3-2 イカした何でも屋 ~その名はスカル~ ②
……軽い休憩の後、移動。スカルは列車にて乗り込み受付を行う。
バギーを貨物庫に移動。そして三人は切符を購入。
次の目的地。その名は【サイアムシティ】。
何でも屋スカル一同はサイアムシティまで続く列車にバギーと一緒に乗り込んだ。
(テレビとかでしか見たことないが……ほぇえ、流石は個室車両の高級列車!リッチな気分が味わえるって事で~!)
この列車。想像以上に施設が伴っている豪華車両。
五つ以上は連なる車両にはバーカウンターや食堂に個室車両など……結構な設備が用意されているのである。文字通り高級列車だ。
「生き返るナぁ……」
多額の金を支払う価値はあったと思う。第二車両のバーカウンターにてラチェットは飲み物を注文。甘酸っぱいリンゴジュースを頂く。
つい先ほどまで真夏カンカン照りの中を頭上がら空きの車で疾走。その後自動車整備を行って……疲れていた体にジュースの甘みと水分が行き渡る!
この列車。なんと飲み物は無料!
少しばかり乗車料金が高い理由の一つがこれであった。
「久々だぁあ~。ただのリンゴジュースでこんなに天国気分を味わったのはァ……ちょっと高級なプール施設のビーチベッドの上で寝転がってる時、数人からバカでかい葉っぱ
これにはラチェットも舌鼓。無料と聞いては欲望の赴くままおかわりし放題。
気が付けば四杯も飲み干してしまった。乗組員からは飲み過ぎてお腹を壊さないようにと余計なお世話を口にされたものである。
「いいのかナァ……ジュース一本でこんな幸せ感じちゃってぇえ……」
バーカウンターで一人、ラチェットはジュースを口にし続ける。
他にもお客さんは乗っているようだが夕食前とだけあって全員個室にいるようだ。そのおかげかバーカウンターを貸し切っているような気分である。
スカルも運転がつかれたのか冷房の効いた個室でグッスリ休んでいる。
長い時間カンカン照りの中、運転し続けたのが応えたのだろう。横になった瞬間10秒で熟睡してしまったらしい。
「よし! 体もひんやりしてきたし、晩飯までグッスリ寝ることにするか? こんな快適気分を味わってる時の昼寝ほど気持ちの良いものなんてないしなァ~……うっ」
席から離れた直後に嫌な音が鳴り響く。最初は冷たい飲み物を含みすぎて腹痛でも来たのかと思ったが違う。
----腹の音だ。彼はローカルシティについてからは何も食べていなかったのだ。
「いや我慢だ……寝てどうにかしよう……」
睡眠で空腹を誤魔化すことにする。ラチェットは早足で第二車両を出ようとした。
「ラチェット~!」
そんなラチェットを元気な声が呼び止める。このようなハツラツとした少し馬鹿っぽい声の主は誰かすぐにわかる。コーテナだ。後ろを振り向くと小さな袋を持ったコーテナが手を振ってこちらにやってくる。
「食堂の方でクッキーが売ってたんだけど、美味しかったよ」
「ああ、そうかヨ……」
それは現在空腹の自分に告げる言葉なのか。頼むから腹が減るような事を言うなと呆れながらコーテナを素通りする。
「まぁまぁ待ちたまえよ。空腹なのじゃろう。ほれ」
何故、急におばあちゃん言葉になったのだ、この子は。
すれ違い様小袋を渡される。笑みを浮かべたコーテナはクッキーの入った袋を押し付けるように渡してくる。
「ボクの奢りだからラチェットも食べてみなよ、美味しいから!」
女の子からの奢りというのは男として少し抵抗がある。
……しかし、唾を飲み込んでしまう。
コーテナの口から仄かに香るクッキーの香ばしい匂い。その匂いが小袋から漂っている。
「ば、晩飯前だけど。これくらいならいいカ……?」
小腹を満たす誘惑を必死にこらえていたラチェットに限界が訪れた。
「これくらいなら大丈夫だと思うよ。ボクもそれを考えて少しだけにしてるから」
「じゃあいただくッ! あ、ありがとナ」
ちょっと余所余所しい態度を取りながらも、クッキーを受け取った。
「じーーーーーっ」
すると今度はコーテナが彼をじーーっと見つめている。
妙にソワソワしているように見えるが、これはもしや感想を期待しているのだろうか。そのクッキーの美味しさに共感してほしいという願いなのだろうか。
「……レポート能力はないから、つまらない感想しか言えないぞォ~」
普通の感想しか口にできないぞと彼は小袋を開く。
ドライフルーツのクッキーだ。普通のバタークッキーやチョコクッキーしか食べたことのないラチェットにとっては初体験のクッキーである。少しばかり興味が湧いてきた。クッキーを一つ、口の中へ。
「……美味い! バターの香るクッキーにフルーツの酸味が絶妙にマッチしてますねぇ! コレはなんという新食感&新世界!」
「メチャクチャ饒舌じゃん」
彼にとっては少しばかり甘すぎるような気もするが初体験のクッキーにラチェットの目の色が少し輝く。自然とラチェットの口が緩んでいた。
「ほら、そっちのナッツ入りのクッキーも美味しいよ!」
二人で美味しいものを食べるという共感。それを体験しているコーテナはさっきよりも眩しい笑みを浮かべる。
(……本当、子犬みたいなやつだナ。幻覚で尻尾が見える。いやあるけど)
隠してるだけで実際は尻尾があることを思い出してしまう。
ナッツ入りのクッキーも口にしたがやっぱり美味い。こちらは香ばしい匂いが溜まらない。ラチェットはどちらかといえばコチラ派である。
「やべっ。食いすぎるかもっ。止まらねぇよ、コレ」
「うーん、ボクも見てたら、また食べたくなってきたというか……もういいや食べちゃえ!」
晩飯のために調整がどうとか言ってた癖して二人とも我慢ならずにクッキーを放り込んでいく。それも頬いっぱいが膨らむくらい、まるでハムスターのように。
「「くぅうーーーーッ! うんまぃいいいーーーーーッ……!!」
頬が溶けるような顔でラチェットとコーテナはクッキーを何個も口にする。本当に嬉しそうだ。美味しいクッキーを食べることに幸せを感じている顔である。
「……ありがとう、ラチェット」
クッキーを食べながらコーテナはふと呟く。
「君のおかげだよ。こうして美味しいものが食べられるのは」
心からの感謝。救いの手を差し伸べてくれた彼への感謝だった。
(……俺も、諦めなければ)
自分も、彼女のように心から助けを望んでいれば、或いは----
どんな目にされようとも、ボロ雑巾でも見るような目で晒されようとも。
手を伸ばすだけではなく、自分から寄り添おうとしていれば……自分も彼女のように違う人生を歩んでいたのかもしれない。
「……なんてナ」
ラチェットは微かに夢想する。
一人ぼっちの人生とは真逆の人生。微かに夢見ていた幻想に。
「もう過ぎた事だ。それに上手く行ってたとも思えないしナ……」
そんな夢想、今となっては全く無意味な事。時間の無駄だ。
甘いクッキーを口にし、その幻想を胸の奥に閉じ込めた。
「ん? 何か言った?」
「なんでもネェよ~。ほら、焼き立てのうちに食べちゃおうぜ」
温かいクッキーをラチェットは再び口の中へ。
「……うん!」
コーテナもクッキーを口の中へ放り込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
-----数時間後、宿泊車両の自室で一睡中のラチェット。
人もいないので仮面は外して眠っている。というかこんな仮面付けたまま寝るのは鬱陶しくて仕方ない。
「おーい、飯の時間だぞォ~」
「お、っと……」
飯の時間まで起きているといったコーテナに目覚まし係を任せたのだ。ご飯の時間になったら気にすることなく部屋の扉を叩いて良いと。
ラチェット達のいる第四車両は何でも屋スカルの一員のみのため周りを気にする必要もなくノックが出来る。元気強いコーテナの声とノックが耳にこだまする。
「時間、か」
起き上がったラチェットはローブを身に纏い、仮面をつけようとする。
「……傷跡」
近くに置いてあった手鏡にラチェットの顔が映る。
-----見るも無惨な顔の傷跡。
虐待を受け続けたことで歪んだ顔面が痛々しく残る。
(……本当、不愉快)
愚痴をもらしかけながらも仮面をつける。ラチェットは自身の顔を軽く叩いた。
「「おおおおーいっ! おっきろーーースカルぅーーーーっ!!」」
直後、コーテナとラチェットはスカルも起こしに行った。
「うぉおおおーーーーうるせぇええーーーーーーーーッ!!」
二人分のノックはかなりの騒音だっただろう。スカルは耳を塞ぎながら飛び出して来るのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
----夜七時ほど。第三車両の食堂に乗客が集まってくる。
乗客はラチェット達を含めて十人ほど。乗組員を含めれば十五人か。
「うわぁ~!」
目をキラキラさせながら、コーテナはテーブルに並べられたメニューを見つめる。
肉汁が溢れて出ているハンバーグにカボチャのスープ。ホテルに用意されるような高級チックなクロワッサンなど豪華メニューの羅列が。
(や、やべっ。なんだこの豪華メニュー……場違いじゃない? ねぇ、俺達場違いだったりしないッ……? これってワンランク上の上流階級のお食事というか!?)
(気にすんなってッ! 俺達は何れビッグになる何でも屋一同だぜ!? こんな豪華メニューも当たり前の日々が来る! コイツは予行演習だ……恐れるなッ! いいかっ、ビビるんじゃねぇ! 舐められちまうぜっ!?)
喜ぶコーテナを他所に、男性陣二人はヒソヒソ話で貧乏臭い不安を漏らした。
いい事尽くしで逆に緊張が深まってきた。だがそんな事で恐れていては折角の料理も不味くなる。
というわけで、場を弁えてます的な不安はひとまず置いといて。
「「「いただきます!!」」」
三人は目の前のフルコースを食していく。
「「「……生きててよかった!!」」」
三人とも文句なしの大絶賛。
肉汁溢れるハンバーグが長旅の体に染みる。かぼちゃのスープも程よい甘みでクロワッサンもスープとの相性が抜群すぎて色々ヤバい。
お代わりをする勢いで食事にガッツいていく。間食をそれなりにしていたはずの二人も勢いよくご飯を食べていた。
(やっべえわ。今日、食レポしか呟いてねぇ)
(だって美味いんだもの)
三人のあまりの豪勢な食べっぷり。
マナーの求められそうな食事の場で勢いよくがっつく三人の姿を見て、他の客の貴族達は少しばかり下品ではないかとヒソヒソ話をしている。ところがそんなこと気にするものかと一同は飯から視線を外さない。
「ふふっ、良い食べっぷりです」
そんな三人にお声がかかる。
「ですが、こういった食事の場ではあまり音を立てない方がよろしいですよ?」
隣の席に座っていた女性が声をかける。
ラチェットと同い年くらい。長い白髪の令嬢らしき少女が人差し指を唇につけて注意をしてきた。
「あ~、すんません。ちょっと不慣れなものでっ!」
スカルが代表して謝罪する。不慣れって自白しちゃってた。
「そう衝動的になるのも無理ないかもしれませんね。実際、美味しいですし」
笑みを浮かべながら令嬢は食事を口にする。
……令嬢の隣には顔の整った好青年が座っている。
青年は静かに食事を楽しんでいる。溢れ出る礼儀正しさ。どのようなシャンプーを使っているのかツヤのある綺麗な長髪をポニーテールで纏めたイケメン。
この二人は令嬢と従者の間柄なのだろうか?
「ええっと……」
「私はルゥと申します。こちらは従者のエル」
「どうぞ、お見知りおきを」
従者のエルも笑顔で挨拶を返す。予想通りだった。
「こ、これはこれはご丁寧にっ。自分はスカルといいます! この二人と一緒に何でも屋を経営してまして!」
「ボクはそんな頼りがいのある社長の部下! コーテナでーす!」
「期待の
こういった場に不慣れな二人に対してフレンドリーに接してくれるご令嬢様。これにはしっかり礼儀で応えなくてはと姿勢を正してご挨拶。
「ルゥさんは旅行で?」
「ちょっと観光に。趣味なんですよ」
スカルとルゥは楽しそうに会話を交える。
旅先で知り合った人と何気ない話で盛り上がるのも列車ぶらり旅の名目の一つと言ったところか。すっかりスカルとルゥは話し込んでいた。
「おっと、気が付いたらまた完食しちまった」
気が付けば完食していたラチェットにコーテナ。お代わり自由ということもあり、パンとスープを少し貰ってくるか考えている。
「んじゃ、お代わり取ってくるかァ~。栄養補給だ、たっぷりとナ」
「ボクの分もとってきて!」
「自分でいけ!」
ゲンコツをお見舞いする。クリーンヒット。
「あいたぁッ!」
あまりに間抜けなコーテナの悲鳴が食堂中に響き渡った。
----直後の事だった。
「……!?」
「「うわわわわわっ!?」」
列車が勢いよく揺れたのだ。それは地震でも来たかのような振動だった。
「な、なんだなんだ!?」「ひぃいいっ!?」
机の上に並べられていた皿や花瓶が勢いよく飛び散り、床に衝突して数枚割れる。
……揺れは五秒もせずに収まったが、
床一面がスープと食べかけのご馳走で汚れてしまった。
「……じーーー」
コーテナはラチェットの方を見つめる。
「「じーーーー」」
スカルとルゥもラチェットを見つめる。それに合わせて赤の他人である貴族様たちもラチェットを見つめていた。
「ゲンコツ一発で列車が揺れてたまるかッ!!」
「じゃあ、今の揺れは一体……」
「だ、誰か!!」
後方車両から乗組員の一人が慌てて食堂へと乗り込んでくる。
「た、たすけて! 誰か来てください! う、うちの同僚がァ……ばっ、化け物にいいっ……」
「「「!!!」」」
一同の食事の手が止まった。
「化け物、だと!?」
さっきまでの賑やかさは突如として現れた戦慄によってかき消される。
静まり返ったこの空間に響くのは、列車が線路の上を駆け抜ける音のみ。
心地よく聞こえるはずのこの音も今に限っては殺風景とも思えてしまう瞬間だった----
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