2-2  『祝福』を知らないモノ②


 トレスタの顔が青ざめるている。今までのテンションの高さが嘘みたいだ。

「……もしや、聞かない方が良かったカ?」

 まるで悪霊を前にしたようなそんな危機感すらも感じられる。ここまでの空気の変わりようにラチェットも困惑を隠せなくなる。

「その、なんというか……いや、でも見てしまった以上気にはなるのは当たり前だ。あんなものを見てしまったのなら尚更だよな」

 一度シチューの入ったお皿をおぼんに戻して、トレスタは頭を掻きむしる。

「話した方がいいか悪いかは君次第だ。君の行動次第で……君の身に何か危険が及ぶかもしれないし、僕自身も危ないかもしれない。だからかなり迷っている」

 様子からして答えづらい質問であることは察せられる。今もトレスタはこの質問について正直に話すべきかどうかを迷っているようだ。

「分かることは話すって言ったし、約束通り分かる限りは話す……ただ一つだけ条件がある」

 今まで以上に小声を出して、トレスタはそっと顔をラチェットに近づける。

「お、おう……」

 誰かに聞かれないように。

 この部屋にはラチェットとトレスタしかいないはずなのだが、トレスタは念には念をと警戒を怠らずに小さく口を開く。

「そのことには……事情を聴いても、極力は関わらないって誓えるかい?」

「……俺はあくまで気になっただけだ……深入りするつもりはない。このモヤモヤをどうにかしたいんダ」

 何度も言っているがあの子供達は赤の他人だ。気の毒にこそ思うがその出来事に巻き込まれるつもりはない。ラチェットは心配はいらないと言葉を返した。

「……君は【半魔族ディザストル】って知ってるかい? いや多分知ってるとは思うんだが」

「魔族?」

 ----知らないと正直に首を横に振る。

 ただ、その単語はあの黒服の男も口にはしていたが……。


「千年とかなり前、この世界では魔族界と呼ばれる世界からやってきた【魔王マクヴェス】、そしてその魔王マクヴェスが引きつれる【魔族】と呼ばれる存在がいた。クロヌスの人類はかつて、その魔族界の住民たちと戦争を繰り広げたんだ。まぁこの話は有名というか常識だから流石に知ってるとは思うけど。君ほどの冒険家ならね」


 これから話すことになる魔族とは何なのか。

 トレスタは魔法世界クロヌスにおける最大の歴史について細かく説明をしてくれている。ありがたい補足だ。


 魔族とは……ここクロヌスとは違う別の世界、【魔族界まぞくかい】と呼ばれる世界からやってきた謎の生命体。


 獣のような見た目の生物もいれば、人間と同じように知能と器用さを持ち備えた奴も存在する。似たような存在であれど、その姿は獰猛さと不気味さの両方を兼ね揃えた化け物がほとんどとされている。


 人の知識を持たない獣のような生物に関しては基本【魔物】と呼んでいる。

 それとは逆に人間とほとんど同じ生態をした生物を【魔族】として括っている。


「その戦争は千年前に人類が勝利して終わったんだけど……今もなお、魔族界の残党が存在してて、ここ千年の間も脅威となっている」

 長い年月をかけて行われた【魔族界戦争まぞくかいせんそう】。

 戦争は人間が勝利したとしても、その脅威が消え去ることはなかった。


「魔族のことについてはどこまで分かる?」

「今、話してくれていたところまでだナ。そっち専門じゃないからサ。なんか変わった奴がいるとも聞いたことはある」

「……なら知らなくても無理はないかもしれない」

 知ったかぶりで話を進めるが、意外と嚙み合ってくれている。運がよかったとラチェットは内心ホッとしていた。

「襲撃してきた魔族達は王都に所属する騎士軍の活躍によって追い払われた……だが戦争があまりにも長引きすぎたせいで、俺たち人類と魔族の間では最悪の繋がりが出来てしまっていた」

「その繋がりとは?」

「子供だ」

 魔族と人類の戦争が終わったのちに生まれた悲劇の存在。


が数人残されたんだ」

 人類に降りかかった災厄はいろんな形で繰り返され、数多くの形でこの世界に傷跡を残していった。


 破壊の痕跡、崩れ落ちた生態系。そして遺伝子。

 魔族にもオスとメスの区別があり、男と女の性別が存在した。


「魔族の生態構造は人間によく似ている。故に性交、交尾も出来たんだ。魔族や魔物は人間へ強姦に誘惑を繰り返す奴も大勢いた。半魔族というのはその間に生まれてしまった子供……忌子とまで言われている」

 地獄で生まれた子供が何人も存在した。

 人類の環境も魔界の環境も知らず、人と魔物両方の血を体に宿した災厄の異分子。

「それが半魔族ディザストルだ」

 半魔族。それが呪われた少年少女の名称。

「戦争が終わった後も魔族は当然嫌われていてね。半魔族も魔族の一片としてカウントされていたのさ……その事情もあって半魔族の子供たちは次々と惨殺されたりもした。ちゃんと人間として暮らしている環境もあるみたいだけど……あまり快く思われていないのが大半でいるのが現状だ」

(生まれたことをよく思われていない……子供たち……)

 魔族の血が通っているだけで何の罪もない子供が次々と殺されていった。他人事とはいえ少し胸糞悪い話である。

「この村も村長の意向で半魔族の子供は保護する傾向にあるが、村人達にとってはそれを快くは思っていないようだね。反論する者も多い」

「お前は?」

「どっちつかずだよ。子供に罪はないのは確かだし、でもだからといって怖くないのかと言われたら正直怖い」

 コーヒーを啜るトレスタは本音の恐怖心を吐露する。

「この村も魔族からの被害は大きかったみたいだから……僕はこの村の出身ではないんだ。沢山の遺跡がある上に、環境も良いと聞いて住み移ったんだよ」

 この周辺も魔族によって遺された傷跡が多く、相当深いものが多かったとのこと。

 今こそ平穏な村として賑わいを取り戻しているが……ここ数年の間も悪夢のような日々を繰り返していたのだという。

 村を出る前に聞いた悪口。あの言葉の意味をたった今、ラチェットは理解した。

「村長はこの風潮を良しとは思っていないんでね。半魔族ディザストルの子供をこうやって保護し、世話をしているみたいなんだ」

 パンをかじり、トレスタは息を吐く。

「……世話、か。動物を育てるような表現だナ?」

「鋭いな同志」

 ラチェットの仮面にトレスタは視線を向ける。

「動物? いやそれ以下だな。あいつらの子供への扱いは」

 同時、トレスタの表情が険しくなっていく。

「実はね。最近になって妙な噂が広まってきてね……クロケェット村長とその部下たちは半魔族ディザストルを奴隷としてコキ使ってるという噂だ。それを目撃した者もいるらしい。村長は部下以外誰も屋敷の中に入れようとしないし、半魔族ディザストルへの質問も許さない。深追いをしたものは……ううっ」

「待て。厳しいのならそれ以上言うな」

「いや、話はする。大丈夫だ」

 一瞬、吐き気を催したようだが堪えた様だ。ラチェットの気遣いに軽く感謝をし、話を続行する。

「……アレはドン引きだ」

 思い出すだけでも恐ろしい、そんな言い方だ。

「実をいうとね、僕も見たことがあるんだ、その光景をね。だからその噂は嘘でも冗談でも何でもない」

 フッと息を整え、真実を伝える。


「奴らは半魔族ディザストルを、奴隷以下の道具としてしか見ていないのさ----」

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