第18話 首謀者

 なかなか車を降りないエミリーに、ハミルは声をかけた。


「おいエミリー、降りないのか?」

「お、降りるわよ。ただ不思議なの、廃工場が動いているわ」

「知っていたのですね。ここがずっと廃工場だったことを」

「えぇ、度胸試しにこの工場を使おうとしていたの。結局誰も行けなかったけど」

「そうだったのですか。実はこの工場は主様がお買い上げなさいましてね」

「コルロが?」

「はい、なので最後に来たのです」


 ジースは何だか悲しそうにそう言った。そして頭を軽く左右に振り、車両の荷台に積んであった自分の荷物を背負った。


「食料や飲料は置きっぱなしで大丈夫ですか?」


 ハミルは先に歩いて行こうとするジースの足を止めるようにそう聞いた。


「はい、大丈夫です。私が持っているこのリュック一つで事足りると思います」

「分かりました。行くぞ、エミリー」

「う、うん」


 ようやくエミリーも車を降りたとき、ジースとユートは既に歩き始めており、廃工場に向かって何の躊躇も無くその足取りは運ばれていた。一方エミリーは狐につままれたような顔をして工場を見ながらハミルの後に続いて歩き始めたのであった。

 寒さが厳しくなり始めた。初めは悠長に歩いていたハミルたちであったが、次第にその冷気から逃れるように廃工場に急いだ。辺りはとても静かだった。どちらかと言えば西の町に近い場所に廃工場はあるのだが、それでも町は遠く、ほの明かりが遠目に見えるだけであり、廃工場は孤立していた。

 廃れてはいるものの、工場を囲う柵はまだ健在で、大きな鉄柵の門をジースが開けると、それに続いてハミルたちは工場の敷地内に踏み込んでいった。

 見たところ稼働している様子は無いのだが、一点疑念があるとしたら、薄く煙が出ているということである。ハミルだけでなくその場にいた全員がその煙を目にしていた。そしてその煙に誘われる様に、四人は前進するしかなかった。


「ジースさんはここが何に使われているか知ってるんですか?」


 沈黙に恐怖を覚えたハミルは、工場を前にしてジースにそう聞いた。


「なぜです?」

「いえ、何となくですよ。俺たちに身を守る。とか、ここに向かう前の声が少し暗かったので」

「なるほど。人間観察が得意なのですね。身を守ることに関しては、私の失言ですが」

「それで、ここについて何か知ってるんですか?」

「知っているのは、ここが……」


 ジースは言い辛そうに顔を逸らし、立ち止まった。


「無理強いはしませんよ。ただ、もしあなたが首謀者だと分かったら、俺にはあなたを止められないかもしれない。とだけ言っておきます」

「……私なら。ですね」


 ジースは顔を逸らしたままそう呟いた。ハミルはそれを上手く聞き取れなかったが、聞き返す前にジースは工場に向かって行ってしまった。

 四人はようやっと工場内に入った。トラックや大型車が通るための搬入口はシャッターで閉め切られていた。なので四人はシャッターの左横にある人が通るために設置されている鉄の扉を通った。なぜそこが開いていたのか、四人は疑問に思わなかった。


「正面突破出来るもんですね~」


 監獄での経験があるハミルは、すんなりと入れた廃工場に若干の疑念はあったものの、そんな少量の不安は、任務を早く完遂したいという気持ちに打ち消された。


「廃工場ってだけあって、中は暗いのね」


 辺りを見回したエミリーがそう言った。


「そうだな。でも明かりの場所なんて誰も知らないからな。この状態で歩くしかない」

「誰もそんなこと聞いちゃいないわよ。歩くの何て当然なんだから」

「そろそろ機嫌直せよな。それに後数時間後のことを考えてみろよ。エミリーの罪は晴れ、逆に市場では買い物し放題だぞ?」

「手先は器用だけど、頭でそんな器用なことは出来ないわ。未来のことを考えるなんて」


 エミリーはそう言うと、工場内の転がっていた小石を中央に向かって蹴とばした。


「私が先頭を行きます。そのあとの隊列はお任せします」


 ジースはハミルとエミリーの口喧嘩を見守ったのち、そう切り出して歩き出した。


「俺がしんがりを務める。エミリー、ユートの順番で行け」

「ふん、言われなくてもそうするわ」


 吐き捨てるようにそう言うと、エミリーは懐中電灯を取り出しているジースの後に続いた。


「はぁ……。よし、じゃあ次はユートだ」


 ハミルがそう言って横にいるユートの背中を押すと、ユートはそれに一度逆らい、ハミルの頭に手を添えた。


「なんだ? 慰めてくれているのか?」


 ハミルがそう聞くと、ユートは頭から手を外してエミリーの後を追った。


「何事もちょっとずつ。だな」


 ハミルはちょっと笑顔になりながらそう呟き、暗闇の中ではぐれないようにユートの背中を追った。

 工場内は当然の様に閑散としていた。それはそうである。工場内にある機材は何一つ稼働していないのだから。それ以前に電気が通っているのかすら微妙であるこの廃工場は、例え電灯のスイッチを見つけたとしても点く可能性は半々であった。それでもハミルたちは電気のスイッチを、あるいはブレーカーを探して工場内を探索した。

 入口付近に無いとなると、スイッチもブレーカーも管理室のような場所に纏まってあるように思われたジースは、工場の奥を照らしてそれらしい部屋を探した。懐中電灯の明かりは宙に漂う埃を鬱陶しく照らしながら、左奥にある小部屋を発見した。


「一つ部屋を見つけました。おそらくあそこにブレーカーがあると思われます」

「部屋見つけたってさ」


 ジースが小声でそう言ったので、エミリーはそれを流すように最後尾にいるハミルに伝えた。


「了解です。とりあえずはそこに行きましょうか」

「はい、足元に気を付けてください」


 ジースはそう言いながら、足元に転がる鉄部品を足でどかした。そうして後列の道を作りながらジースは小部屋を目指した。

 小部屋の前に着くと、何かを警戒するようにジースは立ち止まって窓から部屋の中を覗いたり、足元を靴のつま先でちょんちょんと軽く踏んでから、扉の前に立った。


「突入します。待っていてください」


 ジースはそう言うと、懐中電灯を左手に持ち替え、右手でドアノブを掴むとそのまま右肩を扉に接触させ、そしてゆっくりと扉を開けて中を素早く確認すると、ジースは薄く開いた扉の隙間を抜けていくようにして室内に侵入した。

 ハミルが少し目を離した隙であった。目の前にいたはずのユートはジースの後に続いて扉の前に立っていた。


「おい、ユート」


 ハミルは扉の前に立っているユートに声をかけたが、その声はユートに届いておらず、ユートはそのまま小部屋に入って行ってしまう。


「待て……!」


 ハミルは足早にユートを追ったのだが、足元に落ちていた鉄塊に躓いてユートを止めることができなかった。

 するとなぜか薄く開いていたはずの扉が静かに音を立てて閉まった。ハミルとエミリーはそれに気づき、すぐに扉の前に移動した。そしてハミルがドアノブを握って扉を開けようとするのだが、扉は頑固にその戸を開けようとしなかった。


「なんだ、どうなってる?」

「閉まったの?」

「あぁ、そうなんだ。ジースさんが閉めたのか?」

「それは無いと思うけど……」


 ――エミリーがそう言った瞬間。工場内の電灯が全て灯った。ハミルとエミリーはその閃光に一度は目を伏せた。しかしすぐにその目は慣れ、二人は薄く瞼を上げた。


「ジースさんが直してくれたみたいだな」

「面倒な場所ね。今時手動でブレーカーを戻さないといけないなんて」


 エミリーはそんな不満を漏らしながら工場内を見回していた。

 そんなエミリーを横目に、ハミルは小部屋に戻ってドアノブを握った。そして扉を開けようとするのだが、やはり扉は開かない。


「どうなってるんだ? ジースさん! 開けてください!」


 ハミルは不審に思い、扉を叩きながらジースに扉を開けるように頼んだ。しかしジースから返答はなく、何かを察知したハミルは扉の前を離れてエミリーのもとに急いだ。

 エミリーは工場内にある機械に興味があるのか、既に工場の中ほどまで戻っており、そこいらにある機械の構造を確認していた。


「おいエミリー。あんまり勝手に動くな」

「あれ、ハミル一人? ユートと執事さんは?」

「それが扉が開かなくて」

「まだ開かないの?」

「ふぉふぉそれはそうですよ~!」


 ようやく逃れたと思っていた笑い声がハミルの耳に届いた。ハミルとエミリーはあらかた予想がついていたものの、声がする方を見る他無かった。

 声は上階からしていた。ハミルとエミリーが明るくなった今、工場内を見回した情報からすると入り口付近に階段があったようで、そこから上階に上がって真っすぐ奥に進んで行くと大きな部屋が構えている。尚工場内は吹き抜けになっており、完全に二階が存在しているわけでは無く、二階があるのは入り口付近にある階段、それと大きな部屋を繋いでいるキャットウォークのような一本の道のみであった。そしてその奥にある大きな部屋の前にコルロは立っていた。


「ふぉふぉ、どうせ尻尾を巻いて逃げると思っていたのですがね~。それがまさかまさか、ここにたどり着くとは。ふぉふぉふぉふぉ!」


 コルロは屋敷で多少抑えていたと思われる笑い声を存分に工場内に響かせた。その笑い声には悪意が含まれていた。先ほど屋敷で見せていた笑いが建前の笑いだったのなら、今目の前で気持ちよさそうに笑っているコルロこそが本当の彼の姿なのかもしれない。


「……えっと、ここで何を?」


 ハミルは未だ状況を掴めていないフリをしてそう言った。


「何か考えがあるの?」


 エミリーはコルロの登場に驚いたフリをして数歩後退すると、ハミルに小声でそう聞いた。


「あぁ、とりあえずあっちの反応を待つ」

「分かったわ」


 ハミルとエミリーは驚いた演技をしながらも、意志の疎通を終えるとコルロの反応を待った。


「ふぉふぉ、状況を掴めていないようですね~。ここは私の工場です。私がいても何の問題も無いという事ですよ」

「あなたの工場?」

「そうです! ここは私の工場です! しかしこれ以上は話しませんよ。貴方たちはここで死んでもらいます!」


 コルロがそう言って右手を上げると、コルロの背後にある大きな部屋から数人の黒服を纏った男たちが現れた。そして何と両手には銃を持っていた。


「やばそうだな」

「えぇ、隠れましょ」


 ハミルとエミリーは相手の様子を伺いながら隠れる場所を探した。そして探しながら後退していると、二人の腰が何かに当たった。それは大きなコンベアであった。二人は限定された選択肢から、このコンベアの陰に隠れる。と言う発想に至った。


「撃て!」


 コルロがそう言って右手を下ろしたのと同時に、ハミルとエミリーは背後にあるコンベアの上を滑ってそのまま陰に身を潜めた。

 銃弾は容赦なくコンベアに撃ち込まれた。何発かは制御を失ってハミルとエミリーの背後にある工場の壁にめり込んだ。


「おいおい、容赦ないな」

「胡散臭い奴だとは思ってたけど、まさか危ない組織とつるんでたとはねぇ~」


 エミリーは心なしか嬉しそうな表情をしながらそう言った。


「なんか嬉しそうだな」

「当たり前じゃない。これであいつをしょっ引けば、全て丸く収まるってことよ」

「まぁ、確かにそうだけど……」

「そうと決まれば、さっさとあのデブを捕まえるわよ!」


 エミリーはそう言って意気込むと、こそこそと移動を始めた。


「おいどこ行くんだよ」

「こっそり近付くに決まってるでしょ」

「はぁ、良い度胸してんな」


 ハミルは呆れながらも先行するエミリーの後を追って静かに行動を開始した。


「ふぉふぉ! どこに隠れようと炙り出してあげますよ!」


 コルロはそう言うと黒服の一人に耳打ちをした。するとその黒服は背後にある大きな部屋に入っていった。そして残りの数人の黒服たちにはハミルとエミリーを探すように指示をした。


「さぁさぁ、逃げ場はありませんよ!」


 コルロの満足気な、遊戯を楽しむ貴族的な声が工場内に響いた。


「連れてきました」


 耳打ちを受けた黒服は、大きな部屋から一人の子供を連れだしてきた。


「ふぉふぉ、この子どもがどうなっても良いんですかねぇ?」


 コルロは黒服が連れ出した子どもの襟を掴み、そしてそのまま空中に持っていった。


「そうですねぇ~。素直に出てきてくれるのなら、この子どもを落とさないであげましょう」

「クソ、マジかよあの野郎」

「急ぐしかなさそうね」


 宙ぶらりんになっている子どもを助けるため、ハミルとエミリーの行動は少し大胆になった。壊れた機械の陰を伝って階段の下へ急ぐのだが、あと僅かのところで射線を遮る機械が見当たらない。


「ここまでか、走るしかないのか?」

「走るなんて嫌だわ! なるべく危険は避けたい主義なの」

「よく言うよ、脱獄に加担したくせに」


 ――パリンッ!

 ハミルとエミリーが立ち往生していると、先ほどジースとユートが入っていった小屋の窓ガラスが割れた。


「ふぁ!? 誰だ!?」


 ガラスが割れた音に驚いたコルロは、その手を放してしまう。


「しまった!」


 するとガラスが割れて通れるようになった窓からユートが飛び出した。そして落下してきた少年をギリギリで受け止めると、鋭くコルロを睨んだ。


「な、なんだ小僧! あの小僧をやってしまえ!」


 睨まれたコルロは近くにいた黒服にユートを始末するように命令した。散り散りになっていた黒服たちは再びコルロのもとに集まり、銃を構える。

 ――するとその瞬間、工場内の電気がバチッ。という音を立てて消え、辺りは真っ暗になった。


「なんだ? 停電か?」

「また真っ暗に戻っちゃったわね」

「でも、あっちで慌ててる声を聞く限り、奴らが消したわけじゃなさそうだな」


 ハミルとエミリーがこの暗闇に乗じてユートたちのもとに戻ろうとした時、何者かに引っ張られ、入り口付近にいた二人はあっという間に工場の外に連れ出されてしまった。


「はぁはぁ、大丈夫でしたか?」

「ジースさん、無事だったんですね?」


 ハミルとエミリーを引っ張り出したのはジースであった。


「遅れて申し訳ない。ブレーカーを落とすという手段は最後に取っておきたかったもので。しかし助かりました。私の力ではあのガラスは割れませんでしたよ」


 ジースはそう言って子ども抱えているユートの方を見た。


「ナイスプレーだな、ユート」


 ハミルはそう言って、右手をユートに向けるようにして出した。


「ほら、お前も手出せよ」


 ハミルがそう言ったのを聞くとジースはさりげなくユートから子どもを預かり、先に車に向かって行った。

 ハミルは後で感謝しようと思いながら、ユートの右手を無理矢理引き出すとまたもや無理矢理ハイタッチした。


「いぇーい! っと、これがハイタッチだ。今度からは任務が無事に終わったらこれをやろうな」


 ハミルがそう言うと、ユートはゆっくりと頷いた。まるで動物との交信が成功したような感覚に陥ったハミルは、もう一度右手を差し出してみた。するとユートも右手を出し、ハミルの右手を軽くタッチした。乾いた良い音は鳴らなかったものの、未知との遭遇を終えたハミルは満面の笑みを浮かべたまま車に戻るのであった。


「あれだけで嬉しいものなのかね~、男って」


 エミリーは呆れながらそう言うものの、表情はここに来た時では考えられないほど緩く優しいものとなっていた。


 ……そうして町に戻ったハミルたちは、誘拐犯たちの潜伏先、その首謀者、そしてそれを突き止めたジースのことを全て町の警察に伝えた。警察はすぐその廃工場に向かい、事件は間もなく解決するように思われた。ハミルはこの事件の行く末を見守りたいとも思ったが、監獄の船が来ると厄介になると思い、ハミルたちは一度この星を離れることにした。


「すみませんジースさん、事件が綺麗さっぱり収まったらまたここに来たいと思います」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。事件のほとぼりが冷めたら必ず連絡させていただきます」

「はい、よろしくお願いします。良い報告、待ってます。それでは」

「私の件はちゃらってことで良いのよね?」

「えぇ、もちろんですとも」

「ったく、雰囲気ぶち壊しだな」

「大事なことだからね。それじゃ、次はいっぱい買い物させてもらおうかな」

「本当にありがとうございました。ユートさんも」


 ユートはその言葉を理解しているのか、はたまた無意識にか、右手をジースに差し出した。ジースはそれに応えるよう、ユートとハイタッチを交わし、ハミルたちはフューチャー号に乗ってカイド星を飛び立った。


 ……後日、ハミルのもとに一報が届いた。そこには後任としてジースが市場の主になったこと、そして誘拐された子どもたちが全員無事に家族のもとに帰ったこと、最後にいつでも遊びに来てください。と書かれた短いメッセージであった。ハミルはそれをユートとエミリーにも読ませた。するとユートもエミリーも嬉しそうな、安心したような顔をして、「今度買い物に付き合ってよね」とエミリーはなるべくつんけんしながらそう言った。

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