2-3 『祝福』を知らないモノ③
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----翌日。シーバ村・村長宅前。
「うーむ……」
この世界の双眼鏡は使いづらそうに思えた。あまりにサイズが小さすぎる。だがそれを我慢して使っていた。
「カメラを使いたいが……電池がナァ~」
携帯電話のカメラを使えばズーム機能で遠くの様子を確認できるような気もするが使いすぎると電池が切れて使えなくなってしまう。この世界に電源プラグなんてものは存在しなかった。それともこの村がド田舎なのだろうか。
ここで携帯電話の電池を消費するのは少し怖い。何処か大事なところで役に立つ可能性を考慮して温存しておくことにしたい。
「……本当に静かだナ。幽霊屋敷みてーに」
バカ高い大木に上って、ラチェットは双眼鏡片手に何を覗いていたのか。
お屋敷だ。このシーバ村の村長が住んでいるというお屋敷を覗いていたのだ。
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----話は先日にさかのぼる。
「
静かな空気が漂い始める。
仮面に隠れてラチェットの表情は読み取れない。
一方、トレスタは複雑そうな表情で話を進めている。
「変に探りを入れると痛めつけられる可能性がある。多分ね……」
トレスタは怒りを湧かせているようにも思えるが、何処か苦虫を噛み潰したような表情も浮かべている。
「村長は念のためにボディガードを数人雇っているらしい。それが君が見たあの黒服だ。全員腕利きの肉体派らしく、喧嘩慣れしている。もしやと思うが探りを入れた連中は……うぅ、想像するだけでもゾッとする」
暗くなっていく空気の中、トレスタは小さく息を吐く。
「魔法使いレベルになると流石に金がかかるからと思ったようだが……この村からすれば喧嘩慣れしてるってだけでも相当な抑止力さ。生まれながらも魔法使いはおろか、魔導書の使い手すらにも恵まれていないらしいからね、この村は」
このことを大きな声で喋ることにトレスタは恐怖を覚えている。面倒事には巻き込まれたくないという逃走の念を込めているようだった。
迂闊な事を喋り、それが関係者に聞かれていたとなれば……自身も同じような目に合うかもしれないという恐怖である。
「あの村長さん。初対面では優しく見えたがナ」
「俺も見る限りでは気前の良い優しい村長さんだと思うよ。ただ雇っている黒服があんな限りだ。普段はどんな奴なのかは知らないから深くは言えないけどさ」
第一印象を見る限りでは好印象な男ではあった。
あの男の本性がいかがなものか……余計にモヤモヤは募る。
(やっぱりあの少女は……)
何より余計にモヤモヤが募ってしまった最大の理由は----
「ここまでにしておくか。悪かったナ、相当怖かっただろうに」
「大丈夫だよ……ははっ」
空気を察して、ラチェットもこれ以上足を踏み入れることをやめる。
彼を精神的に攻めるつもりはない。個人的興味でタブーに足を踏み入れたことを謝罪する。
「
「あそこのボディガード達は魔法に対する
「なるほどナ……」
飯を食べ終え、ラチェットはその場で合掌する。
----あの村長。何か裏があるのだろうか。
(気になることは多々あるが……今はそれどころじゃネェ)
気になる事は多々ある。だが深く追求する必要はない。
とっとと元の世界に戻らないと上司に怒鳴られる。生活するためのお金を稼ぐために死に物狂いでついた仕事も無断欠勤を繰り返せばクビは免れない。生活費を稼ぐためにもそれは困る。
ラチェットは話を終えると特にやることもないので用意された寝床で眠ることにする。トレスタに礼を言ってから。
「……」
気にする必要はない。
これは村の事情だ。首を突っ込む必要なんてない。
「……くそったれ」
だが、ラチェットの脳裏にある映像が浮かび上がる。
-----大木に叩きつけられた少女の姿を。
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----そして現在に至るわけだ。
後日の昼頃、ラチェットは例の村長の屋敷の前に来ていた。
木の上で使っていた双眼鏡はローブの内側のポケット中にしまい込んでいる。ちなみにこの双眼鏡はトレスタから借りた。本当にお世話になりっぱなしだ。
「扉も門も鉄製。
大木から飛び降りた後は屋敷に近づいてみる。
「試しに大声で呼んでみるか? この前お世話になったって改めて----」
「誰だ、お前は?」
屋敷の庭から黒いスーツを来た大男がやってくる。例のボディガードだろうか。
「ああ、どうも……」
仮面をつけたまま、素性を隠して頭を下げる。
「自分、遺跡探検をするためにこの村に来たんですけど遺跡の場所とかよくわからないことが多くて……村長さんに相談すればこの辺の地理のこと詳しく教えてくれるって聞いたんすヨ」
「あぁすまない、観光客だったか」
黒いスーツの男はサングラスを取る。
「その服装からして余程の古代文明マニアと思われる。長旅、ご苦労様」
「いえいえ、それほどでも」
わざと照れくさい演技を見せる。
表では気前の良い村長さんだ……となれば困った観光客の手助けくらいはしてくれるのでは踏んでいる。そのくらいの教育も黒服は受けているはずだ。
「ちょっと待っててくれ。村長に掛け合ってみるよ」
その作戦は成功したようだ。五分ほど、門の前で待たされる。
「……待たせたな。ほら、俺についてこい」
固く閉ざされた門は開かれる。よそ者にも親切にしてくれているようだ。
----作戦成功だ。堂々と案内されることになった。
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屋敷の中は綺麗に掃除されており、高級そうな壺や絵画が廊下の一か所一か所で綺麗に飾られている。その風景はまるでミュージアムのようだった。
ラチェットは美術の事には詳しくないが、一目見て『昔の人間が書いたんだろうナ』と言いたくなるような幻想的なイラストを見つめ続けていた。
(……
数分ほど廊下を歩いたが、
窓から噴水広場の中庭が見えるがそこで遊んでいる様子もないし、廊下で無邪気に走り回っている姿も見当たらない。そもそも子供の声すら聞こえてこない。
随分と殺風景な屋敷だなと思った。そんなことを考えていると、いつの間にか通された大きな扉が開かれる。
「失礼します」
ラチェットは挨拶をしっかりと交わす。
「おお、君は確か」
「覚えてくれていましたカ」
「ああ、私の子供がお世話になったみたいだからね」
保護者顔で村長は笑みを浮かべている。
第一印象は確かに気前の良い……というか社交辞令の上手いおじさんだ。
(……ケッ)
綺麗な笑顔だった。
だがその笑顔を見ているとラチェットは不思議と反吐が出る。
「遺跡マニアと聞いていたが、この辺の下調べはよくしてこなかったようで?」
「お恥ずかしい限り、方向音痴で地図便りの生活でナ。ここに来る前に
ここだけの話、ラチェットは方向音痴ではない。もちろん嘘だ。そこだけは勘違いされたくはないのでしっかりと言っておく。
「それはお気の毒に……この辺は遺跡付近に住みついている
「驚きましたヨ。文字通り巨大怪獣でしたから」
---今思えば、あの蜥蜴。あれが魔物と呼ばれる存在だろう。
あの出来事を思い出すだけでも命の危機がよみがえって体が小刻みに震える。
「ここには一週間ほど滞在する予定でして。地図も財布もなくして困ってる。金の方は遺跡で金目の物を調達して稼ぐから問題ないが……地図がないとどうしようもない。だから遺跡周辺のガイドが欲しい」
「ガイド、か……あぁそうか!」
地図を渡すか考えていた村長は少し考えるような様子を見せる。その直後、村長は何かを察したかのように腕をポンと叩く。
「コーテナかい?」
目当ては彼女かと聞いてきた。
「ここにきて迷子になった時、助けられたもので……1週間でいいから彼女の手を借りたいのですが、ダメですか?」
「ふむふむ……わかりました」
村長は笑顔でラチェットの注文にこたえる。
「キミ、ちょっと----」
扉の前で待機していた使用人に村長はヒソヒソ話で何かを話している。使用人は村長に対し肯定をすると、慌てるように村長の自室から出ていった。
「構いませんよ~。コーテナはおっちょこちょいな所がありますが、とても頼りになりますからねェ……元気すぎるのが良いところで傷でもありますが」
「あぁ。テンション高すぎてちょっと困ったヨ」
あの娘はおっちょこちょいの域を超えた素晴らしいことをやってのけてくれた。
発光に驚いた直後に手放してしまった松明のせいで遺跡を放火。
更には手榴弾を黒いパイナップルと勘違いして爆破しかける。
どれも事故であるが、胃痛が止まらない瞬間ばかりだった。
「みんな、本当に良い子ですよ」
ボディガードが去ってから実に数分が経過する。
「優しくて、頼り甲斐があって……将来がとても楽しみです」
この村の景気、村の近くの遺跡の様子、村長としての業務の日々。
そして皆からは否定的な意見を叩かれている
「だというのに罪もない子供たちを化け物だと罵って! 嘆かわしい!! あぁ嘆かわしいったりゃありゃしない!!」
クロケェット村長は例の一件について怒りをあらわにしている。
やはり第一印象は心優しい大人に見えるものだが----
「村長、言われた通り」
「すまないね」
村長の返事に使用人は首を縦に振るだけ。
「コーテナは屋敷の入り口で待たせています。行ってあげてください。それとお金の件ですが……よろしければこれを。一週間分の宿泊料です」
なんと村長は一週間分の宿泊のお金をくれたではないか。
「えっ!?」
想定外のお小遣いに少しばかり驚いてしまう。マスクで顔を隠していなければ、やましい人間だと思われていただろう。
「いや、ここまではッ! 恐縮というか、申しわけないっつーか!?」
「いいんですよ。この村共々どうか楽しんでください」
やはり、気前の良い村長さんだ。
「……ではありがたく」
そのことを再認識したところで再び黒服に案内され、お屋敷の入り口まで案内されることになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
-----屋敷の入り口。冷たい鉄格子の門が閉められる。
「よっ、またもや昨日ぶり」
門を出てすぐ、ラチェットは片手をあげて視線を向けた。
「ご指名ありがとうございます! ラチェットさん!」
屋敷の外の壁に背もたれていた少女。
コーテナはピョンとこちらに跳ねてくると軽いジョークを交え、満面な笑みを浮かべて挨拶を交わしてきた。
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