第10話 抜け道

 女湯の抜け道から抜け出たグーマとエミリーがいる現在の場所は、物置部屋であった。意味も無い角材から、囚人の暇つぶしようの書物や、囚人が破壊したベッドの破片などが散らばっていた。


「お前、どうやってこの抜け道を知った?」

「ま、それくらいなら話しても良いかな~」


 エミリーは髪を整えて、みすぼらしい囚人服の汚れをはたきながらそう言った。


「まさかお前が堀ったわけじゃないよな?」

「ないない。それはないよ」


 エミリーはクスクスと笑いを堪えようとしながら密かに笑った。


「じゃあ最初からあったってわけだな」

「ま、そんなとこだね。あんたも知ってるでしょ? 囚人に清掃させてることくらいは」

「あぁ、それがどうした?」


 グーマはまったくそのことを知らなかったが、バレないためにも顔色一つ変えずにそう答えた。


「それがこれを見つけた要因だよ」

「掃除中に見つけたと?」

「そう。この部屋の掃除を任されたときに見つけたの」

「こっちの? 物置部屋を掃除しているときに見つけたのか?」

「意外だったでしょ?」


 その場の流れでグーマはそう聞いてしまったが、勢いで質問してしまうことの恐怖を今知った。今回は上手く誤魔化せたみたいだが、これで下手に「この部屋も掃除しているのか?」などと言ってしまっていたら、と思うと嫌な汗をかいた。


「あぁ、意外だったよ」

「なんて話してる場合じゃ無かったね。今のうちに上に行きましょ?」

「そうだな」

「今なら風呂の監視で看守がまだこの階に来てるから、三階への階段の施錠は外れてるはずよ」


 なんてずぼらな奴らだ。とグーマは思ったが、それと同時にそのずぼらさに感謝した。


「なら早く行こう」

「うん……。え、私が前?」


 歩き出さないグーマを見て、エミリーはそう言った。

 グーマとしては囚人に背後を取られることが嫌だったのもあるが、その他にもこの女なら他の抜け道も知っているかもしれない。という理由と、ハミルとそうしていたように、エミリーに前を行かせることで連行しているようにみせかけるためであった。グーマはその三つのうち、一番最後の理由だけを説明した。


「お前が前を歩けば、俺が連行しているように見えるだろ?」

「ふーん……なるほど。確かにそうね」


 エミリーとしても誰かに背後を取られることは気持ちの良いことでは無かった。なのでエミリーは少し疑問があるような口調で同意すると、グーマを一睨みして前を歩き出した。グーマはエミリーのその態度が鼻についた。睨まれたことにも腹が立ったが、それよりもあの微妙な同意が気に障ったのだ。しかしここで言い争いをするのは得策ではない。そう思った二人は黙って物置部屋を出た。

 物置部屋を出ると、右には先ほどまでグーマがいた少し開けた場所が見えた。今は丁度入浴時間のようで歩き回っている看守は見当たらない。変わって左の道を見ると奥の方に階段が薄っすらと見えた。暗さのせいで分かりづらいが、確かにアレは階段であった。そして階段の手前にあるフェンスには鍵がされておらず、予想通り開きっ放しの状態になっていた。


「予想通りね。さっさと進みましょ」


 エミリーはそう言うと静かに走り出した。グーマはまだエミリーを信用しきれていないことから、少し間隔を取って後を追い始めた。

 グーマとエミリーは絶妙に音を立てずに、しかし素早く駆け足で移動した。階段から浴室と食堂に繋がっている広場までは一直線であったため、下手に大きな音を立てるとすぐにバレてしまう可能性があったのだ。

 二人の隠密スキルが高かったため、看守に気づかれること無く階段の前まで移動することが出来た。階段前にあるフェンスは半分ほど開いていた。二人は痕跡を残さないためにもフェンスには触れないようにしてそれを通り過ぎると、ようやく階段にたどり着けた。


「ふう、とりあえず第一段階ね」

「そのようだな」

「この先は何か当てでもあるの?」

「無いと言ったらどうする?」

「うーん、そうね~。少し喜ぶ。かな?」

「ならそっちの案を聞いてみよう」


 グーマとエミリーは階段を上がりながら次の策を考えた。グーマとしてはこの監獄の内部について詳しく知らなかったので、かまをかけてエミリーの作戦を引き出そうと考えたのであった。


「あんたも知っての通り、三階には看守室があるだろ?」

「……」

「私はそこに入れば何か情報が抜き出せると思ってる。っていう話」

「なるほどな」


 グーマは下手な対応をして看守では無いことがバレるのを危惧し、言葉少なにそう答えた。それに加えてエミリーの自信ある口調から、この作戦に若干の可能性を感じたのも事実であった。


「どう、やってみる?」

「やってみる価値はある」


 エミリーの問いにグーマはそう答えた。エミリーは少し嬉しそうに階段を上がっていくと、ちょうど階段の先が見え始めた。

 三階は二階と似たような造りになっていたのだが、決定的に違うのは牢屋が上の階と下の階で分けられていることと、二階とは変わってとても明るいことであった。二階と同様、道の中間あたりに少し開けた場所があり、エミリーは階段を上り切らずにそこを注意深く見ていた。


「予想以上に明るいなぁ……」


 エミリーは二階よりも上に上がったことが無かったので、二階とは打って変わって煌びやかな三階の様子を見て立ち止まっているのであった。それにこの明るさと一本道という形状のため、囚人であるエミリーは動きづらさを感じざるを得なかった。


「どうした? 行くなら今のうちだぞ?」


 グーマはエミリーの背中に声をかけた。しかしそれでもエミリーは動き出さない。

 これでは埒が開かないと思ったグーマは、エミリーの右腕を掴んで背中に引き上げた。


「痛い痛い! 何すんの!?」

「静かにしろ。こうすればお前を連行しているように見えるだろ」


 グーマはハミルと一階に行った偽装工作を用いて、あたかもエミリーを連行しているように見せた。


「た、確かにこれなら行けるかもしれないけど……」

「看守がいないのは今だけなんだ。なら今行くしかない」


 グーマはそう言ってエミリーを軽く押した。


「痛いっ。もう、分かったから押さないで!」


 エミリーは覚悟を決めたようで、最後の一段を上った。グーマもそれに続いて階段を上り終え、中央にある広場に向かって歩き始めた。


「何だぁ~。新入りかぁ~」

「よく見ろ! 看守も新入りだぜぇ!」


 囚人たちの声は上からも下からも飛んでくるため、中央を歩く二人には四方八方から声が飛んできているような感覚がした。しかしグーマもエミリーもそんな声には動じず、至って普通の看守と囚人を装って道を真っすぐ進んだ。

 そして中央にある広場に着くと、エミリーは辺りを少し警戒し、右に折れて両開きのドアの前に立った。


「ちょっと放してよっ」


 エミリーはそう言ってグーマの拘束を解いた。それに対してグーマは軽く舌打ちをすると右手首をぶらつかせ、近くに監視カメラが無いか目をやった。


「ちょっとどうしたの? 行くよ」

「分かってる」


 するとエミリーは道を開け、グーマを両開きのドアに促した。

 グーマは一瞬エミリーが何故道を譲ったのか理解できなかったが、すぐに理解が及んだ。恐らくグーマが看守室の鍵を持っていると思いエミリーは道を譲ったのだ。しかし巡回兵の服を奪ったグーマが看守室の鍵を持っているわけが無い。


「まさか正面から入ろうとしているのか?」


 グーマは自分が鍵を持っている設定で話を進めた。


「それ以外あるの? それとも鍵が……。とか無しよ?」

「もし看守室に入っている間に看守たちが戻ってきたらどうする?」

「中から鍵を閉めちゃえばいいんじゃない?」


 エミリーはグーマに道を譲ったまま腕を組んでそう言った。

 確かにその通りだ。とグーマは思った。もうここは折れるしかない。しかし看守ではないという事がバレれば優勢を保てなくなるので、グーマは新人という事を利用することにした。


「参った。参ったよ。確かにその通りだ。だがな、俺は新人で鍵を持たせてもらっていないんだ」


 グーマはそう言って両手を挙げて見せた。


「はぁ、まさかとは思ったけど」

「そこでだが、あそこなんかどうだ?」


 グーマはそう言って左壁面の下の角を指さした。エミリーは眉をひそめながらその指が示す場所を見た。するとそこには女性であるエミリーであればギリギリ通れそうな小さなダクトがあった。


「はぁ、私が行くってわけ?」

「提案したのはお前だからな?」

「……見張っててよね。私じゃなくて通路の方だからね!」


 エミリーは口を尖らせてそう言うと、匍匐前進でダクトの中に入っていった。


「分かってる。看守が来たら扉を三回ノックするからな」

「りょーかーい」


 エミリーはそう言うとダクトの構造に従って匍匐前進を続けた。ダクトの中には蜘蛛の巣や黒ずんだ汚れが至る所にあり、エミリーは終始顔を歪ませながらダクトを進んだ。

 その間グーマは通路が見える場所まで進み、全身が見えないように隠れながら階段方向の様子を監視した。


「最悪……蜘蛛の巣だらけ……」


 ダクトを抜けたエミリーは、服に絡みついた蜘蛛の巣を嫌悪の表情で見ながら指の先だけで器用に取っていった。


「まったく、こんなことしてる暇ないのに……」


 エミリーは蜘蛛の巣を取りながら看守室をゆっくりと進んでいった。休憩するためのテーブルが入り口近くにあり、看守室の奥には無数のモニターが設置されており、様々な映像が映し出されていた。

 エミリーはそれらの映像を見ながらモニターの下にある数台のパソコン前に立った。


「さてと、どの子が地図を持ってるかな~」


 エミリーは履いていた薄汚い靴を脱ぎ、その中敷きを外してUSBメモリを取り出した。そしてそれをパソコンのUSBポートに差してパソコンを少し弄った。


「ふむふむ、これがこの監獄のマップで……。後はウイルスを流し込んでっと……」


 エミリーは持っていたUSBからウイルスをパソコンに流し込み、ついでにマップを入手してメモリを抜いた。


「よしっ。これであとは戻るだけ」


 と、エミリーが中敷きの下にUSBをしまい込んだ時、コンコンコン。とドアを三回ノックする音が聞こえた。


「やば」


 エミリーは急いでダクトに戻り、出来る限り高速でダクトを抜け出した。


「早かったな」

「看守は?」

「何故か引き返して行った」

「もしかして私がいないのが……」

「ちっ、そういうことか。なら今すぐ上り階段に向かうぞ!」

「は、はいよ!」


 グーマは看守がまだ戻っていないことを確認すると、下り階段がある方向とは真逆の方向に向かって走り出した。エミリーは服を軽くはたきながらそれに続いた。


「フェンスは閉まってるようだな」


 グーマは走りながら階段前のフェンスが閉まっていることを確認した。


「ちょっと待ってね。今マップを思い出すから……」


 エミリーは走りながら先ほど見たマップを思い出した。


「フェンス手前、左の部屋。確かそこは看守しか知らない非常梯子があるはず!」

「よし、ならそこに行くぞ」


 グーマは先行してフェンス前にたどり着いた。そしてエミリーが言っていた梯子のある部屋のドアを見た。するとそこには「クライムスルー」と書かれた看板がかかっていた。


「開きそう!?」

「待ってろ。すぐに開ける。だからお前は見張っている」

「分かった」


 ドアには当然鍵がかかっていた。もしも他の誰かがこの状況下に置かれたら、右半身を前に出し、助走をつけてこじ開けようとするだろう。しかしグーマは違った。グーマには奥の手が残っていたのであった。

 グーマはポケットから二本のピッキングツールを取り出した。本当ならば先ほどもピッキングで鍵を開けることが出来たのだが、それをエミリーに見られるわけにはいかなかったのだ。

 この状況、凡人ならば焦って失敗を多発する場面だが、グーマは至極冷静で、吹き通る風の音までもが耳に入るような集中力を持ってものの数分で開錠して見せた。そしてピッキングツールを素早くしまい、エミリーに声をかけた。


「開いたぞ」

「鍵、持ってたの?」

「あぁ、鍵が多くて時間がかかった」


 グーマはそう言うとドアを開け、エミリーが部屋に入るのを確認するとドアを閉めて施錠した。


「狭い部屋ね」


 エミリーの言う通り、二人が入って窮屈と感じるほどの狭さであり、物置部屋や牢屋よりかもその部屋は狭かった。


「あったぞ」


 グーマはそう言って部屋の奥にある梯子に手をかけた。

 天井と床には丸いハッチがあり、扉を押せば開きそうであった。目指しているのは上階なので、グーマは梯子を少し上って扉を押した。ハッチを押し開けると梯子は上に伸びており、この調子なら最上階まで伸びているようにも思われた。


「とりあえずそれで上に行けるね」

「あぁ、脱獄はもうすぐそこかもな」


 グーマはそう言って梯子を上り始め、エミリーもそれに続いて梯子に手をかけた。


 ……引きずられてから何分が経っただろうか。ハミルはようやく戻り始めた意識の中、薄っすらと目を開けて辺りを見た。そこは見たことも無い場所で、牢屋の数も十室あるか無いかであった。


「よし、お前、ここに入ってろ」


 大男はそう言うと、とある牢屋を開けてハミルをそこに投げ込んだ。


「う、うぅ……」

「……派手にやられたな」


 誰かと同室のようなのだが、ハミルは再びここで意識を失ってしまった。

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