第17話 破棄される依頼
コルロは喋りだす前にもう一杯水を要求した。執事が素早く水を持ってくると、コルロはそれを一気に飲み干してコップをテーブルに置いた。
「紙とペンを」
「はい、ただいま」
コルロがそう言うと、執事は誓約書のような一枚の紙と書き易そうな丸く太いペンを一本持ってきた。
「まずは私の名前を書いて、報酬の内容もここに記載しておこう」
案外律儀なコルロは、自分の名前を書くと続いて先ほど口約束を果たした報酬の内容を物証として紙に書いていく。それを書き終えると、コルロはハミルに確認をしてもらうために紙を半回転させてハミルの方に向けた。
「……はい。確かに」
「ふぉふぉ、それではここにサインをお願いします」
「はい、それは良いんですけど。一応内容を聞いてからでも?」
一方用心深いハミルは、自分の名前を書く前に仕事の内容をコルロから聞き出そうとする。この場合、仕事を受けなければエミリーの罪が清算されないハミルサイドの方が不利なのだが、それ以上にコルロサイドでも手早く片付けたい案件だったようで、微細な不満すら漏らさず依頼内容を話し始めた。
「良いでしょう。依頼の内容なのですが、実はここだけの話、つい最近この町周辺で子供を狙った誘拐事件が多発しているんです。私の息子もそれに巻き込まれたと思っています。なのでその主犯格を突き止めていただきたいのです」
「結構ハードな依頼ですね……。誘拐犯ってことは相当な武装をしている可能性も考えられるんじゃないですか?」
「かもしれませんね……。それでしたらこうしましょう」
コルロはそう言うと、テーブルに置いてある誓約書を自分の方に向け、再びペンを握ると報酬の下に新しく条項を足していく。
「これでどうでしょう?」
誓約書は再びハミルの前に戻された。そこには新しく『この市場での手続きの際、値打ちを半値にする』という項目が追加されていた。
「……どうだエミリー? この市場での買い物が半額になる。かつお前の罪が拭われる。って言う誓約だけど?」
「う~ん、まぁ罪が払拭されて半額になるなら、別に良いけど……」
エミリーは尚も口を尖らせたまま、どこか不満そうにそう言った。
「探索用バギー、それに飲料も食料もちゃんと支給しますのでそこはご安心を」
コルロは商業的な笑みを浮かべ、さっさとこの問題を片づけてくれれば誰でもいい。と言ったように事を急かしていた。
「俺たちに必要なのはやる気だけってことですね」
「ふぉふぉ、そうなりますな」
ハミルは誓約書にもう一度目を通し、ちゃんと条項が書かれていることを確認し、少し姿勢を崩して背を伸ばした。そして小声でエミリーに声をかけた。
「俺たちと仕事をするんだったら、この二つの条件は好条件だぞ……」
ハミルはそれだけを言うと、背もたれから背中を離してコルロに向かった。
「……やるわよ。拠点を見つければいいわけ?」
「ふぉふぉ、ありがとうございます! そうですね。拠点を見つけていただいて、尚且つ防御が薄い所を見つけていただければ幸いですね。……と言ってはいますが、そもそも拠点があるのかも分かっていない始末なのですが」
コルロは最初から全く手つかずな、調べる気も無かった面倒な仕事を全て押し付けるようにそう言った。ハミルはそれをコルロの声色から何となく察することが出来た。なぜならコルロが発する言葉に重みが無かったからである。出された書類にハンコを押すように、全容を見ようともせず書類だけを片付けようとしているように思えたのである。
「分かりました。出来る限りのことはさせていただきます」
「ふぉふぉ、よろしく頼みますぞ。バギーの運転にはこの屋敷一番の執事を担当させるので安心して下され」
コルロは安堵の笑いとともに立ち上がると、扉の近くに立っている執事の肩をポンポンと二度叩き、そして応接室から出て行った。
「後は私、ジースから説明させていただきます」
老執事は礼儀正しくお辞儀をし、話を続ける。
「ただいまお話をしている間にバギーと物資の準備を始めさせていただきました。あと十数分で出発できると思われます。誘拐犯たちの潜伏先は手当たり次第になりますが、何卒宜しくお願い致します」
ジースが流暢に話を進めるので、ハミルたちはただその話を黙々と聞いた。
「了解です。なかなか骨が折れそうですね」
「はい、何か手掛かりがあればもう少し楽になったのですが……」
「いえいえ、ジースさんは何も悪く無いですよ。それに、報酬を倍にしてもらった以上、これが相応なのかもしれませんしね」
ハミルは何とか話を纏めながら、ジースに気を遣ってそう言った。ジースはその言葉に申し訳なさそうに頭を下げ、扉を開けて一旦応接室を出て行った。
「はぁ、大変なことになったな……」
「本当は受けたくなかったんでしょ?」
「……まぁ、それはな。でも子供の誘拐は看過出来ない。それにエミリー、お前の罪も清算してやりたいしな」
「そ、そんなこと言って、どうせ私のことなんか次いででしょ」
「あのなぁ、今回は偶然色々なことが重なっただけで、子供の誘拐。エミリーの罪。それに市場半値。これのどれか一つでも達成できるなら依頼は受ける。それがお助け屋だと俺は思ってる」
「ふ、ふ~ん。あっそ。ユートがその理想に追いついてくれると良いわね」
「お前も俺たちの仲間になるならいつか追いついてきてくれよな」
エミリーは顔を背けたまま、ハミルの言葉に返事はしなかった。
「お待たせいたしました。準備が整いました」
会話を終えて微妙な空気が室内に流れ始めていたころ、扉を静かに開けてジースが現れた。そして癖のように頭を下げ、そう言った。
「分かりました。それじゃあ行きましょうか」
ハミルは現状を理解しているとは思えないユートと不機嫌なエミリーに挟まれていたことが本能的にストレスとなっていたせいか、それから逃れるように素早く立ち上がった。するとそれに続いてユートが立ち上がり、そして渋々エミリーが立ち上がった。
「……依頼を破棄したいようでしたら、私にお伝えください。バギーで飛行場にお連れします」
ジースは扉の前で立ち止まると、振り向いて三人にそう言った。
「いきなりどうしたんです?」
ここまで円滑に進められた計画が急停止し、ハミルは少し戸惑いを見せた。しかしその反面、この停止には何かジースなりの意図があるのだろう。と、ハミルは出発前に確認せねばならないと悟った。
しかしジースはドアノブに手をかけたまま固まり、ハミルの問いに応えようとしない。このままでは前進も後退も見込めないと思ったハミルは、質問を重ねる。
「確かにエミリーは不機嫌です。それにユートも本調子じゃない。……俺が頼り無いからかも知れません。だからですか? それとも全部ですか?」
「……この依頼を受けた人はいませんでした。それもそのはずです。何も情報が無いのですから。……主様には私から伝えておきます」
「俺たちは好条件だと思って今回の依頼を引き受けました。だから破棄はあり得ません。……とだけ言っておきます」
「本当に良いのですか? 未知数の危険が待っているかもしれないのですよ?」
「えぇ、やりますよ。困っている人は放って置けない」
「……では、行きましょうか」
ハミルは根負けせず、今聞けると思われる全ての情報をジースから聞き出した。問いに答えたジースはドアノブを回し、裏口に向かって歩き出した。ハミルたちは少し不安を感じながらもその老練な背中を追った。
裏口を抜けて外に出ると、表玄関同様に少し長めの階段が存在した。ハミルたちはその階段を下りていき、裏門を抜けた先でバギー、と言うよりかはジープに似た車両を発見した。四人乗りのオフロード車には、無理無理詰め込まれた食料と飲料があり、後部座席の二人は多少窮屈な思いをしそうであった。そんな後部座席にはハミルとユートが座り、助手席にはエミリー、そして運転席にはジースが座った。
「それでは、出発します」
ジースがそう言ったので、ハミルたちは頷いて出発を肯定した。
車両はゆっくり走り出した。時速三十キロから四十キロ程度で走り、誘拐犯たちにバレないようにエンジン音もなるべく小さい車両を選んだようであった。
ジースは慣れた手つきでハンドルを握り、地平線がどこまでも続いているように思われる砂漠を見回しながら、とりあえず町の周りを一周した。近辺にそれらしいものは無く、ここから本格的に隠れ家探しが始まろうとしていた。
運転を任せているため、ハミルとエミリーはジース以上に辺りに目を配った。それこそ少し大きな岩だったり、集落のように岩が集まっている岩群に目を光らせたり、サボテンが多く生えている場所だったりを注視した。しかし逆に言えば、砂漠では今あげたところ以外潜伏できそうな場所が見当たらないのである。ハミルとエミリーはその三点を永遠とループしているのではないかと訝った。しかし随所随所に違う点が見当たり、相違点が見つかる度に二人は車両がちゃんと進んでいることを確認できていた。
オフロード車は整備されていない砂漠に多少の揺れを感じさせながらも、危なげなくハミルたちを運んだ。
町の近辺を知り尽くしていると思われるジースの運転に迷いは無く、誘拐犯たちが隠れられそうな、場所を優先的にどんどん回っていく。しかしそれでも誘拐犯たちの足取りは掴めず、ジースは少し不安の表情を浮かべて車両を一時停止させた。
「どうしました?」
ハミルはその様子にいち早く気付き、車が停止した事よりも、ジースの曇った表情を気にしてそう聞いた。
「いえ、何でもありません……」
何か考え込むように、ジースはハンドルから手を放してエンジンを切った。
「はは、まさか俺たちをここに置いて行く。とかじゃ無いですよね?」
「そんなことはしませんよ。……その、隠すことは止めようかと考えていたのです。実は私一人で少し誘拐犯の潜伏場所を予測していたんです。今はその近辺を回っていました。しかしそれらしいものが無かったので、私は途方に暮れていたのです」
「そうだったんですか。でも確かにそうですよね。多少の予測をつけていなければ、あんなに迷いの無い運転は出来ない。俺も宇宙船を操縦するので何となく分かるんです」
「バレていましたか」
屋敷からここまで、表情を明るませなかったジースが初めて笑顔を見せた。
「大分町から離れましたね」
何気なくハミルがそう言った。
「このまま宇宙船に向かっても良いかもね」
助手席に座っているエミリーは、探すのに疲れたようで全身を椅子に預けながらそう言った。
「こんなだだっ広い砂漠だし、正直さくっと見つかると思ってたよ」
ハミルも前のめりになっていた体を背もたれに預け、弱気な言葉を漏らした。
「ジースさんもよくあんな奴に――」
「エミリー様」
「え、何?」
エミリーがコルロに対する悪口を言おうとした時だった、ジースはそれを遮断すると、懐に潜ませていたメモ帳に何かを書いてエミリーに見せた。
「……分かったわ。そろそろ出発しましょうか」
エミリーはやけに物分かりよくそう言うと、メモを破いてハミルに回した。
するとそこには、この車には盗聴器が仕掛けられている可能性があります。とだけ書き記されていた。ハミルはそれを見て了解すると、そのメモを細切れに破いてポケットにしまった。
「それで、この広い砂漠のどこを目指しましょうか?」
「そうですな……町の周りをもう一回りしてみようと思います」
「見落としがあるかもしれませんしね」
ハミルがそう同調したことによって車は再び走り出した。
日は次第に落ち始めていた。それに伴って乗車している四人の水分補給量も減っていき、砂漠は徐々に冷え込み始めていた。
「今日は帰らない?」
暗くなり始めている地平線を見てエミリーがそう言った。
「確かに見通しも悪いしな……」
ハミルも目を細くしながらそう言った。
「それでは、最後に一か所だけ向かって良いですか?」
ジースは車を徐行させながら、小さく不安げな声でそう言った。ハミルとエミリーがそれを否定する理由も無く、二人は快く頷いた。
車は町の西方向に向かって行った。頬杖をついて辺りを見ていたエミリーは、暗闇の中で次第に見覚えのある景色を見出した。そしてそんな景色を見ながらエミリーは喋りだした。
「西の町に向かおうとしてるんですか?」
その問いに答えられるのはジースしかいなかった。ハミルとユートは黙ってジースの返答を待った。
「……」
「たしか、西の町と仲悪かった記憶があるんだけど?」
「えぇ、西の町とはあまり良好な関係は築けていないですね。今も昔も。しかしなぜ西の町のことを?」
「何となく見覚えがあったから。勘違いならごめんなさい」
エミリーはそう言って話を無理矢理に終わらせた。ジースもそれで納得がいっているようで、何も言わず運転に集中した。
その会話を傍観していたハミルが一番納得がいっていなかった。なぜなら毎度丁寧な反応を示していたジースが、今回に限って会話を拒んでいるように感じたからである。先ほどメモで呼んだ盗聴が引っかかるな。とハミルが考察を巡らせていると、暗闇で気付くことは困難であるように思われるが、目の前にある大きな岩陰からもくもくと薄黒い煙が上がっていることに気が付いた。
「アレは……煙?」
「……私が考えつくのはここが最後です」
車は大きな岩場に近付いて行き、そしてその横を抜けていくと、ひっそりと佇む小さな廃工場が認められた。
「皆さまの身は私が守りますので」
ジースは三人にそれだけ伝えると、車のエンジンを切って降車した。それに続いてハミルとユートも降りたのだが、エミリーだけはずっとその工場を不思議そうに眺めていた。
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