1-2 Welcome to the 魔法の世界。②
ラチェットが一泊した村について改めて紹介するとしよう。
名前はシーバ村。
古代人とやらが住んでいたという遺跡が大量に発見された発掘スポットの中心に存在する村であり、数多くの冒険家や考古学者が訪れる。
そんなシーバ村の服装はこの世界では最もオーソドックスな服装。
普通の上着にオーバーオールの服装の人物がいれば、獲物を取りに行くための狩猟服だったりなど、ファンタジー世界では普通のイメージの服装が多かった。
一方、ラチェットの着ていた服は古代文明時代の装束である。
数千という遠い過去の時代の服。カモフラージュのつもりが真逆、あまりにも致命的すぎるミスマッチ。注目を集める羽目になっていた。
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「この辺では遺跡マニアが多くてね。中には服装まで古代人スタイルにするオタクも存在するんだ。特殊な宗教スタイルというかカルト的というか……その服装にロマンを感じる人も多い。いやぁまさかそこまでドップリな人が本当にいるとは」
薄暗い部屋の中。沢山の骨董品が並べられた一室に彼は連れられた。
「あ、アハハ……どうもっス……」
ラチェットはこれまた奇跡的に助かった。
職務質問をされて、この世界の警察組織に取っ掴まってゲームオーバー。冒険はここで終わってしまった的な流れだと思っていた。
「そう緊張しなくてもいいよ。もしかして人付き合いにはなれてない? 僕もそこらにいる普通の遺跡オタクなんだから、初対面だなんて気にせず気楽に話しかけておくれよ~」
彼に声をかけたのはこの世界の遺跡マニアであった。古代人の生活、そして古代人が作り上げてきた魔法とマジックアイテムのロマンを愛する者。
「僕の名は【トレスタ】。コッチにしばらく滞在するというのならお話ししようよ」
彼に声をかけた村人の一人、トレスタもその一人であった。この出会いの喜びに握手をせがんできた。
「あ、ああ……俺も仲間に会えて嬉しいヨ~」
「よろしくね!」
ラチェットはその握手に震えながらも応えた。ラチェットは一命を取り留めたことに安堵していたが苦難は続く。
(さぁぁああって! どうしようかなァ~!! この世界の古代文明なんてなぁあんにも知らないぞぉお~!! 元居た世界の古代文明についてもな!! エジプトでミイラがあるとかそれくらいの事しか知らないぞぉ!クレオパトラくらいしか知らないぞぉおー!!)
そうだ、よりにもよって知識的に面倒な嘘をついてしまった。
古代人の文明やら遺跡の事はおろか……この世界がどのような世界であり、何という名前の異世界なのかすらも分からないマッサラな状態なのだ。一命を取り留めたというより首の皮一枚繋がったという例えの方がストレートで正しいのかもしれない。
「どうした? ほら、そのコーヒーで金を取る気はないから。いただいてくれ」
「あ、あざまーーッス……」
貰ったマグカップに注がれたコーヒーを口にする。出されたものを飲まないのも失礼だ。緊張で喉が固まっているが無理やりコーヒーを流し込む。
ガッチガチに震えるせいでマグカップの中のコーヒーの水滴が踊るように跳ねている。飲みなれた缶コーヒーのように美味しいコーヒーだった。
「いやぁ本当に驚いた! その仮面おそらく本物じゃないか!? こんなに綺麗な状態で発見されるなんて……どこで見つけたんだ!?」
「ああ、運よく発掘できてナ……村近くの遺跡で……」
「すごいな! ここまで綺麗な状態でもし本物なら数百万は弾むよ! 泥棒も学者も喉から両腕伸ばすくらいには欲しい代物だね!」
カモフラージュのために引っ張ってきたローブと仮面はやはりお宝の一つだったというのだ。
「それを売らず身に着ける! 余程古代文明にロマンを感じているんだね!」
「ま、まあナ……この、なんていうかダークな雰囲気が好きというか。いつも違う雰囲気が味わえるというかぁ……うん~……」
そんな高値になるのなら資金にしたいから売り捌くかどうか一瞬考えてしまった。
しかし堪える。古代文明の恰好をする人物が複数存在することが判明した今、この服装を貫いた方が得策。
元の世界の衣服で出歩く方が危険度が増す。迂闊に捨てられないようになった。作業着はもう遺跡の方に不法投棄してしまったわけだが……。
----その衣装を売り捌いて、普通の衣装を買った方が得策だったのでは?
そんなツッコミを返してくれる人がこの場にいなかったのが更なる災難だった気もする。今はスルーしてあげておいてほしい。
(……あっ、地図だ)
負い目を感じ始めたラチェットは部屋の中を見渡した。
ローブや仮面のようなものが壁に引っ掛けられており、古代文明に関する骨董品がコレクションとして並べられている。そんな中、大きな地図が目に入る。
「これ、気になるかい!? いやぁ! やはりお目が高い!」
トレスタはテンションを上げながら地図の前に。
「これは古代文明が繁栄していた時代の世界地図なんだ! 僕が持っている中でも一番の宝さっ! 下手すれば数千万は弾むよ!!」
ラチェットがいた世界でも数百年前の絵が数億で取引されるなんてよくある事だ。
「この辺には何て書いてあったんだ?」
ラチェットは地図の隅っこの破れた個所を指さす。
どこに島があり、どこに海があるのかなど分かるレベルで綺麗な現品ではあるが、とこどころ敗れた個所がある為に気になっていた。
「ああ、【魔術世界クロヌス】と書かれているはずだ。この時代からクロヌスって名前だったはずだし、場所的にそれが書かれてたんじゃないかな?」
(クロヌス。なるほど、此処はクロヌスって世界なのか)
この世界の文字の読み方は今のところ一切分からない。
勉強しようにも勉強できる場所もないのだから学ぶに学べない。調べ事をするにはまずその地点で手詰まりの状況だった。
しかし、思いがけない方法でこの異世界の名前を知れたものである。
魔術世界クロヌス。古代人が生み出した魔法によって、今のような原形をとどめた文明の世界というわけだ。間違ってたら訂正すればいいだけの事。
(いやぁ、ひとまずこれにて安心)
ラチェットは一安心したようにコーヒーを口にした。
(……ん、ちょっと待て?)
ここで一つ、妙な違和感に気付く。
(俺、今普通に日本語をしゃべってるよな?)
読めない文字がある世界。ならばこの世界の言語とやらも普通とは違う言語なのでは? とふと頭によぎった。
昨日、コーテナと普通に会話できていた。故に反応が遅れてしまった。
(これ何で通じてるんダ? 実は言語は一緒とか……いや……)
「どうしたんだい?」
「い、いや! 本当にとんでもないお宝を見れて感動というか……」
ラチェットは煽てた直後に慌ててコーヒーを飲んだ。
「ちなみに今身に着けている他にも何かお宝があったりするのかい?」
「あ、そういえば……」
ついでだ。古代文明マニアというのなら遺跡に置いてある不思議な文書についても多少は詳しいはずである。せっかくだからココで鑑定してもらおう。
「これを最近、遺跡で見つけてナ」
ローブの内側にしまい込んでいた紫色の本を取り出した。
「……ッ!?」
トレスタの顔色が変わる。
「俺が想像した物が一部現れる不思議な書物だ。手に入れたのはいいものの魔導書かどうか分からないから困っててナ」
「いやいやいやいやいやッ! こ、これはァアアーーッ!!」
紫色の本を指さしながら震えあがっている。
「えっ!? なにっ!?」
「魔導書だよ! 間違いない!!」
……予感は的中していた。やはりそうだった。
(そうかッ……やっぱり魔導書ッ!!)
魔導書だ。トレスタ曰く、本物の魔導書のようだ。
ラチェットが手にした紫色の本は正真正銘本物のお宝だ!
「こんなに綺麗な状態で……凄いっ! 感動だよっ……!!」
トレスタは感動のあまり涙を流している。呼吸もひどく荒呼吸になっており、緊張のあまりむせ返る程である。
さすがに落ち着けと言いたくなるが無理。手にあるこの本が古代文明オタク業界の間でも発狂したくなるレベルのお宝だというのなら。
「君! ラチェットって言ったね! 僕の聞き間違いでなければ! 想像した物が具現すると言ったよね!?」
「あ、ああ……軽い武器くらいだがナ」
「ってことは、その魔導書は【アクロケミス】なのかっ!?」
「アクロケミス?」
紫色の本を片手に首をかしげる。
「魔導書アクロケミス! 古代文明終盤に開発されたマジックアイテムだ! その魔導書には数千数万の武器が記録、保管されている! かつて戦争を終わらせた英雄の武器も記録されていれば、数多くの魔物を両断してきた魔剣なども! その万物を即座に具現させる能力は魔導書の中でも最強レベル一つだよッ!! 王都の方では博物館や学会どころか、王城の最奥の保管庫に寄贈されるレベルのものだぞっ!! まさか実物を間近で見ることが出来るなんてぇええーーーーッ!?」
----トレスタはオタク特有の早口で魔導書の説明をしてくれた。
「最強レベルだってェ!?」
ラチェットは紫色の本を片手に怯え始める。
「お、おいちょっと待てヨ! お前この魔導書を使えば、ありとあらゆる武器全てを作り上げることは可能だと言ったカ?」
「ああ言ったさ! 英雄の武器の保管庫そのものだからね!」
(この世界の英雄の、武器……いや待て。確かコーテナは手榴弾を知らなかった。拳銃も玩具扱いだったし……アイツが無知なだけか? 実は俺が出した武器は全部存在しているのか、この世界でも……?)
ラチェットと脳裏には幾つか矛盾が生じている。
(それ以前に軽い武器以外の創造は出来なかったぞ……?)
ファンタジー世界に存在していそうな武器をいくつか想像したが微塵も出てこない。数千数万も記録していれば一つはヒットしてもおかしくはなかったはずだが。
「ただ、具現させるには……魔導書の解読者の魔力が反映される。解読者の魔力が微量でしかないのなら、殺傷能力が低く活用性も低い武器しか具現させることが出来ないって聞いたことがあるよ」
今度は【魔力】なんてワードが出てきた。
(……多分、魔法とやらを発動するためのエネルギーみたいなものか。そう考えるのが妥当だろ。もう解説を頼むのも面倒だしそうすることにする)
この世界では最強と言われる武器の具現は彼には不可能と、結論づいた。
ラチェットにとっては宝の持ち腐れでしかない最強のアイテムという事だ。
(うーん。まぁ役に立たないってわけじゃないだろうし……うーーーん)
すごいものを手に入れたと知った矢先、到底扱える代物じゃないということが分かるとラチェットは頭を悩ませる。
つらい現実だ。アクロケミスの魔導書とやらを片手に息を吐く。
(そもそも俺に魔力なんてものがあったのカ? この世界の人間じゃないのに?)
もう一つ疑問も浮かんだが……そこはまだ深く考えないことにした。
「古代文明時代の武器をすべて具現させるアイテム。それすら持ってる君は実に羨ましいよ! 良かったら親友にならないかッ! 君といればもっと沢山のお宝を知ることが出来そうだよ!!」
----気になることはまだまだ沢山ある。
「あ、アハハ……こっちの地域の事を詳しく教えてくれたりしたらならんでもない」
「いくらでも教えるさ! 場所も提供する! この部屋も好きに使ってくれ!」
ラチェットは苦笑いを続けながらの社交辞令を続けていた。
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----数分後、用事があるからとトレスタの小屋を後にした。
(まずは状況の整理だ。ここは【魔術世界クロヌス】。1998年という長い歴史、古代人と呼ばれる過去の人間達の手によって作りあげてきたものを今の世代にまで繋げてきた文明世界。魔法という絶大な力を開発し、この長い歴史を組み上げてきた)
この世界についても理解できた。
(そしてコイツだ。名は【アクロケミス】。この世界に存在したと言われる武器の大半が記録されており、その武器を即座に復元させてしまう中々にインチキ魔導書)
魔導書についてもだ。便利なアイテムだと知れた。
と言っても持ち主の魔力とやらが反映されるようで……魔力が低ければ最下層の武器くらいしか復元は出来ないのだという。つまり魔力皆無のラチェットは最下層の武器くらいしか開発できず、異世界最強の戦士になることは現在叶わないという事だ。実に残念。
(まっ。首の皮繋げてくれるアイテムだってなら幾らでも大歓迎だヨ)
楽して異世界を生き抜けるほど人生は甘くはないということだ。
(ひとまずどうするか? ずっとココにいるのも埒が明かないだろうし……冒険の準備とやらでもしてみるか?)
現在、ラチェットに必要なのは資金だ。
(コイツらを売るのはもうやめることにしたし。うーむ)
もう一度遺跡に顔を出して、金になりそうなものを集めようかと考え始めていた。
「……おっ?」
どうしたものかと歩いている最中。ラチェットはある人物と目が合った。
「あっ!」
その相手もこちらに気付いて指をさしてきた。
嬉しそうに跳ねる犬の耳。
----彼女とは思ったよりも早い再会を迎えることになった。
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