第15話 砂漠の拾い物

 カイド星を一望すると、木材で出来た小屋が多くあったり、家畜がいたり。と、パッと見はウエストなのだが、住民の服が貧相であったり、治安の悪さから見て、やはりサウスの雰囲気が多少なりとも漂っていた。


「本当にここが来たかった場所なのか?」


 ウエストにもサウスにも成り切れていないこの星を見たハミルは、何か背中がムズムズするというか、例えようのないもどかしさを感じていた。


「そうよ? なんで?」

「いや、確か俺たちって旅行に来たんだよな~って」

「良いじゃない。お忍び旅行みたいで。ね?」


 どう答えようか迷ったハミルは、操縦席を左に回してユートの顔を見た。するとユートはまったく話を聞いていないような横顔を見せ、真っ直ぐにカイド星の景色を眺めていた。


「答えようが無いってさ」

「違うわ。ユートは私に同意してるから答える必要が無いのよ」

「はいはいそうですねー。と」


 ハミルは話を雑に区切ると、計器を確認しながらいくつかのスイッチを弄った。するとフューチャー号は着陸態勢に入り、低空飛行を始めた。


「あ、ねぇねぇ。あの町の近くに下ろして」


 エミリーはカイド星でも上位の賑わいを見せる市場が併設されている、大きな町を指さした。土地勘の無いハミルはそれに従ってフューチャー号を町の近くにある大きな岩の陰に着陸させた。

 エンジンを切り、エアステアを下ろし、それぞれ鞄を持って町に向かうため船を下りようとした時、先頭を歩くエミリーがエアステアの前で立ち止まった。


「顔馴染みのある町なんだけどさ、一応ステルスモードにしてもらっていいかな?」

「え、あぁ、別に良いけど。そもそも毎回ステルスにしてるし」

「そう。それなら良かった」


 エミリーはそう言うと、両肩に大きなボストンバッグを下げて階段をグラグラ揺れながら下っていった。絶妙にバランスを取っており、それはまるでやじろべえのようであった。

 エミリーに続いてハミルとユートも船を降り、全員が降りたところでフューチャー号をステルスモードに切り替えた。それを確認した三人は、荷物を持ち直して町に向かって歩き出した。


「それにしてもエミリー、なんか荷物多く無いか?」

「そうかな?」


 エミリーは少し上機嫌にそう言った。監獄から脱出して初めての異星であるせいか、それとも久し振りに訪れるこの星、カイド星が実は彼女の故郷であるせいなのだろうか。ハミルはそんなことを考えながらエミリーの横顔を見ていた。


「なに? 鞄の中身なら内緒よ?」

「あ、あぁ、ごめん。別に気になって見てたわけじゃないよ」

「ふーん、あっそ。ならいいけど。それより、ハミルもユートもあの町に入ったら鞄はしっかり持ってなさいよ。スリが多いから」

「スリか。市場が盛んだからこそ、それを逆手にスリが増える訳か」

「ま、そんなところかしら」


 エミリーは少し早口にそう言うと、真っ直ぐ町に向かって歩を速めた。

 ハミルは横を歩くユートの顔を見た。ユートは顔色一つ変えず町の方を見ており、恐らくたった今横で行われていたハミルとエミリーの会話すら頭に入っていないことだろう。

 町近辺には大きな岩が多く転がっており、植物に関しては所々にサボテンが見える程度であった。エリアサウスに近いせいか、土地は砂漠に近いものであった。そのせいか町以外には地平線が視界の多くを占めており、一向に進んでいる気がしない。それによって三人の精神は暫し蝕まれたが、加えて蒸し暑い気候が三人の体力を奪った。

 町とフューチャー号の丁度中間あたりまで歩いたころ、エミリーの勢いは失速し、いつの間にか三人は横並びに歩いて町に向かっていた。


「あっちぃ~。町の近くに止めたはずなのにな~」

「も~う、暑すぎるわ~。ユートもそう思うわよね? ってあれ?」


 エミリーは少し体をずらしてハミルの奥にいるユートにそう問いかけたのだが、なぜかユートの姿が見当たらない。


「どうしたんだ?」

「ユートいないわよ?」

「そんな馬鹿な。ユートは真っすぐ俺と歩いてたんだぜ? ってあれ?」


 ハミルはほとんどエミリーを信じていないような口調で右を見ると、エミリーが言った通り、ユートの姿が跡形もなく消え去っていた。


「マジかよ~。あいつどこ行ったんだ?」


 暑さでばてているせいもあり、ハミルはダルそうにそう言った。


「ちょっと止まりましょ」


 エミリーの一言でハミルは足を止めた。本心はすぐにでも町にたどり着いて日陰やら宿屋やらに身を休ませたいところだが、ユートがいなくては前進することも不可能であった。


「ユート~、どこ行った~」


 ハミルが辺りを見回すと、だいぶ右の方にユートを発見した。


「いた。なんであんな離れたところに」

「とりあえず回収しに行くわよ」

「回収っておい、連れ戻しに行くか」


 ハミルとエミリーは同じタイミングでため息をついた。どうやら二人とも早く町にたどり着きたい一念で、ユートの行動に不服を感じているようであった。


「お~いユート。早く町に行こうぜ~」


 ハミルは面倒ながら右手を軽く上げてユートを手招きした。しかしユートは大きな岩の前に立って動き出すことが無い。


「はぁ~、どういう教育してるのよ。さっさと連れてきてね」


 エミリーはそう言うと、踵を返して町に向かって歩き始めた。


「おい、お前町に行くつもりか? 俺とユートを置いて?」

「……ちょっと約束があってさ、急いでるのよ」


 エミリーは一拍置くと、神妙な声色でそう言った。


「あ、あぁ~、そうなのか。じゃあ宿くらい確保しておいてくれよな」

「うん」


 少しエミリーに騙された気がしたハミルだったが、それ以上にエミリーのあんな声や雰囲気を味わったことが無かったハミルはそのままエミリーを町に向かわせてしまった。そしてすぐエミリーの背中から視線を外し、ユートの方に向き直った。


「そんなところで何してんだ? 珍しく花でも咲いてたか?」


 ハミルは軽妙にそう言って、岩の日陰に入ろうともしないユートの横に立った。そして岩陰で倒れる一人の少年を発見する。


「子供!?」


 ハミルは荷物を投げ捨てて、膝を熱い地面について少年を抱き起した。


「大丈夫か? おっと、ひどい熱いな……。熱中症か? それとも単純な風邪かな?」


 ハミルが険しい顔をしてそんなことを言っていると、ユートも荷物を降ろしてハミルと少年に近寄った。そして少年に手を伸ばすと、左腕の袖をまくって小さな刺し傷があることをハミルに知らしめた。


「これは、刺し傷だな。これが原因か?」


 ハミルはゆっくりと少年を担ごうとするのだが、ユートがそれを制すると、ハミルをどけてユートが少年を抱き上げた。


「ユート……。よし、少年は任せた。荷物は俺が持っていくから」


 ユートは少年を横抱きすると、既に小さくなり始めているエミリーの背中を追って再度町に向かって歩き始めた。ハミルは投げ捨てられていた自分の荷物とユートの荷物を左右に持ち、人助けをしようとしている。いや、それも本能でしているのか理性で人助けとしようとしているのか定かではないが、そんなユートの逞しい背中を見ると、抑えられない微笑を浮かべてユートを追った。

 時折少年は唸った。熱のせいで眠っているだが、それもまた辛いのだろう。ユートは唸る少年をちらりと見るが、何も言わずただ黙々と前進した。それにはハミルも同意であった。この暑さで立ち止まっては病状は悪化する一方だとハミルも思っていたのである。

 ハミルは持参していたすぐ底を突きそうな水筒を鞄から取り出した。ユートの鞄からも水筒を取り出して、それをユートに飲ませようとするのだが、ユートは水筒を拒んで飲み口を少年の方に向けさせた。


「お前、飲まなくて大丈夫なのか?」


 ハミルがそう問いかけても、ユートは黙って歩き続けた。

 結局ハミルの水筒を二人で分け、ユートの水筒は一本丸々少年に費やした。ハミルとユートはなるべく一口を長く口内に含み、町までもう少しのところでハミルの水筒の中身は無くなった。ユートの水筒に入っていた水ももうすでに残り僅かであり、三人は干からびる寸前で町に辿り着けた。


「ま、町だぁ~」


 ハミルは町に着いた安堵感から一度は座り込もうとしたのだが、少年を抱いているユートがどんどん町を進んでいってしまうので、ハミルも休む暇も無くユートについて行った。

 市場が栄えているこの町は、教科書で見たことのあるエジプトと言う国に酷似した街並みであった。ハミルはそんな空想上のものだと思われていた街を眺めていて、何度かユートに置いて行かれそうになった。

 ユートは確信の足取りで市場に向かう。市場は町の中心部にあり、町に入ってからまたしばらく歩くとようやく市場に踏み入った。市場は街の中心で十字架に広がっており、その十字架のてっぺん。北方向に市場の主が店を開いている。

 市場に入ると左右に出店が展開している。鉄製の武器や防具が売られていたり、しわがれた野菜や肉、それに小洒落た飲食店があったりした。その中には水を売っている店もあり、ハミルは喉から手が出るほど水が欲しかったが、急を要するために看過するほかなかった。

 この町は市場で活気づいており、それを美味しく思った市場の主は、町のすぐ近くに大きな滑走路を設置しており、そのせいか市場には異星人が多く訪れていた。所々で口喧嘩は聞こえてくるものの、殴り合いの喧嘩にまでは発展していないように思われる。それもこれもこの市場の主がそれらを取り締まっているのだろう。と、ハミルは市場の状況を観察しながらそう思った。


「ユート、どこまで行くんだ?」


 ハミルは答えが返ってこないのを知っていてそう聞いた。確かに答えは返ってこなかった。しかしユートはハミルの声に立ち止まり、人々が行き交う市場のど真ん中で立ち止まった。


「お、俺の声で止まったのか?」


 ハミルは少し離れていた距離を縮め、ユートの横に着いて顔を覗き込んだ。ユートは肌に止まる蚊を気にしないように、横から覗き込むハミルのことを全く気にも留めず、真っ直ぐに前を見ていた。


「なーるほど。やっぱり俺じゃないわけね」


 ハミルはユートの視線の先にいるエミリーを見てそう呟き、肩を落とした。

 エミリーは店主と手短に会話を済ませると、肩にかけている鞄から何やら部品のようなものを取り出し、それを店主に手渡すとそれと交換で重量感のある麻袋を受け取っていた。

 ハミルとユートはその一連の流れを見た後に動き出した。エミリーは淡白な取引を終えると、受け取った麻袋を鞄に入れて更に奥へ進んでいく。ハミルとユートは気づかれないように一定の距離を保ちつつ、エミリーの後を追った。

 エミリーは慣れた足取りで賑わう市場をすり抜けて、ドンドン奥へ進んでいく。市場の中心部である十字路も抜けていき、今までとは一風変わった品揃えをしている一角に突入した。


「あいつ、どこに行く気だ……?」


 客が出店の商品を見ながら市場を歩いている中、ハミルは商品に目もくれずエミリーを追っていた。するとエミリーは立ち止まり、再び出店の店主と会話を始めたかと思ったら、鞄から部品を出して麻袋と交換した。それを追えると再び奥へ進んでいく。

 その行為を繰り返して数回、いつの間やら市場の大分奥までやって来た。すると先ほどまでは見えていなかった茶色い屋敷が市場の突き当りに見え始めた。どうやらエミリーはその屋敷を目指しているようで、麻袋で重くなり始めている鞄を両手に持ちながらゆらゆらと人混みを抜けていく。ハミルはそれを見逃さないように目を凝らしながら、首を伸ばしながら、人々の隙間と言う隙間に気を集中してエミリーの背中を追った。

 そうしてついにエミリーは、数段ある階段をゆっくり上がり屋敷前にある鉄格子の門前で止まった。すると白髭を蓄えたタキシードの年配男性が出てきた。それは典型的な執事の姿であり、そして礼儀正しく頭を下げ、エミリーが持ってきた荷物を預かり、中身を確認し、チャックを閉じてその鞄を担いだ。


「ごほん。彼らはお友達ですかな?」


 執事の男性がそう言った。エミリーが何のことかと振り返ると、そこには全く隠れる気がないユートとどこかに必死で隠れようとするハミルがいた。


「はぁ。そうです。でも今回の件には関係ないですから」

「左様でございますか。しかしこの暑さの中でお友達を外で待たせるわけにはいきません。彼らも案内させてもらいます」

「……はい」


 エミリーは今すぐにでも出てきそうなため息を押さえ、何とか同意の返事をした。

 白髭の執事が指を鳴らすと、数人の若い執事が出てきた。そしてエミリーが持っていた鞄を先に屋敷へ持って行かせ、白髭の執事はハミルとユートに近寄って来た。すると最初はにこやかだった顔が一変し、神妙な顔つきになるとこう言った。


「こ、この少年はどこで?」


 ハミルはユートの顔を一瞥し、町の近くの岩陰にいた。と正直に答えた。


「左様でございますか。ささ、すぐに案内いたします」


 執事はそう言うと、先ほどまでゆったりとしていた段取りを急加速させ、まるで執事に腕を無理矢理引っ張られているかのようにハミルたちは屋敷に吸い込まれて行った。

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