第四章 禁忌の実験

第19話 脱走者

 少し前までは荒廃した地球に訪れるもの好きなどそうはいなかったが、お助け屋が出来てからと言うもの、ちょっと頭のネジが外れた変わり者や、真剣に、しかし事を表沙汰にしたくないと思う人たちが地球に訪れるようになっていた。と言っても、やはり危険が未知数である地球にのこのこやってくる凡人はまだまだ少なかった。

 「お助け屋」その響きが良くないのか。未だにただの御使いを頼んでくる場違いの客もいた。しかしだからと言ってマインドシェアを口外するわけにもいかないので、毎度渋々御使いを受け、お小遣い程度の報酬でハミルは他の星にその依頼者と飛ぶこともあった。大概そう言う客が来た時、大喜多とエミリーは話も聞かず、はいはいと二つ返事で依頼を受け、全てハミルに任せてしまうのであった。明らかに一人だけ過酷労働を強いられている。ハミルはそんなことを思いながらも、文句を言わず御使いの手助けをするのであった。

 そんなこんなで場違いの客が来ることに軽く怯えを覚えているハミルであったが、幸いここ数日は依頼と言う依頼が無く、久しぶりに暇を満喫していた。自室のベッドに寝転がり、御使いの依頼がてらに買ってきた様々な星の様々な本をベッドの脇のサイドテーブルの上に置き、どれを読もうかと悩んでいるとドアがノックされた。


「依頼じゃ」


 ハミルがノックに返事をするよりも前に、大喜多の声がした。ハミルはそれに対して適当な返事をし、とりあえず依頼人の話を聞くために応接室に出た。


「すいません、遅れて」


 ハミルは取って付けたような言葉を言いながら、ソファに腰かけた。そして軽く右手を上げ、対面にある一人掛け用のソファに依頼人を座らせた。大喜多はハミルを呼ぶだけ呼んで自分の部屋(作業台の奥にある、マインドシェア装置がある場所)に戻ってしまったようであった。


「まずは話を聞きましょう」


 ハミルはそう言いながら、ようやく目の前に座っている依頼人の容姿をまじまじと眺めた。あまり綺麗とは言えない身なりをしており、と言うよりかは、まるで戦地を駆け抜けてきたかのようなボロボロの衣服をまとっており、顔には無精ひげを生やした二十代ほど(お世辞半分)の男性であった。実年齢はいずれ聞くとして、とにかく彼の話を聞くのが先決だ。そう思ったハミルは黙ったまま目の前の彼が話し出すのを待った。


「実は……」


 男性はハミルの視線を嫌う様にして目を逸らし、応接室の薬品棚や作業台、ハミルとユートの部屋へ続く扉やエミリーがいる部屋の扉など、様々な場所に視線を泳がせながらそう言った。


「どうかしましたか?」


 ハミルは挙動不審な男性を見て、思わずそう言った。そう言いながら念のためソファの背もたれとクッションとの間に隠してある警棒を握り、彼の顔をじっと睨んだ。


「その、ここは、盗聴とかはされませんよね?」

「はい? そりゃされませんよ。多分。俺たち以外いないですからね。それに部外者が来るとしても依頼人だけですし、博士は毎日毎時ここにいますからね」


 ハミルはバレないように警棒の柄から右手を放し、警戒を解除した後に背もたれに体を預けた。


「そ、それなら良かった……。それじゃ、あ、あなたたちを信じて話しますからね」

「はい、どうぞ」


 何をそこまで怯えているのかとんと予測がつかないハミルは、淡々とはしているが、しかしこう言う他無かったので語調に最大限の気を配りながらそう言った。

 男は尚もキョロキョロとしているが、ゆっくりとここへ来た経緯を話し始めた。


「ぼ、僕はルット。エリアノースにあるブラーグ星から逃げて来た人体実験の被験者なんです……」

「人体実験の、被験者?」


 エリアノースで何が行われてるんですか? ハミルはすぐにでもそう聞こうと思ったが、ここで畳みかけては恐らく彼は、ルットは怯んでしまうだろう。と思い、滑り出しそうになった言葉を上手く呑み込んだ。


「は、はい。僕は元々サウスにいたのですが、きゅ、急にノースの連中が現れて、僕を含めて十数人攫って行ったんです。それで、僕だけが、他の仲間の助けを受けてノースから脱出して……」

「そうしてここにたどり着いたと」

「は、はい。他の星やエリアに行っても、ノースには太刀打ちできない。そう思って、秘密を守ってくれるここに来たんです」


 ルットはそう言うと、悔しそうな表情を浮かべて何度か咳き込んだ。


「お願いします。仲間を救いたいんです。手を貸してくれませんか?」

「……」


 ハミルは少し考え込んだ。ノース……。自分の生まれたエリアでそんなことが行われていたなんて……。それに貧困層のエリアサウスに照準を絞っているところがまた無性にハミルの逆鱗に触れた。この不正は暴かなくてはいけない。人体実験など、あってはならない。


「ど、どうしたんですか?」


 しばらく黙っていたせいか、ルットは心配そうな眼差しでハミルを見つめていた。


「す、すみません。やりますよ。エリアノースに行きます」


 こうしてルット契約を結ぶと、ハミルは立ち上がって作業台に向かう。そして壁にかかっているトンカチを回して研究室への扉を開く。ルットはそれに驚きながらもハミルの後に続いて研究室に入って行き、再び隠し扉は閉ざされた。


「博士。ちょっとノースに行ってきます」


 ハミルは機材の調整をしている大喜多の背中に向かってそう言った。


「なんじゃ、ノースだと?」


 大喜多はそう言いながら振り返り、ハミルの顔をじっと睨んだ。そしてハミルの横を通って行き、小さな声で「ちょっとこっちに来るんじゃ」と言って応接室に戻って行った。


「すみません。少しここで待っていてもらっていいですか?」


 ハミルがそう言うと、ルットは小刻みに何度も頷いた。少しこの部屋の暗さに怯えているように見えた。そんなルットを放置して、ハミルは一度応接室に戻った。


「どうしたんです?」

「ノースは警備が厳しい。気を付けるんじゃぞ」

「はぁ、そんなこと知ってますけど」


 何をいまさら。と言いたいところだったが、ハミルはそれをため息に変換して漏らした。そして話がそれだけなら。と、再び研究室に戻ろうとするが大喜多がハミルを呼び止める。


「それだけじゃないぞ。あの男との契約は何じゃ?」

「ノースで人体実験が行われているそうなんです。俺は、それを止めたい。いや、止めなくちゃならない」

「そうか、おぬしの覚悟は伝わった。じゃがな、気を付けるんじゃぞ」

「はい」


 そこまで警戒する意味も分からなかったが、大喜多がここまで心配するのもなんだが気味が悪かったので、ハミルは真剣に返答すると、二人は研究室に戻った。


「すみません、お待たせしました」


 ハミルがそう言って研究室に入って行くと、ルットはビクッ。と肩を震わせてハミルの方を見た。


「び、びっくりした……」

「すみません、驚かせてしまって。じゃあ、こっちにどうぞ」


 ハミルは平謝りをすると手を伸ばしてルットをコールドスリープ用のカプセル前まで案内する。


「こ、これは?」

「これはマインドシェアを行うためのコールドスリープカプセルです」

「こ、これに入って、ぼ、僕は眠らされるんですか?」

「そうですね。でないとマインドシェアは出来ませんから……」


 怖気づいているルットを見ながらハミルはそう言った。


「い、いやです。僕はカプセルに入りたくない! うっ、ぐっ……!」

「大丈夫ですか!?」


 ルットは急に頭を押さえ、苦しみながらしゃがみ込んでしまった。その様子を見ていたハミルはすぐに駆け付け、ルットの顔を覗き込もうとする。


「はぁはぁ。じ、実験のことを思い出してしまって……」


 ルットは震える声でそう訴える。しかしその瞳は虚ろで、どこを見ているか定かではない。


「どうしましょうか、博士」


 ハミルは苦しんでいるルットを椅子に座らせ、大喜多のもとに寄ってそう言った。


「うーむ、困ったのぅ。とりあえずユートと精神を通わせ、脳内で会話をしてもらうしかないかのぅ」

「可能なんですか?」

「うむ。眠らずとも、精神をユートとの会話に集中してくれれば多少は可能なはずじゃ」

「分かりました。今回はそれでやってみましょう」


 ハミルは大喜多との会話を終えると、足早にルットの傍によって今受けた説明をそのまました。


「な、なるほど。わ、分かりました。じゃあ僕はこのカプセルに入らなくても良いんですね?」

「はい。そういうことです。こちらのベッドに寝ていてください」


 ハミルはそう言いながら研究室の隅にあるベッドを引きずり出し、そこにルットを寝かせた。


「それじゃ、ユートを呼んできますね」


 そう言うと、ハミルは研究室を出て自室に戻った。そしてベッドに腰かけているユートに軽い説明をして、その手を取った。正直相槌が無いので内容が頭に入っているかは分からなかったが、抵抗もしないのでそのまま研究室に連れて行った。

 そうしていつもの通り、ユートはベッドに横たわっているルットの傍に立ち、右手をルットの額に伸ばす。


「ひ、ひいぃ! な、何するんですか!?」

「儀式みたいなものです。これをしないとマインドシェアが出来ないんですよ」


 ユートとは反対側のベッドサイドに立っているハミルがそう言った。


「し、信じますからね!」


 ルットはそう言うと、鼻根に深い皺が出来るほどグッと瞼を閉じた。それを確認したハミルはユートの顔を見て、小さく頷いた。すると無表情のまま右手を伸ばし、ルットの額を軽く掴んだ。右腕が青い光を微かに放ち、ルットの強張っていた表情も徐々に緩んで行き、その後にユートは右手を離した。

 マインドシェアは無事完了したようで、ルットの意識は本体に半分、ユートの脳内に半分入り、安らかに眠り始めた。


「緊張が解れて寝入ったようじゃな」


 大喜多はそう言いながら、尚もカプセル付近の機材をいじくり回している。


「それじゃあもう出発しても大丈夫そうですかね?」

「うむ、じゃが気を付けるんじゃぞ。正直いつマインドシェアが切れるか分からん。ユートを頼んだぞ」

「はい! 任せてください!」


 ハミルが返事をして歩き出すと、それに続いてユートも歩き出す。二人は大喜多を残して研究室を出て行き、自室に戻って出発の支度を済ませる。


「ちょっとハミル~!」


 激しくドアをノックしながら叫ぶエミリーの声が自室に響く。鬱陶しかったのでハミルはすぐ答えることにした。


「なんだよ!」

「どっか行くの!?」

「依頼だよ。依頼!」

「ふ~ん、私も行こうかな」

「勝手にしろ。行くならさっさと準備しろよ」


 ハミルがそう言うと、小さな足音がパタパタと遠ざかって行った。仕方ない。出かける前に一声かけてやるか。そう思いながらハミルは身支度を再開する。

 相変わらずユートの準備は早く、と言うよりかは、依頼主の持ち物以外は何も持って行かないので準備もくそもない。今回は依頼主から頼まれたものは無いので、実質ユートの持ち物はゼロなのである。強いて言うなら依頼主の精神だけであろう。

 そんなことを考えながらハミルは身支度を済ませた。今回はエリアノースという事もあり、軽い変装道具とちょっとした自衛道具を小さなショルダーバッグに入れ、それを肩に下げて長さを調整し、ぴったり背中に付くようにしてから自室を出た。

 そのまま出発してしまおうかとも思ったが、後々チクチク言われるのも嫌だったので、エミリーの部屋のドアをノックして、最終確認をする。


「行くよ! 行きますよ!」


 ドタバタと荒れ狂う音と共にエミリーの声が聞こえてきた。ハミルとユートは応接室にあるソファに腰かけ、エミリーが出てくるまで数分待つこととなった。


「お待たせ! それじゃあ行こっか!」


 そう言って出てきたエミリーはデカいボストンバッグを肩から下げていた。


「いやいや、それはデカすぎるだろ」


 ハミルはバッグを見るや否や、当然突っ込みを入れた。


「え? どこが? むしろまとまった方だけど?」


 エミリーも当然でしょ。と言った風な口調でハミルに対抗する。これ以上何を言おうとこいつは聞かないな。そう思ったハミルは大きなため息を一つ漏らして立ち上がり、先行して大喜多研究所を出た。

 フューチャー号が眠っている地下へたどり着く途中、事情をよく知らないであろうエミリーに気を遣い、ハミルは今回の依頼内容を説明した。エミリーはあまり依頼に興味が無いようで、うんうん。と雑な返事をするばかりであったが、ハミルはそれを気にすることなく説明を終え、そうしている内に地下へたどり着いたので、三人はフューチャー号に乗り込んでエリアノースにあるブラーグ星を目指して飛び立った。

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