1-2  アイム・イン・パニック②


 はいはい、皆様方。

 また面倒な事になってしまいました。


(……人の言葉を喋ったから、人、だよナ?)

 まず、話しかけてきた相手が何故人外と疑ったのかを説明いたしましょう。

 ----耳だ。頭に生えているアレは間違いなく獣の耳。

 お尻の上部分には犬の尻尾のようなものが生えている。愉快そうに揺れている。

「じーーーーー」

(……メッチャ、俺の顔見てるナ)

 顔は人間にかなり近い。というか人間そのものである。

 身長はラチェットレンチの少年の身長165よりも結構に小さい155くらい。

(仮装芸人? こんなワケのわからない場所で?)

 ----彼女が何者なのか分からない。

(いいやマテッ! 今重要なのはコレが何者なのかじゃないッ! この状況をどう打破するかだッ! 俺は一刻も早く安全圏へと非難しないといけナイッ!!)

 言い訳の一つでも用意してこの状況から逃げ出すか。或いはこの少女を押し倒して全力疾走でこの場から逃げるか。

 

 ありとあらゆる手段を手札として脳裏に展開する。

 どうすればいい? どうする? ねぇ、どうするの?


「ああ! えっと!あのサ!」

「もしかして貴方も迷子ですか!?」

 ……手札の一枚を展開するよりも先に動いたのは犬耳の少女の方だった。

「お宝探しのためにこの遺跡に来る人は多いと聞きますけど遭難する人が多いって聞いて……とても慌てているように見えたからそうなのかなぁって!」

「はいそうです!うっかり道を間違えてしまいまして!貴方もですかナ!?」

 目はもうグルグル。顔を真っ赤にしながらの全力解答。

 ----実際嘘ではないので、そういうことにさせてもらう。

 彼女の様子からして怪しまれている様子はない。やはり服装をチェンジしたのは正解だったようだ。見慣れない奴だと突っ込まれる気配も一切ない。

(遺跡……結構大層な場所だったナ。ここ……)

 ここがどういう場所なのか。その情報も都合よく手に入った。

 彼女の発言から察するにココは宝の眠る遺跡。数多くの冒険家たちがお宝さがしに挑戦したが遭難の報せが多く返ってくる難所も難所。


 ラチェットレンチの少年はその被害者の一人であると勘違いされたのだ。

 あの男たちの発言。古代人が何だとか一攫千金が何だとか。あの発言の意味もこの少女の発言のおかげで大体理解することが出来た。


「ちなみにお前は何?」

「えへへ……実はボクも迷子になっちゃって」

 ボクという一人称を使う。ならばこの子は少女ではなく少年なのかと一瞬思う。

 いや違う。顔つきに声からして女性だろう。胸には女性の証拠である膨らみが微かに見える。見た目に相応した丁度いいサイズの胸だ。

「壁に印もつけておいたんだけど見失っちゃって……だから手当たり次第に歩いてたらこの部屋を見つけたんですよ~」

「ほうほォ~……俺もそんな感じ」

 ラチェットレンチの少年と犬耳の少女は部屋をある程度確認してから外に出る。

 ちなみに脱ぎ捨てた作業着の事は『部屋に落ちてあった変な布』とだけ答えた。

 かなり薄汚れていたし、お宝だとしても売り物にならなそうだと放置された。変に模索されなくて助かった。

(仕事着まで失って。絶対ドやされちまうナ。うん)

 作業着をなくしただなんて、仕事場の上司にどれだけ叱られるか。

 少年は酷くくたびれた顔をしていた。被った仮面であまり確認できないけれど。


「良かった~。一人ですっごく不安だったんですよ~……こんな何処かわからない薄暗い場所で一人悲しく死んじゃうのかなって! 本当に助かりました!」

 死ぬかと思った。なんていう割には笑顔で冗談めいている。

 ポジティブな人なのだろうか。それとも他人を不安にさせないための振るまいか。

「ああ、俺も助かったヨ……洞窟の中で餓死なんて一番惨い死に方だから」

 この洞窟遺跡を探索するために必要なアイテムを一式そろえていそうな探検家に発見されたのだ。一命を取り留めたという意味では彼女にすごく感謝する。

「……緊張してます? 喋り慣れていないとか?」

「あ、ああ。人付き合いは苦手でナぁ……気を悪くしたのなら謝るよ」

「ボクこそごめんなさい! ちょっと気になっただけで……あなたの名前は?」

「俺の、名前?」

 ラチェットレンチの少年はバリバリの日本人である。

 何処にでもありふれた苗字で名前は少し変わった名前。苗字の部分に関してはそれなりにメジャーでありながら、お洒落でカッコイイ苗字ではある。


(……本名を言うのはマズいかナァ~?)

 文化が根本的に違うことを考えるとバリバリのジャパニーズネームを迂闊に口にするのは危険だろうかとラチェットレンチの少年は考察する。

( いや、でも普通の世界の可能性もあるし………うーーーーーん)

 さっきの男たちのリアクションの件もある。

 お宝扱いされて死に物狂いで追いかけられた挙句に捕縛されるのは勘弁である。

「……」

 ローブのポケットに入ってあるレンチ。そこで少年はすっと思いついた。


「【ラチェット】。そうだ、俺の名前はラチェット」

 ラチェットレンチから名前をもらうことにする。

 この夢の世界にいる間はラチェットと名乗ることにする。ロールプレイングゲームの主人公になったようで少しだけどウキウキとした気分が湧いてきそう。

「ボクは【コーテナ】!気軽に呼び捨てで呼んで!」

 少女も気軽に自己紹介だ。

「俺の事も好きに呼びナ~?」

「それじゃあ出口が見つかるまでよろしくお願いします! ラチェットさん!」

「あいヨ~」

 好きに呼べと言ったのに、しっかりと“さん”付けをする。礼儀の良い子だ。

 この行き場のないハイテンション、自身の気持ちを体で体現するような動き。言葉通り天真爛漫で不思議と元気を分けてもらいそうになる。

「……あれ? 元気ないですね、ラチェットさん?」

「元からこーいうテンションだ~。気にするナ~」

 ラチェットはその仮面の向こう側ではどのような目をしているのだろう。遅れた返事に謝罪しながらも出口を探す。

「出口、見つかるといいんですね」

「歩けば見つかる。そう信じて歩くしかないだろーナ」

 誰かといると勇気が湧く。自然とラチェットの足はスキップし始めていた。

「遭難しちまったら動かない方がいいとプロの探検家や登山家は揃って口にする。だけどそれは一人孤独に迷い込んだ時だけだ。誰かと一緒にいるなら、体がピンピンしてるうちに動かないとナ」

「……そうですよね! やっぱり立ち止まっていたら何もできませんよね!」

 コーテナは尊敬するようにラチェットを眺めていた。目がキラキラだ。

(……本当はあの野郎ヤロー共につかまって好き勝手されたくないだけなんだが)

 さっさとココから逃げ出したいのが本音だ。

 さっきのようなゴリマッショな男たちに発見されたら国宝として捕獲されてしまう。思い出すだけでも体が恐怖で震えあがった。


「もしかして、ラチェットさん寒いです?」

 遺跡の奥地は妙に温度が低い。その線で彼の事を心配していた。

「松明、良かったら使います? 暖房にも使えますし」

 やはり震えているのが気になるのか使っていない松明をわけてくれる。

 丈夫な木の枝。この世界ではそれなりの硬さを誇る植物の枝の先端に松明用のオイルや布などを巻き付けて作った代物だそうだ。念のために用意しておいた予備の松明らしく数も余分にあるので気にせず使ってほしいと気遣いを見せる。

「……いただきます。お気遣い感謝いたしまする」

 明かりは自分も持っておいた方が良いだろうとラチェットはお言葉に甘えた。

「けど参った。火おこしの道具がない」

 彼は煙草を吸わない為、ライターを持ち合わせていない。

「それはボクにお任せを!」

 コーテナは自身の松明をそっと近づけ、それで火をつけようとしていた。

「アレ、ついたけどあまり燃えてないな……ちょっと失礼しますね」

 ラチェットが手にした松明に火はついたがイマイチ火力が弱い。するとコーテナは小さく燃えるラチェットの松明に何故か人差し指を近づける。

「おい、そんなことしたら指が焼けて、」

「えいっ!」

 コーテナが一瞬力んだ。すると、だ。


 ----彼女の人差し指から炎が出た。チャッカマンのように勢いよく。


「おわっ!」

 まるでナイフのように鋭く現れる炎。するとイマイチ火が弱かったラチェットの松明が勢いよく燃え始めたのだ。

「はい、どうぞ!」

「はーい、ちょっと待て!」

 受け取る前、ラチェットは流石に止める。



「……今、何をした?」

 質問せざるを得ないだろう。

 何をしたのか。今、目の前で何が起こったのか。

 気のせいでなければ……今、間違いなく、彼女の指先から炎が出た。


(まさか魔法とは言い出すまいナ……?)

 タネも仕掛けもない。目の前で起きたのはまさに魔法のような出来事ではある。

 だがこの世に魔法だなんて非科学的で非現実的なもの存在するわけが----

だよ?」

(う~~ん、ビンゴォ~……)

 本当に口にしやがった。冗談でも寒そうな言葉を本当に口にした。

「えっとぉおお。魔法っ……すかァ?」

 念のため、確認する。

 そうだ、冗談の可能性がある。どうせ腕にチャッカマンか何かを隠して、上手く視覚を利用して火をつけたに違いない。その線で行こうと考えます。

「うん。これくらいの魔法なら使えるよ。さすがにプロの冒険家のような凄い魔法までは使えないけど」

(頭ブッ壊れそう。遺跡?異世界? 獣人? 魔法? なにこれ?)

 -----魔法。はい、魔法です。魔法なんです。

 魔法とはファンタジーな世界だけで成り立つもの。アニメやゲーム、いわゆる二次元という世界でしか存在しない空想上の産物だ。

(あぁ、そうか。魔法なんてさ! 科学真っ盛りな世界には存在しない大層な代物なわけダ~。つまりィ? この世界は夢であることが確定したわけだ!?)

 この世界は夢で確定だ。間違いない。そう信じたい。


(うん。夢であるのならもう何が起きて驚かないし安心も出来るなァ~? 遺跡の罠らしい大岩に追いかけられようが? 実は今俺がいる場所が空中庭園であろうが? ゾンビやドラゴンが現れようが……実は俺がこの遺跡の主で? 世界の支配者としての運命を背負わされようがもう驚かないぞぉお~、アッハッハァ~!)


 そうとしか考えられない。ラチェットはそう思いたい。

 夢なら当然。異常サイコな出来事がいくら起きようと当然なのだ。


 現実ではありえないことが連続している夢の世界ならば至極当然なんだ。

 







(仮に夢じゃなかったとしたら?)

 目の前に突如として現れた魔法という存在も嘘ではなく本当で。

 魔法なんて非現実的な存在が当たり前のように存在する世界に……迷い込んでいるのだとしたら?


(……本当に異世界ってものであったのならば?)

 ラチェットは怯えながら松明を振る。

 お願いだから夢であってくれと祈る。頼むから嘘であってくれと祈る。

「ラチェットさんって魔法使えないの?」

「あ、ああ、恥ずかしい限り……」

 不祥事が発生した時、力になれるかどうか分からないぞと忠告のつもりだった。

「魔法の発動は難しいって言いますからね。才能というか、努力というか……」

 コーテナは苦笑いをしながら先へ進む。

「あれ? ここにも部屋があるぞ?」

 出口を目指して下がっている最中、もう一つ部屋の扉を発見する。

「ちょっと入ってみよう」

 コーテナはドアノブに手を伸ばした。

「迂闊に手を伸ばすと危ないんじゃねーのカ?」

「大丈夫! さっきは何もありませんでしたから!」

 ラチェットのいた部屋には何の仕掛けもなかった。

 現にここ以外にも幾つか部屋を見つけたらしいが罠っぽい仕掛けは何もなかったらしい。ここは彼女の感と進路への希望を信じて扉を開けてもらうことに。

「……ッ!?」

 コーテナがドアノブに手を伸ばした直後。嫌な悪寒が走る。


「うわぁああっ!?」

「!?」


 -----コーテナの体が真後ろの壁に向かって弾き飛ばされた。

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