第11話 最上階
ハミルが再び意識を失ってしばらく、顔に向かって冷水がかけられたことによってハミルは目覚めた。
「な、なんだ……?」
「よぉ。起きたか新人」
「は、はい? 俺のことですか?」
「あぁ、俺の他にはお前しかいないからな」
「そうなんですか」
ハミルはまだ視界がぼやけており、相手の顔をよく見えない。それでもハミルは力を振り絞って体を起こし、片膝を立てて牢の奥に座っている男の方を向いた。
「今丁度飯が来たんだ。だがたった今貰った水はお前を起こすために使っちまってな」
「そ、そうなんですか。すみません」
「飯は食ったから心配するな。ただ、一口だけ水が欲しいと思っちまってな」
ハミルはそう言われると、背後に置かれているトレイに乗った水瓶を持ち、男の方に向き直った。
「水、飲みますか?」
「いいのか?」
「はい、俺を起こしてくれたお礼です」
「へっ、起こすだけなら鶏にも出来るぜ」
ハミルは水瓶を持って男の方に寄った。
「ありがとな」
男は暗闇の中から手を伸ばし、水瓶を受け取ると喉を鳴らしながら水を飲み、そしてまた暗闇から水瓶が現れた。ハミルはそれを受け取り、先ほど座っていた場所に戻った。水瓶にはまだ半分以上の水が残っていた。
「あんたも飯食いな。しけた飯だが食っておかなきゃ死んじまう」
「はい、いただきます」
「俺が作ったわけじゃ無いが、存分に味わえよ」
ハミルはトレイを自分の前に持ってくると、皿に置かれた乾いたパンを口にした。これは喉が渇くな。と思いながら少し笑みをこぼした。
ハミルが食事を始めると、男は黙ってその姿を見続けていた。暗いことが一番であったが、男がフードを被っていることあり、ハミル側からは男の姿が見えなかったが、確かに男の視線を感じながら食事を進めた。
支給された食事はハミルを満腹させるには至らなかった。むしろその微妙な量が災いし、空腹を誘っていた。ハミルがそれを声に出さずとも、腹の虫は正直な本音を漏らすのであった。
「ふっ、その気持ち分かるぜ」
「は、ははは。すみません」
「いいんだよ。俺も来た当初はそうだったさ。今では胃が縮んでなんとも思わなくなったがな」
「……そんなに長い期間ここに?」
「そんなことは無いと思いたいがな」
「そうだったんですか……」
男の作り出す異様な空気にハミルは飲まれていた。どこか温かく、どこか冷たい。人間的な機微が備わっているようで、機械的な無機質が所々で顔を出す。ハミルはそんな雰囲気を持つ誰かを知っているように感じたが、人間誰しもそんな一面を併せ持っているか。と、思い出すことを止め、今は目の前にいる男の情報を探り出そうと気持ちを切り替えた。しかしその出ばなを挫くように男が口を開けた。
「お前さんよう、なんでここにぶち込まれたんだ?」
「あ、えーっと……」
正直に打ち明けることは憚られ、ハミルは口ごもった。
「いや、悪かったな。なんだか俺に似てる気がしたからよ」
ハミルの様子を見た男はすぐさまそう言って顔を俯けた。そんな男を見てハミルはどこか心苦しくなった。鏡に映った自分を苛んでいるような、心のどこかにいる弱い自分を見ているような感覚がした。
「いえ、こちらこそすみません」
彼にならここに来た理由を話してもいいのではないかと、ハミルは返事をしない男の姿を見た。眠ってしまったのだろうか。そう思うほど男は静かであった。すると突然息を吹き返す虫のように、男は腕を組みかえて話し始めた。
「俺はな、俺の中にある正義を信じて行動した。だがその結果が星々全員が納得する正義とは限らない。……俺は少数の正義だったってことだよ」
「そうだったんですか……。正義、ですか……」
暗闇に潜む男からは、確かに正義の炎を感じた。しかしそれは今にも消えそうな、とても小さな炎になってしまっている。ハミルは時折暗闇に鈍く光る男の瞳を見てそう思った。
「俺も話します。ここに来た訳」
「無理はしなくていいんだぜ。過去は思い出したくないものだからな」
「確かにそうかもしれませんね。でも、過去にこの道を選んだのは俺です。そんな俺自身が、俺を信じ切れなくてどうするんだ。って思ったんです」
「……そうか。なら俺は静かに紅茶でも啜っておこう」
暗闇の向こうで微笑む男を、ハミルは確かに認めた。そしてまだ残っている水を少し口に含み、口内を潤した後にゆっくりと話を始めた。
「笑わないでくださいよ。実は俺、この監獄に侵入して捕まったんです。それ以上詳しいことは言えないですけど、ここに来た理由は今話した通りです」
ハミルは地面を指さしながらそう言った。
「なるほど、確かにこの牢屋に来た理由はよく分かったよ」
嘲笑っているようであったが、その時確かに、男の中で僅かに生き残っていた炎が激しく燃え上がるのをハミルは感じた。
「俺、ハミルって言います。ここに来た目的を果たすためにも、この牢屋を出なくちゃならないんです」
この男なら協力してくれる。そう思ったハミルは自分の名を名乗り、この牢屋を出たいと言う旨を伝えた。
「なんだ。俺も名乗れってか?」
「いや、そう言うわけじゃ……」
「今回は特別だ。お前に宿る正義の行く末を知りたくなった。俺はズーマ、協力は惜しまない」
「ず、ズーマ!? さん……?」
「あぁ、そうだ」
思わぬところでズーマに出くわしてしまったハミルは大きな声を上げた。という事は、自分の脱獄だけではなくこの男、目の前にいるズーマも一緒に脱獄を成功させなくてはいけない。という大きな課題が同時にのしかかってきたことに気付いたハミルは少し顔を歪めた。
「どうした? 早速問題発生か?」
「あ、いや、その。たった今目的の第一段階を達成してしまったので」
「……来たのか。グーマが」
「詳しく話す必要は無さそうですね」
「あぁ、脱獄の手引き。頼んだぜ?」
「はい、依頼は絶対に完遂しますので」
「で、グーマはどこだ?」
「それが……はぐれました」
「まぁ無理もない。俺が一人で脱獄出来なかったからな」
ハミルはここでようやくズーマの大きくなったオーラに気が付いた。間違いなくズーマの中にある正義の炎が再燃した証拠であった。
「あいつなら絶対にここまで来る。だから俺たちはこの牢屋から出る方法と、この上にある宇宙船を盗む方法を考えよう」
「は、はい!」
まるで今までずっと指揮を執ってきた指揮官のように感じられ、ハミルはズーマの提案に二つ返事をした。
「あ、そうだ! 通信機!」
「そんなもんがあったのか」
「はい、連絡してみます!」
耳にはめて行動していると疑われるのではないか。と思いポケットに通信機をしまっていることを思い出したハミルは、早速通信機を取り出して、グーマに通信を入れることにした。
「出てくれよ……グーマさん」
ヴー。ヴー。とグーマの尻ポケットが微かに振動した。ハミルと同じくグーマも通信機を耳から外し、尻ポケットにしまっていたのだ。しかしグーマは梯子を上ることに集中しており、全く通信に気が付かない。
「え、ちょっとあんた……。まさかそれ通信機?」
先に通信に気付いたのは、グーマの真下にいるエミリーであった。微振動と僅かに聞こえるバイブレーションを耳が捉えたのである。
「何のことだ?」
通信に気が付いていないグーマは、まるで通信が来たことを知っていながらもとぼけているような対応をしてしまった。
「ちょっとふざけないでよね。尻ポケットに通信機入ってるでしょ?」
何故バレたのかグーマは分からなかった。確かに今現在エミリーはグーマの尻を追って梯子を上っている。しかしそれだけでは気付くはずがない。と思ったグーマは必然的に一つの答えにたどり着いた。ハミルから通信が来た。という事であった。
「もう少しで次の階に着く。そこで話そう」
このグーマの冷静な言葉にエミリーは自分がはやとちりしたのだと若干思った。しかしこの通信が裏切りではないと言い切るにはまだ少し材料が足りなかった。嫌なタイミングで来た通信をわざと無視して後からかけなおすことだって出来るのだから。エミリーはそんなことを考えながらグーマに続いて梯子を上った。
そしてグーマが先に梯子を離れ、恐らく十階だと思われる地面に足を着いた。それに続いてエミリーも梯子から離れるはずであったが、エミリーは離れずにグーマに話し始
「あんた、本当に看守?」
「そうだ。当たり前だろ」
「通信、出なさいよ」
「出る必要は無い。ここから出て行く身だからな」
確かにそれもそうだったが、グーマとしては通信機が鳴ったことでハミルの生存を確認できたので、何が何でも通信に出る必要は無かった。
「じゃあ、私の犯罪歴は?」
「入ったばかりでな。まだ目を通してない」
「じゃあこの監獄で最も恐れられてる大男の名前は?」
犯罪歴は目を通していない。で何とか誤魔化せたが、流石に上司の名前を知らないのは新人看守とて許されざる行為。何とか絞り出そうにも絞り出す名前の候補すらない。グーマはここで決心した。エミリーに全てを打ち明けることを。
「分かった、すべて話す。だから梯子を下りて少し休め。最上階まではもう少しあるようだからな」
「……ふーん、じゃあ聞いてあげる」
この監獄で一番恐れられている大男の名前を知らない。その時点でグーマが看守では無いと分かったエミリーは素直に梯子を下りた。そして二人は休憩も兼ねてその場に座った。梯子を上り始めてからここまで、ノンストップで来た二人の手足には相当疲労が蓄積していたのだ。
「まず通信に出ていいか?」
「えぇ、どうぞ」
ここまで来たらハミルの現在地を知っておこう。と、グーマは尻ポケットに入っている通信機を取り出した。そして通信機を耳にはめ、通信に出た。
「どうした。今どこだ?」
【良かった。無事だったんですね?】
「なにが無事だ。俺よりお前の方が危うかっただろうが」
【あ、はは、確かにそうですね。でも俺はこの通り無事です!】
「あぁ、分かった分かった。それで今どこなんだ?」
【えっと、それが……】
「なんだ? まさか最上階とか言うなよな」
冗談交じりにそう言うと、ハミルからなかなか返事が返ってこないことに違和感を覚えた。
「……おい、まさかだよな?」
【えっと、そのまさかプラスでもう一つあります】
「はぁ、マジかよ。で、なんだ?」
【ズーマさんと同じ牢にいます】
「なに? 本当か?」
冷静な声でそう聞きなおしたが、グーマの内心はとても荒立っていた。しかし目の前で睨みを利かせているエミリーを刺激しないためにも、自分のプライドのためにも、グーマは冷静な対応をして見せた。
【はい、本当です。俺とズーマさんはこの牢屋から出るために案を出しているところです。出来ればグーマさんが最上階に来るまでに準備を終わらせておこうとおもっています】
「そっちの近況は分かった。こっちも少し良いか?」
【はい、聞こうと思ってたのでお願いします】
「まずなんだが、脱獄協力者が一人増えた」
【えぇ!? 協力者ですか?】
「あぁ、素性は分からんが女囚人だ」
エミリーに突っ込まれると嫌なので、グーマは言葉を選びながらそう言った。まぁまぁ納得がいっているようで、エミリーは目を細めながら小さく頷いていた。
「で、続きだが、今俺たちはクライムスルーというところにいる。どうやら看守専用の避難梯子のようで、最上階から地下まで繋がっているようだ」
【なるほど。という事はバレずに最上階まで来れるってわけですね?】
「あぁ、そうなるな」
【分かりました。こっちも準備を進めておきます。最上階に辿り着いたら連絡をお願いしてもいいですか?】
「そのつもりだ」
【それでは】
通信を終えたグーマは再び通信機を尻ポケットにしまった。そして一つ小さなため息をついてエミリーの方を見た。
「終ったの?」
「見ればわかるだろ」
「まぁそうね、じゃあ詳しく教えてよ。あんたのこと」
「ふぅ、俺の本当の名前はグーマだ。ユートじゃない」
これからハミルと合流するにあたって、ユートやらグーマやら言われるのは嫌だったので、はっきりと本名を名乗った。
「ふーん、ま、偽名だったってことね」
それに関してはエミリーもどこか納得がいっているようであった。それもそのはずで、最初から脱獄を図っているものが本名を名乗るはずが無いと思っていたのだ。なので今名乗ったグーマと言う名前もエミリーとしては半信半疑で聞き流す程度であった。
「そんなところだ。手短に話す。一回で聞けよ」
「分かってるよ」
やっと本題か。と言わんばかりにエミリーは座り直した。そしてグーマは静かに話し始めた。
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