3-1  イカした何でも屋 ~その名はスカル~ ①


 ----魔法世界暦1998年8月12日。


 とまぁ、いろいろあって【何でも屋スカル】は結成されたわけである。

 給料は金ではなく生活環境の提供。メシは朝昼晩用意するし、宿も可能なら絶対に確保する。そして二人が行きたい場所を提示したのなら同行する。つまり、脚もまた給料代わりということだ。


 ----そよ風に吹かれること数時間のことだ。


ファッキンホットクソあちぃいッッ!!」

 ローブを脱ぎ捨てたラチェットが叫ぶ。勢いのある叫び声だった。

「借金もっと?」

「どんな耳だァッ!!」

 同業者の空耳など聞く耳持たず。長時間歩かなくてもいいという素晴らしい環境は手に入れた。これは涙が出る程にありがたいことではある。だが一つだけ文句が存在する。

「わりぃなぁ~。コイツ冷房は詰め込んでなくってよォ~。スピードを上げればちょっとは向かい風が来てくれるかもしれないけどさ」

「その風が熱風なんだろうがよォ~……」

 このバギーはオープンカーである。

 ここ異世界クロヌスは真夏。真夏にオープンカーで外を走り去るなんて快適だとか思ってる奴がいるのだとしたらそれは大きな間違い。


 真夏のオープンカーはむしろ地獄だ。

 涼しい風が入ってくるのは普通の自動車のような密室だけの話だ。


「それとセットで太陽の日差し。あっという間に干物の出来上がりってか……」

「それはちょっと同感かもォ……スカル~、水飲んでいい~?」

 コーテナもこればかりは帽子を脱いだ。熱がこもって汗まみれだ。あまりの暑さに頭の耳がへたり込んでいる。

「もうちょいの辛抱だぜぇ……あと少しで街につくからよォ……」

「……車に乗せてもらえてなかったらこの地獄を数時間も経験する羽目になってたのか。そう考えるとゾッとする……とんでもなく馬鹿な真似するところだった……感謝するゼェエ社長ぉお……だけど、かぁあああやっぱ冷房ついてない車は地獄以外の他でもねぇえええ……」

 冷房がついていない車とか地獄か何かか。ラチェットは唸る。


「前の街で手に入れた魔導書の中に冷却機能のついた魔導書があれば貰ったんだがそれはなかったしなぁ……」

「ん……そういえば気になったんだが、この車ってどうやって動いてるんだ?」

 それは一つの疑問だった。車だけじゃない。シャワーや街灯などを見ても感じた。

 見た感じ、この車に電極だとかどうとかのシステムはところどころに見える。だがエンジンなど作りが全くもって異なっているのが分かる。


 どうやってこの機器全般を動かしているのだろうかとラチェットは問う。


「魔導書だよ~。車とか冷凍庫とかのそういったのは魔導書で動いてるんだ~」

 ローテンションながらもコーテナは答えてくれた。

「魔導書は人に魔法を与えるアイテムになれば、道具に特別な効力を与えるコアにもなる。水の魔法の魔導書を使えば小さな水道が作れるし、炎の魔法の魔導書を使えば料理を作るための台所も作れる。涼しい風を作るのなら氷の魔導書かな~」

 ここで始まるはコーテナの異世界クロヌスレッスンだった。

 どうやらこの世界の機器の大半は魔導書によって起動しているらしい。特別な効力が込められた電池やモーターとなっているのだ。

「すっげぇナぁ~。俺のいた世界にコレがあったら環境破壊がどうだとか、エネルギーの物資がどうだとか騒ぎにならないだろうなァ~……革命だぜ、革命」

 バギーから身を乗り出し、扉を手で擦りながらラチェットは呟く。

 このバギーも数冊の魔導書によって機動しているというのだ。こんな万能な器具があったのならどれだけ助かるものか。

「ねぇスカル? これ今、どこに向かってるの~?」

「その冷房を買うために市場都市へ向かってるのさ。この間の稼ぎでそれだけの金はあるからな。あとはバギーの性能アップとか色々」

 スカル自身も冷房機能なしのドライブはつらいと思っていたようだ。

 蒸し焼き地獄から逃れられるようになった今。車には必須と呼ばれる冷房機能を搭載しなければ皆いつか熱中症で倒れてしまう。

「まぁ高級品な魔導書が多いことだ。買えるかどうか運試しだが」

「俺も金を出すヨ。正直一秒でも早く冷たくなりたい……」

「ボクも同感~ン……このままじゃステーキみたいになっちゃうよ~」

 全員意見は一致していた。まずは約束された快適な環境つくりに勤しむべきだ。

 スカルもけだるい返事を上げながらも、ジャンク屋のある市場都市へと向かっていった---


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 三時間の長旅。

 平原地帯を超えた先の下り道の先にあったのは西部の映画を意識するような風景の街。名を【ローカルシティ】。


 数多くのバウンティハンターや商人など金にガメつい何でも屋達が集う集落のような街だそうだ。

 ガタイの良い男に雰囲気の悪い男共があたり視界に入る。ただでさえ蒸し暑い環境が更に熱を帯びる。自然と汗も掻いてくる。


「んじゃ。行きつけのガラクタ屋に行くとするかねぇ」

 ローカルシティに入った三人はバギーを例のガラクタ屋とやらに持っていく。

「……ん?」

 その最中、変に注目を集めていることに気付く。ヒソヒソ話も聞こえた。


(……あぁ、この仮面か~。やっぱ気になるかァ~)

 コーテナは街に入る前に帽子を被ったので魔族の娘であることを隠せてある。

 スカルのような男はこの街には何人もいるし……注目を集める原因となれば遺跡で発見した仮面をつけているラチェットくらいだ。

「うーん……参ったなー……」

 一度仮面に手を伸ばす。だが、ラチェットは直後仮面から手を離す。

(何故か知らないが、この仮面はつけてないといけないそんな予感がする。嫌な予感には昔から敏感なんだ……今はまさしくそんな気分……)

 ここ最近、妙な感覚がある。

 この仮面をつけていると妙な安心感がある。というより仮面を外そうとすると……『それをしてはならない』と体が危険信号を出す。そんな感じがするのだ。

「まあ、そんな気分がどうだろうが関係ないがナ」

 仮面をつけたままラチェットは不貞寝した。もとより仮面を外すつもりは更々ない。そう言いたげな顔だった。

「ラチェット……?」

 ふと、不貞腐れているようにみえたラチェットを見かねたコーテナ。

 彼女もまた疑問に思っていた。視線を集めている原因は間違いなくその仮面だ。しかしラチェットは意地でも仮面を外そうとしない。そのうえ不機嫌になっている。


 その理由は何なのか。

 ラチェットは黙り込んだままだった----


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 氷の魔導書は確かに売ってあった。

 多少値が張ったが三人合わせればなんとやら。購入にこぎつけることは出来た。

「思った通りだナ……エンジンはなくとも、車は車だ。取り付け方とか似通ってる部分は多々ある! いけるぞッ、これッ!」

 同時、魔導書の取り付け方などを教えてほしいとも交渉した。

 魔導書の取り付けにまたも金を払う必要がある。多少節約できないかというラチェットのちょっとケチな思考だった。

「いけるのか!?」

「いけるぜ!! 俺ってば、救世主かもしれねぇ!!」

 十分間マニュアルと格闘、そしてパーツの取り付けに一時間の格闘を行う。これも明日から快適な冒険をする為だ。ブラック企業にも近かった自動車整備工場に一年間勤めてきた技術屋の腕の見せ所である。

「このラチェットレンチ。役に立ったナ……こんなものカ?」

 仮面をつけたままの作業は充分と難しい。近くに人がいなければ仮面なんて取り外すのだが、どうやら彼は人前で仮面を外したくないらしい。


「起動する」

 バギーを起動させてみる。

 セットした氷の魔導書のギアが作動しているかどうかの最終テストだ……涼しい。

 涼しい風が前方から出る。少し過剰かもしれないがこれくらいの風量の方が顔面丸出しのオープンカーには丁度いい。設置は成功したようだ。

「よしっ、出来たぞ!!」

 終了の声。その声を聴くまでずっと一休みしていたコーテナとスカルはバギーへと近寄る。

「「……すぅずぅしいい~」」

 二人ともその感想だった。その表情はまさしく極楽浄土。

「やるじゃねぇかラチェット! 車の整備が出来るなんてな!」

「正直上手く行くとは思わなかった。人間根性あるのみって言われるだけあるナ」

 見た目は自身のいた世界と全く同じものなのだから行けるでしょうという軽いノリでの挑戦だったが……一度は挑戦を口にしてみるものである。

「これでしばらくは大丈夫だね!」

 これで全員仲良くステーキになるなんて悲劇は起こらなくて済みそうだ。コーテナの安堵の声と共、これでようやく快適な旅になるのだと実感も湧く。

「とはいえ、結構痛い出費だな」

 ラチェットの整備技術のおかげで多少の節約こそできたが問題は高額の魔導書だ。少しばかり贅沢出来ないお財布事情となる。

「んじゃ。早速この魔導書分の稼ぎを探さねぇとナ」

「それなんだけどよォ~」

 スカルは指を鳴らして、その話を待ってましたとハニカんだ。

「ここのおっさんから聞いてきたぜぇ! 一攫千金のビジネスの話をよ!」

「「本当ッ!?」」

「あぁ~ッ! コイツだぜぇええ~ッ!!」

 バギーのボンネットの上は起動している氷の魔導書の効能もあってかヒンヤリとしたテーブルのようになっている。頬をぺったりとつけたくなるような誘惑が漂う。

 そんなボンネットの上にスカルは勢いよく地図を広げる。どうやら次の目的地に目星をつけてくれたようだ。


「【サイアムシティ】と呼ばれる街の周辺に魔物が大量発生! その駆逐班を随時募集してるんだとよ。俺たちの実力なら余裕だろ!」

 魔物の駆逐。それに対する額はどれほどのものか聞いてみたが、働きに応じて値段も変動するようであり、活躍次第では数日は過ごせる額は貰えるとの事。

「えーと……魔物の大量発生だけではなく、行方不明者も続出中。その原因の追究も任されたし、か。結構物騒な気もするが」

 美味い話ではある。一攫千金かどうかはともかくとして時給としては悪くない。

「ちなみにボクたちは何処にいるの?」

 地図を見ながら現在地を聞いてみる。

「ここだ」

 さっき指さしたサイアムシティとは遠く離れた場所にいるようだった。

 バギーで移動するには約一週間はかかる場所。少しばかり長旅になるような気がしなくてたまらない。

「少し遠くないかって思ってるなァ~? 安心しろ!!」

「なんでわかったんだヨ」

「何となくだぜ!お前、表情に出やすいだろ!!」

 親指を突き立ててキメ顔をするスカルがなんかムカついて仕方なかった。

「ローカルとサイアムは列車で繋がっている。その列車を経由してこの街まで移動するのさ。このバギーも連れてな」

 車があるのなら当然貨物列車だってある。

 異世界クロヌスのあらゆる街を経由しているという旅行列車。しかも車や馬車などの乗り物を後ろの貨物庫に乗せて移動することも可能というオプション付き。


「コイツを使えば最速でサイアムに到着するってわけカ」

「どうだ? 異論はないか?」

 列車での移動なら時間も節約できるし、燃料費も節約できる。ちょっとばかり乗り込み料が高くはあるが移動のアレコレと比べればお釣りが来るくらいだ。

「ないよ!」

「右に同じく! 異論はないゾ、社長」

 スカルの言葉に異論はない。ラチェットとコーテナは即座に敬礼と返答した。

「決まりだな!」

 地図を勢いよく叩いた。次の目的地はサイアムシティ。

 氷の魔導書で失った資金をリバースするための仕事場へ飛び込むことになったのだった。



「……あのー。技術者経験のある俺から一言。出来ればボンネット叩くのやめてくれ。なんかの拍子で中がイカれるかもだから」

 テンションが上がる中、空気も読まずラチェットは小声で頭を抱えていた。

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