第27話 侵入口を探って

 バイスのオンボロ船で一度地球に戻った二人は、研究所に向かった。ハミルは自室に戻って潜入のための道具を揃えると、すぐに部屋を出て来た。


「もう少し待っていてください。博士と話をしてきます」

「博士? やっぱりすごい奴がいるんだな!」


 作業台の裏にある隠し部屋へハミルが行こうとすると、続いてバイスも入ってこようとする。マインドシェアの話をしていない以上、ここを通すわけには行かないので、ハミルはソファで待っているように指示を出した。しかしバイスは言うこと素直に聞き入れなかったので、さもなければ仕事はしない。と脅しをかけてようやくソファに収まって貰った。


「失礼します博士、その、外出先でマインドシェアを実行することって出来ますか?」

「なに、外でじゃと?」


 書類が山積みになっているデスクに向かっていた大喜多は少しデスクから離れ、回転いすを軽やかに回してハミルの方を見た。


「はい、これからエリアノースに行くんですけど、出先でマインドシェアが出来たらすごく便利だと思って」

「シェアする者は勿論、ユートだって危険なんじゃぞ」

「分かっています。だけど最終手段として確保しておきたいんです」

「ふむ……。実は今開発中の薬がある。強力な睡眠薬じゃ。しかしこいつは任意のタイミングで起こすことが出来ない。約半日は眠ってしまう。それに眠ってしまった者は無防備になる。一応数回テストはしておるが、正直実践できるかは分からん。それでも持っていくか? 念のため。という生半可な気持ち一つで。わしは思うぞ、人間はあると使っちまう。無ければ潔く引くことも出来るし、その場で新たなアイディアが湧くかもしれない。言わばこいつは無駄な希望を持たせちまうんだ。どうだ?」

「……実証実験。と言う形なら持って行っても良いですか?」

「なんじゃと? ……それなら、使うのはお主だけという事になるぞ?」

「はい、俺が使います。今回もし顔が割れているとしたら、俺でしょうから」


 ハミルはそう言うと、力強く大喜多を見つめた。大喜多はその瞳をじっと見返すと、くるりと回ってデスクの方へ向き直った。


「死ぬ気ではあるまいな?」

「勿論です。使う必要が無ければ使いません」

「……分かった。一本だけ持たせてやろう。ほれ」


 大喜多はそう言うと、再びハミルの方を向いて注射器を一本投げた。ハミルはそれを受け取ると。頭を下げた。


「ありがとうございます」

「ただしじゃ、使う時は船の中で使え、そこ以外での使用は認めん」

「はい、分かりました」


 既に大喜多はデスクの方を向いており、ハミルはその背中に向かってもう一度頭を下げると、隠し部屋から出て行った。


「すみません、お待たせしました」

「全然大丈夫だぜ。準備不足よりかはマシだ」

「はは、そうですね。じゃあ残りの二人も呼んできます」


 そう言うと、ハミルは自室に戻ってユートを連れ出し、エミリーの部屋のドアをノックして出てくることを催促した。


「ちょっと待ってよね! もう、急に仕事持ってくるんだから……」


 ドアの向こうではエミリーがぶつぶつ愚痴を垂れていた。それを聞いていたハミルとバイスは肩をすくませて笑いあった。ドアの前で立って待っていても仕方が無いので、ハミルとユートの二人はソファに腰かけ、鞄の中身を再度チェックした。


「何が入ってるんだ?」


 反対側に座っているバイスが、鞄の中身を覗こうと身を乗り出した。


「企業秘密ですよ」


 愛想笑いを浮かべながら、ハミルはそう返した。


「ふーん、そういや横の奴は?」

「あぁ、紹介してませんでしたね、こいつはユート、今準備してるのろまがエミリーです」

「あんたらは超能力かなんかを使う集団なのか? まさか全員サイボーグとか?」


 少年のように瞳を輝かせ、身を乗り出したままバイスはそう言った。


「いやいや、まさか。サイボーグなんて実在しませんよ。そんなことより、今はどうやって機械化を止めるかを考えないと」

「あ、確かにそうだな。なんか考えてあるのか?」

「はぁ、あなたも少しは考えてくださいよ。まぁ無いことも無いですけど」

「どんな方法だ?」

「マルト星の責任者に直談判をするか、あの機械たちが不良品であるということをアイング星に知らしめる。俺たちが機械製造工場に忍び込んで部品を抜いたり、増やしたりして不備を生み出すんです。そうすれば星全体が機械化に対して不信感が生まれて購入しようとは考えないですよね? まぁそのために、エミリーが必要なんです」

「なるほど……。それでも止めなかったら?」

「……あまり考えたくはありませんが、工場を、また機械たちを爆破。とかですかね」

「はっはっはっ、そりゃいいな。一個目のより派手で良い!」

「ジョークですよ。流石にそんな目立つことは出来ません。恐らくね」


 そう言うと、チェックしていた鞄を閉めて顔を上げた。そしてバイスと目が合うと何となく微笑みを向けた。


「お待たせ~!」


 ぎこちない雰囲気が漂い始めたとき、ドアを蹴破るようにエミリーが部屋から出て来た。事前に機械をハックしてもらうかもしれない。と伝えていたせいか、両手にはハッキングデバイスが握られていた。その他にも数個用意しているようで、ポケットが裂けそうなほど腫れあがっていた。


「なるべく手ぶらにしろとは言ったけど、それだったら鞄を持って行った方が安全じゃ無いか?」


 はち切れんばかりのポケットを見たハミルは苦笑しながらそう言った。


「だいじょぶよ。今回はもう一人荷物持ちが居るんでしょ?」

「もう一人ってバイスさんと……。俺のことか?」

「それしか無いでしょ? ユートを無駄に働かせるわけにはいかないものね」

「はぁ、すみませんね、バイスさん」

「はっはっはっ。愉快な嬢ちゃんだね。荷物持ちくらいならやってやるよ」

「ほんとに? ハミルと違って良い人ね!」

「良い仲間だな」


 バイスはそう言うと、ハミルの方を向いてニカッと笑った。


「まぁ……、そうかもしれませんね」


 ハミルは応接室にいるユートやエミリーの顔を見てそう言うと、静かに立ち上がった。そして鞄を肩にかけると、研究所の出入り口に向かった。


「それじゃあ行きましょうか」


 背後に続いている仲間たちにそう言うと、ハミルは研究所のドアを押し開けた。

 その後一行は路地裏を抜け出て交差点に向かい、階段を下って地下の格納庫にたどり着いた。定期的にハミルが整備を行っていたおかげで、フューチャー号は準備万端であった。ハミルを先頭に全員がフューチャー号に乗り込むと、早速発進準備を整えた。


「おいおい、随分と手際が良いな」

「何度も飛んでますからね。それじゃ、出しますよ」

「あのオンボロ船もお前の方が上手く扱えたんじゃ無いか?」

「アレはどうでしょう」


 全機能を起動し、全員が席についていることを確認したハミルはエンジンをかけた。そして出発の号令をかけるとハッチが開いた。それと同時にカタパルトは垂直になり、フューチャー号は宇宙に向けて射出された。

 フューチャー号はバイスの乗って来たオンボロ船とは違い、とてもスムーズに宇宙の海を泳いだ。浮遊する岩石も難無く避け、ハミルは迷いなくエリアノースに向けて舵を取った。


「もう場所は分かってるの?」


 ハッキングデバイスの調整を行っているエミリーが、休憩がてらそう尋ねた。


「あぁ、何となくはね」

「あれ、確か名前しか聞いてないよな? 最新機体にはナビでもついてるのか?」


 娯楽テーブル付近の椅子にふんぞり返りながら、バイスがそう言った。皮肉っぽく聞こえたせいか、ハミルは答えるのが億劫に感じた。しばらく黙って気持ちを落ち着けた後、「昔見たような気がしただけです」とだけ答えた。

 船は高速でエリアノースに突入したのだが、機体はだんだんとウエストに寄って行った。それは単なる気まぐれでは無く、ハミルの意志を持った操縦によってであった。


「この航路……。アイング星に向かってるのか?」


 船内を歩き回っていたバイスが、突然操縦席の横まで来てそう言った。ハミルが答えないでいると、彼はむっとして副操縦席に座った。


「あそこに戻るのかい。お助け屋さん」

「違いますよ。ウエストに近いだけで、ちゃんとエリアノースを飛んでます。きっとノースに近い星から機械化を進めて行くつもりだったんでしょう」

「けっ、運悪く選ばれちまったってことか」


 何とかバイスを黙らせると、ハミルは再び操縦に集中した。エリアノースとエリアウエストの境に浮遊している小、中規模の岩石の間をすり抜けると、その岩の群れに隠れていたマルト星を発見した。しかしそこで気を抜くことは出来ず、今度はエリアノースの宙域を飛び回っている監視船に見つからないように岩石を利用してマルト星に接近していった。


「やけに監視船が多いな……。それに輸送船も……」


 大きめの岩陰に息を潜ませながら、マルト星の周りを漂っている監視船と、マルト星から放たれる輸送船の数をおおよそで数えた。


「くそ、あの輸送船、まさかアイング星に向かってるのか?」

「どうでしょう。アイング星に行くだけだとしたら多すぎる気もします。もしかしたら他にも機械化が進んでいる星があるのかもしれません」

「エリアノースがえばりやがって!」


 バイスは危うく操縦桿を殴るところだったが、何とか踏みとどまって自分の左掌に拳を打ち付けた。


「少し我慢してください。無機質な侵攻は必ず食い止めて見せますから」


 確約を交わしたハミルは、念のためステルスモードを起動して大きな岩と共にマルト星に近付き始めた。射出される輸送船はようやく途絶え、それが終るとともに監視船も散り散りに飛んで行った。どうやらこの光景をあまり公に晒したくないらしい。ハミルはそんなことを考えながらも、まだ飛んでいる監視船に注意を払いながら、岩影を何度か移動して警備の薄い場所を探した。


「……どこも入れそうにないな。他に方法は」


 星丸ごと厚い外壁に覆われており、先ほどハミルたちが見た輸送船の搬入口。恐らくあそこが唯一の出入り口なのでは無いかと思われてきた。となれば、やることは一つ。輸送船を奪取するのみ。


「やっぱりアイング星に行きます。輸送船を奪ってこっちに戻って来ましょう」

「正面から侵入するのか?」


 驚きの余り副操縦席から転げ落ちそうになりながら、バイスがそう聞いた。


「まぁそれしか方法が無いなら仕方ないわよね。私は良いわよ」

「バイスさんは?」

「よ、よし、乗った!」

「ありがとうございます。では早速、輸送船の後を追います」


 方針を決定すると、ステルスモードをオンにしたまま岩陰を離れ、アイング星に向かう輸送船の後をつけた。

 輸送船はつけられているとは露知らず、まっすぐアイング星に向かって飛んで行った。しかしあまりにも悠々と飛んでいるので、このままではステルスモードが切れそうであった。なので結局何度か岩陰に隠れてステルスモードを自主的に切り、エネルギーを管理しなければならなかった。そんな面倒を抱えながらも、何とかバレずにアイング星付近にたどり着くと、輸送船は先日ハミルとバイスが着陸した場所とは真逆の方面にあるドックに収容された。フューチャー号をそこに停めるわけにはいかなかったので、居住区とビル街の間に少しだけ空いている空間にステルスモードのまま着陸した。


「酔ってませんか?」

「このくらい屁でもない」

「ようやく外を歩けるわね」

「よし、大丈夫そうだな。バイスさんは先に降りて周りに人がいないか確認をお願いしても良いですかね?」

「おう、任せとけ!」


 バイスはそう言うと、エアステアを下ろして先に下船した。


「エミリー、ちょっと」

「なに?」

「もしかしたらの話だけど、マルト星で顔が割れているかもしれないんだ」

「割れてるって、あんたの?」

「あぁ、実は父さんが話しているのを聞いたことがあるんだ。マルト星。それに機械化って単語を。だから父さんの会社の社員がいるかもしれない」

「気にし過ぎじゃない? それにバレたところで逃げれば良いんだし」

「それに関しては気にし過ぎかも知れない。でも考えてみろ、今回は依頼人がマインドシェアをしていない。だからもしもの時にユートが逃げれるか分からないだろ? それに四人じゃ目立つ」

「分かったわよ。いくら否定したってそうやって屁理屈を並べるんでしょ。それだったらさっさと準備してよね」

「ありがとう。一緒に仮眠室まで来てくれ」


 ハミルが先導して仮眠室にたどり着くと、すぐベッドに横になって大喜多から貰った睡眠薬を自らに投与した。


「うっ……。凄い効き目だ。ユート、マインドシェアを頼む……」


 半ば意識を失いながら、ベッドの脇に立っているユートに向かってそう言った。するとぼやける視界の向こう側でユートがそっと右手を差し伸べて来た。


「ハミル……。あんた他にも大事な目的があるんでしょ……」


 マインドシェアの最中に生まれる二人の意識が断たれるたった数秒の合間に、エミリーはぼそりとそう呟いた。そしてその次の瞬間には、ユートの魂が宿っていた身体にハミルの魂が宿り、やがてハミルが主導権を握ることになった。


「成功したみたいだな」


 眠っている自分を見た後、両手をグーパーしてしっかり動くことを確認すると、エミリーの方を見た。


「そういえば、さっき何か言ったか?」

「何も言ってないわ。依頼人を待たせてるんだから早く行くわよ」

「そうだな」


 二人はハミルの身体をフューチャー号に残し、バイスの後を追って下船した。

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