4-3 異世界列車通り魔事件③
その姿はまさしく、人の形をした怪物そのもの。
過去に巨大なリザードを見たことがある……あれがそのまま人型になったもの。
人類の脅威が今、目の前で鬱憤を漏らしながら現れたのだ。
「クソがよォオ゛オ゛~、俺の邪魔をしやがってよォオオ~……!!」
眼を怪しく光らせ、鋭い牙をチラつかせる。酸のように生臭い唾液を垂らし、生暖かい息を蒸気のように漏らし愚痴を吐く。
「ガキが変に鋭かったせいでバレちまったじゃねぇかァ~……! 静かにテメェを殺してよォ~、更に動揺してるところを一人ずつブッ殺していく寸断だったってのにこのザマだぜッ……俺様の復讐を終わらせてくれやがってェ~!!」
魔族の男は酷く苛立っていた。
歯ぎしりと地団駄が下手くそなコーラスのように響く。地団太を踏むたびに食堂の車両が振動し、机や椅子の定位置を微妙にズラす。
「いいやッ! まだ終わってねェ~ッ! むしろココから始まるンだァ゛ア~!! お前達人類に絶望を与えて俺がスッキリする最高の時間がなァ~!!」
「復讐……だと?」
”復讐”。その単語が国家魔法使いの耳に届く。
シアルが先陣を切って口を開く。貴族や何でも屋一同は既に国家魔法使いの後ろに隠れている。緊迫としたこの状況でまともに口を開けるのはシアルくらいだ。
「そうだぜェ~? 罪深ァい人間どものせいでよぉ! 生まれて数百年の間!俺は誰の目にもつかない隅っこでヨチヨチしながら生きる羽目になってんだぜぇええ!? 世界の管理者気取って偉そうに俺達を追い詰めやがってよォ~!?」
「当然だ。お前らは放っておくと人を手にかける」
----千年前。古代人と魔族界の戦争が終結した。
それ以降、魔族界は事実上の壊滅とされていたが……それは、『魔物と魔族という存在全てが抹消された』わけではない。
「世界の管理者を気取ってお前たちを始末してるわけじゃない。むしろこの世界の支配者となろうとしたのは何処のどいつらだ? 人の庭に土足で踏み込んだ挙句、コチラの言い分も聞かずにやりたい放題……癇に障る……!!」
魔族界の生き残り、および魔王軍の残党。
そしてその末裔は今もこの千年の間で生き残っており、中には再び人類侵攻を企てんと活動を続けている個体だって沢山いる。
「復讐心を駆り立てられるほどの何があったのかは知らない……だがこうして人を手にかける以上、放っておくわけにはいかないッ!!」
そんな魔族の騒動のおかげで人類は今も脅威に怯えながら生き続けている。
危険な魔族を発見次第、対処をして当然。クロヌス全域を防衛するエージェントとして当然の義務である。
「お前達魔法使いのせいでよォ!! 俺達は大暴れできなくて困ってるんだぜぇ……あぁやべぇ。あの日々を思い出すだけでムカついてきた! 上位種気取って調子乗りやがって!! 今俺はァ、お前たちをブッ殺したくて仕方がねぇんだよォ……!!」
魔族の男は爪をはやし、それを楽器のように鳴らしながら一歩ずつ前進する。
「お前らもあの間抜けな人間のようにズタズタに切り裂いてやるよォ~……偉そうな態度気取って俺達をイジメる野郎が相手ならもっと楽しいだろうしなァ~! そうだなァ? そこに太っちょの男は鶏肉を捌くのと同じように胸を開いて臓器をしゃぶりつくす! きっと気持ちがいいだろうなァ~!?」
「ひぃいいいい……!!」
この魔族はコーテナのように理不尽な日々を送ったわけではない。
人間として静かに生活したかったのに『魔族の子だから』という理由で幸せを奪われたわけもない。
所謂、快楽殺人者の類。根っからの悪党だ。
刺激を求め大暴れ。そのたびに騎士団をお役にさせてしまうハタ迷惑野郎だ。
「全員下がって」
「は、はい!!」
ミシェルヴァリーの指示。太っちょの貴族は最後方へと下がっていく。
「おーい、アンタは英雄の一族の末裔なんじゃなかったのか~?」
「し、知らないィイッ! そんなことを言った覚えはッ! ないよぉおお……!!」
勇気をもって最前線で戦えとまでは言わないが……さっきまでは偉そうにしてた態度が今となってはコレである。
「やれやれ……こんな大人にはなりたくないもんだねェ~」
臆病なのは誰だって一緒ではある。しかしココまでくるとどうなのかとも思えてしまう。スカルは溜息を洩らしながらも体を鋼鉄化させ、貴族の前に立っておく。自衛のため。そして戦闘能力のない貴族を守るための行為だった。
「再度警告する。無駄な抵抗はやめろ。対応次第では容赦はしない」
「だぁからよぉお~……」
魔族の男は血管を額に浮き上がらせ、背を向けるように振り返る。
「人類風情がそんな上からの態度ってのが気に入らねェんだよォオ~ッ! 俺サマを見下してんじゃねェゾぉオ゛オ゛ッ! 容赦なく殺されるのは俺サマじゃなくて……お前達なんだって事を理解しろよォオッ! このアリンコ野郎共がァアッ!!」
白い息が蒸気のように口から込み上げる。
魔族は片手の爪を振り回し……勢いよくその場で弧を描く。
「けひひひひひいぃいいっ! ぎゅはははぁはははぁああーーーーっ!!」
-----凶悪な光景が目に映る。
食堂の第三車両があっという間に真っ二つ。
第三車両の半分は無人の第一・第二車両と共に乗客たちを置いて前進していく。
「な、なんつーパワーだ……!!」
真夜中の平原地帯の真ん中で客を乗せた車両だけが取り残される。
逃げ場はない。明かりも持たずに外に出ようものなら容赦なく野生動物か魔物のエサになる。それはこの魔族の握力なのか、或いは刃物の切れ味なのか。
「へっへへぇえっ! そらそら! 逃げる許可は与えてやるぜぇ!? 出来るもんならやってみろよぉおお~!!」
そもそも外へ逃げる前にこの魔族の男が逃がしてくれるかどうか。
憎き人間を一方的に嬲れる喜びを感じているのか、笑みを浮かべながら爪を乗客一同にチラつかせている。
「そうそうっ! その絶望する顔を見るのが楽しくて仕方ねぇんだ……俺がお前たちの幸せを奪ってやった! お前の命の権利は俺が握っているっていう優越感があって最高のたまらねェ……おらもっと見せろよっ! 俺に絶望してくれよォオ!!」
まるでハイエナだ。背中を向けた途端、八つ裂きにされるのは間違いない。
「呪うんだなァアア! この列車に乗り込んだことをなァアアーー!」
列車を切り裂いた腕力。その力の差は歴然であることは理解できる。
「ラチェット……!」
「分かってる……本当、運がよかったッ……まともに食らってたらこの列車みたいになってたって考えるとサァ……!!」
アクロケミスの本を駆使しようとも戦闘力が弱い意味で桁違いなアイテムしか呼び込めないラチェット。特定の威力でしか魔術を発動できないコーテナも歯が立つ相手だと思えない。
「俺達でどうにか出来るのか、コイツらを……!」
スカルも少したじろいでいる。
鋼鉄の肉体を駆使すれば防御は可能と思われる……だがあれだけの破壊力を目にすれば自信を失うのも無理はない。
「けひひひひっ! ギャハハハッハアッ!」
ジリジリと迫りよる。乗客たちは快楽殺人犯相手にどうすることも出来ずに蹂躙されるだけなのか。
「お三方。どうかその剣を収めてください」
----ルゥが三人に小声で呟く。
「どうか彼らの邪魔をしないよう、お願いいたします」
それは忠告というよりは警告だったのか。
『余計な事をするな』と、言われているような。そんな気がした。
「……最早問答の必要もない。満場一致でお前に猶予はいらないと判断した。その結論に至ったと考慮しても構わないな?」
吐息が漏らされる。
「この下衆魔族が。絶望するのはどちらか教えてやる」
国家魔法使いシアルは怯えることなく口を開き、ローブの内側から本を取り出す。
----魔導書だ。純白の魔導書は既に彼の腕の中で眩い光を放っている。
「呪うのなら喧嘩を売る相手を間違えた自分を呪え。
-----目の前の世界が一瞬にして真っ白に染まる。
「な、なんだッ!? まっ、まぶしッ……!」
その眩しさのあまり一同は目を閉じる。しかしその手前、光景だけは見えた。
「【
純白の閃光が
シアルの片手から光線のように飛び出した。
「へ……」
意気揚々と盛り上がっていた魔族の男の体を数秒の閃光で車両ごと包み込んだ。
閃光の輝きは実に数秒近く続いた。
あれだけの強敵を前、目を閉じるという行為がどれだけ危険な事かがわかる。
しかし一同は目を開けなかった。
恐怖の中、その瞳を一同はそれぞれ静かに開いていく。
「……おいおいおい」
目の眩みが引っ込んだ頃には……シアルの前方は線路諸共消し炭に。
青い電流がクレーター全体に纏わりつく。光線は全てを消し飛ばしていた。
「やっぱとんでもねぇな!国家魔法使いは!!」
「ぐぐぐっ……!?」
更地。殺風景の中で魔族の男は怯えながら両手で身を守っている。
唖然としている。自分なんかとは比べ物にならないパワー。格が違い過ぎる相手が目の前にいることに驚愕している。
「やぁっ~」
-----佇んでいる魔族の男相手に
青白い閃光の次は……巨体であろうと問題なくスクラップにしかねない巨大な鉄塊を振り下ろすミシェルヴァリーが空から降ってくる。
「その小柄な体でその馬鹿力ァ……!? ひぃいいいーーーッ!?」
避ける。当然だ、あんなものを直で受けていたらタダではすまない。
「おっとっと~」
標的を見失い、地面に叩きつけられた巨大な鉄塊。
----少女と鉄塊が作り上げたのは巨大なクレーター。
まるで小隕石が降ってきたかのような。桁違いのパワーだった。
「「「す、すごい……」」」
何でも屋一同。その凶悪すぎる力を前に唖然とするばかりだった。
「……」
魔族の男もその光景を前に唖然としていた。冷や汗が滝のように溢れている。
「……今回は見逃してやる! 覚えてやがれ!」
予想外の絶景を見せられた魔族の男は尻尾撒いて逃げていった。無理もない。
こんなもの見せられたら戦意だって当たり前のように消失する。三流の敵キャラも同然の情けない捨て台詞と共に超高速で走って逃げていく。
「シアル。追いかける?」
……これが
クロヌスを千年も守り続けたという“国家の騎士団”に認められた最強の魔法使いの実力。
ラチェット達は勿論、貴族たちも唖然と口を開いていた。
あまりの格の違いに理解が追い付かなかった。
「あなたが指示をするなら。仕留めるまで追いかける」
ミシェルヴァリーは自身の体の3倍以上の大きさの鉄塊を振り回しながら相棒のシアルへ質問する。
(もうあれだけの距離が……え? 追いつくの? 余裕で?)
「ほっとけ。夜の平原地帯に深追いは危険だ」
ラチェット達の動揺をよそにシアルは涼しい顔をしながら返事をする。
(……え? この実力なら、そういうの些細な問題では……?)
それくらいの強さなら夜に蔓延る有象無象など平気なのではなかろうか。
ラチェットはそう思った。きっと自分以外にもそう感じている人がほとんどだと信じてやまなかった-----
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後、ミシェルヴァリーは双眼鏡片手に前方の線路を確認する。
「相当遠くに行っちゃった。列車に追いつくことは可能だけど、こっちまで持ってくるのに三日はかかるかも」
客を残して走り去ってしまった第一車両の位置を見ていたようだ。
「な、なぁ、お前ら。俺の聞き間違いじゃなければあの女の子。クレーンもなしに自分の力で列車を引っ張ってくるみたいな言い方だったよな~……?」
「もうなんか些細な問題のような気がした。何でもできるんじゃね、こいつら……」
「エージェントってすっごーーーいッ!!」
さすがは国家魔法使い。言葉のスケールが違う。ラチェットとスカルはもう考えるのをやめかけている。コーテナに至っては目を輝かせていた。
「ど、どうするのかね? このまま私たちは帰れないのか?」
小太りの貴族が聞いてくる。列車が動かないとなれば立往生だ。
明日の朝になれば徒歩で移動することも可能だが時間がかかりすぎる。平原のど真ん中となれば夜であろうとなかろうと野生動物に接触する可能性が高い。
「スカル~、車に皆を乗せられないかな?」
「さすがに定員オーバーだ。少数乗せて往復にも時間がかかる」
合計十人以上の客を乗せるのは不可能である。往復も考えたが、そもそも移動に時間がかかるし、残された者達が待ちかねるのではと溜息をもらす。
「参ったな……」
車掌もこれには困り果てた表情を浮かべていた。乗組員たちもどうにか出来ないものかと頭を抱えていた。
「あの……よろしければ、私に任せてはいただけませんか?」
そんな絶望的な状況の中、ルゥが一人挙手をする。旅行用のカバンをその場で開き何かを探し始めていた。
「よし、これで!!」
取り出したのは手のひらサイズの鉄球である。
「こんな時にキャッチボールでも始めるのかね?」
貴族は少しばかり不安そうな表情だった。魔族による大量殺戮が行われかけた、この物騒な真夜中に遊んで気を紛らわせようとするのかと。
「そぉおおーーーれぇえええっ!」
ルゥはその鉄球を勢いよく、天に目掛けて投げつける。
見た目によらず凄い腕力だ。鉄球は天高く飛んでいくと、さながらジェットのような炎を噴き出しながら更に天高く飛んでいく。
「こ、コイツは……!?」
鉄球は空中で花火のように爆発。
「花火かッ!? いや、ちがうコレは……!!」
赤、水色、茶色、青、緑、グレー、黒、白の順番で虹色の発光を空中で行う。
「まさか信号弾ではないのかね!?」
「ご名答、念のために用意しておいた信号弾です。数時間もすれば、これを見た騎士団の皆さんが駆けつけてくれます」
「騎士団が!?」
貴族の一同が驚愕する。
「な、なぁ、騎士団ってそこまで大層なモノなのカ?」
「大層も何もこの世界にとっては知らない人はいねぇだろうよ。普通はな」
遺跡に残されていた神話。魔族界との戦争を終えた後、千年という歴史の間も先祖代々この世界を守り続けてきたという騎士団。
逸話を聞く限りでは、その存在は如何にこの世界で壮大なものなのかは理解する。
そんな騎士団の傘下の騎士たちが援助に来てくれるという。
いくら傘下であれ世界にとって絶望的な状況に陥れかねない出来事での対処でないと動かないメンツだそうだ。
だから驚いた。その場にいる全員が。
そんな騎士団を動かしてしまうこの少女に。
「あなたは一体?」
「ただの観光マニアですよ。旅先で騎士団の方とお知り合いになりまして」
謎多き女性ルゥ。一同がその少女の仕草に固唾を呑む。
「明日にでもなれば助けに来ると思います。少し怖いかもしれませんが今日はここで寝泊まりですかね」
「じゃあ私たちが周りを警護する。魔物を一匹も列車に入れない」
国家魔法使いのミシェルヴァリーが進んで、護衛を引き受けた。
眠っている間にここから魔物が侵入してくる可能性は高い。
一人くらいは外に見張りがいないと危険である。
「いい? シアル?」
「ああ、構わない」
そのため、ミシェルヴァリーは数時間にシアルと交代しながら護衛をする。
彼女ら曰く国家魔法使いとしてこれくらいは当然だし、これ以上の責務を腐る程やってきた。多少の睡眠不足は慣れていると胸を張って発言している。
今日の夜は平原の真ん中で一泊だ。
何でも屋スカルを結成してからすぐに、頭を抱えたくなるようなトラブルと鉢合わせ……一日目から壮絶な展開を迎えることとなった。
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