1-1  神隠しのウワサ①


 ----魔法世界歴 1998年8月14日。午後17時32分。


「「うめぇ~ッ!!」」

 観光列車での事件を終え、何でも屋スカルの一同は目的地である【商業発展都市・サイアムシティ】へと無事到着していた。


「くぅうう……列車の事件最中ではマトモな飯を食えなかったからなぁ! 数時間ぶりのご馳走が五臓六腑にこれでもかと染み渡るぜ~!!」

「オヤジの表現だナぁ~。でも同感同感ッ……うめっ、うめっ」

 到着時には夕刻だった。故に仕事を探すよりも先に寝床となる宿泊先を探すことになった。

 そして発見したのはサイアムシティの中央の大通りに位置する大きめの宿屋だった。町の中でもかなりの広さで数百人近くの宿泊者が毎日ここに集結する。

「ギルドに何でも屋。そしてその依頼人達御用達のホテルってやつだ! 設備も飯も何もかもが整ってる! まさしく神施設ッ……! ルゥちゃんのおススメと紹介状のおかげってやつですなァ~!!」

 このホテルは列車でお世話になったルゥからオススメされた場所だ。ご丁寧に紹介所までもらったこの宿。どのようなものなのか説明することにしよう。


 この宿屋のロビーには掲示板が設置されているらしく、その掲示板に随時仕事が張り出されるとのこと。仕事を探しに来た彼等には都合が良いというわけだ。

 部屋にもランクというものはなく全員平等。ちょっと高めの宿泊料だが、それさえ払えば誰でも並以上のルームサービスを体験できる素晴らしい場所なのだ。

 素晴らしい施設になんとサービス料金で入室可能……全員同室の家族料金ぷらんりょうきん。仮面を外したいラチェットにとってはちょっと難しい話でこそあったが、こんな場所に泊まれるのなら贅沢は避けるべきか。

「それにしても、あのルゥってやつ……結局何者なんだったんだ?偉い連中とパイプはあるわ、こんなバカでかいホテルの紹介状とか用意できるわ……謎が多すぎて、ちょっとばかり怪しくなってきたゾ」

「王都から来たっぽいし中央都市あたりの金持ちだったのかもしれねぇな~。品格とかオーラっていうの~? そこらの貴族のおっちゃん達とはワンランクもツーランクも上って感じがしたし~?」

 いろいろとお世話になったルゥという少女。彼女はいったい何者だったのか。三人の間で波紋を呼び起こす。

「仮にお偉いさんだったとしたら、また会った時にはしっかりと頭を下げてご挨拶しておかないとな。お礼も兼ねてよぉ~……あぁ、うまっ。メシうまっ」

 暴飲暴食とはこのことだ。三人は掃除機のように飯を食い尽くしていく。

国家魔法使いエージェントさんとルゥさん達……また、会えるかな?」

 『機会があれば、またお話ししましょう』

 サイアムシティへと向かう前、安全を願ってくれたルゥからの別れの挨拶だった。


「……どうだろうナ」

 おかわり自由のパンにラチェットは再び喰らいついた。


・・・・・・・・・・・・・・・


 一同は頼んだ分のメニューをすべて完食。

 食べたパンの数は合計四十個近く。主食であったロールキャベツもしっかりと完食し、スープも水滴一つ残さずパンにつけて食していた。

「さてと、これが掲示板か」

 爪楊枝で歯の間に挟まった挽肉を追い出しながらスカルが呟く。

「沢山張り出されてるね……うわっ、本当にドラゴン退治とかもある」

 掲示板には仕事が大量に張り出されている。

 商業発展都市ということもあり商売の手伝いを願うものもあれば、隣町から荷物を持ち運びする仕事などその日限りの出稼ぎの仕事も多い。

「怪物退治は報酬が格段に高いナ」

「命賭けるからねぇ~」

 そういった内容の仕事の大半は結構な高額の報酬金を用意されている。

「荷物運びでも結構な量が用意されてはいるが……商売人のパシりでチマチマ稼ぐより 怪物退治で一攫千金! ドカンと勝負に出るのがこのスカル様の生きざまよ!」

 仕事の手伝いの依頼に負けない数の魔物討伐依頼。スカルはその依頼にばかり目を向けていた。

「おいおい……俺達レベルがそんな大層な仕事出来る身分かヨ?」

「俺達三人力を合わせれば怖いものは何もないッ……三人力を合わせれば何とかの知恵って言葉もあるさ! まぁドラゴン退治とかには行かないから安心しなって! ちゃんと自分の身分を知った上でのお仕事を~っと……森の仕事が多いな?」

 怪物退治の仕事のその大半はサイアムシティの裏山に存在する【イマキの森】と呼ばれる場所に関する内容がほとんどだった。

「これも、これも、これも……全部、裏山の森だね?」

 掲示板の依頼を一つずつ指さしながら確認する。

「その通りだな」

 掲示板を眺め続ける三人のもとに、ガタイの良い男たちが話しかけてきた。


「そのなり……従業員って感じじゃなさそうだな。俺達と同じ何でも屋とかそんなところかい?」

「よろしく頼むぜ、余所者の何でも屋さんよ」

 風貌からしてスカルと同じ何でも屋か、その辺で活動しているギルドと思われる。男たちはフレンドリーに接してきたかと思うと、スカルと握手を交わしていた。

「イマキの森はアホみたいに魔物が多くてな。放っておいたら蜜に群がる虫のように集ってるんだよ。商品となる薬草とか木片とか。商品の流通ルートもあるから商人達はかなり困ってるみたいでな」

 イマキの森は商人達が通り道として利用することもある。魔物がウロついてもらっては商売にも関わるため、依頼人達は強く頭を抱えているようだ。

「俺たちギルドとしては金の貰える仕事が増えて、ちょっと嬉しいってな」

 愉快そうにギルドの一員達が爆笑している。皮肉といったところか。

「この状況がどれくらい続いてるんだ?」

「ここ一年近くだな。魔物を狩り尽くせば少しは顔を出さなくなるが……数か月も立てば、またドーンと出てくるわけよ」

 そのパターンが過去に数回だという。

 倒しても倒しても出てくる魔物の群れ。この掲示板からイマキの森に関する仕事が消えたことは一度もないと公言している。

「……それと、この森では最近奇妙なことが起こっていてな」

「奇妙なコト?」

 ラチェットが首をかしげる。

「イマキの森の仕事を引き受けた何でも屋やギルドの一員が何人か行方不明になってるんだよ。他のギルドが調査に行ったらしいが遺体一つ発見されやしねぇんだ。完全な”神隠し”ってやつだな」

 ギルドの一員達は会談口調で事を語る。

 行方不明になったという人数はここ半年で七人。しかもその身柄は誰一人として発見されていない。

「魔物に倒されちまって餌になったんじゃって言う奴もいるが、骨一つ見つからないなんてことがあるかよ」

 魔物も人間と同じでそれなりにデリケートな生き物。消化の悪そうな骨まで飲み込む魔物もそうはいないとのこと。

「遺体が巣に持っていかれてるとかは?」

「その可能性もあるが魔物の巣らしきものも見つかっていないんだ」

 証拠一つ残らずにイマキの森にてその身柄が消え去る。まさしく神隠し。七人近くの腕自慢がイマキの森で行方をくらましている。

「お前らもイマキの森の仕事を引き受けるなら気をつけろよ。正体の分からない何かに攫われないようにな?」

 忠告を残して男たちはその場から去っていった。

 ガキ二人連れた何でも屋とだけあって少し挑発じみた対応でもあった。馬鹿にされていた当の三人はその対応を気にするどころか、フレンドリーでむしろ助かるという反応であるが。

「行方不明者続出、か……」

 スカルは掲示板を眺めながら、顎に手を乗せ考え込む。

「一攫千金狙うんダロ? だったら迷わず行くゾ。明日の飯と宿代のためにナ」

 ラチェットは掲示板の依頼を適当に一枚引きちぎる。

「おい、声が震えてんぞ。歳相応に意地になってねぇか、坊ちゃん」

「……」

 スカルの発言からラチェットは静かに依頼書を下におろす。そして明後日の方向を眺めている。

「おーい、こっちを見ろ~。怖いんなら今が引き時だぞ~?」

「怖くねぇって言ってんだろ! お化けとかそういうの今更っていうか~!? ていうか、お前も怖いんじゃねぇのォ~?」

「バッキャロウッ!ビビって……ビビッてねぇし!」

 二人とも実をいうと足がガックガクに震えているのは内緒である。

「大丈夫だよ! ボクたちなら向かうところ敵なし! そうでしょ、スカル!?」

 コーテナの言う通り……この三人が組めば、一攫千金のチャンスに何度も手を伸ばせる。最高のトリオになれると口にしたのはスカル本人だ。 

「まぁこの程度で怖気ついてたら大半の仕事が出来なくなるよな……そうだよな! 行っちゃうか! 俺たち何でも屋スカルの記念すべきデビュー戦行っちまうか!ビッグな何でも屋結成の為に! 俺達のドリームのためにもよぉおおッ!」

「その通り!!」

 コーテナの純粋無垢な発言に後押しされたスカル。

 その場で周りの目を気にすることなく雄たけびを上げる。それに合わせコーテナも両手を上げて歓声を上げる。

「うるせぇぞ、お前ら……ったくよぉ~」

 ラチェットはそんな二人に呆れていながらも何処か楽しそうに笑みを浮かべ、震えた足をひっこめ片手をあげていた。


「んじゃあ、仕事を受ける!」

 依頼書片手に彼はカウンターへと向かっていった。

「ところでラチェット。それイマキの森の依頼じゃなくて、野菜売りのおばちゃんの手伝いの依頼書だぞ」

「……」

 ラチェットは静かに依頼書を掲示板に戻す。

「……わざとだヨ」

 速足でその場から立ち去っていった。

「お前、実は天然? 或いはビビり?」

「うっせぇ!!」

 恥ずかしさのあまり逃げ出したラチェットの後ろ姿を見ながら、スカルとコーテナは思わず小声で笑ってしまった。

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