第三章 繁華市場

第14話 新人研修旅行

 それからいくら考えようと正義の答え何て見つからなかった。そもそも正義というもの自体、人間の手には負えないものなのかもしれない。ハミルはそんな決着をつけてベッドから飛び起きた。今考えられることは、自分を信じることだけであった。


「ふぁーあ、おはようございます」

「起きて来たか……。あの小娘、どうにかしてくれんか?」


 珍しく大喜多が押し負けたようで、酷く疲れ切ってソファに座って項垂れていた。


「大丈夫ですか?」

「見て分からんか? 数日でもいい。あの小娘をわしから引き離してくれ」

「数日で良いんですか?」

「数日で良いんじゃ。どうせあいつは出て行かん……」


 思いのほか弱っている大喜多を見て、これは今すぐにでもエミリーをどこかに連れていかなくては。あわよくばどこかに捨ててこよう。なんてことを思いながらハミルはエミリーの部屋に向かった。

 エミリーの部屋は玄関から見て右側にあった。なので右側に置かれていたラックのほとんどはエミリーによって片付けられたということになる。皮肉なことにそれのおかげで応接室は少し広くなったのだが……。


「おーい、エミリー」


 ――ハミルがドアをノックしようとしたときだった。ドアが勢いよく開き、ハミルの右手が思い切り弾かれた。


「いってー! いきなり開けるなよ!」

「あら、ごめんね?」

「あら、じゃねーよ全く……」


 痛む右手を抑えながら、飛び出してきたエミリーを睨んだ。


「それで、何?」

「いやそれがさ、博士が少しの間一人にしてくれってさ」

「え、どうしたの? 病気?」

「なんだ、心配するのか?」

「んなわけないでしょ~。ジジイが寝込めば文句言う奴がいなくなるでしょ?」


 悪魔のようなことを平気な顔で言うエミリーは、もしかしたら大魔王かもしれない。とハミルは思うのであった。


「お前なぁ~。仮にも泊めてもらってる身なんだからな?」

「分かってる分かってる。ご飯でも作ってあげよっか?」

「いやいやいや、結構。これ以上博士を衰弱させないでくれ」

「ふーん、あっそ。で、私に何しろと?」

「あぁ~、そうだった。だからちょっとの間旅行に行こうと思ってな」

「旅行!? 良いじゃない! 私丁度行きたいところがあったのよ!」


 案外乗り気なエミリーに、ハミルは驚いた。てっきり、私をどこかに捨てる気ね! などと言ってここから出て行こうとしないだろう。と思っていたハミルは本当に捨ててくるのもありだな。などと考えていた。


「じゃあ支度してくるね!」

「おいちょっと!」


 バタンッ! と力強くドアが閉められ、エミリーは旅の支度を始めてしまった。これで良いのかは分からないが、とにかく自分も準備を始めようとハミルも部屋に戻った。


「ったく行き先も言わず支度始めやがって……。あ、そうだ。ユートも行くか?」


 ハミルはベッドで寝ているユートに声をかけた。しかしユートはハミルに背を向けており、当然返事もない。


「まぁ、行かないか……。それじゃ、留守番頼むよ」


 ベッドに置いていたバッグを肩にかけ、ハミルが部屋を出ようとドアノブに手を伸ばした時、それよりも前にドアが開いた。


「準備できた? あれ、ユートは行かないの?」

「ノックぐらいしろよな」


 ドアを開けたのはエミリーであった。ハミルは無理にユートを誘いたくなかったので、エミリーをどけて応接室に出ようとするのだが、それとすれ違いでエミリーが勝手に部屋に入って行ってしまった。


「おい、勝手に入るなって」


 ハミルは面倒くさがりながら自室に引き返した。

 するとエミリーは眠っているユートの肩に手をのせて、軽く揺すってユートを起こそうとしていた。


「お~い、起きないの~。行かないの~?」

「おいやめろって。ユートは疲れてるんだよ」


 ハミルの声に反応し、エミリーはユートを揺する手を止めて振り向いた。


「マインドシェアってそんなに疲れるわけ?」

「いや、俺には分からないけどさ……」

「ふーん、じゃあ本人に聞いてみる」


 そう言ってハミルから目を逸らすと、エミリーは再びユートを揺すった。


「ちょっとー。起きてー。マインドシェアについて教えてよー」

「おい、やめろって。ユートは疲れてんだよ」

「そんなの分からないじゃん! 本人に聞いてみないと」

「困ったな……」


 無理矢理にでもユートを起こそうと、エミリーはハミルの抑制を無視して揺すり続ける。すると突然エミリーの手が止まった。


「おい、どうした?」


 異変に気付いたハミルがバッグを置き、ベッドに近付こうと歩き出した時だった。なんとユートがベッドから起き上がったのだ。


「な、なーんだ。ちゃんと反応できるんじゃん」


 立ち上がるユートがどこか死者のように感じられたエミリーは、声を震わせて後ずさりした。その一方、ハミルはユートに駆け寄って、その前に立つと両肩を掴んで顔を覗き込んだ。


「ユート、平気なのか? お前、言葉が分かるのか?」


 目を見てしっかりそう聞いたが、ユートは黙って立っているだけであった。


「あ、あとは任せたわ!」


 いつの間にかドアの前まで逃げていたエミリーは、そう言うとドアを開けて出て行ってしまった。


「ユート、一緒に行くか?」


 再びハミルがそう聞くと、ユートは目の焦点が合わないままゆっくりと頷いた。今この状況で頷くという事は、確かに自分の言葉を理解しているということだ。と思ったハミルは、ユートの肩から手を離してガッツポーズした。


「よし、じゃあ俺が準備手伝うから、さくっと準備しよう!」


 我が子が初めて自分の名前を、いや、自分のことをパパ。と呼んだような。ハミルはそんな気がした。

 ユートのベッドの下に眠っていたボストンバッグを取り出すと、それに服や下着やタオルなど最低限の生活用品を詰め込んで、なるべく軽く身支度を済ませると、ハミルはそれをユートに手渡した。


「これ、お前の荷物な」


 差し出された黒いバッグをユートは黙って受け取った。ハミルはそれを見ると、自分のバッグを拾い上げて肩にかけた。


「よし、行くか」


 そう言ってハミルは先に部屋を出て行った。ユートはハミルがそうしたように、見よう見まねでバッグを肩にかけてそのあとに続いた。


「悪い、待たせたな」

「え、うん。大丈夫だよ。おはようユート……。あはは」


 エミリーはぎこちない笑顔と乾いた笑い声を出してユートに手を振った。するとユートはそれにコクリと頷いた。


「ちょちょちょ、今頷いた!?」

「まぁまぁ落ち着けって。ここで騒ぐと博士にまたなんか言われるからさ」


 ハミルは満更でもないように笑いながら、エミリーとユートを引っ張って研究所を出て行った。


 こうして研究所を出た三人であったが、いざ外に出るとユートと話すことが無く、話題を探しているうちに宇宙船がある地下に到着してしまった。


「あ、えーっと。それでどこに行くの?」


 ハミルは聞いてないかった目的地をエミリーに聞こうと振り返った。


「え、私か。そのことなら中で話すわ。それよりさ、この宇宙船に名前とかつけないの?」


 てっきりユートに話を振ると思っていたエミリーは、不意を突かれたように言葉を漏らしてからそう言った。


「あぁー。そう言えば名前何て考えたことなかったな」

「もおー、ちゃんと愛情注いであげなさいよ。ね?」


 この流れでユートがうっかり話し出すのを期待したエミリーだったが、ユートは黙って頷くだけであった。


「あ、頷きはするんだ」


 ハミルは予想外の返答に少し驚いていた。

 その場に留まって何分か考えた結果、ハミルとエミリーが何個かの案を出した。


「エターナルウィング号。なんてどうだ?」

「はぁ~? だっさ。常闇を駆ける白き翼。が良いわ」


 と、二人して絶望的なネーミングセンスを露見させ、幼稚な口喧嘩が始まった。そんな二人をよそに、ユートは一人船体の周りをぐるぐる歩いていた。何をするでもなく、何を考えているでもなく、そして歩き疲れたユートは下りているエアステアに腰かけようと船体をなぞりながら歩いていると、喧嘩を不毛に感じたハミルがユートの方に近寄って来た。


「しょうもないことで言い争ってるから、ユートがこんなにも暇してるぞ」

「はぁ? こっちのセリフ何ですけど?」

「船の名前は今度にしよう」


 ハミルがそう言ってユートを船内に誘導しようと、ユートの手を船体から離させたとき、そこに微かに文字が書かれていることに気が付いた。


「なんだ、これ?」

「なによ。何か見つけたの?」

「あぁ、『future』って書いてある」

「もしかして、それがこの船の名前なんじゃないの?」

「未来。か。良いかもな」

「まぁ私のには劣るけど、名前があるならそれが良いと思うわ。製作者の何かしらの願いがあるわけだし」

「へっ、たまには良いこと言うんだな。じゃあこいつはフューチャー号だ」

「たまには、は余計よ」


 ハミルとエミリーは顔を見合わせると、互いに鼻で笑い合った。そしてまたその態度に二人とも腹を立てるのだが、何だがそれも馬鹿らしく、逆に笑顔がこぼれた。

 ユートの活躍によって仲直りも果たし、船名も明らかになったところで、三人はようやくエアステアを上ってフューチャー号の船内に踏み入った。

 それぞれの荷物は船内右側にあるソファに置き、ハミルはいつも通り操縦席に座った。エミリーとユートは船内左側にある大きな丸テーブルとそれを囲む四つの椅子がある場所に向かい、対面するように座った。それに加えて左側には冷蔵庫やら電気コンロが備えられており、操縦席から改めて船内を見回したハミルは、案外この船は居心地が良いのかもしれない。と思っていた。


「ねぇねぇ~。テーブルについてるボタンって何なの?」


 フューチャー号を飛び立たせようとしたとき、エミリーがそう言ったことによりハミルの手が止まった。


「テーブルのボタン? 知らないな」

「ふ~ん、じゃあ押してみてもいい?」

「壊すなよ?」

「大丈夫よ。あんたよりは器用だから」


 エミリーは得々とそう言い、テーブルのボタンを押した。何か不具合が起こればエミリーがバカ騒ぎするだろう。と、ハミルは小さく舌打ちするとフューチャー号を発進させた。


「うお~。何これ~」


 エミリーは反応を求めるように大きな声でそう言った。それがあまりにもわざとらしかったので、ハミルはエンジン音で声が聞こえなかったフリをして操縦を続けた。


「すっご~い! いろいろ出てくる~!」


 少しの間黙っていたかと思うと、宇宙空間に出た瞬間にエミリーは再び大きな声を出した。行き先が決まっていないフューチャー号は浮遊状態となっており、エンジンが微力のため今回はハミルにもはっきりと聞こえてしまった。


「……さっきからうるさいな~」


 背後からカチカチとボタンを押す音が聞こえてきたので、流石に鬱陶しく思ったハミルは操縦席を回してエミリーの方を見た。


「ふ~ん、さっきから。ねぇ~」

「で、何だよ?」

「まぁいっか。見てよこれ」


 エミリーはそう言いながら、テーブルの縁に数個並んでいるボタンの一つを押した。すると丸い枠組みを残してテーブルが底へ引っ込み、そしてテーブルが戻ってきたかと思うと、そこにはボードゲームが乗っていた。


「なんだそれ」

「凄いよねこれ。娯楽付きテーブル! ほかにもプロジェクターだったりテレビだったり。いろいろ出てくるのよ!」


 目を輝かせながら語るエミリーを見て、ハミルはうんうんと頷きながら操縦席を立った。


「まぁそれは分かったからさ。そろそろ行き先を教えてくれないか?」

「あ、あははは~。そうだったね……」


 エミリーは先ほど押したボタンをもう一度押し、テーブルを何も乗っていない状態に戻した。それを見たハミルは空いている椅子に座り、エミリーの方を見た。


「えっとね……。場所的にはエリアウエストなんだけど。でもほとんどエリアサウスって言うか何と言うか。まぁとりあえず場所は教えるから。それでいいでしょ?」

「あぁ、別に俺はどのエリアに行こうが構わないよ」


 ハミルはそう言って立ち上がると、操縦席に戻った。エミリーもそれに続いて行き、操縦席の左右にある片方の助手席に座って指示を始めた。

 指示通りにフューチャー号を飛ばしている間、ユートはじっとハミルとエミリーの背中を見ていた。その背中に何かが付いているわけでもなく、その背中に向かって何か言うわけでもなく、ただただ黙って二人の背中を見ていた。姿勢を崩さず、静かに。


「カイド星っていう所なんだけど……。あ、あそこあそこ!」


 エミリーは席を立ち、フロントガラスの向こう側に浮遊する惑星を指さした。


「確かにエリアサウスぎりぎりのところだな」


 ハミルはレーダーを見ながらそう言った。


「サウス間近ってこともあってね、あんまり治安良くないから気を付けてね」

「気を付けてって言われても、そりゃお前もそうだしユートもそうだろ?」

「ま、まぁね~」

「そろそろ着地するから。ユートをこっちの助手席に連れてきてくれ」

「はいはい~」


 カイド星も近くなり、フューチャー号は着地準備に入った。エミリーはハミルの指示通り、ユートをもう片方の助手席に座らせて、シートベルトを付けさせた。そしてエミリーも助手席に座るとシートベルトでしっかり体をロックした。


「よし、突入するぞ!」


 フューチャー号は多少の衝撃とともに酸素ドームを抜け、カイド星の星域に突入した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る