1-3  アイム・イン・パニック③


(……!?)

 ラチェットは何が起きたのか理解できないでいた。

(コーテナの体が扉に触れた途端に後方へ吹っ飛んだッ!? とんでもないスピードでッ! 勢いよくッ……!?)

 目に見えない力。これも魔法というやつだったのか。

「おい! 大丈夫かッ!? 大丈夫だったのかッ!?」

「いててて……だ、大丈夫です!! び、ビックリしたァ~……」

 岩づくりの壁に叩きつけられたコーテナは頭を何度も右手で擦っている。強く後頭部をぶつけたようだが怪我にまでは至ってない。

「……ちょっとそこで待ってろ」

 コーテナの無事を確認するとラチェットは扉に近づいた。

「一体この扉には何が起きた?」

 彼女の身に何が起きたのか。この扉に触れれば何かわかるんじゃないかと思った。

 どうせ夢なのだ。自分の身に何が起きようが大したことはない。とはいえ緊張はするものだ。自然とこみあげてきた固唾を飲み込み、ドアノブに触れる。

「……ありゃ?」

 ドアノブから一度手を離す。

 ラチェットは自分の手を二度見した後にもう一度、何かしらの罠が発動したドアノブに触れる。


 ---何か起こる様子がない。

 コーテナと同様に後ろへいきなり吹っ飛ばされるなんてことは起きはしない。とはいえ油断はせず、ゆっくりとドアノブを捻ってみた。


「……開いたナ?」

 何事もなく扉は開いた。一度部屋の中を確認するために松明で照らしてみる。

(俺がさっき逃げ込んだ部屋と大して変わらないゾ……というか物の配置まで一緒じゃねーか。なんか特別な部屋って感じはしないが?)

 特に変わった様子もない。部屋に一歩足を踏み入れてみるが罠が発動する気配は一切ない。とてもじゃないがお宝の眠る部屋とは思えない。

「あれ? 何ともなかった?」

 痛めつけた頭を両手で押さえながらコーテナが彼に続いて部屋に足を踏み入れる。

「うん、何ともなかった」

 何も起こらない。やはり罠が仕掛けられている気配がない。

「普通に入れた……お前、さっき何が起こったんだヨ」

「扉に触れた途端、見えない何かに押し飛ばされたような気がしたんですけど……あれェ~? 気のせいだったのかなァ……いやでも確かに実感はあったような?」

「罠そのものはあったのかもナ。一回きりのヤツだったのかも」

 使い捨てカメラ感覚の罠だったかもしれない。落とし穴とか丸太トラップみたいなノリで考えれば良いだろうか。


「ちょっと調べてみようかな!」

(罠がないと分かったら元気になりやがって。単純なヤツ)

 何か金目の物になりそうなものはないかとコーテナは部屋の探索を開始する。どいつもこいつも金にがめつい奴だと呆れたくもなる。

「お前らはこんな得体のしれねぇ場所で何を探してんダヨ?」

「古代文明人が使っていたと思われる衣服とか実験器具とか……一番価値があるのは魔導書かな。綺麗な状態で保管されているやつがお金になります!」

 この世界の高級品だとか価値観だとか美的感覚を理解していない。作業着が油臭いゴミと判断されたことを考えて、手当たり次第で物を拾えばいいというわけではないらしい。


 ----魔導書。つまりは魔法の本なのだろうか。


「お嬢ちゃんも金儲けってワケ?」

「仕事で頼まれたんです。何でもいいから持って来いって」

「んな適当ナ……」

 金目のものなら何でもいいって随分と無計画な。

 危険な場所と分かっていながら別の探検家を雇ってるとまで来た。どんな雇い主なのか顔が見たくなってくる。

「ラチェットさんもボクと同じでお宝を探しに?」

「生活に困っててナ。一攫千金のチャンスに食いつかないヤツはいないだろ?」

 それっぽい言葉で彼女を納得させる。

 本当は訳の分からない世界で迷子になってますというのが本音なのだが。夢かもしれないけど。古臭い書物が並んでいる本棚をじっと眺め、ラチェットは呟く。

「魔導書とか簡単に見分ける方法あるのカ?」

「難しいんですよねぇ~……魔導書は他の本と違って雰囲気が違うから分かりやすいらしいけど、そこも大まかでわかりづらいんですよ」

「……そもそも魔導書って何だ?」

「おっと! そこまでわからないのに探しに来たんですか!?」

「悪かったナ……!」

 流石にこの質問は攻め過ぎたか。恥ずかしすぎて大声にもなりそうだった。

「ご、ごめんなさい!そういえば魔導書って結構専門的なアイテムだったりしますので!ツボとか衣服とかそういった類専門の人もいるっちゃいますし!」

「あ、いや、そんなに謝らなくても……」

 何度も頭を下げるコーテナ。この少女、もしや思っていた以上に良い子なのか。

「魔導書っていうのはですね、数百数千年前に存在したマジックアイテムなんです。それを使えば、才能さえあれば誰でも魔法が使えるようになって……とにかく便利なものなんです」

 それはこの世界に存在した古代人が作り上げたという魔法の書。

 魔導書には特別な力が宿っているらしく、それを駆使することで魔法が使えるようになるらしい。才能さえあれば、の話らしいが。

「お前も魔導書を読んで、魔法が使えるようになったのか?」

「いえ。生まれつきのモノもあります。魔導書を使わなくても最初から魔法を使える人もいて、ボクの場合がそれです……魔導書を読んで覚えたものも幾つかありますけどね~」

 生まれつき魔法を覚えている人材もいる。魔導書はそうじゃない人達のために作られたマジックアイテムらしい。

「最近は今の技術で新型の魔導書とか作られてるみたいですけど……その元となるのがこういう昔のタイプの魔導書なんです。新型の魔導書は資格がないと手に入らないから、こうやって昔のモノを手に入れたがるんです。もう機能してないのがほとんどというのもあって資格も何も定められていない。手に入れた人の自由なんです」

 魔導書は高級品な上に所持するには資格がいる。ラチェットの世界でいう銃刀法のようなものに近いのだろうか。

 その一方で遺跡に眠ってるタイプの旧型魔導書にその資格はない。魔導書を作っている技術者達が欲しがる理由は勿論、手に入れば使用は自由という理由もあってトレジャーハンターが探しに来るということだ。

「このあたりの遺跡は結構な数の人たちが調査してるらしいから……取り尽くされてる可能性があるかも。そもそもないのかもしれないですね」

「なるほどナ」

 ラチェットは本棚をあらかた探してみたが、それっぽい本は見つからない。


 ----というか分からない。

 どれも同じように見えて魔導書が混じっていたとしても分かる自信は全くない。


「よっこいしょっと……あぁ疲れた。色々疲れた」

 ラチェットは休憩がてら書斎の椅子に腰かける。この部屋にはそれっぽい宝はありそうにない。

(っていや。宝がどうかは関係ない……ここを脱出することを考えないとナ)

 優先するのは宝があるかどうかなどではない。お宝なんぞに興味はない。 早いところ、ココから脱出して外の世界の様子を確認したいのだ。

(……夢なんだし、そこまで必死になることカ?)

 フードの中に手を突っ込み、頭を掻いている。

 さっきまでは夢と信じて疑わなかったが、次第にこの世界は夢じゃないかもしれないという感覚に覆われる。

(まあ仮に夢じゃなかったとしても、やることは変わらないがナ)

 一瞬、ラチェットの表情は何処かやつれた顔になった。何かを悟っているというか、何かを諦めているというか。

(金目のもの、ねぇ……)

 ただ座ってサボるだけでは彼女に申し訳ない。腰かけた椅子のすぐ近くにあった机の引き出しを上から順に開いていった。こんなところに入っていたりするのかなと軽い気持ちで。

「ん?」

 四段あった引き出し。その三段目を開いた途端にラチェットの手が止まる。


 ……紫色の本。

 本棚にある本とは明らかに雰囲気が違う本が引き出しの中に入っていた。

「なんじゃこりゃ?」

 好奇心に抗えず、ラチェットは怪しい本に手を伸ばした。


「……うおっ!?」

 本に手を触れた途端、部屋全体を真っ白な閃光が包み込む。

「なっ!? なななななななッ!?」

 本に触れた腕が熱い。熱を帯びた鉄板に素手で触れたような熱さだった。

「あっつ!? あっつうううっ!?」

 熱さと痛さが限界に達し、ラチェットは本から手を離す。

 -----本は光を失っている。

(ん? ん~……)

 それと同時、本に触れた右手もさっきまでの熱さが嘘のように引っ込んだ。灼熱の鉄板に触れたような感覚があったというのに火傷の一つもしていない。

 本は綺麗なまま異常はない。では今の感覚は何なのか。

「何!? 今の光!? というか大丈夫ですか!? すっごい声出てましたよ!?」

 慌てた様子でコーテナがラチェットのもとへと向かう。

「コイツだ! コイツが急に光りだしたんだっ!!」

 ラチェットはもう一度、本に触れる。

「俺がこの本に触れた途端に目も眩むような閃光がッ!……あ、あれ……?」

 しかし何もない。先程起きたような不思議な出来事は一切発生しない。ラチェットは紫色の怪しい本を軽々と持ち上げた。

「な、なんだったんだ? この本は一体……いやもしかして?」

「もしかして、その本が……!?」

 コーテナが紫色の本に手を伸ばそうとした。

「ちょっと待て!」

 ラチェットは本を引っ込ませ、コーテナの動きを静止するために片手を突き出す。

「なんですか~?『自分が見つけたものだから触るな!!』って言いたいんですか~?」

「……なんで部屋がこんなに明るいんダ?」

 本から発した光は一瞬だった。もう本から光は出ていない。

「アレ。確かに部屋がさっきと比べてすっごく明るい……?」

 だというのに部屋が妙に明るい。さっきと比べて明らかに景色が鮮明だ。


 ----それだけじゃない。あと妙に

「お前、?」

 うっすらと明るかった景色が更により鮮明になってくる。すると蒸し暑さもより強まってくる。

 あと臭い。息が苦しい。焦げ臭い香りがプンプンする。

「あっ」

 コーテナもようやく気が付いた。先程まで持っていたはずの松明が消えてなくなっていることに。

「「……」」

 室温が上がっていく部屋の中。それと対比するかのように冷たい汗を流し、そっと本棚の方に二人は目を向ける。


 -----何と綺麗な焚火ファイアーだろうか。

 コーテナが手放した松明は見事本棚の方へと飛んでいき着火。次第に火は広がっていき部屋全体を飲み込み始めていた。

「「……すみませんでしたぁあああーーーーーーッ!!」」

 二人は慌てて部屋を飛び出した。罰当たりにも程がある罪を謝罪しながら。引火した炎を消す余裕すらもなかった。

 あと数秒遅れていたら退路を炎で塞がれるところだったのだ。丸焼きにされて遺跡のミイラになってたまるかと二人は死に物狂いで部屋を脱出。火と黒い煙と一酸化炭素の毒が及ばない場所にまで必死に走り抜ける。

「あれ、この場所って確かさっき歩いたような!?」

 一心不乱に走ったせいか、今何処にいるのか場所を確認できない状態……似たような風景が続いている数分間の中でコーテナは何かに気付く。

「やっぱり! 印が残ってる! ってことは、コッチの方に行けば!?」

「出口が近いってことか!?」

「かもしれないッ!!」

 速度を上げるコーテナ。

「よっしゃアアアアーーーーーーッ!!」

 ラチェットも彼女を追うように速度を上げる。

 出口が見つかるかもしれない。ラチェットの心内で一筋の希望が見え始める。

「「あった!!」」

 そしてようやく見つけた……希望のゴール

 遺跡の出口だ。この不気味な遺跡の出口をついに見つけたのである。

「「出れたぁー!!」」

 二人とも両手を上げて遺跡から脱出する。

 数百キロにもおよぶフルマラソンを走り切ったランナー。ゴールテープを切った選手のように二人は笑みを浮かべ、広々とした草原へと再び足を伸ばした。




『〓〓〓〓〓〓----ッ!!!!!』





 -----遺跡から脱出した彼等を祝福。

 いや、餌を出迎えるかのように喜びの雄たけびを上げるドラゴンらしき生物の姿。




「「……なぁあああああーーーーーーッ!!」」

 ゴールした矢先、天国から地獄。

 二人の笑みはあっという間に目玉が飛び出るような驚愕の表情へと変貌した。

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