ。

 スカルの背中にしがみついていたコーテナは即座に背中から飛び降りる。

 身動きの取れないランスの後ろに回り込み、思い切り背中に飛びついた。


「やっていい?」

「OK!やっちまえ!」

 -----承諾のサインが出た。

「出力全開!超感電だぁああーーーっ!!」

 直後、数万ボルトの電流がその場で放出される。

「じゃあな!」

 スカルは電流が放たれた途端にランスから手を離し、その場から離れていく。


「うがががががががッ!?!?!?」

 失神するレベルの電流が容赦なくランスに襲い掛かる。

 ランスは悲鳴を上げながら大暴れしている。しかしコーテナは絶対に離れないように背中にしがみつく。

「あがっ、ががうぁあ……ががっ、ぎぎがががぐががががッ!?」

 まるでロデオの闘牛の如く狂ったようにランスは雄叫びと悲鳴を繰り返す。だが、暴れれば暴れるほど、彼女の放つ電流のボルトの数値が跳ね上がっていく。

「ごがっ、がががっ、ごごごっ……ごぱぁあっ……」

 ランスの視界には眩暈が襲い掛かる。

 脳にも臓器にも多大なショック、体全体に致命的な麻痺を与えている。


「あとは任せた!」

「やっちまえリーダーッ!!」

 コーテナが背中から飛び降りる。

「……ぶっとびやがれぇえええ!」

 フラついたランスに向けて……スカルの凶悪な右ストレートが炸裂。

 

 ----ランスの体は力なく宙を浮く。

 風に飛ばされた新聞紙のように宙を回りながら、何でも屋スカルが担当したエリアの管轄外へとスカルは吹っ飛んで行ってしまった。

『ナイスショット。』

 キャディーが口にする半分以下の声量でラチェットは呟いた。

 標的ロスト。ラチェットは軽く手を叩く。


「……残業終わりだナ!ふぅー、疲れたぁあ」

 魔物討伐完了。ついでにイレギュラーも成敗。

 初仕事の終了にラチェットは軽く深呼吸をしていた。

「何とかなったね!」

「やっぱり俺たちは最強のトリオだな!」

 コーテナとスカルは勢いよくハイタッチをする。

「ほらっ」

 スカルがラチェットにもハイタッチの催促をする。

「早く!」

 コーテナもだ。

 人生初のハイタッチに心を躍らせるコーテナは目を輝かせながら手を伸ばす。

「……ほらヨ」

 その場で両手の平を広げる。

「「お疲れさん!」」

「おう!」

 スカルとコーテナは勢いよく、それぞれ片手ずつハイタッチを交わした。


「んじゃ安全を確認して、早く街の方に戻るか!今日は俺様のおごりでご馳走を食わせてやるよ!」

「「よっしゃ太っ腹ぁああーーッ!!」

 周辺に魔物がいないかどうかの最終確認。

 これで倒し漏らしがいたとなれば信用はガタ落ち。最後の後片付けが一番肝心であることを、何でも屋の鉄則としてスカルが入念に注意をしていた。






「……ん?」

 頭に冷たい感触が一瞬。

 

 これは、水?

 水滴が何滴か頭に打ち付けてくる。

 空を見上げる。


「嘘だろ、おい」

 真っ黒だ。

 工場の排気ガスレベルに真っ黒な雲海がいつの間にか顔を出していた。



               ・

               ・

               ・



 全力疾走。雨宿りをするために一同は森の木陰でと移動した。


「まじかよ……大洪水じゃねぇか」

 大雨だ。しかもゲリラ豪雨なんてレベルじゃない。嵐のような雷雨が一同に襲い掛かる。

「山の天気は変わりやすいから気をつけろとは聞くがここまで突然なものか」

 機転を利かせられるレベルじゃない。対応しようにも理解が追いつかないレベルの早変わりである。

「うわぁっ!?」

 雨もそうだが、風も酷い。

「何処か風よけを探すぞ!このままじゃ風邪ひいちまう!」

「風邪ですめばいいがナ!」

「うるせぇ捕まれ!」

 このまま留まるのは危険。スカルは二人を持ち上げて森の更に奥へ。

 ここから街までは距離がありすぎる。一度そちらに戻るよりは、風よけができる洞窟があるかもしれない奥へと移動する方が最適だと判断した。


 -----嵐の中、三人は走り続ける。

 雨よけは見つかるのか。こればかりは天に願う。

 最高の安全地帯セーフ・ポイントの発見を願いながら、さらに山奥へと向かう。


「ねぇアレ!!」

 コーテナが指さした方向。


 ……洋館だ。

 植物のツタが絡みつき、何処を見渡してもカビや錆でたくさんの古ぼけた洋館が視界に映ってきた。


「こいつはラッキー!」

 誰かが住んでいるような形跡がない館。ちょっと不気味ではあるが、雨風を避けるには最適な場所であった。

「運が回ってきたかもナ……おらリーダー!急げ急げ!」

「部下が命令してんじゃねぇぜ!おらっ、全力でダッシュだ!」

 スカルは二人を背負いあげたまま一心不乱に館に向かって走っていく。

「おじゃましまーす!!」

 三人一緒に館の敷地内へと入ると、洋館の入り口の扉へと一斉にダイブ。扉には鍵がかかっておらず、一同を弾き返すことなく簡単に開いてしまう。


「……ふぅ、助かったな」

 ラチェット達は濡れた体のまま、一斉にその場で座り込んだ。

「しかしとんでもねぇ変わり様だな……勉強になったぜ、山の天気!」

 外では嵐の声。雨風が入らない様にとラチェットにスカルは慌てて立ち上がり扉を閉める。扉や窓に叩きつけられる雨風の音が人気のない屋敷の中で反響していた。

「ここは何処だ? 」

 静かな洋館。内装を見る限りでも人が住んでるような気配はない。

「誰か、いるのだろうか?」

 誰か住んでいる可能性がないわけではない。

 だが魔物が大量発生している物騒な山奥の森の中に隠居するような物好きがいたりするのだろうか……そうだとしたら理解に困る。


「すみませーん!誰かいませんか~!?」

(まぁ誰かいたらいたらで後々面倒なんだが----)

 妙な不安。一同は館の周りを見渡している。




「騒がしいな」

 ----静かな館内。

 エコーがかかったような女性の声。


「「「!!」」」

 三人は即座にそれぞれの武器を構える。



「こんな嵐に客人とは奇怪な事もあるものだ。それとも無邪気な空の悪戯か?」

 館の奥の階段から一人、何者かが降りてくる。

「どうであれ、客人であるのなら用件を聞かせ願おう」

 お嬢様学校の制服を思わせるジャケットにチェック柄のスカート。

 背中には身を暖める大きめのマント。ザクロ色の瞳。

 小柄な体。何処か浮世離れしたように揺らめく銀の長髪。


 ----コーテナよりも小さい背丈の少女。

 高貴なる貴族の雰囲気を漂わせる幼き少女がラチェット達へと近寄ってくる。



「この屋敷に……何用だ?」

 しかし、幼女と言うにその表情。

 長い人生を生きた風格。長寿の大人の女性の貫禄。






 三人は思わず、

 その少女を前、身を低くしてしまっていた。

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