1-2  ロックでメタルでデンジャラス②


 あの男は間違いなく口にした。最寄りの村で強盗まがいの夜襲事件が起きたと。

 しかもその犯人は【仮面で素性を隠した男】と【半魔族ディザストル】であると、詳細を細かく口にした。


「ラチェット! さっきの凄いファッションのお兄さんって!」

 慌てて路地裏に逃げ込み、なんとか逃げ切ろうと画策する。

「可能背は高いッ……コーテナっ! 食後に走り回るなんて腹がキツいだろうが耐えろよッ! 此処まで来て捕まるのはごめんだからなッ!」

「勿論だよっ! とぉりゃーーっ、捕まってたまるかぁああーーーッ!!」

 二人とも全力疾走。睡眠と食事の甲斐もあって体力もある。あの男が追手なのなら捕まるわけにはいかない。

「おっとォ! そう簡単に逃がすと思ってるんじゃねぇえぞォオ~!!」

 もっと奥へ逃げ込もうとしたら、あの凄いファッションの男がが真上から『とぉっ!』と現れる。思った以上に身軽な男だった。

「げぇえッ!? もう来たァアッ!?」

「へっへぇ! このプロの何でも屋の【スカル】様を舐めんじゃぁねぇぜ~!?」

  スカル。これがその男の名前か。

  プロを馬鹿にするなよと余裕の表情。やや息が荒い気もするが、彼はチッチと指を揺らしながら舌を鳴らしていた。


「ったくよぉ! 俺が不在の間に依頼人様痛めつけやがって! おかげで八つ当たりに罵詈雑言食らわされたんだぜぇ? んで、『その犯人を捕まえて来いっ!』て指示までしてきやがった! まぁ、そこは追加料金もらえるからいいんだけどよォ~」

 一歩ずつ、スカルはケタケタ笑いながら近寄ってくる。

「プロの何でも屋がどうとか……あのクソ村長とはどういうご関係で?」

 男から遠ざかるようにラチェットとコーテナは一歩ずつ後ろへ下がる。

「なぁに。一か月前くらいから雇われてたボディガードみたいなもんさ」

 やはりだ。この男はクロケェット村長の雇った用心棒の一人のようである。

(ん……? あんな用心棒いたカ?)

 小声でコーテナに質問する。屋敷の中を確認はしていたが、あんな派手なボディガードは見ていないからだ。

(見たことないよ! あんな派手な人!?)

 コーテナが言うにはあんなロックでパンクなファッションセンスが輝く変な男は屋敷の中では見たことないと口にする。

 この様子からして、あの男の口から出まかせだろうか。

 飄々とした様子から嘘をつく可能性もあるが……こんな状況にそんなピンポイントな嘘を吐けるものだろうか?


(あ、そういえば!)

 コーテナはあることを思い出す。

(一か月前くらいに私と同じ半魔族ディザストルの子が『新しく魔法使いのボディガードをあの人が雇ってた』って言ってた気がする! どちらかというと荷物運びとかが多いから屋敷にはあまりいなかったみたいだけど!!)

 どうやらあの村長も何処か遠くから魔法使いの一人は雇っていたようだ。


 あの男曰く、その日はたまたま不在だと言っていた。 

 つまり都合の良い日に行動をしたという事になる。魔法使いが居ぬ間に脱出。実にラチェット達はグッドタイミングだったのだ。


(魔法使い、か)

 魔法使いとやらがどれだけの強敵は分からない。

 だが何としてでも脱しなければならない、この状況を。ラチェットはひっそりと麻酔銃のリロードを終わらせる。

「さぁ、そういうわけだから戻ってもらうぜ? お勉強をサボるのはよくないし、ましてや泥棒の味方をするなんてよォ~。悪い子になっちまうぜ~?」

「……嫌だ!」

 スカルにコーテナは言い返す。

「ボクは絶対あの屋敷には戻らない!! ボクは自由にっ! 幸せになるんだ!!」

 二度と戻ってたまるかという心からの意思をブチまけた。

「……そういうワケだ。俺達は必ず幸せを掴み取る!邪魔はさせねぇ!」

「幸せを掴み取るって……!?」

 スカルは少しばかり戸惑ったような表情を見せる。


「もしかして!愛の逃避行って奴ですかーーァッ!?」

「「全然違うわァアッーー!!」」

 主語が足りなさ過ぎたかもしれない。妙な誤解を生んでしまった。


「いや!どんな理由であれ育ての親の家で大暴れはよくないぜ……!! お前らにはしっかりと謝ってもらうからな!てなわけで大人しくしろ!じゃないと実力行使するしかなくなるぜ~?」

 スカルはその場で身構えた。戦闘態勢に入ったのだろうか。

「ガキ相手に全力だすような真似は大人気ねぇからあんまりやりたくはないんだけどよォ~……こっちも金のかかったビジネスやってんだッ! 今回は不良行為に走る子供達への教育だって自分自身に言い聞かせて納得することにするぜェエッ!!」

「……っ!」

 早撃ちとまでは言えない。

 視認するにも反応するにも十分すぎる早さで麻酔銃を引き抜き、銃口をスカル目掛けて構えた。

「かったるい話は苦手なんだッ! 眠ってろォッ!!」

 ラチェットは発砲する。サイレンサー付きの無音の麻酔銃の弾丸が放たれる。


「おっとぉおッ!」

 スカルはその弾丸を避けるどころか両手を広げて……

「はぁ!?」

 麻酔銃の弾丸は皮膚に命中したはずである。思わずラチェットは息を飲む。


 ……聞き間違いじゃなければ、

 が聞こえたような気がする。


「なるほどな! そいつが依頼人の言ってたオモチャみてーな武器か!」

 ----

 見間違いじゃなければ、麻酔弾はスカルの筋肉に容易く弾き返された。

「魔法以外のものをぶっ放すみたいだが……ブチまけた話、大したことねーみたいだな! 文字通りオモチャってやつみてーだぜッ!!」

 筋肉の硬い男は職場で何人かは見たことがある。だが工事現場の鉄骨レベルで強硬な筋肉を持った男など見たことがない。


「鉛玉なんてよォ! 俺の【肉体メタル】で弾くことが出来るみてぇ~だなァ~!!」

 メタル。スカルは自身の肌をメタルと表現した。

 ----ほんの一瞬だがスカルの体の色が鉄のような銀色に染まった気がする。本当に、ほんの一瞬であるのだが。

「オラァッ!! 今度は俺の番だなーーッ!!」

 拳を構え、スカルは突っ込んでくる。反撃行動に出始めた。

「舐めんナ! ゼロ距離ならどうだって話なんだッ! バカみてーに自分から近づきやがってバカめ!!」

 ラチェットは麻酔銃を接近してくるスカルの胸に突き付け、そして発砲。

「……ッ!!」

 ラチェットの手首に電流が走る。

 まただ。また鋼に弾かれるような音が聞こえた。

「バカっていう奴がバカなんだぜ……大人を舐めるんじゃねぇぞガキがッ!!」

 そのまま拳銃を持つ腕に突進。

 拳銃が胴体にぶつかった衝撃で腕が痙攣する。トリガーを引いたはずなのに何事もなくスカルの胸板は拳銃諸共ラチェットを押し飛ばす。

(固いッ! マジでメタルなのかよッ……!!)

 ゼロ距離で撃った弾丸は彼の体を貫くことはなく押し戻される。どういう鍛錬をしたらそんな筋肉を作れるのだと驚愕のラチェット。

「あっさりオシマイだなガキッ! 大人が本気を出してんだからこんなもんよっ!」

 スカルの手がラチェットに届こうとしていた。


「だったらァ!!」

 もう一個、ローブの後ろから武器を取り出した。既に

「もっとヤベェのを食らわせてやるっ!」

 あの肉体にはナイフも通じない。ならば爆弾で脅して距離を離すしかない。

 一つの手榴弾をスカルのジャケットのポケットの中に突っ込んだ。

「走れッ!?」「例のパイナップルッ!?」

 ラチェットとコーテナは路地裏の奥にまで逃げ隠れる。


「え? これ何-----」


 ……閃光が路地裏で迸る。

「「うおぁああわあああーーーッ!!」」

 スカルは爆発に飲み込まれ、ラチェット達も爆風の反動で吹っ飛ばされる。

「え!?」「何の音だッ!?」

 路地裏の外にいる住民が騒動に気が付き、次第に人集りが出来始める。

 方法がこれしかないにしても少しばかりは周りの被害を考えるべきだった。おかげで路地裏の外からガヤガヤと声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっとやりすぎた---」

「随分と派手な武器使うじゃねーの。まさか爆弾とはね」

 -----煙の中には仁王立ちのシルエット。

(まさかっ! 爆弾もダメなのかッ!?)

 効いてない。宣言通りあの男の体は鋼鉄だ。

 もしかしなくてもあのシルエットはスカルそのものだ。自慢気な高笑いまで聞こえてくる。

「かぁあっ、熱い熱ィ……何をしたか分からねぇが、俺の生まれつきの鋼鉄化メタルズにはどうしようもねぇよ!! 残念だったなァッ!」

 鋼鉄化。それがあの男が使用する

「まさかっ……【魔衝フリーク】を使えるのッ!?」

「なんだよッ!? その魔衝フリークって!?」

 聞いたことのない単語を前にラチェットが説明を乞う。

「魔導書がなければ人は魔法を覚えない……でも生まれつき”特殊な力を持った人間”もいる。生まれながらに魔法を覚えて生まれた者がいるッ! その人物が手にする固有の能力……それが魔衝フリークッ! 魔導書よりも強力な魔法だッ!!」

 想像以上に厄介な奴が相手だとコーテナは叫ぶ。


「ちぃいっ……つまり面倒な奴ってことでいいんだナッ……!」

 特別な鍛え方をしたわけでもなく、ただ筋肉を鋼鉄のように固めただけ。魔法という便利なドーピング材料をフルに活用して。

「さぁ、大人しくしてもらおうか……って、ん?」

 手榴弾による爆発のダメージはほとんど皆無。体には傷一つ聞いていないし、焦げカスひとつすらついていない状態だ。ただ爆発による熱が響いたくらいか。

「……あっ」

 そう、鋼鉄だ。は鋼鉄になる。

「コーテナ、目を閉じてろ」

 ----しかし、鋼鉄にならない部分がどうしても存在する。


「女の子が見るには毒っていうか……プフッ! アハハハハーーーッ!?」

「……んぉおおおぉおおおッ!?」

 ここでスカルはようやく気付く。


 先程の爆発でに。

 自慢の鋼鉄肉体を包み隠さず公衆の場で披露してしまっていることに。


「俺の自慢のボディが公に晒されちゃってるゥウウーーーッ!!」

 スカルは自分の醜態に驚愕する。慌てて男の勲章を両手で隠していた。

「走るぞコーテナッ! 外の騒ぎが大きくなってきたからナ……アハハハッ! アハハハハハーーーーッ! ヒィイッ、もうダメっ! マジでツボ……ヒヒッーー!!」

 しかも気が付けば、ラチェット達は路地裏の更に奥へと逃げ込んでいる。

 全裸姿のスカルがあまりにも面白かったのか不愉快に感じるほどの笑い声をあげている。傍から見れば、今のスカルは完全に変質者の姿なのだから。

「くぅううう……待ちやがれェエエエ!!クソガキィーーーッ!!」

 スカルは全裸のまま自慢の肉体を振り回し、ラチェット達を必死に追いかける。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ヒヒヒッ……さてっ、どうするカ。あれっ!」

 ハンドガンも効かないしナイフも効かない、それどころか手榴弾の爆発を間近で受けても傷一つ受けない。

 あの鋼鉄な肉体を打ち破る武器の一つなんてアクロケミスを使えばパパっと出せるのかもしれないが……魔力なんてものに恵まれていない一般市民の若者ラチェットには叶えることの出来ない夢である。

「どうするの?」

「逃げるしかねーだろォオーッ!」

 どうしようもない。ラチェット自身、キモが座っているにしても喧嘩慣れをしているわけではない。

 変に目立ちたくないラチェットは喧嘩を避けた日々を送っていたし、喧嘩が強くないということも自覚してるから変な見栄を張ることもしなかった。


「逃がさんって言ってるだろォがよォオオッ!」

 後ろから声が聞こえてくる。それと同時、鉄と鉄が擦れ合うような不気味な金属音も聞こえてくる。スカルだ!

「大人をからかいやがって! お兄さんの堪忍袋の緒は完全に切れましたよォ! もうガキ相手だろうが容赦はしないぜッ! オラァアアッ!!」

 声はまだ遠い。しかし何かを放ったような雄たけびを上げている。

「うわぁっ!?」

 すぐ横に並んでいたコーテナの体がフワッと浮き上がると、元来た道を勢いよくバックしていく。

「コーテナッ!? 何で来た道を引きさがるんだッ! 馬鹿かッ!」

「馬鹿じゃないよッ!! 勝手に体が後ろに引き寄せられてるんだッ!!」

 ついさっき聞こえた金属同士を擦りつける音。金属化した肉体で走ってるんだからその足音かと思ったが違うことにラチェットは気づくことになる。

(ち、ちがう……コレはッ!?)

 視線はコーテナの腹部に向けられる。


(”鎖”だッ!!)

 彼女の体には……!!

(あの野郎飛び道具に鎖を投げてきやがった! ウエスタンロープ代わりにそれをコーテナの腹部に巻き付けたのかッ!?)

 コーテナは自分の意志で戻ったのではなく、スカルの手で無理やり戻されたのだ。


「てこずらせやがって!」

 鎖は全裸のスカルの手の中。腰にはボロボロのバッグが引っかけてある。

 どうやらバッグだけは吹き飛ばなかったようだ。どんな素材でできているのか分からないが鎖はそのカバンから現れている。

「やだぁっ! 汚いよぉ!」

 コーテナは引きずられながら叫ぶ。必死に足掻いていた。

「汚い言うなァ!!」

 スカルの悲惨な叫びが響く。何に対して『汚い』と言ってるのかは敢えて言わないでおく。

「おっと何もするな! お前も大人しくついてこいよ!」

「ちぃっ……!」

 何とか彼女を助けられないかと身構えていたラチェットも釘を刺された。

 下手に動けばコーテナの身に何が起きるか分からない。隙を見て早撃ちに挑戦しようにもコーテナが射線上にいる以上、命中難易度はかなり高い。

(万事休すか……!?)

 どうすることも出来ず、あの全裸のスカルに捕まるしかないのか。

 ラチェットは舌打ちをする以外に行動が出来ない。



「そんな……そんなもの……」

 コーテナは身震いしながら口を開く。

「「ん……?」」

 汗臭い体。全裸の男。

 彼女が嫌がっているのは……この際言うが、男子についてる

「そんなきたないものをッ! ちかづけないでよぉおおおおーーーーッ!!」

 我慢の限界だったコーテナは吠えた。


 -----瞬時、彼女の体から

 次第に電流はあたり一面に広がり、鋼鉄の体であるスカルにまとわりつく。


「ギャァアアーーーーー!?」

 スカルの悲鳴がこだまする。どうやら効いている。

(……そういえばアイツ、炎で熱いって言ってたナ。そうか、衝撃はなくともそういった感覚はあるってことカ)

 あの体。衝撃のダメージはないが感電や火傷の感触はあるようだ。

(コーテナのヤツ、炎だけかと思ったらあんな魔法まで……ひぃいい……)

 全裸のスカルは体全体に電流が駆け巡る。しかも放たれた電流はスカルのアレにダイレクトアタック。その衝撃的な映像にラチェットも思わず身震い。

「がはっ……アァア……」

 スカルはその場で体を大の字にして倒れてしまった。感電に耐え切れず気絶してしまったようである。


「あ、あれ、どうにかなった?」

 コーテナは一心不乱で発動したのか現在の状況を理解していない。

「一応ナ」

 どうにかなった。ラチェットは溜息を吐いてコーテナに近寄る。


「この人、どうする?」

 状況を理解したコーテナは気を失ったスカルの顔を直視する。

「……放っておこうか!」

「そうだね!」

 無駄に手を出さない方がいいだろう。二人はそそくさと走り出した。

 優しい大人の人達に任せよう。全裸のスカルはその場に放置した-----

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