2-2  一攫千金と不運なドクロマーク②


 

「……はい、どうぞ」

 コーテナは自分も含めた三人分の松明に火をつけた。

「うっす。助かる」「ありがとナ」

 少しばかり狭い部屋に八体近くの遺体が転がっている風景。冷静さを一旦取り戻した男二人は一礼の後に松明を受け取った。


「トレジャーハンターの映画じゃお約束な展開。見事なもんだナ……」

 天井を見上げると皆が落ちてきたであろう穴が塞がっている。

 豪快なまでに落とし穴に引っ掛かり、元にいた場所があんなにも遠くへと行ってしまった。ラチェットは思わずため息を漏らす。

 もしかしなくとも、ここは侵入者専用のトラップなのだろう。

「面倒なことになったもんだ……さてどうしたもんか」

 どうやって脱出するかを考える。ずっとこの場にいれば死体ミイラルート確定だ。

 ここはあまりにも居心地が悪い。遺体の中には落下の衝撃耐えた人間もいたのか非常食で命を繋ごうとした痕跡を残したモノもあれば、『たすけてくれ』と物騒な言葉を壁に書いて息絶えている遺体もある。

「ここにいると頭がおかしくなりそうだぜ……」

「けどどうやって上に戻る? ロープなんて絶対に届かないよ」

「それなんだよナァ~……うーむ……」

 こんなところに長居すると精神を蝕みそうだ。匂いで鼻もおかしくなる。気分が正常であるうちに何とか手を打ちたいものだがどうしたものかと考え込む。


「……ミイラなんて真っ平だぜ! ここで終われるかよ!」

 そんな中、スカルは一人立ち上がる。

「いいかァ!!俺様はなァ~!! 一攫千金のチャンスを掴んでッ! 宝石に豪邸に離れ小島と何でも気軽にお買い物できるくらいの大富豪になるまではァア……死ねねぇんだよォオッ! オオラァアアアーーーッ!!」

 スカルは部屋の壁を殴り始めた。鋼鉄化した体により、壁は大きく抉られる。

「億万長者になって一生遊んで暮らして……死ぬときは嫁になった美人な姉さんたちに看取られて最期を迎えるって決めてんだよォオッ! どこの誰かも分からないミイラに囲まれてお陀仏なんてブラックジョークもいいとこだ!」

 欲望まみれの夢を口にしながら何度も殴打を繰り返し、穴を作り上げていく。

 斜め上。上に登るよう道を作ろうとしているようだ。大きく広がった穴は人間一人通れるには丁度いいサイズのトンネルとなって広がっていく。

(……千年前の遺産だ。その行動は意味はあるかもナ)

 魔法や衝撃に対応して作られた遺跡とはいえ所詮は数千年前の建造物だ。

 建物自体にガタが来てるため力任せによる破壊は容易い。スカルの悪あがきの効果はあるようだった。少しずつだが出口へ向けてトンネルは作られていく。

「クソッタレ! 急に岩盤が固くッ!?」

「どけっ。爆弾なら幾らでもある……コイツのせいで作った通路が埋もれたら申し訳ネェが、やれることはやってみる」

 ラチェットは手榴弾片手にスカルへ指示をする。

「手伝ってくれんのか!?」

「お前と一緒だ。こんなところで野垂れ死ぬつもりはねぇ。脱出するまでは協力関係を組んだ方がよさそうだろ……なァ~、コーテナぁ~?」

 ちょっとはこの大人を見直したのだろう。ネチネチ弱音を口にする大人は嫌いだが、こうして意地でも足掻く奴は嫌いじゃない。そう言いたげだった。

「勿論! ……あっ、ところでお腹空いたりしてません? 宿長さんからお弁当を多めに貰ってきたので一緒にどうです?」

「マジでッ!? あの宿の特製弁当!?」

 時間は間違いなくかかる。腹ごしらえも必要だろう。

「いいのかよ? 敵に塩を送る様な真似。上に出れば俺達は----」

「終わったら全力で逃げるから問題ねぇ」

 三人は墓場に近かった落とし穴の終着点から徐々に斜め上へと進んでいく。元いた通路に戻れるよう協力して着々とトンネルを掘り進めていく。

「んじゃ!踏ん張っていくか!」

「「おうッ!!」

 とにかく外に出られればオーケーだ。

 そこまでスタミナが持つことを信じて、どんどん先へと進んでいった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……気が付けば数時間。結構な距離を進んだものである。

「ふぅ~~!!」

 スカルは少しばかり休憩を挟む。

 鋼鉄化しているため痛みはないにしてもずっと体を動かしているのだから疲労が及ぶ。軽い筋肉痛にならないようにと祈りを込めつつその場に座り込んだ。

「しっかし美味ぇなァ~、あの宿長さんの奥さんが作ったおにぎりは……中に入ってる魚の塩加減が絶妙というか」

「わかる。メチャクチャちょうどいい」

 お弁当のおにぎり片手に三人は会話を交える。

 ただのおにぎりかと思ったが侮れない。絶品だった大盛ミートスパゲティは勿論の事、おにぎりひとつでこれだけの評価で唸らせてくれるとは思いもよらぬ。

「しっかし助かったぜぇ~。俺ってば飯一つ持ってきてなかったから飢え死にするところだった」

「ダメですよ~。こういう場所っていつ何処で何が起こるか分からないんですから! こういう時に備えてちゃんと食事は用意しとかないと!」

「面目ねぇ!!」

 コーテナはこうなるかもしれないと踏まえて宿長さんにお弁当を頼んでいたようだ。そのために早起きしてお手伝いやら何やらしていたんだとか。

 頑張り屋、そして遺跡に詳しいコーテナには頭が上がらない。

「いやぁよぉ~。出かける前に腹いっぱい食べるとさぁ~。しばらくの間、そういったご馳走は見たくないって気持ちになるし、持ち歩きたくないって気持ちにもならねぇ? なんか気持ち悪くなるというか」

 スカルは出かける前に腹いっぱい食べるタイプのようだ。


「わからなくもない。満腹時に料理本の見出しを見たり、通りかかった店から漂ってくるステーキの匂いを嗅ぐと……ちょっと気持ち悪くなってくる」

「だよなぁ~! まぁそれを我慢してでも用意しろってお嬢ちゃんは言いたいんだろうけどよ。『備えあれば憂いなし』って言葉があるんだしな」

 この世界、コトワザなるものが存在する様だ。

 魔法がどうとか耳にはしてきたが、どうもこういう似通った点を見つけるたびにi異世界へ親近感がわいてくる。不思議なものだ。

「本当ありがとな! まっ、上についたら? お前らが逃げてから少しの間は待ってやることにしてやるよ!」

「気にしないでください~」

 コーテナは笑いながら手を振る。


「……お腹が空いたときの辛さって、とても恐ろしいですから」

 ----途端、コーテナの表情が曇った。

「コーテナ、お前、」

「大丈夫! 今はラチェットのおかげでこうしてご飯を食べれるから!」

 牢獄に入れられていた頃の日々を思い出したのだろう。彼女からすれば、今こうして当たり前のようにご飯が食べられている状況が奇跡のようなものだから。

「……?」

 スカルはそんなコーテナの表情を見て首をかしげていた。


「よっしゃ! 再開といくか」

 あまり嫌なことを思い出させたくはない。空気を入れ替えるためにとラチェットは立ち上がる。エネルギーも付いただろうし休憩はここまでで良いだろうと。

「それもそうだな! よっしゃぁああ! 気合入れていくぜぇえーーー! うぉおおりゃぁああーーーーーッ!!」

 美味しいご飯の効果もあってかパワーアップ。さっきとは倍以上のスピードでスカルは穴を掘り進めていく。その光景はまさに岩盤を貫くドリルマシンのように勢いよく。その勢いは止まることを知らない。

「「がんばれがんばれー」」

 二人は交代の番が来るまでは後ろでエールを送っていた。コーテナは両手を叩きながら満面の笑みで。ラチェットは笑ってこそいないが両手は叩いていた。


「おっ!?」

 瞬間、壁を殴る感覚がなくなった。どこか広間に出たようだ。

「よっしゃあ! 出れたかもしれねぇ!!」

「「やったーーーっ!!」」

 三人は満面の笑みでハイタッチをする。

 穴を開けた床から顔を出し、ゆっくりと這い上がるように広間へと出た。

 ラチェットも続いて広間に顔を出し、その後コーテナに手を伸ばして彼女の体を広間の方へと引き寄せる。ひとまず脱出成功なのだろうか?


「ここは……?」

 ついた場所は沢山の本が置かれた一室。図書館か書庫なのだろうか。

「すげぇぞ! 宝の山だ! 俺ってば、やったかもしれねぇ!?」

「まだ分からんゾ。ただの読書本だけの倉庫だったらハズレだ」

 三人は書庫の本棚を調べ始めた。そこからは結構な時間が消費される。


 ----しかし、そう簡単に珍しい本は見つからない。

「読書本書庫か?」

「これだけ本が並んでるんだ!一冊はあってもおかしくねぇ!」

 しかしスカルは諦めずに隅々の本を漁っていく。

「そうだよ! これだけあるなら可能性はあるよ!」

「……だな。もう少し粘ってみるカ」

 コーテナとスカルの言葉に希望を抱きながらもラチェットは一冊ずつ本を漁っていく。最後の最後まで調べてみなければ分からないのだから。

 しかし、アクロケミスのような異端の本は今のところ見つからない。

 かれこれ20分近く探し続けたが、レアなお宝らしきものは姿を見せなかった。

「本当に魔導書あるのカ?」

 これで何冊目となるか。ラチェットは本棚から一冊の本を引き抜いた。




 その直後の事だった。


「……!?」

「「おおっとおお!?」」

 部屋が大きく揺れる。本棚の一つがその場で壁と共に反転する。


 ----現れたのは

 八面体の謎の物体キューブが木箱の上に置かれている。


「お宝発見か!?」

「いや、待て。迂闊に触れない方がいい。プロは油断しない、だろ?」

 この八面体の物体キューブが何なのか。ギミックも相まって怪しさが極まる。

 三人は一度顔を見合わせ慎重になる。スカルは体を鋼鉄化させ、そっと物体キューブに触れようとする。ラチェットとコーテナも近くに罠がないか目を離さない。


「なんか、妙な事が起きなければ、いい、がっ----」


 ----スカルが触れた途端。

 木箱の真上に飾られていた八面体の物体キューブが光りだす。


「うおおおっ!?」

 赤い文字のようなものが幾度も表面に浮き出ては発光を続け、文字の色は青黄色紫と多種多様の色へと変わっていく。次第、携帯のバイブみたく震えだす。

「な、なんだなんだァアアーーッ!?」

 発光をやめたかと思うと八面体の物体キューブはスカルから離れていき、部屋の中に迷いこんだセミのようにバタバタと書庫の中をのたうち回り暴れ回る。

「おわあぁああーーっ!?」

 すると今度はラチェットの方へと飛んでいく。それを回避すると八面体の物体キューブは勢いよく本棚に衝突した。


「……いや、マジでなんなんだ?」

 数秒後、八面体は大人しくなる。それこそ寿命を終えたセミのように。

 この書庫の入り口と思われる扉の前でピタリと止まり、再び文字らしきものが表面に浮き出る。

「……なんか、すげー嫌な予感」

 そういうことを言うと何かが起きるとはよく言うが----


 -----その予感、残念ながら的中することになる。


「八面体がっ……!」

 衝突した本棚から落ちた無数の本が自然に浮き上がる。それは怪奇現象ともいえるポルターガイストのようなものだった。それに合わせ、表面に赤い文字を浮き上がらせていた八面体の物体キューブも浮き上がる。

!?」

 その周囲を無数の本が取り囲み、やがて物体キューブと本が一体化、集合し一つになっていく。


 ……それは人の形に形成されていく。それも巨人ゴーレムだ。

 紙であるはずの本が石化していく。キューブはその巨人ゴーレムの腹部に埋もれて消える。


 現れたのはそれこそ、この書物庫の番人とも言える岩の人形オートマトンであった。


「な、なぁ。俺達って……」

「この遺跡の禁忌ってやつに触れちゃったんじゃねーノ……?」

 不安を口にするももう手遅れ。


『ギガガガガガガガガガ』

 三人の前。無機物のゴーレムが両手を広げ呻き声をあげる。

『シレン、カイシ。』

 まるで本物の人間。生き物であるかのような生命の鼓動の反響であった----

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