第五章 機械の侵攻

第25話 無礼な訪問者

 寝起きの瞳はぼんやりと天井を捉えていた。電気は消えているが、窓から差し込む疑似太陽の光で部屋はほの明るかった。腹にかかっているタオルケットを引き上げ、もう一度眠ろうとする。しかしドアがノックされたことによって二度寝は未遂に終わった。


「起きているか? そろそろ学校へ行く時間だろ?」


 父の声だ。目を閉じたままハミルはそう思った。


「おい。聞こえているだろ?」


 少し語気が強くなった。そしてドアをノックする音も先ほどより強まっていた。あの人は俺を起こしたいんだろうな。とハミルは思いながら、タオルケットを左へ退けた。


「はぁ、もういい。好きにしろ。ただしこれが続くようなら、お前の仕事先は援助しないからな」


 呆れ果てた声でそう言うと、父はドアの前から去って行った。何が援助だ。やりたいこともやらせてくれない奴に援助される気なんてサラサラないね。ハミルはそう思いながら寝返りを打った。疑似太陽は熱を発していないのだが、とても暑く感じた。恐らく苛立っているからだろう。そんなことを考えていると、睡魔が襲い掛かって来た。ハミルはそれに抵抗することなく、眠りに心身を預けた。

 ……そうして深い眠りに就こうかという時、ドンドンドン! と、またしてもドアがノックされた。先ほどよりは少し遠い所から聞こえたような気もしたが、明らかに殺気立っていた。ハミルは面倒だと思いながらも目を開けて、音がする方に身体を向けた。すると質素な白いドアが見え、続いてボロボロの壁に染みが目立つ天井が映った。そして自分の横にはもう一つベッドがあり、その上にはユートが眠っていた。そうか、さっきのは夢だったのか。ハミルはそう思って気持ちを切り替えると、素早く瞬きをして上体を起こし、足をベッドの外に出して靴を履き、ユートとの共有部屋から出た。


「何かあったんですか?」


 応接間に出ると既に大喜多博士が居たので、ハミルは彼に向かってそう聞いた。


「客じゃ。それも不作法な客じゃ」


 大喜多の顔は不平不満一色で染まっていた。この態度からして、彼は絶対にドアを開けないだろう。とハミルは思った。


「久しぶりの客なのに、通さなくて大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃ、小娘が良い商売ルートを持って帰って来てくれたからの」

「まぁ確かにそうですけど……。俺はそろそろ働きたいですよ」

「いやじゃ、こんな無礼者は通したくない」


 二人が会話をしている間、ドアをノックする音は絶えず鳴り響いていた。ハミルとしてはさっさと招き入れたかった。このままでは会話もし辛いし、ドアも傷んでしまう。それに仕事も欲しかったし、何より今はこの音を聞きたくなかった。


「じゃあドア越しに用件を聞いてみるのは?」

「……いいじゃろう」


 大喜多は少し渋ったが、コーヒーを啜りながら了承してくれた。ハミルはそれを得ると、シンクに寄って一口水を飲んでからドアの前に向かった。


「あの、用件は聞くので、まずはノックを止めてくれませんか?」

「本当か?」

「えぇ、俺が話を聞きます」

「良かった。じゃあ中に入れてくれ」

「えーっと、それはちょっと出来なくて……。今足の踏み場が無い状況と言うか。他の者が片づけしてるんで、とりあえずここで良いですか?」

「うーん、くそ、まぁ仕方ないか。じゃあまず一つ聞くが、ここには改造人間がいるのか?」

「改造人間。ですか?」


 ハミルはそう聞き返しながら、頭の中ではユートのことを思い浮かべていた。


「そうだ。この研究所にいる博士が人間のサイボーグ化に成功したって聞いてな。それを見に来たんだ。あわよくば見せてもらいたところだが、別に話だけでもいい。それに他にも噂を聞いたんだ……」


 ドアが重厚な造りのせいか、ドアの向こう側にいる男は大声で話し続けている。ハミルは適当な相槌を打ちながら、ソファに座っている大喜多にアイコンタクトを送る。


「まぁ確かに事実じゃが……。まずは相手の用件を聞きだすんじゃ」


 大喜多はハミルにだけ聞こえるようにそう言った。と言っても、この間も男は話し続けていたので、少し大きな声で話しても男には聞こえなかっただろう。


「分かりました。サイボーグの件は一度置いておきましょう。ここには依頼をしに来たんですよね?」

「え、あぁ、まぁそうだな。依頼を言えば中に入れるのか?」

「そ、そうですね。片づけが終わり次第で良ければ……」

「オッケー、なら話そう。俺はここの噂を聞いてはるばるエリアウエストから来たんだ。でな、用事ってのは、さっきも少しだけ話したが、俺もサイボーグになりたいんだ」

「え? サイボーグになりたい?」

「そうだ。実は俺の星が急激に機械化を推し進めてな。だから俺も機械になれば復職できると思ったわけよ!」


 男はそこまで言い切ると、大声で笑い始めた。ハミルは肩をすくめながら大喜多の方を見た。すると大喜多は大きなため息をついた。


「なるほど。でもうちじゃ生憎サイボーグ化は承っていません。申し訳ない」

「何だと? くそ、じゃあどうすりゃ良いんだ……!」

「お助け屋で良ければ、何かお手伝いしますよ」

「お助け屋? 確かそんなことも言ってたな……。で、何をしてくれるんだ?」

「主に、あなたが顔を見せることが出来ない場所に潜入して工作活動をする。だったり、物を届けたいけど事情があって行けない。だったり。代行サービスに近いですかね」


 ひとまずマインドシェアのことは控え、ハミルは手短にそう説明した。


「ふむ、なるほどな。だけど特に行きたい星は無いな……」

「うーんそうですか……」

「あぁ、もし頼みごとが欲しいってんなら俺を復職させてくれ!」

「うーん、それが出来るかどうかは分からないですけど……」

「じゃあとりあえず俺の星の様子を見に来てくれよ! 仕事をするかはそれからでも良いから。それにサイボーグ化のことも」

「まぁ、そう言うことなら良いですけど。サイボーグに関しては無理ですからね」


 ハミルはそう念を押すと、ひとまず男の星に行ってみようと決心した。その旨を大喜多に伝えると、彼はコーヒーを啜りながら、勝手にしろ。と言ってマグカップを握って奥の部屋に戻って行ってしまった。


「じゃあ、今外に出ますから、少し離れていてください」


 ハミルがそう言うと、男は素直にドアから離れた。それを何となく察すると、外で長く待たせるのも悪いので、着替えや最低限必要な物だけを持って研究所の外に出た。


「すみません、お待たせしました」

「いや、全然! じゃあ早速行こう。案内は任せてくれ」


 男はそう言うと、自分の宇宙船がある場所に向かって歩き始めた。まだ仕事と決まったわけじゃ無いし、今回は彼の船に乗るか。とハミルは思い、彼に続いて交差点に出た。すると交差点のど真ん中にオンボロ宇宙船が止まっていた。これではどちらにしてもダメだったな。なんて事を考えながらハミルは彼の宇宙船に乗り込んだ。


「旅立つ前に名前を伺っても?」


 ぼろい宇宙船に乗り込みながら、ハミルはそう聞いた。


「おっと、そうだったな。俺はバイス。今は無職だ。よろしくな」


 彼はそう言うと、濁りの無い笑みを浮かべた。恐らくだが、この男は嘘をつくことが出来ないのだろうな。とハミルは思った。


「俺はハミルです。仕事を受けるかは見てから決めますが、今日はよろしくお願いします」


 少し堅苦しかっただろうか。とも思ったが、バイスが大声で笑い、「まぁまぁ固くなるなって!」と言ったので、ハミルは更に安心した。しかし彼は本当に悩んでいるのだろうか。と言う思いも同時に沸き起こった。ハミルはそんな考えを振り払おうとして頭を軽く横に振った。


「どうした? もう船酔いか?」

「いえ、違いますよ。気合を入れてたんです」

「なるほどな。まぁ人によってそれぞれだよな」


 バイスはそう言いながらまた笑っていた。単純に陽気なのか、はたまた笑顔が張り付いてしまっているのか分からなかったが、とにかく今は彼の星の状況を見に行かなくては。と思った。それに仕事を受けるか受けないかも状況次第と言ってしまっている以上、早く見定めなくてはならなかった。


「それじゃ、そろそろ行きましょうか」

「おう、しっかり掴まっとけよ」


 彼はそう言うと、操縦席に座って離陸準備を始めた。オンボロ船は今にも大破しそうな音と揺れを起こしながらも何とか飛び立ち、ハミルとバイスの二人は地球から離れた。

 ……数十分もすると、オンボロ船は大気圏を抜けて大宇宙に出た。数週間ぶりに宇宙を見たハミルはやはり綺麗だと思った。しかしそれと同時にちょっと宇宙酔いもした。


「大丈夫か? まさかお助け屋が宇宙酔いなんかしないよな?」

「はは、してないですよ。ただ、久しぶりの感覚に懐かしみを覚えていただけです」

「物は言いようだな」


 短い会話を終えると二人は同時に笑った。するとそれに呼応するようにオンボロ船も揺れた。


「どうだ、こいつと俺は息ピッタリだろ?」


 笑いながらバイスがそう言うので、正直不安で仕方なかったがハミルは笑ってみせた。するとバイスもそれに満足したようで、ようやく操縦に集中した。

 オンボロ船はフラフラと左右に揺れたり、時折急停止したりなどして少しずつ前進した。その動作に不安しか無かったが、そのたびにバイスがこのオンボロ船の自慢をしてくるので、ハミルは愛想笑いを浮かべながら、自分の船で来ればよかったと後悔するのだった。

 そんな経過がありながらも、船は無事エリアウエストに到着した。ここからはもし船が急停止したとしても、定期的なパトロールがあるので多少は気が楽になった。


「もう少ししたら着くぜ。俺の故郷、アイング星に」

「了解です」


 二人は会話をそこで止め、着陸の準備に入った。オンボロ船は酸素ドームをくぐってアイング星の星域に侵入する。すると徐々にオンボロ船の船内温度が上がって行き、降下が始まった。


「暑いかもしれないが、ちょっとだけ耐えてくれ!」


 バイスの言葉に答えようとしたのだが、降下のいきおいが思ったよりも激しく、ハミルは口を閉じざるを得なかった。数秒間息を止め、暑さに耐えきると、オンボロ船は強烈な揺れと耳をつんざくような音を立てながら、無事。と言って良いのか定かでは無いが、怪我をすることは無くドックに着陸することが出来た。


「はぁはぁ、良かった。無事着地出来たな……」


 そう言うバイスの額には脂汗が滲んでいた。


「ゴホゴホ。なんて荒々しい着陸なんだ……」


 あまりの破天荒さにハミルは度肝を抜かれていた。それに加えて急に息が出来るようになったので、思わず咳き込んでしまった。


「大丈夫か? ちょっと刺激が強すぎたかな」

「ちょっとどころじゃないですよ。こんな着陸で船は持つんですか?」

「いや、一日は飛べないぞ?」

「はぁ、分かりました」


 衝撃発言に再び息が詰まりそうになったが、何とか持ち直すと、シートベルトを外して立ち上がった。


「じゃあ今日一日は町の様子を見て回りますか」

「そうしてもらえると助かるぜ」


 そう言いながらバイスもシートベルトを外し、二人はオンボロ船を降りた。

 ドックに降り立ったハミルは、まず初めにそのじめじめとした暑さに驚いた。ドック内が蒸しているのだろうか。なんてことを考えながら、額の汗を拭った。そうして辺りに止まっている他のオンボロ船(と言っても、見た目が同じと言うだけで性能はバイスの物よりかは良いのだろう)を眺めながらドックを出た。すると今度はエリアイーストを思わせる工場街が目に入った。暑い原因はこれなのかもしれない。ハミルが立ち止まってそんなことを考えていると、バイスはハミルに構わず先に行ってしまっていたのですぐさま追いかけた。しばらく歩くと今度はバイスが立ち止まった。どうやら工場街を見回しているらしい。何か言いだしそうなバイスの背後でハミルは工場街の奥に見えるエリアノース風の高層建築物を見た。いろんな文化が混合している。こんな星もあるのか。なんてことを考えていると、バイスが振り返った。


「俺もこの工場街の一画で働いていたんだ。まぁ何処って説明しても、どこも同じようなものを作ってるから大差ないがな」


 心なしか元気が無いように思えた。流石に失業した直後だから無理もないか。むしろ今までのテンションだって空元気だったのかもしれない。とハミルは思った。


「じゃあまずはここで聞き込みをしてみましょうか」

「そうだな、まだ働いている人間もいるはずだ。もしかしたら機械の割合の方が多くなっちまったかもしれないけどな」


 バイスはそう言うと、ハミルを誘導するために歩き出した。ハミルもその背中を追って歩き出し、二人は工場街にて聞き込み調査を開始した。

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