2-1  コイツはまさに大迷惑①


 -----最悪が極まった瞬間である。

 遺跡の出口へ足を踏み込んだその先からが本当の試練だった。



 ファンタジー世界ではお約束の生物……ドラゴンらしき生物が目の前で牙を剥いているではないか。昭和漫画顔負けのリアクションで目玉が飛び出しそうだった。

「「うおおおおおーーーーッ!?」」

『〓〓〓〓ッ!!』

 ラチェットとコーテナは二人同時に左右にばらけた。間違っても遺跡の方に逃げ込まないように。謎の大怪物の正面からの奇襲を二人揃って回避する。


「ラチェットさん、大丈夫!?」

 左右にばらけたことで距離を取ってしまった。コーテナはラチェットに聞こえるよう大声で無事を確認する。

「何とかナァア……あぁビックリした!目玉飛び出るかと思った!」

 餌にならず何とか回避した。片手をあげて無事のサインを送る。ドラゴンが邪魔で見えてるかどうかは分からないけれど。

(もう驚かないと思った。そう気持ち入れ替えた矢先に今度はドラゴンですか、あぁそうですか)

 羽はかなり小さく、四つん這いで移動する体もぽっちゃりとした小太りな体格。

 大きさは三mメートル近くと想像よりは大きくない。全長も思ったより長くないなど……【リザード】ではないだろうか。コイツは。


『〓〓〓〓~?』

「……げっ」

 巨大リザードはドロドロの唾液を垂らしながら彼の方を見る。最悪な事に目もあってしまった。気まずい空気のお時間だ。

「あぁあえっと……何が正解……? 全力疾走? 死んだフリ?」

 ラチェットは一瞬にして危機感を覚えた。

『〓〓〓〓〓ッ~!!』

「……ダァアアアアッ! クソッ! クソォクソッ!」

 ラチェットは回れ右、追い回してくる巨大リザードを背に全力疾走で逃げ惑う。

 この先一生走れなくなってもいい。その覚悟で逃げないとあっという間にリザードの腹の中に放り込まれてしまう。死に物狂いで逃げる。

『〓〓〓ッ!! 〓〓〓〓ッ!!』

「コンニャロー!思ったより早いなチクショウッ!?」

 だが後ろのリザードは想像以上に速い。

「デブな見た目と侮ってたッ! 本で読んだことあるが足の遅いイメージ満載のカバでさえも百メートルを十秒以下で走れると書いてあったッ……どうしてそれを今になって思い出したんだヨ! クソッ!! 思い出したからどうなんだよッ! クソがッ!!」

 四足歩行の生物には人間の出すトップスピードとは比べ物にならない速さを持つ生物が多いと聞く。人間の足で逃げ切れるかと言われたら難しいかもしれない。

「ハァッ……ハァッ……!!」

 ラチェットは遺跡の中を全力疾走した後だ。疲労も溜まってるこの状態でその速さを維持できるはずもない。想像以上に速いスピードで追いかけてくるリザードを振り切ることは出来ない。

「追いつかれるッ……!?」

「させるかぁっ!!」

 -----勇敢にもリザードの背中に飛び込んだのは少女コーテナであった。

「くらえぇえーーーっ!」

 直後、背中にしがみついたコーテナはナイフを取り出し、それをリザードの目玉に突き刺した。

『〓〓〓〓〓ッーーーー!?』

 リザードの皮膚は固く、ナイフなんかでは切り裂くことも貫くことも敵わない。ならばと真っ先に片目を攻撃したのである。

「うわわっ!?」

 目玉を攻撃されたリザードは悲鳴を上げ暴れだす。その振動に耐え切れずコーテナはリザードの背中から振り落とされてしまう。

『〓〓ッ。〓〓ッ。〓〓〓〓ッ~~!!』

 目を攻撃されたリザードは当然激怒。

 ターゲットをラチェットからコーテナに変更し、殺意を露わに追いかけ始めるではないか。


「……よし! 上手くいったっ! ここはボクが囮になるから今のうちに逃げて!!」

(言われなくてもそのつもりダ……!)

 ラチェットはあの巨大生物と戦う手段を持ち合わせていない。戦闘経験もあるわけではないし、魔法なんて便利なものも使えないのだから離脱した方が賢明。

(魔法やらなんやら使えるんだろ! それでどうにかなるはずだぜッ……!)

 ラチェットはリザードとコーテナの追いかけっこに背を向ける。少なくとも対処法とやらを持っているはずなのだから安心して逃げていいはずだ。

「はぁ、はぁ……!」

 あの少女がリザードを振り切れる。そう思っての撤退だった。

(……おい、なんでだ)

 しかし様子がおかしい。目の前に広がっているのは絶望的状況。

(なんで魔法とやらを使わず逃げ回ってんだ、アイツは……!?)

 さっきから反撃する様子を見せない。ビビって逃げ回るばかりだった。

「チィッ!! 死ぬかもしれないって分かって見捨てるのは何処か胸糞悪ィ! たとえ夢であったとしても!!」

 先程の全力疾走が災いして疲労が溜まっている。あのまま追いかけっこを続ければ、間違いなくコーテナはリザードの腹の中へご招待される。

「薄情な奴だと化けて出られたら迷惑なんでナァッ!!」

 なんて偽善が逃亡の邪魔をしてしまったものか。意味もない変なプライドに踊らされリザードのもとへ向かってしまう。

(だがどうするッ!? 今の俺にはラチェットレンチと圏外のスマートフォンしかねぇんだゾッ!? ガラクタ二つでどうにかできる相手じゃないだろうにッ!?) 

 助けに行くにしても手がない。リザードを倒すための武器なんてあるはずもない。完全に無謀な真似をしたと思った頃にはラチェットはリザードのすぐ近くにまで迫っていた。

(こんなもので殴ったってどうしようもネェんだ……今度こそ終わったか、俺!?)

 ラチェットレンチを殴打の武器として使用してもリザードなんかには無意味だ。

 携帯電話も役に立つはずがない。仮に電波がつながったとしてもリザードの倒し方を調べる暇もない。そもそもリザードなんて幻想生物の倒し方をまとめてあるサイトなんて存在するかもわからない。いや絶対ない。

 万策尽きるも何も始まる前から終わりそうだ。ラチェットは舌打ちをする。

「……ちょっと待て」

 その時、ローブの中に手を突っ込む。


 ----魔導書だ。

 さっきから妙な輝きを放つ本を一冊遺跡から持ち込んでいた。

「これを使えば、もしかしたら奇跡的逆転が……!?」

 誰でも魔法を使えるアイテムだと聞いて一度ページを開いてみるが。


「読めねぇ! 何語だ、コレッ!?」

 開いてみても何て書いてあるか分からないし、そもそもどうやって使うのかも分からない……魔法なんて存在と無縁な彼が使える代物じゃない。

「なんでもいいっ!リザードを倒す手段さえあればッ! 俺に何か魔法を使わせろよっ! なんでもいいから動いてくれ! 頼むッ!!」

 リザードに対抗できるであろう武器。出来る限りリザードに近づかなくても対処しやすい武器の一つや二つでもこの場にあったとすれば。


 -----例えば、ハンドガンとか手榴弾とか。

 -----それくらいの武器があればどうにかなるかもしれないというのに。


「……ん!?」

 そんな想像を浮かべた瞬間の事だった

「うわわわっ! また魔導書が光って……!?」

 光った。また紫の魔導書が光を帯び始めたのだ。

 何かしたわけじゃない。魔導書は光を放つとその輝きをすぐに引っ込める。

「今、何か起きて……ん……?」

 片手に違和感があった。ラチェットはそっと視線を片手に向ける。


 -----だ。

 ハンドガンと一個の手榴弾が右手に握られていた。

(な、なんだッ!? いつの間に俺の手に武器があるッ!? けど何処からッ……どこから現れたッ!? 欲しいとは思ったが何処から出てきやがったんだッ!?)

 それは間違いなく本物のハンドガンのように見えた。

 手榴弾も本物の可能性が高い。このファンタジー世界には似合わない兵器がラチェットの手に握られていた。

(……本物なのかどうか。考えてる暇はねぇナ!!)

 細かいことはどうでもいい。

 救いの手が来たのなら、試す以外に他はない!

「コーテナ! こっちに来るんダッ!! 死に物狂いで走れッ!!」

 必死に逃げ惑うコーテナに指示を送る。ちゃんと耳に届くよう大声で。


「うわぁあああっーーーーーー!?」

 さっきまでの勇敢な姿は何処へ行ったのやら。

 自分が食われるかもしれないという恐怖のせいで大泣きしながら逃げてくるコーテナ。その姿ははっきり言って情けない以外他がない。

 そんな心ない言葉を口にする余裕はない。あの少女は自分の身を挺して囮を買って出てくれた勇者だ。その言葉は今回ばかりは控えておく。

「えっと、こう使えばいいのか? 漫画とかだったらこんな感じで?」

「ねぇ、それ何!? その武器は一体何ぃ!?」

 コーテナは必死に声を上げる。一目散に逃げているせいか彼の持っている武器が視認できていないようだ。

「当たりますように……?」

 本物のハンドガンなんて握ったことがないラチェットは片手で銃を構える。

「マジで当たれッ……こんなところで不運なんて起きるナッ! 頼むッ!!」

 ハンドガンの引き金を引く。

 あの皮膚に弾丸が貫通するかどうかは知らない。物は試しという言葉がある通り、まずは一発かましてみるのが先決だ。

「うっ!? ぐっ……!?」

 だが狙いが逸れてしまう。

 当然である。『ハンドガンくらいなら素人の自分でも使える。』なんて考えをしたこと自体がまず間違いなのだ。


 -----そもそも拳銃が素人で扱える代物なんかじゃない。

 構え、姿勢はたまに見る漫画の見様見真似。初心者が片手で持とうなど言語道断。

 ハンドガンは種類によっては想像以上に反動がある。いくら狙いを定めても……思った通りの方向に飛んでいかず、5メートルなんてそれなりに近い距離でも外すなんてことは多々あることだ。


 ラチェットが特別下手というわけではない。素人ではまず無理。当たらない。

 リザードの眉間を狙ったつもりが弾丸は全く違う方向へと飛んでいく。手首も発砲の反動で少々痛む。


(最後の手も終わりっ……かッ!?)

 万事休すか。ラチェットは冷や汗を流した。

「……いやっ!」

 しかし、ラチェットは目を逸らさなかった。


は……あったッ!!」


 口の中を狙ったはずの弾丸は……リザードのもう片方の瞳に飛んで行った。

 偶然にも運は彼らに味方した。天性の悪運だった。

『〓〓〓〓っーーー!?』

 両目を失い、撃ち抜かれた目の鈍痛と前の見えない恐怖からの発狂でリザードは咆哮しながら突っ込んでくる。大きな口を開け一心不乱に。


「この流れでいくっ……窮地を脱するッ!! コーテナ! よけろよォッ!!」

「あっ! はいいいっ!」

 ラチェットは右手で彼女を先導し、攻撃を避けるように指示を送る。サインに反応したコーテナも左方へ飛び込み回避する。決死の覚悟で、ピンを抜いて放り投げた手榴弾がリザードの口の中に放り込まれた。



『〓〓〓〓------』



 ピックの抜かれた手榴弾を飲み込んだリザードの腹が爆散する。

 食道と胃袋が同時に吹っ飛んだようだ。頑丈だった皮膚も内側からなら容易く吹き飛んでしまった。


 -----リザードは力なくその場で横になる。

 手榴弾の爆発による焦げ臭い煙をタバコのように口から噴き出していた。


「……なんとかなったナ……あぁあああっ、心臓縮んだぁあああ~~」

 ハンドガンをその場で放り投げ、ラチェットは腰を抜かすように座り込む。

 疲労が一気に押し寄せた。肉体的にも精神的にもドッと疲れが舞い降りた。

「ありがとうぉお、助かったよぉおッ!!」

 コーテナは泣き叫びながら、ラチェットにお礼を言う。助かったのはこちらの方だと言いたいところだがその元気は彼にはない。

「……これでカリは返したからナ?」

 キザなセリフは恥ずかしくて言えない。ラチェットは苦笑いで返答した。


「あの本」

 地面に放り投げられた紫色の本に視線を向ける。

「また光ったよね?」

 逃げながらでも本の光は目に入っていたようだ。

「あの本、やっぱり、もしかして……」

 コーテナは息を呑む。

 

 ----あれは本物の魔導書おたからかもしれない。

 お宝探しに成功したかもしれない。そんなドキドキが二人にはあった。

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