第29話 信ずべきは

 町全体、星全体で警戒心が高まってしまったせいか、ハミルたちは中々監視塔に近付けずにいた。疲労を知らない機械たちは、綿密なプログラミングを施されているかのように各々が持ち場を絶えず巡回しており、道ごとの隙を見つけるまでに相当の時間がかかっていた。


「ダメだ。監視塔に近付けば近付くほど警備が厳重になってる」


 少し前に出て偵察を行っていたハミルは、工事現場に身を潜めている二人のもとに戻ってきてそう報告した。


「でも逆に考えれば、あそこに何かあるってことでしょ?」

「確かにそうだけど……。流石に危険すぎる」

「大丈夫よ。脱獄だってしたことあるんだから」


 エミリーはそう言いながらハッキングデバイスをちらつかせた。


「あいつには効かなかったけど、他の奴には効くかもしれないでしょ?」

「目の前の道の偵察は一機……。試してみるか」

「そうこなくちゃ」

「おい、見張りが戻って来たぞ」


 二人が会話をしている間、ハミルに代わって機械の動きを見ていたバイスが背中を向けたままそう言った。


「よし、じゃあまずは俺が行く。バイスさんは俺の援護を、エミリーはハッキングを頼む」

「オッケー、任せて」

「俺もいつもで大丈夫だ」

「じゃあ行きます」


 ハミルはそう言うと、わざとその機械にだけ見えるように道路に飛び出した。するとまんまと機械はハミルを発見し、駆け寄って来た。


「ターゲット、シニン」


 機械は双の瞳は赤く発光させ、信号弾を飛ばすために右腕を天に向けた。その瞬間を狙ってバイスが飛び出し、まずは信号弾発射を妨害する。続いて体勢を崩して倒れた機械にエミリーが馬乗りとなり、胸の電子核らしき場所にデバイスを刺し込んだ。

 ……しばし沈黙が続いた後、赤く発光していた瞳が真っ黒になった。どうやら機械はシャットダウンしたらしかった。


「オッケー、ちょっと待っててね。こいつを私たちの人形にしてやるわ」


 そう言うと別のデバイスをポケットから取り出し、つい先ほど胸に挿し込んだUSB型のデバイスを抜き、フロッピーディスクのようなものを胸のドライブに押し込んだ。


「こんなんでハッキング出来るのか?」

「ま、見てなさいな」


 得意げにそう言うと、馬乗りになっていたエミリーは機械から離れて様子を伺った。


「まだか? 早くしないと他の機械が来ちまうぜ」


 バイスはそわそわと辺りを見回しながらそう言った。正念場で騒々しい人だな。と思ったハミルだが、そんな自分もきょろきょろと辺りを見回していることを自覚して機械に目を据えた。するとそれを見計らっていたかのように、機械の瞳が青く光った。


「来た来た、来たわよ」


 エミリーは興奮を隠せず、小さく拍手をしながら機械が起き上がるのを待った。機械の瞳が青く点滅し始めた。それはまるで人間の瞬きのようであった。それが数回繰り返されると、上体を起こして三人の顔を見回した。


「……アナタ、マスター?」


 エミリーのところで視線を止めた機械がそう言った。エミリーはうんうんと頷くと、機械に歩み寄って全体を見て回った。


「不良は無いわよね」

「イエス」

「よーし、じゃあ早速ミッションを与えるわ。私たちをあの塔まで連れて行って」

「イエッサー」


 そう言うと、機械は勢いよく立ち上がり、そして監視塔の方を向いた。今すぐにでも歩き出してしまいそうだったので、エミリーはひとまず機械の動きをストップさせた。


「捕まったフリをしよう。エミリー、手を出して」


 ハミルは鞄から短めのロープを二本取り出すと、その一本でエミリーの腕を緩く縛った。そしてもう一本は。


「バイスさん、俺の腕を縛ってください、そうしたらバイスさんはどこかに隠れていてください。全員一気に捕まってしまったら、パトロールが終ってしまいますから」

「確かにそうだけどよ、大丈夫なのか?」

「隠れているだけで良いので」

「そう言うんじゃなくてよ。お前たちだよ」

「俺たちは大丈夫ですよ。それにこれは依頼された仕事ですから」


 そう言って笑って見せると、バイスにロープを託した。バイスは渋々それを受け取ると、ハミルの両腕に緩くロープを巻き付けた。


「これでいいか?」

「はい、絶対に戻って来ますから。そうだ、俺の左ポケットに入っているハンズフリーを一個持っていてください。これで連絡が取れますから」

「分かった」


 バイスはそう言うと、ハミルの、と言うよりかは、いつかユートに使ってもらうために入れていた左ポケットのハンズフリーを取り出して装着した。


「聞こえますか?」

【大丈夫だ】

「それでは、行って来ます」


 ハミルとエミリーの二人は、警戒の薄い場所でバイスと別れると、ハッキングしたロボット、エミリー、そしてハミル。という順になって監視塔を目指して歩き始めた。


「いい? あなたは私たちを捕まえたの。それで、あの塔に連行している途中なの。何を聞かれても、あなた一人で私たちを連行するのよ。分かった?」

「リョウカイ、マスター」


 エミリーは機械の後ろを歩きながら、ひそひそと現状をインプットさせた。エリアノースが開発している工業ロボットはとても優秀で、一度指令を出せば何事も一瞬でインプットすることが出来た。ハミルはその性能の高さを救いに思う反面、疎ましくも思っていた。

 すると早速一体の機械が歩み寄って来た。監視塔に近付いているようで、道路には二体の機械が右往左往していた。ハッキングした機械は青い瞳を赤い瞳に変化させ、立ち止まらずに監視塔に向かおうとするのだが、そう簡単にはいかなかった。


「オイ、オマエ」

「ナンデショウ?」

「ツカマエタノカ」

「ハイ……。チカニ、ツレテイキマス」

「ツイテイコウ」

「イイエ、ゾクハ、モウヒトリ、イマス」

「タシカニ、ソウダナ」


 ハッキングした機械が気丈な態度で振舞うと、パトロールをしていた敵機は充分に納得して持ち場に戻って行った。それを見送った二人と一機は、再び監視塔を目指して歩き始めた。

 最後だと思われる道路の脇にたどり着くと、武装をした機械たちが視界に入って来た。一瞬寒気が全身を走ったが、二人は深呼吸をして平静を取り戻すと、エミリーが機械に指示を出して二人は最後の道路横断を試みた。

 道路に踏み入るとすぐ、二体の機械が左右からやって来た。そしてマシンガンを構えてハミルたちの真横に位置すると、止まるように威圧した。


「トマレ、シンニュウシャ、カ?」

「そうだよ。悪いか?」


 ハミルは銃が本物であるか確かめるために喧嘩腰でそう言った。すると右側にいた機械が間もなく空に向かって威嚇射撃をした。


「イマスグ、コロスコトモ、デキルゾ」


 左側にいる機械が、マシンガンをハミルの腰に突きつけた。それによってハミルは少しよろけたが、直ぐにもとの場所に戻って左右にいる機械を睨んだ。しかしそんな煽りが相手にされるはずも無く、先ほど威嚇射撃をした機械が、先頭を歩いていたエミリーがハッキングした機械の前に立ってスキャンを始めた。


「イジョウ、ナシ」

「……トオレ」


 マシンガンを突き付けていた機械は少し言い淀んだ。そんな機械を見て、彼らにも何かを疑う心があるのだろうか。とハミルは考えた。そんな考えを巡らせていると、腰に突きつけられていたマシンガンがいつの間にか外されていたことに気付かなかった。


「ドウシタ、ハヤク、イケ」

「あ、あぁ。どうも」


 機械の声で我に返ったハミルは、どもりながらそう答えた。そして既に歩き始めているエミリーの後に続いて自分も歩き始めた。

 最後の道路を横断し、高い金網フェンスで囲まれている監視塔の前にたどり着くと、再び武装をした機械たちが二人と一機をスキャンした。そこでも異常が確認されなかったため、ハミルたちはゲートをくぐって監視塔の敷地内にようやく踏み入った。監視塔は地球を出立するとき毎度目にするタワーと同じくらい高かった。あそこに何か手掛かりがあるのだろうか。期待と不安を抱きながら、ハミルは監視塔の最上階を見つめた。


(早く入ろう)


 上を向いていたせいか、天から声が降って来たように感じた。しかしそれは確かに脳内でするユートの声であった。


(なんでだ?)


 最上階から視線を逸らし、エミリーの背中を見つめながらハミルは脳内でそう呟いた。


(追って来てる)

(本当か?)

(……スキャンが雑だった)

(ここに入るときのか?)

(うん)

(確かに二回目は俺とエミリーもスキャンを受けたからな……。ハッキング行為はばれなくても、エミリーのハッキングデバイスは見つかるかもしれないよな……)


 ユートの言葉を聞いて思い立ったハミルは、すぐに辺りを見回してみた。すると確かに道路を巡回していた機械よりも、監視塔の敷地内を巡回している機械たちの動きはどこか鈍く感じられた。それに今すぐにでも発砲できるような体勢を取っており、後は命令が下されるのを待つのみ。と言った風にも感じられた。


「エミリー、いつでも縄を解けるようにしておいてくれ」

「分かったわ」


 身の危険を感じたハミルは、最低限逃げられるようにはしておこうとエミリーに指示を出した。それから二人は機械に続いて監視塔のスライドドア前に立った。少し待つとスライドドアは音もなく開き、ハミルたちを迎え入れた。監視塔内に踏み入ると、円状のエントランスが広がっていた。と言っても、エントランスの中央部に円筒状のエレベーターがあるだけで、その他目に付くものは無かった。人間が居ないこの星では、誰かが休憩するスペース何て必要なかったし、誰かが買い物をするスペースも必要なかった。なので機動性を有しているエレベーターがあるだけで十分だったのである。


「最上階を目指すの?」


 エレベーターを視認したエミリーは、縄を解きながらそう聞いた。


「あぁ、そうだな。最上階ならこの町全体を見渡せるだろうし、もしかしたら管理者かなんかがいるかも知れないからな」


 ハミルも縄を解きながら、エミリーの問いに答えた。そしてその後すぐ、エントランスの壁に身体を寄せて監視カメラの確認をした。エミリーも同様にして壁に身を寄せると、ポケットから第三のデバイスを取り出した。それは一昔前に流行したスマートフォンに酷似していた。


「それは?」

「……近くの隠しカメラを探しているの」


 エミリーはスマートフォン型デバイスを操作しながらそう答えた。ハミルが横から画面を覗き込むと、特殊なカメラアプリを起動していた。そしてそれの起動が終ると、エミリーは辺りにカメラを向け回した。


「……特に異常はないみたいね」


 そう言うと、構えていたデバイスをポケットにしまった。そして壁から離れると、まっすぐエレベーターに向かって行った。


「さっさと上に行きましょ、いつまでも追われているのは癪に障るわ」

「追われるのいつものことだろ」


 ハミルは微笑してそう言うと、エミリーに続いてエレベーターに向かった。――しかしその時、突然エレベーターのドアが開いた。そしてその中で密集している機械の群れを目にした。


「エミリー、後ろ!」

「ハミル危ない!」


 互いの声で互いの窮地を知った。二人は振り向く間もなく、後頭部に強い衝撃を受けてその場に倒れ込んだ。

 俺は何をやっているんだ……。ユートから忠告も受けていたのに、結局デバイスを信じてしまったが故に隙を生じさせてしまうなんて。これが機械と人間の差なのか……。ハミルが後悔を反芻していると、遠くで声が聞こえて来た。


「マスター、マスター、マスター……」


 ハッキングした機械の声が壊れた玩具のようにいつまでもこだましていた。その数秒後、何かが爆発したような音とともに、声が収まり、ハミルも気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る