第26話 情報収集

 工場街に一歩踏み入ると、さらに蒸し暑さが増した。すれ違う人影は全く無く、本当に人が住んでいるのか疑わしくなってきた。


「誰も歩いていませんね」

「あぁ、休憩時間までは出歩けないからな」

「なるほど、じゃあひとまずその休憩時間になるまで待たなくてはいけないんですね」

「まぁ、まだ人間が働いていればの話だがな。既に全部の工場が機械を導入してたら休憩もくそも無いからな」


 バイスは私怨の籠った声でそう言うと、ジロジロと辺りの工場を見回した。かつてこの工場街で働いていたとは思えないほど、その瞳には憎しみが込められていた。


「どこか工場を覗いてみても良いですか?」


 このまま黙っているとバイスが闇に飲み込まれてしまうような気がしたハミルは、とりあえず何でもいいので話をしようとそう口にした。


「そうだな。無理矢理にでも押し入って情報を聞き出してやろうぜ。な? いつもそうなんだろ?」

「無理矢理とまではいきませんけど、もしも全く情報が出て来なければ、少しだけ強行手段には出ますよ」

「はは、流石にお助け屋が人を困らせることは出来ないか」


 バイスは元の笑顔を取り戻してそう言うと、右側にある工場に向かって歩き出した。ハミルは彼に付いて行く前に他の工場も見回したが、どれも全く同じ形をしていて区別がつかない。と思った。この同じ形状の工場で、同じ型のロボットたちが働いているのだろうか。そんなことを思いながら、ハミルは歩き出した。

 工場の正面にたどり着くと、錆びている鉄柵門が待ち構えていた。バイスはそれを問答無用で引き開けると、一人分の隙間を作ってそこをすり抜けて行った。勝手に入って良いのだろうか。と思いながらも、彼に続いて工場の敷地内に入った。すると忽ち何かを作る機械の動作音が耳に入り始めた。その音に負けているのか定かでは無いが、人の声は微塵も聞こえてはこなかった。


「こっちに従業員用の出入り口があるはずだ」


 ちらと背後のハミルに向きながらそう言うと、バイスは工場の横を通り抜けて工場の裏口に向かった。そこには人が一人通れるくらいのドアが一つ存在しており、近くには丸見えの監視カメラが一つあった。そもそもそれが動いているのか分からなかったが、ここまで入ってきているのに何のお咎めも無いという事は、そういうことなのだろう。ハミルはそう思いながらバイスと共に裏口の前に立った。そしてバイスはためらいなくドアを開けると中に入って行った。そのたじろぎの無さにハミルも感化され、二人はまるで工場の関係者かのように堂々と侵入した。

 工場内に入るとすぐ、左側の壁にタイムレコーダーが設置されていた。そのすぐ右側には受付窓口があり、来客用のバインダーがでっぱりの上に放置されていた。換気するために開け放たれている窓ガラスの奥を覗いてみると、そこには誰も居なかった。なので二人は受付を無視して再び歩き始めた。通路は一本道になっており、突き当りにドアがあった。そのドアの隙間からは騒々しい機械の音が漏れ出ていた。恐らくあの先で機械が機械を動かし、機械が機械によって管理されているのだろう。ハミルはそう思いながら目標のドアに向かって進んで行った。その間、通路の左右にもいくつかドアがあった。この先は? とハミルが聞くと、更衣室やら休憩室だ。とバイスが返した。それ以外に会話は無く、と言うよりかは、興味をそそるものがそれ以外になかった。

 ドアの前にたどり着くと、外を歩いていた時とはまた違った類の熱が二人を包んだ。自然の蒸し暑さと言うよりかは、人工的な、機械が放つ熱気。それがドアの隙間から音と共に漏れていたのだった。


「この先だ、行くぞ」

「はい」


 バイスがドアを開けると、その先には二本の大型ベルトコンベアが設置されていた。右側のベルトコンベアを囲んでいるのは人間。左側のベルトコンベアを囲んでいるのは人型の機械であった。人さながら、いや、人間よりも正確にベルトコンベア上を流れるものを仕分けているかもしれない。ハミルは一目見てそう思った。その他ベルトコンベアから搬送された先で行われる作業も、明らかに人間よりも機械の方が素早く行っている。その現状を目にした瞬間、この暑さの中でハミルは少し寒気を覚えた。


「こいつらだ。俺たちの仕事を奪おうとするのは」


 機械を前にして憎しみが増すと思われたが、バイスはいたって冷静に、しかし底の見えない哀切を含んだ声でそう言った。


「じゃあ、右側のベルトに行きましょうか」


 辺りに見張りが居ないことを確認したハミルは、右側のベルトを見てそう言った。


「そうだな。機械に話なんかできないし、そもそもあんな無機質な顔見たくないからな」


 バイスはふんと鼻を鳴らしながらそう言うと、スタスタと右側のベルトに向かって歩いて行った。ハミルもそれに続いて行き、ひとまずコンベアの先頭で何かのパーツを仕分けている人の近くに立った。


「よぉ、調子はどうだ? ……おい、少し話を聞きたいだけなんだ」


 バイスが何度話しかけようと、彼らは聞く耳を持たなかった。それに怒りを覚えたバイスは、仕分け作業をしている男の肩を掴んだ。


「おい、誰も見張っちゃいないんだから、少しくらい良いだろ!」


 肩を引っ張りながらそう言うが、男は少しバランスを崩しただけで、すぐに体勢を元に戻すと再び作業をし始めた。


「なんだこいつら、来る方間違えたか?」


 そんな愚痴をこぼしていると、工場内にベルが鳴り響いた。すると同時にベルトコンベアが停止し、先ほど話しかけた男がハミルとバイスの方を向いた。


「あんたら何者だ? こんなところまで入って来やがって」

「俺たちはこの腐った町を――」

「あ! えっと、受付に人が居なかったものですから」


 何か変なことをバイスが口走る前に、ハミルがそう割って入った。


「また故障か。ふざけやがって」

「それで、少し話を聞きたいんですけど」

「なんだよ、休憩時間は短いんだからさっさとしてくれ。後、すぐに出て行けよ」

「はい、分かってます。じゃあ早速なんですけど、この町で働いている機械たちはどこから来てるんですか?」

「あぁ、あいつらのことか。知らねぇよ。俺たちはあいつらに仕事を奪われないように毎日必死なんだ。ま、製造が間に合っていないお陰で首の皮一枚繋がってるけどな」

「何か噂を聞いたりとかは無いですか?」

「噂か……。最近のことだと、ここら一帯を治めてる社長さんが、よくノースに行ってるらしいぜ。まぁ、機械作ってるの何てノースかイーストあたりだからな。どっちかから輸入してるのは分かってたよ」


 男は呆れたようにそう言うと、鼻で笑って話を止めた。


「なるほど、ありがとうございます。それじゃ俺たちはこれで失礼します。お邪魔しました」


 ハミルはそう言って頭を下げると、踵を返して作業場の入り口まで戻って行った。背後でバイスが何かを言っていたが、それはひとまず無視してドアを抜け、通路の戻った。


「おいおい、なんで無視すんだよ」


 通路に戻ってくると、バイスが早速そう言った。ハミルがそれに対して答えようとすると、再び作業場でベルが鳴った。するとベルトコンベアが再び動き出し、鬱陶しい暑さも戻って来た。


「もうこれ以上情報は得られませんよ」


 ハミルはそう言うと作業場へ続くドアを薄く開け、先ほど話を聞いた男性の方を見た。そんなハミルに続いてバイスもドアの隙間から中を覗く。すると男性は生気を失った目で、ほとんど機械と同じような動作で仕分け作業をしていた。


「どっちもどっちだな。仕事することしか考えてねぇ」


 ため息をついてそう言うと、バイスはドアから離れた。


「機械が増えたせいで人間までも働く機械になり始めてやがる。俺ももしかしたらこうなってたのかもな……。くそが」

「これは看過できないですね。このまま人々が仕事を失うのも、人間が機械同然になってしまうことも、どちらも防がなきゃいけません」

「あぁ、今のが恐らく最後の休憩だ。今度は外で聞き込みをしてみよう」

「分かりました。一旦出ましょうか」


 ハミルは男性の無表情な顔を見つめた後、そっとドアを閉めた。そして来た道を引き返して工場を出て、二人は通りまで戻って来た。


「多分一時間くらいは暇になる。俺の家でも行くか?」


 通りに出ると、バイスが足を止めてそう言った。


「それも良いですけど、俺はあの奥の区画が気になります」


 ハミルは工場街よりも更に奥にある、エリアノース風のビルを指さして言った。


「ありゃ無理だぜ。一般人は入れねぇ」

「身分の高い人のみが入れる。ってところですか?」

「あぁ、そんなところだ」

「なるほど……。でもそこに入って行く人たちの話を盗み聞くことは出来るんじゃないでしょうか?」

「おぉ、確かに。行ってみるか!」


 バイスはそう言うと、ハミルの答えも聞かずに歩き始めていた。もう少し選択肢があるのならハミルも怒っていただろうが、あの工場で見た風景や、話を聞いた男性のことを思い返すと、今回ばかりは有力な情報を得るためにあの区画付近で盗み聞きをする他ない。と思っていたので、何も言わずバイスに続いた。

 二人は全く人が歩いていない大通りのど真ん中を悠々と歩き、工場街の奥にあるビル街を目指した。この町の大半は工場街で形成されており、ビル街はつい最近出来上がったような不自然さがあった。町の景観にも合っていないし、何より機械化が進むとともにこのビル街が増えているとなると、確実にノースかイーストの手が伸びているということになる。もしもこの星を機械化の実験場にしようとしているのなら、阻止しなくてはならない。ハミルがそんなことを堂々巡りに考えていると、いつの間にかビル街が目前まで迫っていた。


「こっちに来てみたものの、相変わらず人通りは全く無いな」


 バイスは半分諦めているような声でそう言った。


「まぁまぁそんなこと言わないでください。ここら辺に隠れて、人が来るのを待ってみましょう。来なければ今日は仕切り直しです」


 子供を慰めるようにそう言うと、ハミルは辺りを見回してちょうどいい路地裏を発見し、二人はそこに入って身を潜めた。


「路地裏は汚いな。誰も見ないと決め込んで、みんなここに捨てていきやがる」


 そう言うバイスは、足元に転がる空き缶を蹴とばした。飛んで行った空き缶は路地裏の暗闇に消えていき、カラン。と音を立てて戻って来た。ハミルはそれを不思議に思い、念のために持ってきていたペンライトを点けて路地裏の奥に進んで行った。


「これは……」


 路地裏の奥にたどり着くと、そこには一機の機械が横たわっていた。それは確かに見覚えがあった。つい先刻見たばかりである、工場で仕分け作業をしていた機械であった。


「こいつさっき見たな」


 背後でバイスの声がした。ハミルより背が高い彼は、肩越しに機械を見てそう言った。


「えぇ、不法廃棄ですかね……」

「まぁこんなところに捨てられてるってことは、そういうことだろ」

「少し調べてみましょう。何か手掛かりがあるかもしれません」


 そう言うと機械に近寄って行き、しゃがみ込んで足から順に各部を照らしていった。小さな明かりを当ててはみるものの、出元を特定できそうな情報は何ら出てこない。仕方なくライトの焦点を上に持っていき、ついに頭部にたどり着いた。正面には人間を模した目や鼻や口が人工的に付いており、それ以外に目を引くものは無かった。


「すみません、少し動かすのを手伝ってもらっても良いですか?」

「あぁ、もちろん」


 二人は協力して機械を裏返す。そして再び脚部から胴体、そして頭部とライトを当てて行く。すると頭部の裏側に黒いゴミのようなものを見つけた。ハミルはそれを拭うために指で表面を擦った。しかしゴミは取れなかった。それどころか、指で拭いた範囲だけ、さらにゴミが増えたのであった。不可解に思ったハミルは、ペンライトをそこ一点に集中させ、機械の後頭部に顔を近づけた。


「……数字か? まさか機体ナンバー?」


 ゴミだと思っていた黒い斑点は、極小の製造番号であった。ハミルは機械に顔がくっついてしまうほど近づけたが、明かりを当てていても明確に数字を読むことは出来なかった。がしかし、確かに一つだけ読める文字があった。それは数字の先頭に来ているNと言うアルファベットであった。


「ナンバーと言う意味か……。それともノーマルとか……」

「ノースってのは?」


 ハミルがぶつぶつ独り言をぼやいていると、背後で立って待っていたバイスがそう言った。それを聞いたハミルはすかさず立ち上がり、それだと言わんばかりにバイスに向かって頷いた。


「やっぱりノースか。ノースがこの星を乗っ取ろうとしているのか……」


 そう呟くと、バイスの横を抜けて通りの方へ向かった。そしてそのまま通りに出ようとした時、工場街からしてきた声がハミルの足を止めた。


「全く、また故障が出たよ」

「まだまだ完全では無いようだな」

「こんなことなら管理ロボットも欲しいよ。故障ばかりじゃ目がいくつあっても足りやしない」

「そうだな。マルト星にいる幹部さんに文句を言っておくか」

「あの人はいいよな。既に出来上がっているプログラムの調整をするだけなんだから。現場の辛さなんて知りやしない」

「まぁそう言うなって、たんと文句を言って仕事を増やしてやろうぜ。それが俺たちの特権だ」

「まぁ、確かにそうだな」


 男二人組はそんな会話を交わしながら、ハミルたちが息を潜めている路地裏を通過していき、そしてノース風のビル街に姿を消した。


「ノースのマルト星だと……。ちゃんと聞いてたよな?」

「はい、聞いていました。明日向かうべき星は決まったようですね」

「あぁ、機械化を阻止しようぜ」

「えぇ、その前に一度地球に戻りましょう。ノースは警戒が厳重ですから、僕の船で行きます。機械化阻止の作戦は後で考えましょう」

「ちぇ、俺の船じゃ役立たずかよ。まぁいい、今日はさっさと帰ろう」

「ここで見つかったら元も子もないですからね」


 二人は路地裏を出て工場街を離れた。そして町の西側にある住宅地帯に行き、バイスの住まいであるボロボロの長屋の一室で夜を明かした。

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