3-2  ターニング・ポイント②


『奴らは半魔族を奴隷としてコキ使っている』

 あの言葉が頭の中でリプレイされる。

 魔族の子供を世話しているという言い方はかなり言葉を選んでいることを理解した瞬間だった。。


(言い逃れなんて許されるはずもない! 血の気が引くようなこの邪悪な光景……今アソコにいる子供達は見間違いなんかじゃねえッ……!!)

 鉄格子の牢獄。汚水とカビに溢れた生ぬるい滑りの残る石壁。

 まるで下水道。言い方を変えればゴミ捨て場。そんな空間に衣服一つ与えられない生まれたままの姿で半魔族ディザストルの子供達が放り込まれていた。

(人間としては勿論、家畜としてすら扱われていない……足元に転がった石ころ程度にしか思っていないようなこの扱いッ……!)

 子供達全員、その体には生々しい傷跡が残る。殴打による青い傷、荒れに荒れた幼い肌。

 天井には薄汚い環境であるが故、油虫が数匹這いまわり、その蟲の卵がツララのように山を作っている。そこから伝う汚水が魔族の少年少女の肌を濡らす。


「ほら、餌だ」

 馬小屋に置かれてある水桶のような入れ物の中へ乱雑に食糧が入れられる。パンに少々の生肉、必要最低限のエネルギー分の食い物が人数分放り込まれる。それとは別の水桶に井戸水が放り込まれる。

「「「はい」」」

 半魔族の子供達は桶に放り込まれた食糧を手に取り口の中に頬張る。汚れた両手で水をすくい、喉の中に流し込んでいく。


「……ッ」

 ラチェットの言葉が深く詰まった。

「あいつがいない……?」

 牢獄の中にコーテナらしき人物が見当たらない。

「……もう少し、見て回るか」

 用心棒がこちらに気付いている様子はない。他の使用人がこの場所に近づいて来る気配は感じない。

 もう少しだけ余裕はある。余裕が許される限り……調


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 地下牢空間は迷路のように広々としていた。

 文字通り本当に下水道のようだった。見張りがいないことを確認し、薄汚い地下の迷宮の探索を続ける。

「……ん?」

 ラチェットは足を止める。

(……この、声?)

 声が聞こえる。場所が場所なだけに微かにエコーのかかった声が聞こえてくる。

 ----耳を澄ませる。

 目の前には木造の扉がある。手入れがされていない下水道にしては最近作られたような扉だ。その扉は微かに開いている。

「……よし」

 ラチェットは息を呑み、そっと中を覗き込んだ。



「この役立たずがァよォ~~オオッ!」

 肌がはち切れるような破音が部屋の中で反響する。

(……!!)

 ラチェットの目つきが鋭くなった。

「オラッ!お仕置きだ!オラァアッ!」

 そこにいたのは昼間の時と比べて態度が豹変した小太りの村長。

「うぁアッ……!!」

 それとだ。

 両手両足に枷をつけられ自由を奪われたコーテナがそこにいた。

「恥をかかせるなとアレほど言っただろうがっ! 俺の顔に何度泥を塗れば気が済むんだァ!? 何度俺の仕事をミスすれば満足するんだよッ! この畜生がァッ!」

 あの優しい印象とは真逆の表情を浮かべ、生まれたままの姿のコーテナに何度も鞭を振るうクロケェット村長の姿。

「うあぁっ……あっ、うぅううッ……!」

 布製の鞭を何度も。雨のようにコーテナの身に降らせる。

 傷だらけだ。体は真っ赤に膨れ上がり、大量の切り傷と打撲が痛々しく体に浮き出ている。微かに滲み出る汗のように暖かい赤い液が胸を伝って流れていく。

「あはは……ごめんなさい。ボク、いつも肝心なところでドジしちゃって」

 だというのに彼女は笑顔だ。かなり苦しい笑顔を浮かべている。

「ヘラヘラすんじゃねぇ! 気持ち悪ィ~んだよォ!」

 今度は鞭が顔面に振るわれた。

「いぎっ……!!」

 ガーゼが張ってあったと思われる傷口が開き、そこから再度血が流れ出る。

 黙って聞いていれば鞭の音、鞭の音、鞭の音。

 嫌な意味で清涼を感じさせる水の音。

「だぁあ~ッ、イライラするなぁ゛~!! 泣けよォ! 喚けよォ~! 本当、思い通りにならない駄犬だなお前はッ!俺をキレさせやがってェエッ!!」

 頭を強く掻きむしりながら笑顔のコーテナに怒髪天。苦しい表情一つ浮かべようとしないコーテナに怒りを剥き出しにしていた。

「ところで、晩御飯は……」

「ハナクソにやる飯はねェンだよォッ!!」

 コーテナの空腹の腹に蹴りが入れられる。

「ごほっ……ッ!!」

 コーテナの笑顔はこの一撃でさすがに歪んだ。食事を求めている彼女の口から胃液に混じって血反吐が吹き出す。


(コイツッ……こんなッ……!)

 その救いようのない光景にラチェットは突然怯えるように頭を抑えた。

(きっ、いいいっ……!!)

 痛い。はち切れそうに痛い。

 徐々に頭の中が濁っていく。鮮明に映し出されていた目の前の風景がどろりと歪み、次第に良くも分からない色が滲み溢れてくる。


(血だッ、反吐だっ、悪夢だッ……こんなっ、こんな地獄!)

 血液。赤いヘドロ。真っ赤な水。

 -----ラチェットの頭の中にノイズが掛ったような障害が起き始める。


 本来、が勝手に瞳と脳内に映し出されていく。


(や、やめろっ……やめろッ! やめてくれッ!!)


 ----グレーのセカイ。真っ赤な人形さん。

 頭の中に浮かび上がるは震える映像。映画のフィルムのように幾度となく、真っ黒な線引きが幾度なくノイズのように。幻覚らしき映像が彼の眼中に。


(こわい、こわいっ……壊れる、死ぬッ、死んじゃ……ちぃいいっ!!)


 ラチェットは衝撃的な光景から目を逸らす。

 背を向けたラチェットは逃げるようにその場から早足で去った。

 息は興奮した獣のように荒かった。過呼吸に近い鼓動が体を締め付ける。


「明日の仕事はヘマするんじゃねぇぞォ~? くれぐれも変な事を言うな。言えばその身全部掻っ捌いて磨り潰して……お仲間の餌にしてやるからなァ~?」

 ラチェットは何も言わずに下水道の牢獄から姿を消した。

「はい……今度は、ミス、しません……」

 ----これ以上調べるものも何もない。

 元来たルートを引き返し、ラチェットは宿屋まで引き返すことにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 地獄だった。思い出したくもない悪夢だった。

 一刻も早く、その映像は忘れたくて仕方ない。


「今度はどうだ?」


 ----約束の日、後日ラチェットは何事もなくコーテナと合流。

 今回彼らが訪れたのは村の探索の手がそれなりに行き通っている森林地帯の遺跡。道に迷わないよう目印となる蝋燭を設置しながら進んでいく。


「それっ、いきますよっ!!」


 暗闇の中、松明の光を頼りに遺跡の部屋に入る。前回と同じように部屋のクローゼットや引き出しなどを必要以上に漁っていた。


「……ビックリするほどなんもねぇな~」

「見つからないですね~」

 やはりそう上手くは行かないかとコーテナは笑っている。

 昨日の地獄の絵面が嘘のようだ。コーテナは綺麗に仕立てられた衣服を身に纏い、おでこには新しく用意されたガーゼを貼っている。最初に会った頃と変わらない満面のまぶしい笑顔。

「まあ、簡単に見つかったらロマンがねぇからナ……そう簡単に手に入らないから宝探しは面白いもんサ」

「それは冒険家ならではのロマンと夢ってやつですか?」

「そういうこと~」

 価値のあるものは苦労するからこそ得た時に達成感がある。苦労の先に得るからこそ人類は宝という存在に魅力を感じるのである。

「必ず見つけましょう! ボクも気合入れて頑張ります!」

 両手をぐっと前に出し、コーテナは元気いっぱいに部屋の探索を再開した。


(……元気な奴だナ)

 息を漏らし、ラチェットは頭を掻く。

「お前、昨日何かあったカ?」

 ラチェットがわざとらしく質問を仕掛ける。

「ん? どうして?」

「昨日と比べて少し焦っているというか、元気が有り余ってるというか……もしかして俺が余計な事を言ったから村長に説教でもされたカ?」

 完全に。オブラートに包むこともないド直球な質問。カマをかけるには釣り針が大きすぎる質問を平気で彼女にぶつけた。

「……!」

 表情が歪んだ。眩しくも空回りな笑顔にまた少し闇を見せた。

「うん! ちょっと怒られちゃいまして……だから挽回しないと!」

 だがすぐに表情を元に戻し、笑顔で彼の質問に答える。空回りしている元気がその返答に虚しさを漂わせてしまう。

「どんな説教を受けた?」

「ちょっとゲンコツを貰ったり、軽い説教を」

「分かりやす過ぎるナ、お前」

 あんな風景を見てしまった後。

 彼女の元気全てに……


「あんなの説教どころじゃねぇヨ……暴力が過ぎるダロ。どう見ても」

「え?」

 コーテナは足を止める。

「えっと、何を言って」

「その苦しい笑顔をやめろッ! 腹が立つんだよッ!」

 ラチェットは酷く苛立っていた。

 困惑するコーテナの事などお構いなしに、ラチェットは続けた。

「……悪い。見ちまってナ。屋敷の中を」

 ラチェットは全て正直に話す。

 ここまで奥にくれば半魔族の子供達の面倒を見ている用心棒達の視線もないはずだ。盗聴機みたいな器用な装置なんてこの世界にないと踏んだ。

「村で妙な噂を聞いた。村長とその仲間たちが半魔族を奴隷として扱ってるってヨ。最初は嘘だと思ったが、お前のケガが気になった……それで見に行ってみればどうだ? あんなクソみてぇな迷宮にお前たちは……!」

 ラチェットは見たもの全てを口にした。

「お前は!」

「アハハ……駄目じゃないですか~。泥棒と間違われたらどうするんです?」

 今でも彼の言うことは冗談じゃないかとコーテナは思っている。それ故に笑いながら冗談交じりの言葉を口にする。

「……他人の心配より自分の心配をしたらどうなんだヨって聞こえてネェのか」

 その言葉が。自分の事を気遣わないその言葉が彼を苛立たせた。ラチェットの顔は仮面で見えない。だから表情は読み取りづらい。

 だが口調が今までと違ってナイフのように鋭く刺々しい。そんな言葉がコーテナの笑顔を次第に曇らせていく。

「……ムカつくんだよ。お前のその態度」

 今まで和んでいたムードが一気に凍り付く。

「久々だ。こんなにイライラしちまったのは……あのクソ野郎共にも。この村にも。そして変に強がるお前にもッ!!」

 彼女の行動全てがラチェットの逆鱗に触れた。コーテナに対して、真意の分からない怒りを感情のままにぶつけている。

「え、えっと……その……」

 思いがけない展開に空気が静まり返る。

「……ごめん、なさい」

 コーテナは静かに、らしくない小声で彼に謝った。


 ----それからというものの数分の沈黙が続いた。

 お互いに黙ったまま。震える瞳を見つめ合ったまま。


「……もしもヨ」

 先に沈黙を破ったのはラチェットだった。

「村長に黙って、お前を遠くへ連れ去ってやると言ったら……ついてくるカ?」

 それは今までの鞭のような発言と違い、突然降りかけられた優しい言葉。

「えっ……」

 輝く。一瞬だがコーテナの目が輝いたように見えた。



「……ううん、大丈夫です」

 しかしコーテナの瞳はすぐに曇った。

「ラチェットさんは村長を誤解してる。確かにやりすぎだと思うけど……あれでもボクたちのことを思ってやってるんだと思います。だから心配しないで」

「いいや、違う。お前はこう思ってるんだろ。『村長はこの村を束ねる存在で屋敷を建てるほどの資産がある。もし深追いをして余計なことをするものなら存在を消されかねない。村長はそれだけ傲慢で残酷な人なんだ』と……『これ以上は間違なく殺される』となッ!!」

 噂通りなら、変な行動をとった瞬間にラチェットは殺される。死体もきっと誰の目にも届かない場所に持っていかれるだろう。

 コーテナの不安な表情。声が震えているからこそ嘘だと分かった。

 その必死さ、そのぎこちなさ故か、コーテナの本音がすぐにわかってしまった。

「お前は甘すぎダッ!! 助かるかもしれないんだゾッ!? だったら、」

「迷惑ですッ!!」

 コーテナは大声で叫び返した。

「違うって言ってるじゃないですか……これ以上村長を馬鹿にするのなら、ボク……許しませんよ……っ」

 微かな希望を少女は受け入れようとしなかった。

「……あぁ分かった。お前にその気がないなら、もうどうだっていい。心配した俺が心底馬鹿だった。偽善なんて思い浮かべるもんじゃねぇナ!」

 ラチェットは冷たく突き放す。その気がないのなら深くは追及しない。


「……今夜だ。俺は今夜にでも村を出る。もうココには用はない」

 そろそろ時間だ。冒険の時間もおしまい。

 夜になると森を抜けるのに苦労する。早めに出ようと彼女に告げる。

「お前には本当に世話になった。コレ、お礼と言っては何だが……他にも拾ってたやつだ。やるよ、今の俺には必要ないし」

 ガイド料というべきか。前の遺跡で拾っていた代物を数個コーテナに渡す。

 本当は売りさばいて予算にでもしようかと思ったが……その気は失せた。

「……ありがとうございます。心配してくれて」

 ----コーテナのお礼。

「ふんっ」

 ラチェットはそのお礼に対し、何も返答することはなかった。







 そして数時間、村に到着してからもコーテナは……

 彼の言葉を聞き入れることなく屋敷へと帰っていった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ----別れから数時間後。村長の屋敷。

 日にちが次へ回るくらいの夜の事だった。


「アハハハハハァアッ! おうらよっとォオッ!!」

 地獄の時間が始まっていた。コーテナは再び拷問部屋に連れられ、クロケェット村長から終わることのない暴力を受けていた。

「よくやったねェ! それなりに売り物になりそうなものを拾ってきてくれたじゃないのォッ! ほーらぁっ、ご褒美だ……おらっ!!」

 村長にとっては憂さ晴らし出来る相手は誰でもいいし、暴力をふるう理由は些細な事なら何でもいいのだろう。たとえ理不尽な理由でも。

「うぅ、くっぅうう……! へへっ……」

「おいおい……だから笑うなって言ってんだ気持ちわりぃいいいっ!!」

 村を束ねる立場として、村長は結構なストレスを抱えている。

 それ故に怒りの捌け口として選んだ相手は……人間から忌み嫌われている半魔族ディザストルの子供であった。サンドバックとしては丁度良く、誰も攻め立てない便利な存在。


 村長は八つ当たりが為だけに子供達を痛めつけていた。

 ……コーテナは知っていた。

 この男にとって半魔族ディザストルの子供など鬱憤晴らしの的でしかなく、お金儲けに多少は役立つ便利な道具でしかないと思っていることを。


「今日は成果を得てきてくれたからいつも以上に殴ってやるよッ! 今日は気分がいいしテンションも高いッ! ほらほらほらほらほらァアッ!!」

 村長は苛立ちのままに鞭を振るい続けてくる。


(痛い、痛いよ……)

 しかし、コーテナは笑みを崩さない。

(でも、いたくない。うん、いたくない。もう、なれてるから)

 堪える。平気だと自分に必死に言い聞かせている。

(今は、苦しいけど……きっといつか、幸せになれるはず、だから)

 痛みに耐え続ければきっと、いつか終わりはくるはずだと。

 その小さな希望を思い浮かべる事こそ痛みを和らげる方法だと考えていた。

(……ラチェットさん)

 ----救いの手。

 通りすがりの探検家と口にし、何処かぶっきらぼうで口も少し悪い男を思い出す。





「助かったのかな」

 一瞬だが蘇る。微かなヒカリ。

「あの手を握ればボクは……幸せになれたのかな」

 不器用ながらもあの一言は……




「……ううっ」

 コーテナは泣いてしまう。

「ラチェット、さん……ボク、ボクッ……!」

 微かの希望。最後の希望だったかもしれない彼の救いの手を……生半可な偽善なんかで振り払ってしまったことを深く後悔してしまう。

「こんなの……嫌に決まってるじゃんッ……!!」

 従えば彼も殺される危険性があった。

 でもこんな生活は嫌だと思うのも事実。

「ごめん、なさいっ……ごめんっ……ごめんッ……!!」

 少女はとうとう涙を流してしまった。


「へっ、へへへっ……!」」

 彼女の涙を見て、村長は笑みを浮かべる。

「その顔、その泣き顔あぁあああ~!」

 いつもは彼女の笑顔を見て腹立っていた。

 鬱憤晴らしに使えない道具に幾度なくイライラさせられる日々だった。だがついに少女の化粧は剥がれた。

「アッハッハぁ~~! そうだよォ~! その顔が見たかったんだよォオッ!」

 今度は村長が笑う番だった。理由は分からないがすごく愉快。

「やっぱりストレスを解消するには誰かを痛めつけ発散するのが一番なんだッ! だが普通の人間相手だと罪に問われるし、俺自身もちょっとは罪悪感が芽生える……だがテメェラ半魔族ディザストルは別だッ! お前らをブッ殺そうが何も言われねぇ! だって世界が許すし、俺がルールなんだからよォ~~!!」

 その泣き顔にすら容赦なく鞭を叩き入れてくる。

「痛めつけるとそいつは壊れていくよなァ~。他人が壊れていく様、不幸になる様は見ていてスゲェ心地がいいんだよォ。優越感というか安堵感というか? 俺の立場が凄いというか充実感が芽生えるゥ……だがテメェは気持ち悪く笑ってばっかりで気に入らなかった。だがついに泣いたッ! 俺はお前を蹂躙させたァアッ! そのおかげでこの充実感だッ! 腹ペコだったがお腹一杯になったゼェエ~!ゲヘヘヘッ!!」

 大きな笑みを浮かべ、狂喜乱舞のままに村長は鞭を振り上げる。

「ほらほら! 誰が泣いて良いって言った!? えぇッ~!? 俺は許可してねぇよな~? 言いつけを守れないヤツはお仕置きしないとなァ~! アッハッハ! やっべぇえぇええ! 超ォオオオッ! 楽しいィイッーーーーーーーーッ!!」


 更なる愉悦を得るために暴力を振るう。

 華奢な彼女の体が汚れきった男の身勝手で薄汚れていく。

 何度も何度も。コーテナの肌が膜を破るように切れていく。


「……もう、嫌だ」

 初めて伸ばされた救いの手。

 それを経験してしまったからこそコーテナは口にしてしまった。

「普通に暮らしたい……だって人間だもん……」

 本音を漏らし始めている。

「見た目は普通とは違うかもしれないけど……心はっ、普通の人間だもん……! だからもう嫌だ、こんな生活……!!」

 抑え続けていた本当の気持ちを衝動のままに叫ぶ。

「ボクはっ……! 人間らしく普通に暮らしだい゛ッ!!」

「お前にそんな資格あるわけねぇんだよ!お前に人権も何もない!! 俺のルールに従うしかないサンドバックなんだからァアアーーーーッ!!」

 もう一発、鞭が振られようとしていた。

 欲望と快楽のままに振られた、不埒な一撃が----



「アヒャヒャヒャ……ひげゃああ!?」

 ----感覚がない。鞭を持つ腕の感覚が一切ない。

 汚水まみれの地面に……




「予定狂うんだヨ」

 拷問部屋の扉が、開かれている。

「迷惑だって言ったり、助けてって言ったりサ……」

 真っ白のローブに奇妙な仮面。片手には拳銃。

 

「あぁあ……あああッ……!!」

「最初から素直にそう言えってんだ! バカがヨ!!」

 ----ぶっきらぼうに。

 いつもらしく毒舌にコーテナに文句を言う姿

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