3-4  ターニング・ポイント④


「早く出ろ! 急げッ!」

 半魔族ディザストルの子供達を閉じ込める牢獄のカギを破壊する。

 ハンドガンで破壊するには少し頑丈だったため小型の手榴弾を使用。全員に被害が及ばないよう奥に詰めてもらい牢獄の扉を破壊した。

「生きたければ勝手に逃げろよ! 誰も咎めはしねぇッ!!」


 ラチェットは一つの約束を条件に子供たちを助けることにした。

 助けはするがこんな数の面倒は流石に見れない。カギは破壊するがその後は子供達次第、彼らの運に委ねることにする。


「屋敷の奴はほとんど眠ってるッ! 衣服や食事の一つや二つはこの屋敷から貰っていけッ! 助かるかどうかは神にでも祈ってろ! こんなクソみたいな地獄に送り込む運命を与えた神様なんて信用したくもないだろうがナッ!!」

 魔族の子供達すらも脱出する以上、最早スニーキングも何もない。

 庭の外で見張りをしている者達も麻酔銃で気絶させる。麻酔銃の説明を早口でコーテナに解きながら堂々と正面門を手榴弾で破壊して脱出する手立て。


 子供達も必死になって逃げ始めた。屋敷から必要なものを回収して。

 これだけの騒ぎだ。異変と扱われ、村の人達がパニックになるのも時間の問題だろう。そうなる前になんとしてでも逃げきれなければならない。


 彼は晴れてこの村のお尋ね者だ。

 ラチェットは自分の現在の状況に呆れたくもなる。


(……これで、奴らは幸せを掴めたんだろうか)

 微かに笑みを浮かべ、ラチェットは屋敷の門をくぐる。

「おっと……!?」

 しかしその途中でラチェットは勢いよくズッコケてしまった。見るも間抜けに尻餅をついてしまう。

「大丈夫?」

 コーテナは立ち上がったラチェットへと触れる。

「!?」

 その途端、コーテナは思わず顔色を変える。

「……気にするナ」

 気のせいか。その声は微かに震えていた。

 ラチェットとコーテナは静まり返った村の中を疾走し、誰にも見つからないことを祈りながら駆け抜ける。



 ------屋敷襲撃から数十分。

 ラチェットとコーテナは無事、シーバ村からの脱出に成功した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ほらヨ」

 村から離れておよそ三十分近くが経過した。

 いつもより少し多めの手荷物をローブ姿一枚のコーテナへと差し出す。

「これは?」

「衣服だ。少し金が余ったから調達した……といっても安モノだから趣味に合わないのは察してくれヨ」

 村長から貰った宿泊代は四日分くらい有り余った。そのうちの二日分くらいを使って彼女の衣服を調達しておいた。

 しかしノリと勢いで購入したために衣服のセンスに関して一切苦情は聞きません。クーリング・オフは適応されることはないのでご勘弁をと詫びを入れる。

「ラチェットさん……」

 布袋の中に入っていた衣服を見て、コーテナゆっくりと彼を見上げる。

「……この服お尻の部分に穴が空いていないよ~!これじゃ尻尾をどうにかしづらいって~!!痛いんだよ~!?尻尾って無理やり畳んで入れると~!?」

「自分で作れヨォ! それくらいナぁあ~~!?」

 ----そんな事情知ったことか!

 ラチェットは説教するように彼女を怒鳴りつけた。とは言いつつも彼女が着用するズボンの一部分に弾丸で穴をあけようとする。ある程度加工がしやすいように。

「……半魔族ディザストルの子供ってことを隠すためにしばらくは隠した方がいいんじゃねーのカ? この辺では歓迎されてないみたいだしナ」

「それもそうかな?」

「おい。穴開けた後にその解答やめてくれない?」

 ----魔族の子供はこの周辺では忌み嫌われている。

 中には許可も得ずに惨殺を試みる輩もいる。迂闊に知られるよりは隠した方がマシと言い聞かせる。そのために帽子まで買っておいたのだ。

 ノースリーブのインナーにサスペンダー付きのショートパンツ。皮の手袋にブーツ。ちょっとしたアウトドア用の衣服をコーテナは身に着けた。動きやすさは間違いなく完璧なものであろう。

「ううぅ……尻尾が窮屈~」

 結局、尻尾分の穴を作ることは断念した。

 ただし窮屈さは免れることが出来なかったもよう。無理やり放り込んだ尻尾がチクチクして痛いと苦情の一つが雪崩れ込んでくる。

「我慢しろヨぉ~」

 それくらいの我慢はしろと冷たいお言葉。

 ……真夜中の森。移動するには危険な時間帯。

 遺跡探検グッズとして余ってしまった松明をつけると人影はおろか獣の気配が一つもない事を確認する。


「今日は一夜を使って死に物狂いで逃げるぞ?いいナ?」

 安全確認オーケー。しかしキャンプを取りたいがグッズがない。

 今日は一睡もせずに移動し続ける方が得策だとラチェットは思う。


「ありがとうございました……助けてくれて」

 コーテナはお礼を言う。助けてくれただけではなく衣服まで用意してくれたこと。ここまで尽くしてくれたことにしっかり礼を言った。

「……お礼を言うのはまだはえーヨ」

 頭を掻きながらラチェットは答える。

「どこか安全地帯につくまでの付き合いだ。お前のエスコートが終わるまではお礼は後回し」

 これからの事、安全地帯まで彼女を逃がすことが目的となる。

 ここから先は地図もなにもない暗中模索の無謀な旅となる。むしろここからが本番になるのだとしっかりと気合を入れる。

「じゃあ行くカ。とっとと」

 これから長旅になる。コーテナからのお礼をさり気なく後回しにしたところでラチェットは第一歩を踏み込んだ。




「っ!?」

 -----だが、その瞬間だった。

「え……!?」

 ラチェットの姿勢が嘘みたいに低くなった。

 ----腰が抜けた?

 両脚は凍えるようにガクガクに震えていて、それに反響するかのように両手も震えている。体に麻痺がかかったかのように腕を自由に動かすことが出来ない。

「な、なんだァ……?」

 顔も無意識に引きつり始めている。次第にだが涙も微かに出る。怖いものを前にした子供のようにおびえ始めたではないか。

「どうしたんですかッ!?」

 コーテナは彼の体に触れる。


 ----凄い震えだ。

 ラチェットは強く震えている。耳を澄ませると強く閉じている口の中からカスタネットのように歯が鳴っている音が聞こえる。


(くっ、うううっ……!)

 腕が動かない。足も動かない。

 何かを考えようとすると頭の中も背筋も氷を押し付けられたように震える。

(さっきまで平気だった……! なんで今になって!)

 心臓が震える。

 体のあちこちが見えない鎖のようなもので締め付けられる感覚が襲い掛かる。

 怖い。恐ろしい。言葉にならない暗黒がラチェットの体を痺れさせる。

(……慣れてるもんだと思ったんだがヨ! 恐ろしく怖いじゃネェか……それを俺は、は容赦なく……!!)

 嵐の後。拳銃を人に向けた事。

 そのことに対する恐怖が今になって彼にのしかかる。

 彼は覚悟を思い出す。その覚悟の重みと恐怖を思い出す。


 ----ようやく動いた両手で頭を抱える。

 麻酔銃を使ったため結果としては誰一人殺していない。ほとんどが昏睡状態に陥っただけで村長も歯が数本折れるくらいの重傷で済んでいる。


 ……だが、一歩間違えれば立派な殺害者となっていた。

 この手で人を殺したという真っ黒な事実が残ろうとしていた。


(そうだ。これが、人を殺すという事なんだ……!)

 ラチェットは必死に立ち上がろうとするが恐怖で体が竦んでいる。恐怖で体が麻痺を起こしている。早く動かなければ、早く逃げなければ。だから早く動かなくては。

(慣れてはいけないッ、氷のように冷たいこの感覚ッ……!)

 この少女を守らなくては。その責任をしっかりと背負わなくては。

(俺は、まだッ……)

 そのために覚悟を決めたというのに正直な体は情けないこと。【もしかしたら汚れ切った体になっていたかもしれない未来】に怯えて震えあがっていた。

 その震えはあまりにも激しく声すらも上げられない。何一つとして体に自由を与えられることが許されない状態だった。



「……」

 コーテナは震えるラチェットを見つめる。

「ありがとう、もうここまででいいよ」

 まただ。彼女はまたラチェットの気を遣おうとしている。

(コイツッ、またッ……!)

 コーテナは彼が怖がっていることを察していた。

 どれに対して恐怖を覚えているのか。それは大体の予測であるが感じ取っていたようだ。当てもない善意のせいで彼女は怖い思いをしなくていいと口にしてしまう。

「本当にありがとう。あとは……ボク一人で頑張れるから……!」

 だが、彼女は再び涙を流し始める。


 ……彼女だって怖い。

 ここから一人でどうにかすることなんて出来るわけがない。彼女は自身の発言がどれだけ無謀であることかを分かり切っている。

 しかし甘えない。これ以上迷惑はかけられないと……彼の身を案じて、コーテナは助けたお礼を言い残して一人暗闇の中へと歩いていく。


(動け……)

 闇へと消えていく少女に手を伸ばす。

 震えあがる体を動かそうと必死に力を籠める。

(早く動け……)

 ----何故、ここにいる。

 ラチェットは自分に何度も問いかける。


「ボクは、一人でも大丈、」

「これ以上俺の思ってるようなことを言ったら……!!」

 ……ようやく動き出した少年は彼女の懸命を薙ぎ払った。

「許さねぇぞ……この野郎ッ!!」

 強がるコーテナにラチェットは気持ちのままに叫んだ。

「思ってもねぇことを口にして不幸になろうとしてんじゃねぇッ!!」

 息が荒い。感情のままに叫んでいる為に体は危険信号を上げるかのように震えと渇きを繰り返している。だが止まらない。もう彼はこの衝動を抑えることは出来ない。

「俺が助けるって言ってるんだッ! お前は黙ってこの手を握ればそれでいいんだッ! アンタを助けたいと……願ったから俺はココに来たんだッ!!」

 その瞳は怒りで震えているのか。それとも恐怖で震えているのか。コーテナの体を勢いよく引っ張る。

「いいかよく聞けッ! 俺はあんな下衆野郎よりもッ! お前のその行動がムカつくんだヨッ! 見ていて凄く腹が立つッ!!」

 闇の中。そこへ一人飛び込もうとしたコーテナ。

 その体はラチェットの方へと引っ張られていく。引き込まれると同時にラチェットの顔とコーテナの顔が眼前にまで近づいて来る。

「俺には”幸せ”が分からねぇ! でも何となくだが分かるんだよッ!!」

 互いに目が合う。

 仮面から見えるラチェットの瞳。そして真意を伝えようとする表情をしたラチェットの顔が視界に入る。

「お前のやってる強がりはクソの役にも立たねぇッ! そんな強がりは強さでも何でもないんだよッ!! 何も手に入らねぇんだよッ!!」

 ラチェットの言葉は迫力があった。

「確かに怖かったサ! それに今も怖いんだと思う! 俺は臆病者!こんな時に震え一つ抑えることのできない臆病者だ! チクショウがッ!」

 ラチェットはコーテナに向けて言う。

 弱い。自分は弱い。こんな時にまで大人でいられない子供だと正直に吐露する。

「……けど、頼ってくれッ。頼むからそんな顔を俺に見せないでくれッ。初めてなんだッ……こんなにっ。他人を見て心が苦しくなったのはッ……! 心の底から助けてやりたいと願ってしまった日はッ!!」

 人殺しは間違いなく怖かった。

 でも彼女を助けることは全く怖くない。怖くなんかない。

「お前にその気があるのなら掴んでくれ……この手をもう一度、掴むんだッ……頼むッ……!!」

 一度コーテナから手を放し、もう一度握手を求める。



 それは最早説教でもなんでもなく……懇願ねがいであった。



「不思議な、人」

 コーテナは呟く。

「助けさせてほしいって……お願いをするなんて」

 笑いながらも、コーテナのその瞳には涙が伝っていた。

 

「……ははっ」

 気が付いたらラチェットも泣いていた。

 その涙の意味をラチェットはわかっていなかった。

「頼っていいの? ボク、助けを求めていいの?」

「『良い』って言ってるじゃんヨ」

 コーテナの震える両手がラチェットの片手に近寄る。

「ボクも……自由を求めていいのかな」

「好きにしろヨ。資格や義務なんて知ったことか。生きたいと願ったのなら好きにやればいい」

 誰も咎めやしない。自身が望むのなら好きに頼ってくれてもいいし、やりたいことを口にすればいい。

「俺もお前のワガママに付き合ってやるサ」

半魔族ディザストルという理由で忌み嫌われて……あの怖い人を敵に回して……いいの? ボクは君を?」

 少年の想い。しかしそこへ踏み込むには少女の闇は深い。

 その闇の深さ。その闇の恐ろしさ。

 この少年はそれを一番よく知っているようだった。


「『旅は道連れ』っていうだろ」

 ラチェットは自身の胸に親指を向けて誇る。

「理不尽は慣れてるッ……なんだって来やがれってんだ!!」

 言い切った。それくらい何も怖くないと。

 そんな理不尽何度来ても追い払ってやる。臆病者な自分でもそれくらいはちゃんとやり切ってやるとラチェットは高らかに宣言してみせた。

「ありがとう……!」

 震える両手はついにその少年の片手を握った。

「本当にッ、本当にッ……!!」

 コーテナはずっと泣いている。嬉しい。彼の気持ちが正直に嬉しい。

「ありがとう……ありがとう……ッ!」

「……ほら、さっさと行くぞ。ここで捕まったらさすがに笑えネェ」

「うん!!」

 もう一人じゃない。助けてくれる人がいる。

 その温かさに心が耐えきれず、その苦しみから解放されたように泣き続けていた。


(もう後戻りできない。俺も馬鹿なことをした)

 ラチェットは思う。

(でも不思議と後悔が湧いてこない)

 何故、彼女を助けたいと思ってしまったのか。

 最後まで彼女の面倒を見ると心に決めてしまったのか。

(万が一、これで人生が終わることになってもいいと思える……だが死んでやるものかッ。俺は絶対に生き抜いてやるッ、コイツと共に俺はッ……!!)

 人間味がかすかに残った彼だから取ってしまった行動。

 微量の困惑の中、ラチェットは脳裏に蘇る。


「情けのないクソみたいな絶望を退けてみせてやる……ッ!」


 -----プレイバック。

 向こうの世界にいた頃……少し荒んだ青年間近の少年の歪んだ世界。

 狂気に満ちた悪夢の思春期時代の映像が流れ込んできた。

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