第13話 正義の真実
監獄の小ささから、ダクトで相当遠くまで滑ってきたことが分かった。初めて訪れたときは凛々しく感じた正門も、今ではちっぽけな鉄の塊に見える。
相変わらず監獄を出ると荒涼としており、辺りには何も無かった。しかしそのおかげで、ハミルとグーマが乗ってきた宇宙船を隠している場所がすぐに分かった。
ゴミ溜め場は停めていた宇宙船よりも後ろにあったようで、丁度ハミルたちがいるゴミ溜め場と監獄の間あたりに宇宙船の影が見えた。
「アレが俺の船です」
「燃料切れとかは無いよな?」
「それは流石にキツイよ?」
ズーマとエミリーは茶化すようにそう言った。
「ハハ、そんなことないですよ。少しぼろいですけど」
「ゴミ溜め場にいた奴らがそんなこと気にすると思ったか?」
グーマは氷が解けたように自然な笑みを見せながら、立ち上がってそう言った。
「確かに、おんぼろ船の方が何倍もいいですね」
「あぁーあ、シャワーとか付いてたら最高だったのにな~」
「生憎そんな設備は無いね」
「知ってて言ってるから」
「なんだと~? なら最初から言うな」
ハミルとエミリーはそんな会話をしながら船に向かって歩き始めた。そしてそれに続いてグーマとズーマも歩き出し、四人は少しほっとした面持ちで宇宙船に帰還した。
船に戻ったハミルは真っ直ぐ操縦席に向かった。そして飛び立つ準備を着々と進め、宇宙船はすぐに飛び立てる状態になった。
「飛べますよ」
「やるな新入り。さっさとこんな臭い星からおさらばしようぜ」
ズーマはそう言うと近くにある椅子に座り、背もたれに体重をかけた。
「兄貴、ここまでの経緯を詳しく話します」
グーマはそう言うと、ズーマの隣の椅子に座ってお助け屋に依頼したことを話した。
「おい、この仕組みについて話していいのか?」
話を途中でやめたかと思うと、グーマは操縦席に座っているハミルの方を見てそう言った。
「マインドシェアのことですか」
「そうだ。それさえ話せれば全て辻褄が合うからな」
「……良いですよ。俺は二人の正義を信じてますから」
ハミルはそう言うと、宇宙船のエンジンをかけた。
「あの~私も聞いていいかな?」
「ん~、部外者だからな~」
「そこはいいよ。の流れでしょ!」
エミリーはそう言うと、ハミルを無視してグーマとズーマがいる方に歩いて行ってしまった。
「あーあ、博士になんか言われるんだろうな……」
そんなことをぼやくと、ハミルは三人の様子をちらりと見て宇宙船を発進させた。
「じゃあなんだ。体は他人で精神はグーマってことなのか?」
「流石だ兄貴。まんまそう言うことだ」
「全く、奇想天外なことを考えた奴がいたもんだ」
「ふ~ん、面白い話聞いちゃった」
エミリーは何かを企んだように微笑むと、グーマに詰め寄ってマインドシェアについて深堀し始めた。
「あんたの本体は地球にいて、あんたの精神だけがこのユートって人の体にはいってるわけ?」
「何回もそうだと言ってるだろう」
「本体はコールドスリープ状態で、本体が目覚めてしまうとシェアが切れる。マインドシェア出来るのは一人だけ。マインドシェアはこの右腕で行う。っと」
エミリーは近くのテーブルに無造作に置かれたペンと紙を勝手に利用し、マインドシェアの概要をつぶさにメモした。
「あの女、好き勝手しやがって。はぁ、博士に会いたくないな」
船は既に惑星ゴルドルを離れ、宇宙に飛び立っていた。
「おえ~、この感じ久し振り過ぎ……」
長期間監獄に滞在していたわけでは無いが、それでもエミリーは久しぶりの無重力に吐き気を催した。
「おーい、吐くんじゃないぞー」
「わ、分かってるわよ! あんたは黙って操縦してなさい! うえぇ」
それからしばらく、無重力に慣れるまでエミリーは静かになった。心なしかズーマも静かであり、おそらくこの空間に酔っているのだろうな。とハミルは思ったが、口には出さず目の前に浮遊して行く手を阻もうとする岩石を避けることに集中した。
岩石地帯を抜けたことにより、後はゆっくり地球に向かうだけとなったで、大喜多に連絡を入れることにした。ハミルはポケットにしまっていた通信機を取り出すと、それを耳にはめた。
「もしもし博士?」
【なんじゃ?】
「依頼、終わりましたよ」
【そうか。真っすぐとは言え気を付けるんじゃぞ】
「はい。……あと、もう一つ話すことが」
【なんじゃ?】
「一人余計なのが付いてきちゃって」
【余計なのじゃと?】
「はい、なんか胡散臭い女で」
【なんじゃ、そいつを連れてくるつもりか?】
「下ろすにもサウスエリアに下ろすのは可哀そうですし」
【そんなん関係ないわい! さっさと下ろせ!】
「いや、俺もそうしたいんですけど。あ、ちょっとおま……」
無重力に慣れてきたエミリーがハミルのすぐ横まで来ており、ハミルの耳にはまっていた通信機を勝手に取ると自分の耳に付けた。
「ちょっと! 下ろすって何よ!」
【誰じゃお前は!】
「私はエミリー! エンジニア兼ハッカーをしていたわ。マインドシェアについて詳しく聞きたいの!」
【なんじゃと? 誰に聞いた】
「成り行きでね。グーマとかいう精神だけの男に聞いたわ」
【イライラしてたからとは言え、軽率だったわい】
「何言ってるか知らないけど、とにかく、絶対に伺いますからね!」
エミリーは強くそう言うと、通信機の電源を切った。そしてハミルの耳に戻すと、ハミルの肩に手を置いた。
「あんた、私を下ろすつもりだったのかな……?」
「い、いやいや、まさかそんなこと」
「ふーん、だったらいいけど」
エミリーは上機嫌に鼻歌を奏でながら元の席に戻っていった。
「はぁ、グーマさん変なの拾いやがって……」
「呼んだか?」
「いえ! 呼んでないです! ゆっくり休んでいてください!」
地球に戻る宇宙船内では、ハミルのため息がたびたび聞かれたのであった。
……まだ見慣れぬ荒廃したビル街を見下しながら、徐行してハッチを抜け、無事宇宙船を着陸させた。
「はぁ、着きました」
「助かったぞ、新入り。いやハミル」
ズーマは操縦席でぐったりするハミルの肩を叩いて笑った。そんな労いの言葉に悪い気はせず、ハミルも思わず笑みをこぼした。
「エアステア下ろします」
ボタンを押してエアステアを出し、三人が下りたことを確認するとハミルがキーの遠隔操作でエアステアをしまった。そしてすぐさま先頭に行き、博士が待つ研究所に向かった。
初めて地球に訪れたエミリーは何度もハミルの誘導から外れて別の道を行こうとした。その度ハミルかグーマがそれを阻止し、四人は少し遅れて研究所にたどり着いた。
ハミルが取っ手を握るとドアのロックが解除された。ドアを押し開けると久しぶりの研究所の風景に心が少し安らいだ。
「ただいま戻りましたよ~」
返事が無いのでハミルは荷物をソファに置き、作業台の前に向かった。
「とりあえずグーマさんの精神を戻しましょうか」
「あぁ、そうしてくれ。報酬を払って今すぐ戻りたいからな」
「ったく不器用な奴で悪いな」
尖ったグーマの口調を和らげるようにズーマがそう言った。ハミルはもうこれが最後の会話かもな。と思いながら壁にかかっているトンカチを回した。
「博士?」
ハミルは中を覗き込みながらドアを開けた。
「なんじゃ、戻っておったのか」
大喜多はカプセルに不備が生じたときのため、ずっとこの部屋で帰りを待っていたらしかった。その証拠にマグカップがテーブルの上に何個も置いてあり、大喜多自身も今の今まで椅子に座って居眠りしていたらしかった。
「カプセル、開けていいですか?」
「大丈夫じゃぞ」
立ち上がろうとする大喜多を抑え、ハミルはコールドスリープを解除した。機能停止したカプセルはゆっくりと開き、溜まっていた冷気が溢れ出した。そして中で眠っているグーマが視界に入ったことで、エミリーとズーマは半信半疑だったマインドシェアの存在を認めた。
「じゃあグーマさんはこの椅子に座って目を閉じてください。あと、これを飲んでください。睡眠薬です」
グーマはそれを受け取ると、水と一緒に流し込んだ。そしてそれから数分経つと、グーマは静かに寝入った。
「本当だったんだね。マインドシェア」
「おいおい疑ってたのか?」
「そりゃ疑うでしょ」
「それもそうか。俺も最初はそうだったわけだし」
ここに来てからそれほどの時間が経ったわけでは無いのだが、ハミルはマインドシェアに驚くエミリーを見て、ここに初めて来た時の自分を思い出していた。
「次に目覚めるとき、こいつはどうなる?」
ズーマは空っぽになったユートを見てそう言った。その問いにどう返したものかとハミルは迷った。確かに今のユートは空っぽで、時間が彼を救ってくれるわけでもない。しかしそれでも、唯一ユートの自我の種を知っているハミルは、ユートを空っぽだと認めたくなかった。
「そいつは空っぽなんかじゃねぇ。何かを探してもがいてる一人の人間だ」
ズーマの問いに答えたのはグーマであった。意識が本体に戻ったようで、グーマはカプセルから出るとユートに近寄った。
「こいつの部屋は? 寝かせてやりたい」
「あ、あぁ、はい。こっちです」
何故グーマがそう答えたのか、ハミルには分からなかった。それでも今はグーマの厚意に感謝すべきだと、一緒にユートを部屋に連れていった。
ユートをベッドに寝かせると、グーマはすぐに出発の準備を始めた。まだ体が鈍っているはずなのだが、強引にそれを振り払うとグーマは報酬を持ってくると言って出て行ってしまった。
数分経つとグーマは戻ってきた。両手にボストンバッグを持って。そしてそれをテーブルに置くと、グーマは席に着かず再び研究所を出て行こうとする。
「兄貴、行こう」
「……そうだな。やるべきことがあるからな」
無理にグーマを制することは無く、ズーマも立ち上がって出入り口に向かった。
「ハミル、お前の正義は曲げるなよ」
ズーマはそう言うと先に研究所を出て行った。
「今回は世話になった。……あいつにもよろしくな」
グーマはそう言うと、自然な笑みをこぼして研究所のドアを閉めた。
「任務完了、だな。……で、お前はいつまでいるつもり?」
「あ、私? 私はここで働くわ」
「はぁ!?」
そう言うとエミリーはテーブルに置かれたボストンバッグを開け、報酬の金を眺めていた。
……それから数日、結局エミリーが研究所から出て行くことは無く、応接室にある鉄のラックを勝手にどけ、その後ろに隠されていた物置部屋を発見するとその部屋をまたしても勝手に掃除して自分の部屋にしてしまった。
「ふぅー。疲れた。まったくガラクタが多いわね~」
「ガラクタとは何じゃ! わしのコレクションを!」
「うっさいジジイね! よくこんなのと暮らせるわね?」
「はぁ、賑やかなこった……」
ソファで大喜多とエミリーの言い合いを見るのはここ数日のお決まりであった。そして毎回ハミルは頭を抱えてため息をつくのであった。
「第一誰がここに住んでいいと言ったんじゃ!」
「私がここに住むって決めたのよ! 色々とこの研究所は古いのよ!」
「何じゃと!?」
「私が最新の設備を揃えてやるって言ってるのよ!」
「上からものを言いおって!」
「うるさいな~。部屋に戻るか……」
テーブルに置いていた本を手に取り、ハミルは自室に戻った。そして自分のベッドに腰かけると、ユートのベッドとの間に置いているデスクに本を置き、代わりにそこに置かれたラジオの電源を入れた。
「今朝未明、ノースエリアのバルド星で大規模なテロが起きました。主犯格はエリアイーストでも有名な兄弟、ズーマとグーマとのことです。なお、二人は度重なるテロ行為により死刑判決が下された模様……」
「正義か……。これが二人の信じた正義なのか……」
ハミルはそこまで驚かなかった。と言うよりは、なぜかこの未来を知っていたような気がしたのだ。正義を問うてきたズーマのあの瞳、監獄に侵入する前に感じたグーマの冷徹さ。それらが何かを予感させているような気がしたのだ。
ラジオを止めてベッドに寝転ぶと、静かに目を閉じた。そして自分のしたことが罪だったのか、はたまた正義だったのか、そんなことを考えているといつの間にか眠りについていた。
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