1-1  ロックでメタルでデンジャラス①


 ----魔法世界暦1998年8月10日。


 謎の世界・クロヌスに迷い込んだラチェットは成り行きでコーテナと知り合い、この世界を旅することになった。

 シーバ村から脱出して数時間は一睡もせずに長距離移動。ラチェットはコーテナを運びながら一夜を不眠で過ごし、とにかくシーバ村から離れた場所にまで足を止めることなく移動を続ける。


 鍛えられた徹夜能力は見事役に立った。

 しかも運の良いことに魔物らしき怪物と遭遇することもなかった。村を出てから九時間後。二人はついに街へ到着した。

「あのー、すいませんー……!」

 ラチェットの疲労は当然限界。目の下には真っ黒なクマが浮き上がり、休憩も無しに歩き続けたせいか足はパンパンである。

「はい、どうかしまし……ひぃぃっ!? ゾンビぃいっ!?」

 棒切れを杖代わりにラチェットは屍も同然の姿に変貌してしまっていた。

「ちょ、ちょっと徹夜でここまで来たので寝てなくてですネェ……『メタレカ』という宿を探しているんですが何処か知らないでしょうかァ……はぁ、ハァ……!!」

「え、えっと……ここを真っすぐ歩いてると見えてくるはず!!金色の風見鶏が屋根にあるはずだから直ぐにわかるはずだよ……えっと、気を付けてね……!!」

 ベッドが本気で恋しい。手あたり次第オススメの宿屋がないか片っ端に質問して回っていった。最後の最後、ゾンビのように牙を剥いたその姿を見た通行人は怯えながらも宿屋の場所を親切に教えてくれた。

「ラ、ラチェットっ。大丈夫……? 呪いの人形みたいに怖い顔だけど……」

「気にするな気にするなハッハッハ……はっ! つ、ついたッ!!」

 ようやく、ゴールが見えた----


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 教えてもらった宿屋【メタレカ】に到着するとチェックイン。

 トレスタから貰った手紙を宿長さんに渡してみればどうだろうか。何も文句をたれずに二人を部屋に通してくれた。『ようこそ』と一言添えて。晩御飯に翌日の朝御飯もついてくる。しかもタダ。

 凄く申し訳ない気もしたが贅沢は言ってられなかった。二人は宿屋の部屋に到着するとそのまま一緒にベッドへダイブ。数時間、睡魔に身を任せてグッスリと眠った。ラチェットとコーテナはそれはもう幸せそうな表情をしてた。


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 んでもって、今に至るというわけである。


「はぁ、生き返る……!!」

 二人は宿屋のロビーで晩御飯のボロネーゼパスタに食らいついていた。

「飲まず食わずでここまで徹夜で頑張った体にブチ込むこの油っぽい肉のパスタ……あぁ~最高~ッ! 枯れ果てた花に水を与えたような潤いが押し寄せてくるッ!!」

「うまっ! 美味しい!とにかく美味いッ!!」」

 ラチェットはパスタをフォークにくるめ、拳くらいの大きさまで巻き付け固めたものを何度も口の中に放り込む。

 コーテナはパスタをフォークにくるまず、ラーメンをすするように何度も音を立てて吸い取っている。なかなかの吸引力で次々とボロネーゼを平らげていく。


「え、えっとォ……あの、すみません。ちょっと咀嚼音が凄いというか----」

「うるせぇケチつけんなッ! 飯がまずくなるだろッ!!」

 少しばかり下品な食らいつきだったが知ったこっちゃなかった。旅の疲れを癒すためにココは欲望に正直になった。周りからの注意など知ったことない。食う。

「睡眠も取ったから体力は十分! 復活ッ……完全にッ! 生き返ったッ!」

「イエーイッ!!」

 空腹もたったいま満たされた為、二人は最高のコンディションになっていた。完全復活とはこの事である。


「……さてと。気分も良くなったところで話の続きだがヨ」

 死に物狂いで歩き続けたラチェット。

 それ故に街に到着してからは保留となっていたが……晩御飯を食べにこのロビーへ来る前、もう一度コーテナに

「お前、俺が別の世界から来たってことを信用できるのカ?」

 ラチェットはこの世界の人間ではない。という事だ。

「俺はクロノスというこの世界とは全く違うところから来た……こことは違って魔法なんてものは全くない。代わりにカメラだったりパソコンだったり、この世界にはないような科学の結晶ともいえる代物がいっぱいあるような世界だ。ほら、このスマートフォンって機械。これで遠くの奴と喋ったり、ゲームできたりするんだぜェ~。まっ、もう電池切れたから使えないけど」

 全てを話した。

 自身がやってきた世界の事。何故か知らないが、夢から覚めて気が付いたらこの世界にやってきてしまっていたことも全て。包み隠さず彼女に話した。

「……どうだ、信じるカ? 正直言うと『バカかコイツ』って思ってるだろ? もうなんというかリアクションがそんな感じというか」

 こんな滅茶苦茶な話を信じてくれるのかどうか。その答えをここで聞くことに。

「正直な事を言うと、半信半疑」

 大盛のパスタを二本のフォークで絡めとりながらコーテナは質問に答える。

「この世界の事について詳しくないのは本当のような気がする。嘘をついてるようには全く見えない」

 パスタを食しながら答えていく。

「君がしてきた質問はこの世界では当然のことばっかりだったし……魔法の事についても、あまりにオーバーなリアクションだったからね。最初に見せた時も『魔法を初めて見たっ!』って感じに見えたけど、まさか本当にそうだったとは」

 彼がしてきた質問を皆に分かりやすく例えるとすれば……日本に滞在している日本人に向かって、『ここは日本ですか?』と別の日本人が聞くようなレベル。それくらいバカっぽい質問なのだ。

「というか嘘をつくの下手な人なんだなって分かったもん。この間の一件で『表情に出やすい人』って理解した。もしかしたら本当かもって思う」

「……向こうの職場の人にも言われたけど、俺、そんなに分かりやすいのか」

「うん、分かりやすい」

 半信半疑の”半信”の部分は全て答えた。


「んで、次は信用できない理由」

 次は”半疑”の部分だ。

「異世界から別の人間が来るなんて聞いたことがないよ。いくら魔法が万能であるにしても次元や並行世界に干渉するまでのものは聞いたことがない」

 別の次元から漂流者が来るなんて大層な事、この世界の歴史には前例がない。

 ここ千年の歴史をコーテナは本でおおまかに読んだことがあるらしいが、そのような魔法が実現したことは一度もなかったとのこと。

「君は魔法の存在しない世界から来たって言ってるけど……だったら何で『魔導書を使えるのか』って聞きたくなるんだよ」

「そこなんだよナァ~」

 紫色の魔導書。これは古代人が使っていた魔導書【アクロケミス】。間違っても、ラチェットがいた世界に存在する代物じゃない。

「魔法の存在しない世界から来たってことは君の魔力は皆無のはず……魔法を使うには必要最低限【魔力】は必要なんだよ?」

「実は俺って、特殊能力を持っている不思議な人間だったとか……ああいや、やめとこ。なんか中二病っていう痛い奴みたいで少しムズムズする」

 魔導書を少しでも使えているということは“多少であれ”魔力が体に存在するという事だ。魔法もない世界からやってきた人間に魔力があるのはおかしい話だ。


 その点が半信半疑の”半疑”の部分であることを告げた。


「……とりあえず、トータルで考えるとして」

 パスタの具材であるトマトを避けながら返答をすべて聞き終えたラチェット。

「どちらかと言えば疑ってるが一番強いってことでェ、いいんだよな~?」

「そういうことになっちゃうかなぁ~」

 申し訳なさそうにコーテナはパスタを口にした。

「まぁ当然か。そもそも俺が一番信用してない。目が覚めたら突然異世界とか知らない世界いました~なんてさ。流行りの小説かよって……」

 今回の一件で一番頭を抱えているのは間違いなくラチェットの方だ。理解してもらう前にまず自分が理解する必要があるんだろうなと溜息を漏らす。

「……でもさ」

 パスタを食べ終えたコーテナはデザートを待つ。

「君を信じるよ。元の世界に戻れなくて困ってるっていうのならボクは全力で君の手助けをする。助けてくれたお礼は絶対に果たすから」

 彼の言ってることは嘘の可能性もある。

 しかし彼女は自身を助けてくれた彼を信じてサポートをすることにする。胸を張ってコーテナは彼の恩義に答えると言い切ったのだ。

「単純な奴だナ? 俺が悪人だったらどうするヨ?」

「よく言われるよ~。けどね、悪人は自分の事を悪人だと言わないから」

 照れくさそうにコーテナは答えた。

「俺が異世界から来た人間と信じてもらった(仮)ところで……俺が元の世界に戻る方法を探る良い手段があるかどうか聞きたいんだけどナ」

 ひとまず話はそこからだ。何か良い方法がないか。

 何かそれっぽい話を聞いたことがないか。目をキラキラさせながら期待を込めてラチェットは質問をする。

「えー……ん~……うーむ……え~と」

「ああ、もういい。察したヨ。ないんですか、そうですか……」

 そう易々と手段が出てきたら苦労はしない。

 前例のない出来事への手段。次元とかに干渉できる魔法は存在しないと聞いた地点で胸の奥では薄々察していた。この件はボチボチと探っていくことにしよう。

「明日からどうするの?」

「しばらくはこの街に留まるとする。まずは資金を集めたいしナ」

 宿はトレスタの友人がどうにかしてくれるが、ずっと無賃で留まるというのは申し訳が立たない。別の場所に移動するための資金を集めなければ。

「この近くにも遺跡がないか調べて、金目のものになりそうなものを探して鑑定する……んで見つからなかった場合は最悪この仮面を売るサ。あんまりやりたくはないから本当に最終手段だけど」

 顔を隠すための仮面。やむを得ない状況になれば資金の生贄になってもらう。

「まぁ顔を隠す道具なんて幾らでもあるだろ。そうさせてもらう」

 シーバ村で出会った遺跡マニアの話ではこの仮面は売り捌けば結構な値になるとのこと。資金としても申し分ないはずである。

「さて、今日は食べて寝る! 体をとことん休ませて最大のコンディションにしてやらないとな……くっくっくっ、好きなだけ休ませてやるからなァ~、重労働の毎日だった俺の体ァ~……お前もちゃんと眠って良い夢をみナ!」

「了解!」

 彼女が敬礼したところでデザートのアイスクリームが届いた。


「あぁ~、お二方ァ~?ちょっといいですかァ~?」

 陽気な口調で、結構高身長な男が話しかけてくる。

「飯を食うためにココに来たんだが満席みたいでな……相席なら席を用意できるって言われたんだけどよォ。交渉は自分でしてくれって言われたんだ。てなわけで困ってるお兄さんを助けてくれないかい? オーケー?」

 上半身は裸の上にジャケット。下半身は特徴的なダメージズボン。

 髪の毛は黒と金のヘアーが逆立っており中々尖っている。一昔前のロックバンドのギタリストみたいな風貌だ。裸の胸には大きなドクロマークが描かれている。タトゥーなのだろうか。

「ココのメシは宿長さんの奥さんが作っててな? 昔は王都のレストランの料理人だったって言うから味は保証されてるんだ! 折角この街に来たんなら一度は食ってみたいんだよ~。そういうわけなんでさ~、頼むよォ~」

「いいですよ!」

 ラチェットに質問しているのにコーテナが答えた。

「おい、相談もなしに決めるなっての……あぁ~、だから客が多いのか」

「別に断る理由もないでしょ?」

「それもそう。オーケー、どうぞお好きに」

 溜息を洩らしつつもラチェットは許可を出した。彼女の言う通り、別に断る理由もないのだから。

「わァるいねぇ~! よっこらせっとっ!」

 軽く手を振った後に男は隣の席に座って注文を待つ。

「オタクらは冒険家か何かかい? 結構お疲れのように見えるけど?」

「そんなところだナ」

 異世界に漂流した迷子と半魔族ディザストルの個性派コンビです……なんて口が裂けても言えない。冒険の途中でここに立ち寄ったという設定にしよう。

(ていう事にするぞ!オーケー!?)

(任せて!ラチェットに合わせます!)

 話を合わせるようにとアイコンタクトは既に送っている。コーテナもそれに反応してウインクで返事をした。オーケーだと。


「ここ最近魔物が多いと聞くが大変じゃなかったかい?」

「ところがどっこい。噂によらず魔物は少なかった……運がよかったのかもしれないナ。最近良い子にしてたから神様がご褒美をくれたんだろー」

「そうかそうか~」

 コップの中に入った水。浮いている氷をかき混ぜながら男は呟いている。

「ブチまけた話さァ。物騒だから本当に気を付けないといけないぜぇ~」

 男はコーテナに目を通した後、ラチェットの方を見る。


「小さな村の村長さんの家を滅茶苦茶にしたっていう……半魔族ディザストルみたいだからなぁ~?」

「……!!」

 コーテナが驚愕する。

「……おいおい、なぁ~に慌ててんだよ。青ざめてるぜ?」

「ちいっ!!嵌めやがったなッ!!」

 ラチェットは即座にテーブルを男の方へと蹴り上げた。

「おわわわっ!?」

 残っていたパスタや水、そしてデザートのアイスクリームがテーブルと一緒に男に向かって飛んでいく。

「飯は全部お前にくれてやる!コーテナッ、逃げるゾ!」

「うん!……あっ、アイス」

「食欲に負けるなッ!!」

 ラチェットは即座に宿を出る。

 それについて行くようにコーテナもアイスクリームの入った容器を片手に宿屋を飛び出したものだからチョップを入れておく。あの男がどうなったかどうかは確認を入れてる余裕はない。


 ……予想が正しければ、同席してきたあの男は

 

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