3-1 ターニング・ポイント①
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「んで!ここも遺跡の入り口になっているんです!」
「おう~、ここもなのか~」
昨日訪れた森林地帯の奥地。遺跡案内役を引き受けてくれたコーテナは満面な笑顔でラチェットを連れ回している。
「古代人達は沢山の入り口を作っていたみたいです!記録や機密事項を隠蔽したり保管する場所もあれば、利便性のみを考慮したものも存在するんです。この遺跡は後者だったみたいです……あ、ちなみにここも入り口で」
(どんだけあるんだヨ……!)
朝からぶっ通しで行われている遺跡探検ツアーは想像以上に長く、ラチェットが訪れた遺跡以外にも十二ヵ所以上の遺跡の入り口があった。
「この辺で確認されている入り口でボクが知ってるのはコレで全部です!」
「……思ったよりも多かった」
ちなみにだが今日は遺跡の中には入らない。遺跡の場所だけ教えてもらい、遺跡探検は後日改めて行う事にした。
大体の人が察していると思うが出来れば極力は遺跡には入りたくない。
ラチェットの心の底からの本音である。いくら金目のものがあるとはいえ戻れるかどうか分からなくなるような博打は避けたい。この間のような地獄を味わうのは勘弁である。入るのなら入念に準備をし、覚悟を決めてからだ。
「あっ」
調査を終えると誰かさんの腹の虫がなってしまう。
「そういえば何も食べてなかったんだった……えへへ、申し訳ございません」
「気にするなヨ。そうだナ、ちょっと休憩にするか」
照れくさそうにコーテナは笑い、そこでようやくラチェットも休憩時間に入れると安堵の息を漏らしていた。彼もまだ飯を食べていない。
空腹は既に二時間前からだ。お腹すきすぎて腹痛が起き始めていたくらいだ。
「そこに飯になりそうな猪がいるがどうするヨ?」
ラチェットが後ろ指をさした方向には散々捕獲できなかった猪がいる。まだこちらに気付いていないようだ。
「そうですね……じゃあ今日のご飯はアイツに決定!」
コーテナは自前のナイフを猪に向ける。猪はこちらに気付くことなく呑気に芝をムシャムシャとおやつタイムだ。
「んで、どうやって捕まえる? どっちが奴を捕縛する?」
近づきすぎると逃げられてしまう。
猪は人間を目にすると恐怖のあまり防衛本能として攻撃するのがほとんどだとテレビで見たことがあるが……この世界の猪は尻尾を巻いて逃げるのがほとんどだった。この世界の野生動物はかなり臆病者のようである。
「気を失わせるさ!」
ナイフに炎が纏われていく。
(これも例の魔法ってやつカ。何度見ても映画気分だ……)
魔法で気を失わせそこから肉を根こそぎ頂く。その寸法だ。
「コイツをアイツのお尻に突き刺して……それじゃあ射出準備!!」
「って、ちょっと待て! ふんッ!」
ラチェットは慌ててコーテナの腕をチョップした。
「あいたぁ!?」
コーテナはナイフを手放してしまった。同時に炎も消えてしまう。
「馬鹿か! 遺跡の次は森を火の海に変える気か!」
寸前で気づけてよかった。ここは森の中、迂闊に火を放てば大惨事になる。
「遠距離の魔法はこれしか使えなくてぇっ!! でも一応、火事にはならないように威力の調整とか工夫はしてるから大丈夫ではありますけどッ……ほらっ!ナイフについた炎はボクの意思で消したり、勢い強くしたりできますし!!」
炎の魔法。唯一の遠距離魔法がこれしかないのだという。
「まいったナ……」
もう一回、射撃に挑戦してみようか?と、アクロケミスの魔導書をラチェットは静かに取り出す。
(アレから練習した回数は32発。元気に動き回る猪は愚か、微動だにしない大木にすらもまともに当てられない……やだ、俺の射撃のセンスゼロ……?)
「ボクを信用してください! 大丈夫です! 」
森で火を放つことがどれだけ愚かなことかというのは馬鹿でもわかるはずだ。
自分の魔法に自身がある。この少女はそう胸を張った。火の魔法を使う際に周りの事を考慮していると断言もしていた。
「……俺は偉いことを言える立場じゃない。だが一応言っておく。信用するからナ? 森が焼けて、猪共々こんがり丸焼きにされるのは真っ平ご免被る」
----では、その立派に張った胸に誓ってもらおう。
お手並み拝見だ。コーテナが得意にしているという”魔法とやらを利用したハンティング”というものを。
「いくよ……!」
拾い上げたナイフが再び炎を纏っていく。
気を集中させている。特定以上の大きさと火力にならないよう唯一使える遠距離手段の炎を丁度いい威力になるまで調整する。
「以前のようにそのまま炎を放たない理由は?」
「炎の球体そのものに魔力を注入するとその分、パワーが強まってサイズも大きくなってしまうんです。だから木々に引火してしまう可能性が高くて……ですがこういった道具に魔力を詰め込めば炎の出力は控えめに!しかも標的に当たった瞬間、炎の魔力は標的に直接流されて大ダメージって寸法なのです!わかります?」
「全然わからない」
魔法のイロハなんてチンプンカンプンのラチェットは説明を求めておきながら鼻をほじっていた。聞いたところで意味が分からなかった。無責任。
「それでは発射!」
炎を纏ったナイフ。魔力を込めたという凶器を猪のお尻目掛けて投げつける。まるで野球選手の投球ホームにより繰り出されるナイフは一直線に飛んでいく。
「おっ!」
----食事中だった猪のお尻にナイフはクリーンヒット。
直後、ナイフについた炎の勢いが一瞬強まる!
イノシシはあっという間に火だるまになり、目をグルグルさせながら気を失って大転倒。そのままナイフについた炎は役目を終え、静かに消えていく。
「
ラチェットは拍手喝采。コーテナを褒めたたえた。
「やったー! 久々に上手くいったー!! ありがとうございます!」
後ろでは成功したことを大いに喜び跳ねるコーテナ。
「……久々? んん~?」
----後で頬を思い切り引っ張ることにしよう。
理由は聞くまでもない。ラチェットは力強く拳を構えていた。
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----確保した猪は綺麗にさばく。二人で一緒に。
一度だけ古本屋にて、『一から出来るサバイバル生活』なんて本を悪ふざけで読んだことがある。どんなしょうもない事が書かれているのだろうと興味本位で読み漁ったものだ。
読んだ後に無駄な時間を過ごしてしまったと考えたものだが……意外や意外、まさか役に立つ日が来てしまうとは。
「えっと、こうやって刃を突き入れて、食える部分だけ慎重に……骨と贓物は体に悪いから綺麗に取り除いて、っと……」
「ラチェットさ~ん、ひとまず生肉だけ取りましたよ~? どうします? そのまま焼いてステーキにしちゃうか、叩き潰してミンチにしてスープを作ってみるか」
「男なら豪快にステーキ一択だろ」
「ボク、女の子なんですけど」
味付けのための塩がないのが残念だが贅沢言ってられない。上手く回収できた生肉を焼き、香ばしい匂いがするまでこんがりと。
「「では、いただきまーす」」
香ばしい匂いがたまらない猪の肉を二人同時に噛みついた。
「ん~~っ!」
コーテナは唸りを上げて、何度も猪の肉にかじりつく。
「うめ、うめ」
ラチェットも仮面をつけたまま、数時間ぶりの食事に何度も食らいつく。
「うまっ、美味しいです……くーーーっ!」
「すごい食べっぷりだナ?」
育ち盛りなのか知らないが野生の猪の肉を頬張っているコーテナを見てラチェットが呟く。
「こういうお肉あまり食べることないから!」
こういう肉をあまり食べることはない。
当然と言ったら当然か。大抵の肉は品種改良をされた精肉であり、こういったサバイバルフードとして食べる経験はそうそうない。
しかし……彼女のがっつき様はそれとは違う気がする。
ラチェットはある言葉を思い出していた。
「あっ! ううん、何でもないです!」
慌てて言い直したところを見るとますます怪しくなる。コーテナの肉を食べるスピードが明らかというまでに低下した。
「……お前、
「!!」
コーテナの手が止まった。
「……まぁ、分かるよね。この耳とか、そういうのを見てると」
コーテナはその言葉に酷く顔を引きつらせる。
食事の手まで止めた。
「おい、大丈夫カ?」
さっきまでの元気な一面が消え失せる。肉の突き刺さったナイフが痙攣でも起こしたかのように震えている。
「うん、実はそうなんだ。ボクは
先程の恐怖の面が一気に引っ込む。いつも通りの天真爛漫な表情へと戻っていた。
「すまん。お前を責めるつもりじゃネェ。ただ、ちょっと聞きたいことがあってナ……答えるのが嫌なら答えなくていい」
----彼女を呼び出したのは聞きたいことがあったからだ。
脳裏に焼き付いて仕方ない、あの風景の真実を知りたくて。
「俺は
村人たちに生きることを否定され続けるだけの毎日。辛くはないのかと問いたくなった事を伝える。
「……確かに皆に怖がられるのは辛いです」
少女は気まずくなりながらも口を開く。
「皆と仲良くしたいけど、魔族は恐ろしい存在だってこともボクは知ってる」
魔物は罪を犯した。その魔物たちによって生み出された子供達が人間が恐れるのも無理はないと諦めたような言葉を吐く。
「でも大丈夫だよ! 村長さんが面倒を見てくれるんだ。村長さんはすごく優しいし、いつもえっと、その……」
「……ああいい悪かったナ。嫌な質問をして」
あまりにも口ごもった質問。
-----ラチェットはすぐに察してしまった。
「俺の気のせいじゃなかったらヨ。ここで妙なものを見ちまったからサ」
だから真意を聞くため、昨日見てしまったものについて問う。
「お前に似たような奴が屋敷の使用人らしき奴に暴力を受けているところを見ちまったんだが……お前にそっくりな奴だったヨ」
暴力を受けていた魔族の子供。その少女はラチェットの見間違いでなければ……間違いなくコーテナ本人であった。
だから、笑顔を浮かべるコーテナをじっと見つめる。本人に直接問う。
「あれ、お前じゃねェのカ?」
「あはは! 違いますよ~」
両手を振ってそれを否定した。
「見間違いですよ! 屋敷の人たちは優しいし、ボクたちに暴力は振るわない。だから別の人だと思うけど……酷いことする人がいるもんですねぇ」
否定こそしているが、その仕草はどこか必死に見えた。
「気のせいならいいんだ。悪かったナ」
「気になっちゃうのも仕方ないですよ。ボクみたいな人種って結構珍しいから」
頭を掻きながら笑みを浮かべているコーテナ。
(不快な、笑い方だ)
ラチェットは小さく舌を打つ。
(決まりと思っていいか……この反応、この誤魔化し方……)
その奥にひそめた苦い感情。隠しきれない本音を前、ラチェットは歯がゆく思えていた。この少女は……やはり何かを隠している。
「これを食べ終わったら、次の遺跡を探しに行くよ!」
「えっ、まだあるの?」
今、確認できる遺跡は全て教えたのではないかとラチェットは首をかしげる。
「村からもっと離れた場所に沢山あるよ」
「……あぁああ~」
まだ長旅になりそうだ。今のうちにしっかりと肉をつけておこう。
ラチェットは残った猪のサバイバル肉を腹八分とは言わず、十くらいには余分に放り込んでおくことにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
----夕日が顔を出したので今日の観光ツアーは無事終了。
ラチェットはコーテナと共にシーバ村の村長の屋敷へと戻ってきていた。
「おかえり、コーテナ」
お屋敷の前で村長は笑顔で彼女を出迎えた。
「迷惑はかけなかったかい?」
「あぁ、問題なかったヨ。三回くらい道に迷った以外はナ」
ラチェットは正直に伝える。
「ラチェットさん!?」
「お互いに反省点だ。俺が少しばかり先行しすぎてナ」
----こうは言ってるが、実はラチェットは少しばかりムスっとしている
それもそのはずだ……おっちょこちょいとは聞いていたが、彼女の案内で道に三回も迷わされるとは思わなかった。
ちょっとくらい愚痴っても罰は当たらないだろと頬を膨らませていた。
「あっはっは、それは本当に大変だったね」
クロケェット村長はそっとコーテナの肩に手を乗せる。
ラチェットは二人の方を見る。二人は笑顔で戯れている。
「……あは、は」
村長はコーテナのおでこを何度も人差し指で突いており、それに対してコーテナは申し訳なさそうに照れ笑いをしていた。
「明日も借りたいんだがいいカ? 遺跡探検に入りたい」
「よろしいですよ」
そろそろ金目のものを回収しておきたい。出来る範囲で遺跡探検を行うため明日の昼頃に探検の準備に取り掛かる。
「明日の昼頃、迎えにくるぞ~」
「かしこまりました」
村長は手を振って、彼の見送りをする。
「またね」
コーテナはそれに対し、少し寂しそうな言葉。
今までと比べて覇気のない。元気が取り柄の彼女とは思えないひ弱な挨拶。
「……おう」
ラチェットは見向きをすることもなく、右手を軽く振ってその場を去った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
-----今日は疲れた。
随分と長い観光ツアーであった。おかげでこの周辺の地図に記載されている遺跡の入り口はすべて覚えてしまった。
村長から貰ったお金を使い、今日は宿屋で一睡しようとしている。
トレスタにはその件を伝えているから問題はない。
コーテナとも後日再び会う約束をしている。ぐっすりと休んで明日の遺跡探検に備えることにしよう。
「……ふぅ」
一睡する前に。
「よしっ。準備完了~ってな」
少しばかりやりたいことがある。
時はすでに真夜中。外は月明かりだけが村を照らしている。
「んじゃっ、行くカ」
誰の視線もない事を確認すると
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
----屋敷前。
ラチェットは外壁周辺を歩いて何かを探している。
「ここからなら入りやすいナ……はぁい、お邪魔しまーす、っと……!」
ラチェットには少しばかり特技がある。それは褒めたものではないが、不法侵入だ。とある理由があってその特技が染みついている。
屋敷を取り囲む石壁に人間一人通れそうな穴を見つけ出し、そこから誰にも見つからないように侵入する。
(昼間の件で屋敷の中はある程度覚えた。後は見張りがいるかいないかどうか……っているじゃん。注意しよ)
屋敷の中、庭では雇われたボディガードと思われる男たちがランプ片手にウロチョロしている。
(……見つからないようにな、っと)
細心の注意を払い、ラチェットは屋敷の更に奥を目指す-----
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
----屋敷の中に侵入成功。
様子を伺いながらチェックできなかった場所を探ることにする。
(見張りが思ったより多い……どんだけ慎重なんだ、クソッ)
ラチェットは足音を殺し、使用人がアクビをしたりなどのチャンスを伺って、屋敷の中を駆け抜けていく。
(慎重すぎるからこそ怪しい……泥棒されたくないものがあるか。或いは……)
その姿はまるでドブネズミ。街を優雅に駆け回る怪盗というよりは空っぽの民家を小賢しくうろついているネズミ小僧のような姿である。
「……ん?」
屋敷の奥に進むこと数分。他の部屋と比べ、少しばかり異様な雰囲気を出している扉を発見する。鉄格子の扉だ。カギはかけられておらず開いたまま。
「見るからに怪しいナ。よし」
ラチェットは鉄格子の扉の先へと進んでいった。
その奥は----地下室への階段になっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
----鉄格子の扉の先、地下への階段のその更に先。
そこは屋敷の中の部屋にしては不気味でしかない空気が群がる。
(さっきまでの清潔さが嘘みてぇだ。道端に転がった犬のクソ以上に最悪の匂いが漂ってる……見たことない蟲もいるし、床はカビにまみれてる。何なんだ、ココ)
カビ臭い上に薄暗い。まるで井戸の底のような通路を照らすのは安っぽい蝋燭のみであり、綺麗だった屋敷の廊下と比べてこの廊下はコケや汚水が少々溢れている。
(どうみても下水道の入り口って感じだが……ん?)
先へ進んでいくと、ふと人の気配を感じる。
(誰かいるな。だが確認はしないといけない……踏み込むのは危険だがのぞき込むことは出来るか)
気配を悟られないようラチェットはそっと曲がり角を覗き込んだ。
「失礼しま、す……ッ!?」
----ラチェットは目をひきつらせた。
映り込むのは言葉を飲み込む衝撃。
いや……大方予想通りともいえるものだったかもしれない。
た す け て
お な か へ っ た
さ む い さ み し い
あ ぁああ い や だ い やぁ だ
-----鉄格子の中に放り込まれた酷傷だらけの子供達の姿。
酷く瘦せこけた
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