第28話 闊歩する機械
二人が下船するとすぐさまエアステアを上げてステルスモードを起動した。その他のシステムは落としてきたので十時間ほどは持つはずだが、ステルスモードを過信するのも良くはない。もしかしたら何かの拍子に見つかってしまう可能性もある。そして何より持ち主のいない身体を残して行く以上、作戦は早めに遂行しなければならなかった。
「おう、遅かったな。周りに人はいないみたいだ」
エアステアが上がった音を聞きつけて、バイスが戻って来た。そしてそこに二人しかいないことを視認すると、バイスは言葉を続けた。
「二人しかいねぇじゃねぇか。それになんだ、そのサングラスは?」
「一人は船の御守りですよ。ステルスとは言え野ざらしですからね。あと、これは念のためにですよ」
「ちゃんと考えてるんだな……。ていうか声も変わったか? でも背格好は……。まぁいい、こっちだ!」
疑問を隠さずにはいられないバイスだが、あまり時間に余裕がある訳では無いので、追及することは止めにした。それにハミルのことを既にプロとして認め始めていたので、こいつならいつか話してくれる。そう思ってバイスは口を噤んだ。そんなバイスと同様、ハミルとしても一分一秒のロスが惜しかった。彼の態度からしていつか追及を受けると思ったが、それが今では無いことは明白であった。彼は町を守りたいし、ハミルも依頼を遂行したい。利害が一致している今、互いに追及は後回しだと悟ったのである。ハミルはたった一日の間に生まれた信頼関係に感謝をしながら、バイスの背中を追った。
流石が地元民。とでも言おうか、バイスは軽い足取りでビル街を囲む塀に歩み寄ると、その塀沿いにスルスルと進んで行き、そして居住区とビル街とが丁度交差する辺りにある塀の欠陥の前に立ち止まった。「ここから入れる」バイスが囁くようにそう言ったので、ハミルとエミリーは頷いて応え、三人は難無くビル街に侵入した。
警戒は外壁周辺のみだったようで、侵入してしまえば後はなんてことは無かった。すれ違う富裕層は三人を見ても何も言わず、今日の夕飯の話や、最近飲んだ酒の話や、数日前に出会ったエリアウエストの女についての話をしていた。先ほど輸送船が到着したとは思えないほど能天気な会話をしており、ハミルは少し気が抜けた。しかしよくよく考え直してみると、彼らはドックの方から歩いてきたように思えた。それにあの能天気な会話……。
「マズい、もう搬入が終ったのかもしれない!」
「はぁ? そんな早く終わるわけないでしょ?」
「そうとは言い切れない。積み荷が全部自動で降りるならそんなに時間はかからないだろ」
「積み荷が自動で……?」
「そうか、作業用のロボットなら!」
「えぇ、そう言うことです。先を急ぎましょう」
ハミルはユートの口を借りてそう言うと、彼らが歩いて来た方面に向かって走り出した。着陸時に見たドックの位置とも合致しているし、もしかしたら本当に、輸送船は搬入を終えてマルト星に帰ってしまうかもしれない。そう思うと慣れない身体でも素早く走ることが出来た。エミリーとバイスの二人もハミルに続いてドックに向かい、三人は息を切らしながらまだ出航していない輸送船を発見した。
「はぁはぁ、アレだ」
「今から奪うのは無理そうか?」
「そうですね……。忍び込みましょう」
三人は顔を見合わせて頷くと、コンテナの影から影へと移動して輸送船に近付いて行った。昼の休憩時間と被っていたことが幸いし、見張りや運搬係の人員は手薄であった。そしてあともう少しで輸送船にたどり着こうという時、操縦者が下船した。大きな声で喋りながら運搬係の男に近付くと、ペンを取り出した。どうやら搬入したサインを書くようである。輸送船のコンテナは……。開いていた!
「今です。忍び込みましょう」
ハミルはそう言うと、先陣を切って輸送船左側に張り付いた。操縦者は輸送船の右側で、未だに係員とお喋りを続けている。ハミルは二人に合図を出し、こちらに来るように指示した。そして二人が無事に輸送船の横に着いた後、辺りを見回して素早くコンテナの中に忍び込み、一番奥の空き箱の影に身を潜めた。
「中は全部出しましたよね?」
「あぁ、大丈夫だよ。この通り、空き箱だけさ」
「了解しました。それにしても、今回のは最新型ですか?」
「いいや、あいつらは試作品だよ。ここでしっかり動作テストが出来たら他にも回す予定だ」
輸送船の操縦者は、運搬係の男と会話をしながら碌なチェックもせずにコンテナの扉を閉め、鍵をかけた。
「ここはまた試験会場ですか」
「まぁそう言うなって。その分給料多く貰ってるだろ?」
「まぁ、そうですけど」
「そいじゃ、俺は戻るぜ、また会えると良いな」
「え、あ、はい! お気をつけて!」
係員の男はそう言うと、輸送船から離れて敬礼をした。すると間もなく輸送船のエンジンがかかり、ガタガタと空き箱が揺れ始めた。そして次の瞬間、輸送船が一気に加速したせいでハミルたちはコンテナの扉側に向かって思い切り飛ばされた。全身を鉄の壁に打ち付けることになりそうだったが、何とか空き箱たちがクッションとなり、大怪我をすることは避けられた。それでも少しは打撲をしたようであった。
「バイスさん、大丈夫ですか? それとエミリーも」
「まったく、荒い運転しやがる。こっちは大丈夫だぜ」
「それとって何よ。ついでみたいに言っちゃって」
「はは、二人とも大丈夫そうだな。後は息を潜めてマルト星に着くのを待とう」
その後数十分、三人は空き箱とともに前後左右へ揺さぶられながら、輸送船がマルト星に帰り着くのを待った。
……宇宙の浮遊感に慣れているから良かったものの、これがもし初フライトだったとしたら、今頃は共に揺れていた空き箱の中に吐しゃ物が溢れていただろう。輸送船は徐々に速度を落としていき、そしてようやく着陸した。
「どういう指導を受けたらこんな運転が出来るのよ……」
エミリーは頭を押さえながらそうぼやくと、ゆっくり立ち上がった。
「しっ、何か聞こえる……」
そう言うと、ハミルは冷ややかなコンテナの壁に耳をつけて外の音に集中した。
「よぉ、戻ったぜ。まったく、あと何回飛べばいいのやら」
「ソウ、イワナイデクダサイ」
「はぁーあ、言い回しは人間臭いけど、相手がロボットだと滅入るね」
輸送船の操縦者らしき声と、機械の声……? 短い会話が途絶えると、カツカツという靴音が微かに聞こえた。男が去って行ったのだろうか。そんなことを考えていると、今度はカシャカシャという機械的な音がコンテナの扉側に近付いて来た。
「誰か、いや、何か来る。空き箱の裏に隠れろ」
そう指示を出すと、自分自身も空き箱の裏に隠れ、迫り来る何かを確認するためにポケットから折り畳みナイフを取り出して空き箱に小さな穴を空けた。そしてその穴からコンテナの扉をじっと見つめた。
鍵が外される音。扉の取っ手が静かに動き、細い光がコンテナ内に差し込む。それは次第に太くなっていき、目の前には光の壁と、その中に浮かぶ黒い影が現れた。その黒い影は動くたびにガシャガシャと独特な軋みを立て、コンテナの中に踏み入って来た。
「おい、どうすんだ」
「一体だけか……。故障させてコンテナに放置していきましょう」
「やれるのか?」
「エミリーがやってくれますよ」
「え、私がやるの?」
「ハッキングは出来るだろ?」
「分かったわよ」
そんな会話をしている内に、機械は次々と空き箱を下ろしていく。そしてエミリーが隠れる空き箱に手が掛けられた瞬間、エミリーは素早く飛び出してロボットの背後を取ると、デバイスを機械の頭に当て、スイッチを入れた。するとスタンガンが発するような閃光がコンテナ内を一瞬間照らし、ロボットは妙な音を立てて崩れた。
「ナイス、エミリー」
「普通こういうのって男がやるもんでしょ」
「ならデバイスを貸してくれよ」
「あんたには扱えないわよ。機械一機一機に応じて使うデバイスが違うんだから」
「だったら最初から文句垂れるな」
口論をしながらも、二人はドック内の様子を確認した後にコンテナから出た。ドックには人間が一人もおらず、彼らに目をくれる生物はいなかった。その代わり、積み荷の整理をしている大量のロボットたちが目に入った。
「俺の星も、いずれこうなっちまうのか……?」
バイスは両手を固く握りしめると、その拳をコンテナに叩きつけた。それによって発生した音にさえ、機械たちは見向きもしなかった。
「今は抑えてください。作戦成功の為には冷静さが必要なんです」
「……悪かった」
「いいんですよ。ただ、まだ人間がいるかもしれません。気をつけて進みましょう」
ついてくる二人の気を、そして自分自身の気を引き締めるため、ハミルはそう言って歩き始めた。ドックの中にはハミルたちが忍び込んで来た輸送船一機しか止まっておらず、見晴らしは良かった。視界に映る機械たちは、ハミルたちが真横を通り過ぎようとも黙々と仕事に従事しており、少しも警戒していないようであった。もしかしたら、こうやって機械が人類を無視する時代が来るのかもしれない。外敵とも思われず、生みの親とも思われず、機械が機械を生み出し、人間は家畜同然の生物になってしまうのかもしれない。ハミルがそんなことを考えていると、ドックの出入り口にたどり着いていた。
「この星には本当に機械しかいないのか……?」
「さぁ、どうでしょう。でも機械だけで星が成り立つとは思えません。……思いたくないだけかも知れませんが」
そう言いながら出入り口の取っ手に手をかけ、ドアを微かに開けた。そうして数秒外の様子を見て異常が無いことを確かめると、三人はドッグを抜けて町へ繰り出した。
マルト星は未だ発展途上のようで、町内には完成しているビルと工事作業中のビル、それに基礎だけ作って放置されており、なにが立つのか分からない場所もあった。なのでところどころ見晴らしが良く、突然通行人が、と言うよりかは、通行している機械と目が合うことがあった。しかしドック内同様、奴らがハミルたちを追い回したり、どこかに通報したりと言うような素振りは全く見せなかった。そんなよそ見をしていたハミルは、すれ違った機械と肩をぶつけてしまった。どうせ何も思わないだろうと素通りしようとした瞬間、グイっと右肩を引かれた。
「オイ、イマ、ブツカッタナ」
「……すみません、少し他所を見ていました」
「オマエ……」
肩をぶつけた機械は、なんと洋服を着ていた。シルクハットにタキシード、パンツまでもしっかりと身に着けており、それらがすべて黒く、胸元の白いシャツのみがハミルの瞳に鮮明に映った。だが視線を上に持っていくと、確実に相手は機械なのであった。その機械は赤く光る眼でハミルのことをじっと見つめていた。
「何でしょうか? ぶつかったのはすみません。その、先を急いでいるのですが」
「ニンゲン。カ?」
これはどう答えたものかとハミルが口ごもっていると、突然バイスがハミルと機械との間に割って入って、タキシードの襟を荒々しく掴んだ。
「てめぇ、機械のくせに服なんか着やがって」
「ナニヲ、スル、ハナセ」
もう片方の空いている手で今にも殴りかかりそうなバイスの横を、エミリーがさっと抜けて行った。それを見たハミルは一歩下がり、進境を見守ることにした。
機械の背後を取ったエミリーは、ドック内で行ったのと全く同じ動作でハッキングデバイスを機械の後頭部に当て、スイッチを入れた。――バチッ。と言う音が鳴り、閃光が走る。そして機械が倒れるはずであった……。
「オマエタチ、シンニュウシャカ!」
タキシードを着た機械はそう言うと、右手を天に向けて上げた。すると手首が外れ、信号弾が発射された。
「マズい、逃げるぞ!」
ハミルはそう言うと、掴みかかっているバイスの肩を叩き、機械の背後に立ち尽くしていたエミリーの手を引いた。
信号弾が発射されて間もなく、先ほど機械といざこざがあった場所には様々な機械が集まっていた。工事現場からすっ飛んできたもの、オフィスを飛び出してきたもの、ドックで積み荷整理をしていたものまで、色は違えど全く造形は同じ機械たちがタキシードを着ている機械を囲んでいた。
「ヤハリ、ニンゲン、アク。ワレワレ、ウミダシテ、ハタラカセルダケ」
感情で言葉を漏らしてしまう人間とは違い、機械たちは野次一つ飛ばさず一体の主張を静聴した。そしてその後、互いの顔を見合わせて拳をぶつけ合った。
「はぁはぁ、なんとか隠れられたわね」
「だが警戒度が一気にマックスだな」
「はい、面倒なことになりました……」
機械たちの様子を伺いながらハミルは周囲の状況を確認した。今隠れている場所は誰も住んでいない民家で、もうしばらく見つかりそうにはなかった。チラチラと家の影から道路を確認していると、数回目には機械たちの集会は終わっていた。これからどうしようかと家屋の壁に身を預けて瞼を下ろした瞬間。ふと脳が揺れた気がした。これは単なる比喩なのだが、確かに自分を揺り起こそうとする何かが居た。
(正面、奥に監視塔、見えた)
(ユートなのか?)
(手掛かり、あるかも)
(……オッケー。見てみる)
眠りから目覚めるように、ハミルはそっと瞼を開いた。そしてすぐさま陰から頭を覗かせ、奥の方を見た。すると脳内で聞こえた声が言った通り、目立つ大きな建物が存在していた。明らかにその建物だけが頑強に建築されており、この星のランドマーク的存在となっていた。
「あの建物に行きましょう」
「あのバカでかい建物にか?」
「でもあそこ、臭うわね」
「だよな。てことで、良いですか、バイスさん?」
「分かったよ、俺は付いて行くだけだ」
二人の了承を得たハミルは、自分が指示を出すから続いてくれ。とだけ伝えて機を伺った。
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