1-3  Welcome to the 魔法の世界。③


「おはようございます! ラチェットさん!」

 元気に手を振って挨拶している。


 コーテナだ。先日、遺跡でお世話になった少女と早いうちにも再会。


(……アレ? 今は昼じゃネ?)

 携帯電話の時計を見たらお昼。今の時間がこの携帯の時計通りであるのならと。

 しかし時計と今の時間が一致してるとは限らない。ここは日本ではないのは確実なのだから。

「もうお昼じゃネ。その挨拶は早朝から仕事や学業の働き者が口にする挨拶」

 仮面を外すことなく返事をしてあげた。

「えへへ~、それもそうですよねェ~」

 照れくさそうにコーテナは笑う。

(よかった。お昼だった)

 どうやら今はお昼の時間であってるようだ。ラチェットは心の内でホッと胸をなでおろす。

「では改めましてぇ~……こんにちはっ! ラチェットさん!」

「はい、コンニチハぁ~」

 ラチェットもしっかりと挨拶を返す。訂正を催促だけしておいて自身は挨拶の一つも返さないのは無礼であろう。

「そちらはよく眠れましたか?」

「おかげさまでナ。安い割にはベッドはフカフカだったヨ」

 昨日は疲労が溜まりに溜まって死にそうだった。ベッドで横になった途端、金塊の山に体が埋もれたかのようにグッタリと色々こみあげてきたものだ。

「……ん?」

 コーテナの額に視線が行く。

 消毒液がしみ込んだガーゼを張り付けている。頬にも絆創膏が数枚ほど張り付けられている。

「お前……もしや昨日ケガをしたのか? 悪ィ、昨日は色々ありすぎて必死だったというか気づいてあげられなくて」

「あっ! いえいえ! 大したケガじゃないですよ! 実は昨日おウチの方で派手に転んじゃって……えへへ、お恥ずかしい限りです」

 この様子だと本当に怪我のようだ。

 しかしそれは冒険の間に負ったケガではなく自宅でついた傷なのだという。恥ずかしいのかコーテナは照れながら笑っていた。

(……その割にはなんか傷が不自然というか?)

 しかし、ラチェットは一つ妙な違和感があった。その絆創膏まみれの顔に。

「ラチェットさんはこれから何を? しばらくコッチにいるんですか?」

 コーテナからの質問がやってくる。遺跡探検に来た冒険家と名乗ったのだ。それっぽい事を即座に返さなくては。

「もう少し遺跡の事で調べたいことがあってナ。しばらくはココに滞在する」

 それっぽい嘘をつけたと思う。調べ事があるというのは本当だし嘘ではない。

「あんなに調べ甲斐のある遺跡は久々だ。良い経験と思い出を得られると思って」

「そうですかぁ! じゃあ、まだしばらくはお会いするかもしれませんね!」

 コーテナは笑みを浮かべながら頭を掻く。一つ一つ発言するたびにテンションが高い。元気の有り余っている少女だ。

 見ているだけで元気を分けてもらえる明るい少女であるが……騒がしすぎて一周回って疲れるような気もするのは内緒である。


「こら、コーテナ」

 スーツを着た小太りの男性が少女コーテナに声をかける。

「あっ、村長さん!」

「もうすぐ仕事なのだから散歩は早めに終わらせなさいと言っただろう」

「えへへ、ごめんなさい」

 村長と呼ばれた男と少女コーテナは互いに笑いあっている。

「あっ、この人はシーバ村の村長さん! ボクはこの方の家でお世話になってるんです!」

「ほほぉ、なるほどォ……どうもッス」

 この村のお偉いさんとなれば、失礼のない様に礼儀を見せなくてはならない。

「これはこれはご丁寧に。この村の長を務めさせてもらっている【クロケェット・エル・ティロイ】といいます。どうぞよろしく」

 村長を紹介されたラチェットのご挨拶。それに合わせて村長のクロケェットもラチェットに向けて頭を下げていた。

「話は彼女から聞いたよ。プロの冒険家で世界各地を転々とし、色々と研究しているみたいじゃないか……随分と才能多彩なプロフェッショナルと聞く!」

(んっん~~……! コイツ変に話を盛りやがったナぁ~……!!)

 明らかに過大評価な気がする。口にしたこと一つ一つに余計なプラスアルファが加算されているような気がしてならなかった。

「研究するのはよろしいが気を付けるんですよ~。この辺は最近物騒な噂が絶えないからね。凶暴なモンスターが何処からともなく現れてウヨウヨと……それで行方不明になった者も少なくない。遺跡の方も発掘と探索が進んであまり良いものは残っていない。骨折り損になるかもしれないよ」

「ぐっ……は、はい。昨日はそれはもう大変な目に……っ!」

 突如現れた巨大なリザードにパックンチョされかけた。

 モンスター。すなわち魔物だとでもいいたいのか。あんな物騒や奴が他にも沢山いるのかと思うと肩に重荷がのしかかる。異世界へのハードルがより高まった。

「だけど、だけどなんッスよ~? 面白いものは見つかったし楽しませてはもらってるヨ。珍しい本も見つけたし……」

「ほほう? 珍しい本ですか?」

「アクロケミスって魔導書らしい。詳しい人に教えてもらった」

 怪しまれるのも面倒なので、それっぽく話を進めさせてもらう。しばらくココに滞在する理由を明確にしておかなければ。

「……ほ~う。コレは~興味深いぃですねェ~?」

 少しばかりクロケェット村長の目つきが変わった。

(うおっ……メッチャ、俺の本見てくるじゃん……)

 それは拾ったものでラチェットのものではないのだが----

 この人物も古代文明に興味があるのだろうか。ラチェットはチラッと様子を伺う。

「さぁコーテナ、家に帰ろうか。今日はお勉強の時間だ」

「はい!」

 村長とコーテナは歩き出す。

「それじゃあねラチェットさん! また会いましょう!」

 シーバ村の中でも一際目立っている巨大なお屋敷。

 レンガ造りの防壁に囲まれた屋敷に向かって歩いて行った二人の背中は次第に見えなくなっていった。



「……ワンパクな人達だったナ」

 元気がありすぎるのも考え物だ。ラチェットは耳をかっぽじった。

「テンションの低い奴と喋るのも気分が滅入って最悪だ。だが高い奴は高い奴で余計に体力を使うから疲れて困る。やっぱ苦手なんだヨ、普通の人間がやるってやつはよォ~……」

 軽く準備運動。後に歩き出す。

「んじゃ空気でも入れ替えて! ちょいと調べ物をするかナ」

 この世界の名前。この世界のルーツ。魔導書の事。

 今出来ることは……この周辺の生き物や地理を調べることくらいか。


 昨日遭遇した巨大リザード。

 あのような怪物が他にも徘徊しているという。動物などの調査は危険を考慮しつつ慎重にやるべきだろう。


「そんじゃっ! 来訪者ラチェットのドキドキ探検ツアーっ、はじまりはじまり~」

 調査開始。まず自身がやるべきことの下準備をすることにした。


『……突然出てくるんじゃねーよ。ビックリするじゃねーか』

 村の外。門をくぐろうとした矢先の事だった。

(ん……今、何か言ってたナ?)

 ふと聞こえた言葉にラチェットは足を止める。

 村人の一人が皆に聞こえるようなヒソヒソ話を口にしている。聞こえている地点でヒソヒソ話として成立していないのだが。

『本当気味悪いよなァ。一生屋敷の中にいればいいのに』

『何を考えているんだか……うちの村長さんとやらは』

 何やら陽気な話ではないようだ。むしろ陰湿な空気が漂っている。

『バケモノの世話をするなんてさ。魔族は一人残らずブチ殺せばいいものを……俺達が食われでもしたらどう責任取ってくれるのかって話だ』

『やめとけって。そういうのは迂闊に口にするもんじゃねーよ』

『そうそう、村長さんにそれを聞かれてたら、「子供には何の罪もないのだ~」って説教かましてくるぜ? 三時間くらいミッチリと小言が滝のように来るぜ~?』

 何の話をしているのかさっぱりと分からなかった。


(……どうでもいいか)

 故に聞き逃すことに。ラチェットは再び遺跡を目指す。


 役に立つかもわからないラチェットレンチと携帯電話(最新型のスマートフォン)とズボンのポケットを探ったら見つかった充電バッテリー、そして超絶レアだという骨董品の魔導書を手に。


 彼の調査の旅が、始まった----


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ----村を出てから数十分近くが経過した。

「おらっ」

 村から離れた森の中で銃声が鳴り響く。

「……ダメか」

 ラチェットはハンドガン片手、小さく舌打ちをする。

 彼が狙ったのは大木に出来た的みたいな模様。その真ん中を狙って射撃している。

「やっぱり当たらネェ」

 狙いが外れる。慎重に設定したはずの照準も思い切りブレる。

 拳銃は三発ほど発射したが何れも的の中に当たらず……そもそも木にすら命中していない。素人では扱えるものじゃないと聞いたがここまで命中が難しいものなのか。


「警察組織の対応か何かの話で聞いたことがある。射撃許可が下りているにしても無関係の野次馬が大量に群がっているときは拳銃を使わない方がいいと。なるほどナァ~……ちょぉおいーと、意味が分かった気がするぜ」

 銃はそれほどまでに扱いがシビア。簡単に使える代物じゃない。

「こんなに当たらないものか。ドラマのように上手くはいかん」

 大の字でラチェットは寝転がる。

 護身用の武器として魔導書から取り出した拳銃すら中々扱えないことに少しばかり苛立ちを覚えている。もっと使いやすい拳銃はあるんじゃないかと思考する始末だ。ラチェットはミリタリーオタクでも何でもない。拳銃の知識は全くもって詳しくない為に何とも言えない憤りを感じていた。

(森にそれっぽい化け物は見当たらん。毛虫とか蛾とか、その他本でよく見た生き物をちょこちょこ見かける程度。気分転換に射撃訓練でもしてみるかと意気込んだがこりゃぁテンション下がる)

 数回の練習を得ても上達する兆しは見えなかった。ラチェットは不貞腐れ気味に立ち上がる。

「……もう少し、周りの様子を見るカ?」

 気分転換も終わったので再び森の奥へ。

 彼が森で見かけた動物は猪や野豚、あと変な耳の生えたウサギが数匹。

 何れもコチラの気配を察すると逃げていってしまう。異世界の森だからと警戒していたが思ったよりも臆病者が多い。

「オオカミとか物騒な奴が現れるかもしれないからナァ~? その時のために警戒心は常にビンビンにしてんだぜ、こっちはヨ」

 しかし油断はしない。凶暴な野生動物の一匹は潜んでいるはずだ。ラチェットは少しばかり胸を震えさせながらも慎重に先へ進んでいく。



「何してんだオイッ!!」

「うぁあッ!?」

 ラチェットは足を止める。耳に入ってきたのはオオカミの鳴き声じゃない。


「……ん、んん~?」

 そしてラチェットにかけられた言葉でもない。

 別の何処かからだ。何者かの怒鳴り声が轟いていた。

「なんだ……?」

 恐る恐る、突如聞こえてきた怒鳴り声の近くまで接近する。





「また逃しやがったのかァ~ん……? このッ! 家畜以下の役立たずがァアッ!」

「うぐっうぅ……!!」

 ----ラチェットに目に入ったもの。

 その光景はあまりにも惨く、言葉を失った。


「痛いよ……痛い、よぉ……」

 黒いスーツを着た男が一人の少女の髪の毛を掴んでいる。表面が頑丈かつボコボコな大木へとその少女の顔面を叩きつけている。

「ひっ……!」「うわぁあ……!」

 周りにはその様子を恐れながら見つめている少年少女たち。

 誰もがその戦慄とした光景を前に恐怖で怯えている。





 聞こえてきたのはオオカミの鳴き声ではなく-----


「ううぅ……」

 犬の耳が生えた少女の呻き声。

 獣人らしき人間たちの阿鼻叫喚であった----

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